想いの重さと、支える強さを
「モードチェンジ!」
無数の魔物に囲まれながら、赤星浩一の声が響く。
その次の瞬間、彼の指輪から放たれた光を切り裂いて、あたしが現れた。
魔物から人間を守る為に戦う。その共通意識があった頃…あたしとあいつは一体化していた。
その後…何度か離れ…敵として、対峙した時もあった。
あたしが悲しみに狂っている時も…あいつは、あたしの本当の敵になったことはなかった。
例え、刃を交えた時でさえ…。
いろんな障害を乗り越え…互いの気持ちを確認した時…あたし達は根本的な問題にぶち当たった。
あたしは、魔王の娘で…あいつは、勇者。
母は、人間で…最高の勇者であったけど…魔王の後継者という宿命からは逃れることはできなかった。
そして、あいつもまた…勇者をやめて、こちら側に来ることはあり得なかった。いや、優しすぎるあいつには、できなかったのだ。
魔物が闊歩するこの世界で、あいつは人々の希望であったからだ。
そのことは、あたしも理解していた。
だけど…。
あたしは…あいつを愛するあたしは…我慢できなかった。
「アルテミア…」
あたしの敵にならない…あいつは、簡単に…あたしに倒された。
「なのに…お前は!」
自分の人差し指に貫かれたミアを見て、アルテミアは初めて怒りという表情を見せた。
「どうして、あがらう!自分自身に!」
アルテミアは、ミアの鳩尾から人差し指を抜いた。
すると、空中でぐったりとしていたミアが地上に向けて落ちていく。
地上に落下するまでの数秒…ミアは、薄れゆく意識の中、空を見ていた。
(遠い…)
ミアは、自嘲気味に最後の力を使って笑ってみた。
(結局…あたしの想いは…あいつの重さに、敵わなかった)
ミアが目を閉じると同時に、地面に激突した。
その瞬間、ミアを包んでいた炎の鎧が砕けた。
(だけど…最後に…)
ミアは薄目を開けた。砕けた鎧の欠片が、炎に戻り…蛍火のように輝いていた。
(お前と…旅ができてよかった)
消えていく鎧の欠片に、ミアは…手を伸ばす力さえ残っていなかった。
いや、もう…気力がなかったのだ。
「…馬鹿な女」
ため息の後に吐き捨てるように言われた言葉に、ミアは何とか眼球を動かし、声の主を探した。
数メートル向こうに、全裸の女が立っていた。全裸といっても、淡い炎が全身を包んでいた。背中には、蜻蛉の羽が…。
(お前は…)
ミアは、蜻蛉の女の名前を思い出す前に、陽炎のように姿が揺らめき…消えた。
「そう。馬鹿で愚かな女ね」
その後、陽炎は激しい炎に変わった。
「リ、リンネ!」
ミアは、目を見開いた。もう力が入らないと思っていたのに、リンネの姿を見た瞬間、自分でもわからない力が沸いた。
「魔王になり、最強の力を得たところで…あんたは、ガキで見た目そのままの小娘のまま」
リンネは肩をすくめると、真上を見上げた。
「思い通りにならないからって〜人間を滅ぼす。まあ〜あたしには、どうでもいいことだけど」
リンネは目線を、倒れているミアに戻すと、白々しくため息をついて見せた。
「この子が、許さないみたい」
それから、ゆっくりと右手を差し出した。開いた手のひらの上に、光り輝く…赤い球があった。
「あんたの都合だけで、終わらせることにね」
赤い球の輝きが太陽の如く大きくなると、倒れているミアの全身を包んだ。
光の中、蜻蛉の羽を持つ女が、ミアの腕を取ると無理矢理抱き起こした。
「フレア…」
戸惑うミアに、フレアは優しく微笑んだ。
その次の瞬間、ミアを包んだ赤い光は、天に向けて飛び立った。
その様子を目の前で見守っていたリンネはフッと笑うと、城に背を向けて歩き出した。
「今のは…」
ギラは、リンネとミアの会話を聞いてはいなかったが、二人の間から漂う魔力に息を飲んだ。
「そ、そうか」
カイオウは座禅を解いて、立ち上がった。
「想いは…一つ…一人ではない。そうであった」
そして、カイオウは天を見上げた。
「終わりだ」
アルテミアは天に、右手を突き上げた。
「人間は滅ぶ!そして、我々!魔がすべてを支配する!」
地球上を覆う雷雲から一斉に、雷があらゆる地表に落ちようとした…その刹那の寸前。
地上から飛び上がった赤い球から伸びた腕が、アルテミアの右手を掴んだ。
「!」
無表情でありながら、その奥に怒りと絶望の感情しかなかったアルテミアの瞳に、驚きながらも涙が滲んだ。
「ああ…」
声にならない言葉を発したアルテミアの胸元からも、赤い光が放たれた。
二つの赤い光は、一つになると…その中から、一人の少年が姿を見せた。
「…」
少年はアルテミアの腕を引くと、自らの胸に彼女の顔を押し付けた。
それから、少年は両手でアルテミアを抱き締めた。
「あ、赤星…」
少年は、赤星浩一であった。
「…」
赤星の腕の中で、アルテミアはミアに変わり…ミアはアルテミアになり、二人は一つになった。
赤い光は球体になると、玉座の間からさらに上空に飛び上がり、雷雲を貫くとそのまま…天空で太陽のように輝き出した。
「太陽のバンパイア」
玉座の間から、空を見上げたサラは眩しさに目を細めながら、微笑んだ。
地球上を包むほどの雷雲は、一瞬で消え去り…代わりに、綺麗な青空が、世界を彩っていた。
「身を二つに切り裂く程の愛」
リンネは歩きながら、腕を組んだ。
「そんなに苦しいなら」
リンネはフンと鼻を鳴らし、足を止めた。
「やることは決まっているはずよ」
いつのまにか、向日葵畑の中にいた。
「どうやら〜あんたの娘は、あんたより〜父親に似たみたいね。不器用で、やることもいっしょ。でも」
リンネは、魔界に不似合いな場所で苦笑した。
「やっぱり…あんたの血も引いてるのね」
そこまで言ってから、リンネは横目で一番高い向日葵を見ると、口許を緩めた。
「ティアナ」
そして、その場から消えた。