離れないことと、溢れる思い
(そうか…。僕は…)
関谷浩也は、まどろみの中で目を醒ましていた。
(待っていたんだ)
寝ていた訳ではない。
ただ…彼女の選択を待っていたのだ。
そして、待ちながらも…決めていた。
(彼女がどんな選択をしたとしても…僕は、己を貫くと!)
「赤星!」
後ろから声をかけられて、関谷浩也は振り返った。
しかし、その姿は赤星浩一に変わっていた。
「まったく〜。あたしを城から連れ出して、どうするつもりだ?」
両手を組み…悪戯ぽい瞳で自分を見るミアに、赤星浩一は笑った。
「戻りたければ、戻ればいいさ」
そんな赤星のつれない言葉に、ミアはにやけながら肩をすくめて見せた。
「ああ〜いつでも、戻ってやるさ」
軽く赤星を睨むと、ミアは彼の方に歩き出した。
「フン」
そして、鼻を鳴らすと、赤星の隣まで来た。
「その時は、後悔するぞ」
ミアから、姿が…アルテミアに変わった。
「そうかな。もしそう思ったなら…すぐに迎えにいくよ」
赤星は前を見ながら、アルテミアの手を握った。
誰もいない…夕暮れのエベレストの山頂で、日の入りを二人は…見つめていた。
静寂を取り戻した…豊かで過酷な自然の中で。
それから…数週間後、アルテミアは王の座を退いた。
空席となった玉座に座ったのは…魔神サラであった。
「我々は、柄ではない」
ギラとカイオウは拒否し、
「息苦しい」
リンネは舌を出しながら、どこかに消えた。
「望んではいないが、仕方あるまい」
サラは、落ち着かない玉座に一礼してから…イラつきながらも、王になることを承諾した。
「すべての魔の為。そして、アルテミア様の為だ」
しかし、王が変わろうが…世界の理は変わらない。
魔物は人を襲い…人は、戦う。
「モードチェンジ!」
アルテミアがどんなに人を守り、戦おうと…魔王であった事実は変えられない。
「ブ、ブロンドの悪魔!」
助けられた人々が、アルテミアから逃げ惑う。
そんな様子を見て、僕は溜め息をついた。
「アルテミアさん…。どうして、そんなに…」
「はあ?」
逃げ惑う人々から、苛立ちは、僕こと赤星浩一の方に向いた。
「ティアナさんのような勇者になりたい気持ちは、わかるけど…。立場ってものがあるじゃない。人々は僕が」
と最後まで言う前に、回転する二つの物体が後ろから、僕の真横を通り過ぎると合体し、剣になった。それを片手で掴むと、アルテミアは僕の鼻先に突きつけた。
「赤星浩一!」
フルネームを叫ぶと、アルテミアは訊いた。
「お前から見て、あたしは生意気か?怖いか!」
「う、うん…。ええ、まあ〜」
何とか答えを濁そうとする僕を見て、アルテミアは満面の笑みを浮かべた。
「そうか…。だったら、それでいい」
「魔物だ!魔物が、町を!」
本日何度目かのSOSに、アルテミアは僕から、声がした方に顔を向けた。
「いくぞ!バカ星!」
アルテミアは駆け出した。
「アルテミア!やっぱり、魔王だったんだから…ここは、勇者である…ぼ」
しつこい僕の言葉に、アルテミアは足を止めると、
「バカ星は本当に、馬鹿だな」
溜め息とともに、振り返った。
そして、僕を睨みながら、口を尖らせた。
「お前が、勇者だからだろ?」
わかったか。
アルテミアの目が、そう訴えていた。
「う、うう…」
思わず口ごもる僕を見て、アルテミアは楽しそうに笑うと、すぐに軽く睨んだ。
「早くいくぞ!手遅れになる前に!」
アルテミアは翼を広げると、人々を助ける為に飛び上がった。
「ま、待ってよ!」
僕も慌てて、炎の翼を広げた。
異世界から来た…元人間の勇者と、元魔王の勇者。
例え、世界の理が変わらなくても、二人は一緒に守り、戦い続けた。
二度と、離れることなく…争うことなく。
口論は絶えなかったけども。
「あ、ありがとうご、ございます」
魔物の群れから助けて貰った旅人は、僕に礼を述べながらも、そばにいるアルテミアには警戒し怯えていた。
僕に頭を下げながら、旅人は…アルテミアには、頭を下げなかった。
「ありがとうございます!ゆ、勇者赤星様」
怯えながらも、僕に何度も礼を述べる旅人を見ていると、何だか…照れ臭くなってきた。
「で、では」
旅人は、横目でアルテミアを警戒しながら、そそくさとその場を後にした。そんな態度をされても、アルテミアはどこか嬉しそうだった。
「ア、アルテミアさん?」
そんなアルテミアに、僕は不気味さを感じ始めた。
「な、な、何か…別に嬉しいことでもありましたか?」
恐る恐るきく僕に、アルテミアは少し驚いたように目を見開いた後、微笑みながら、舌を出した。
「あったわよ。そんなこともわからないのか?バカ星」
口では減らず口を叩いているが、ぼくはアルテミアの笑顔に見惚れていた。
(やっぱり…アルテミアは、太陽だ)
見惚れすぎて、動けない僕の腕に、アルテミアは絡み付いた。
「もう…あたしは、魔王でも何でもない。ただ…お前のそばにいて、お前とともにいるだけの存在だ…。だけど…」
アルテミアは、僕の腕を握りしめた。
「それが、あたしの望みだ」
「僕の望みである」
僕は、アルテミアを抱き締めた。
(僕は…やっと…この世界のエトランゼではなくなった。僕は…やっと…居場所を見つけたのだ)
「どうしたの?嬉しそうね」
にやける僕を見て、アルテミアは首を傾げた。
「そ、そうかな?」
照れながら、アルテミアを見た僕も、同じことを訊いた。
「アルテミアも、嬉しそうじゃないか」
「当たり前じゃない」
アルテミアは優しく微笑んだ。
「あんたが、嬉しそうだからよ」
「あ、あ…ありがとう」
僕は泣いた。
アルテミアの言葉だけで。
僕は…僕は…。
もっとありがとうと言いたい。
大したことをした訳でない。
世界中から、勇者と言われても実感がなかった。
なのに…アルテミアの言葉で自分はこんなにも幸せになれた。
(ありがとう)
僕は、アルテミアと生きていく。
ありがとう。
ありがとう。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、ありがとう。
天空の華烈火 完結。
そして、アルテミアと赤星浩一の物語は…永遠に続いていきます。
end