涙愛
「なんだ…」
目覚めた僕は、天の見上げていた。
エミナとの戦いから…僕の記憶は曖昧だった。ぼやけた靄のような状況しか浮かばない。
「まだ夢の中かな」
そんなことを思ってしまう程…異常な空だった。
「でも…悪夢だな」
静かに目を閉じた僕。
そんな僕の近くでは、数分前に立ち上がったミアが空を見上げていた。
「…」
苦々しく、ミアは唇を噛み締めた。
「終わらすつもりか」
そして、握り締めたミアの手のなかには…サラが持っていた赤の星屑があった。
「!」
回廊で立ち尽くしていたギラは、異様な力を感じ、思わず後ろを見た。
「…始められたのだな」
放電していた角の輝きが消えると、サラは平常を取り戻した。
「始めた?」
サラの言葉に、ギラは彼女の背中に目を向けた。
「…」
ギラの質問に答えず、サラはしばし目を瞑った後、ゆっくりと彼の方に振り返った。
「お主が持っている赤の星屑。私に預けてくれないか?」
「赤の星屑だと?」
予想外の言葉に、ギラは眉を寄せた。
それから、肩をすくめて見せた。
「そんなもの…。アルテミア様に返したよ」
「な、何!」
「カイオウのやつ、なくしただろう?そんなことにならないようにだな」
ギラの説明に舌打ちし、サラは回廊を走り出した。
「無駄じゃ」
向日葵畑で座禅を組む…カイオウは、ぽつりと呟いた。
「やる気になってるのね」
城から離れた草原の真ん中に、リンネは立っていた。
「止められると思う?」
クスッと笑うと、リンネは手のひらの上にある…赤の星屑に向けて、囁いた。
「アホが…」
ミアは赤の星屑をぎゅっと握り締めると、倒れている僕に近付き、鳩尾に押し付けた。
「いくぞ!」
ミアは、僕が起きていることを知っていたのだろうか。
それはわからない。
だけど、ミアは自分では気付かない涙を溜めながら、叫んだ。
「魂を燃やせ!」
(ああ…)
寝たふりをしながら、僕も泣いていた。
しかし、泣いていることに誰も気付かないだろう。
僕の涙は、自らからの身を燃やす炎に一瞬で消された。
「すべてを揃えることはできなかったが…」
ミアの体に、僕の炎が絡み付き…鎧と化した。
「最初から、すべてを集めることが、目的ではない!」
ミアの背中から炎が噴き上がると、翼になった。
「この体で、お前の許にいくために!お前に見せる為に!これが、あたし達だとな!」
ミアは一瞬で、地上から雲の上に移動すると、遥か彼方に向けて飛んでいく。
エミナのいた島国から、実世界でいうインド…ヒマラヤ山脈。その先にある外敵から人間を守る為に、創られたと言われる壁を目指して。
その壁を突き破れば、魔界に突入する。
「今のあたしなら、百八の魔神にも負けない!あいつにたどり着くまでの障害は、騎士団長達のみ!だが、相手にしている場合ではない!」
遠くに見える光の壁。壁は、宇宙空間近くまであり、その広さは…中国からロシア、東ヨーロッパまでを囲んでいる。その向こうは、人間が住むことのできない場所である。 つまり、魔界である。
そして、その壁の中以外…地球のあらゆる場所が、雷雲で覆われていた。
かつて…魔王ライと赤星浩一が戦った時のように、世界は絶望に包まれていた。
いつ雷雲から、雷が落ちるか。その時はわからない。
雷雲が光り出すとき、世界は止むことのない雷によって、滅びるまで恐怖することになる。
「間に合え!」
ミアはブラックカードを取り出すと、壁の前まで一気にテレポートした。
「まったく…」
面倒くさそうに呟いてから、リンネは軽く微笑むと草原からテレポートし、城の中の冷たい壁にもたれながら、携帯を手に取った。
「魔界にかけるなんて…非常識よ」
リンネの言葉に、電話をかけてきた男は電波の向こうで笑った。
「非常識?そんな言葉を君から聞くなんてね。こちらは繋がったことに驚いているよ」
「魔神と通話する人間なんて、あなたぐらいよ」
「そうだな。でも」
俺は、黒の制服の胸元を開けながら、目を閉じた。
「君は…確か…僕の奴隷のはずだよね。違ったかな?先生」
男の言葉に、リンネは嬉しそうに微笑んだ。
「そうでしたわね」
リンネは片手を自らの腰に回すと、頷いた。
「幾多様」
「…」
無言で空を見上げるジャスティン。
実世界の四国に当たる場所につくられた…防衛軍本部。その近くにある海岸から、太平洋を見つめていたジャスティンは、静かに目線を上げた。
「総司令」
ジャスティンの後ろに、防衛軍の隊員がテレポートしてきた。
「ご命令通り、全世界の防衛軍支部に通達が終わりました。全世界の民間人を魔法シェルターへの避難させるように、指示を出しました!しかし、全世界すべての民衆を避難させることは、困難だと…」
「全力を尽くしてくれ」
隊員の報告の途中で、ジャスティンはそれだけを口にした。
「は!」
隊長は敬礼すると再び、テレポートした。
「…」
ジャスティンは隊長が去った後、ゆっくりと目を開けた。
「空に…海…。それらに比べたら…人間とはどんなにちっぽけなものか…」
ジャスティンは、拳を握り締めた。
「それがわからない…ことがなかろうが…。お前は、先輩の娘なのだから」
そう呟くと、ジャスティンは振り返った。
「アルテミアよ」
「世界が終わる…」
琉球にいた雷光はため息をついた後、無理矢理肩をすくめてみた。
「まあ〜仕方がないか」
と言いながら、雷光は剣を抜き、空を抜刀した。
しかし、空を包む雷雲を斬り裂くことはできなかった。
「チッ」
顔をしかめた後、雷光は歩き出した。
「残念ながら、こちとら…人類よりもゴキブリを目指していてな」
抜いた刀を鞘に納めることなく、虚空を睨んだ。
「生き残ってやるよ」
「…で、幾多様の用件は何でございましょうか?」
リンネの言い方に、幾多は苦笑した後、言葉を続けた。
「行方不明になっていた弟の居場所が、わかったんだ。あいつは、異空間…いや次元の狭間といっていいのか…あるところに閉じ込められている。あいつは、赤星浩一のことを調べていた。赤星浩一は、生きているのではないかと…」
「禁句ね」
リンネは、目を細めた。
「その行動が、怒りを買った」
「…」
「神の怒りだ。しかし」
幾多は、魔界を隔てる壁のそばにいた。
「あなたならば、あいつを助けられるかもしれない。同じ神である…魔神リンネならば」
幾多の希望を、リンネはあっさりと否定した。
「それは、無理よ」
「どうして?」
幾多は直ぐ様、訊いた。
「あいつを止められるのは、あの子だけよ。どちらの思いが勝つか。あたしでもわからない」
「リンネ!」
「前に伝えたかしら?あたしは、愛がわからない。だから…今回もわからないのよ」
「…愛?」
「そうよ。ごめんなさい」
リンネは謝ると、自分から通話を切った。
「弟を思いやる…あなたの気持ちは理解できる。だけど…愛だけはわからない」
リンネは、石の壁にもたれ込んだ。
「ライ様…。どうして、あたしをこのようにつくったの…」
リンネは睫毛を下げた。
「アルテミア様!」
サラは、玉座の間に飛び込んだ瞬間、すぐに足を止めた。
「!?」
玉座に背を向けて、吹きさらしの壁から世界を見下ろすアルテミアの姿に、サラは息を飲んだ。
「…」
そして、ゆっくりと跪いた。
「我々は、王の僕。あなたが望むならば…世界を滅ぼしましょう」
サラの言葉に、アルテミアはただ一言だけ呟いた。
「邪魔をするな」
その瞬間、アルテミアの目が赤く輝いた。
「うおおおっ!」
昼間なのに、雷鳴以外の光が届かない世界で、炎の翼を広げ、魔王の城を真っ直ぐに目指し近づいて来る者がいた。
その叫び声に、サラは顔を上げた。
「ま、まさか…」
「…」
アルテミアはまったく動かない。
「アルテミア!」
城に近づいてくる者は、ミアだった。
「お前を倒す!」
ミアは猛スピードのまま、ブラックカードを使い、テレポートした。
一瞬で、アルテミアの目の前まで移動すると、ミアは叫んだ。
「モードチェンジ!」
ミアの姿が変わった。黒いボンテージ姿で…髪は短髪に。力をパワーアップした格闘技専門の攻撃タイプ。
「ルナティックキック!」
微動だにしないアルテミアに向けて、鞭のようにしなったミアの蹴りが放たれた。
だがしかし…その蹴りは、突然現れた巨体に受け止められた。
「どこの小娘か…知らんが」
アルテミアとミアの間に現れたのは、ギラであった。
「アルテミア様に、仇なすものは…殺す」
ギラは躊躇うことなく、左腕で蹴りを受けながら、右手を突きだした。
凄まじい雷撃が放たれたが、ミアの全身をバリアのような水の幕が包み、攻撃を無効化した。
「む」
ギラの四肢にも水が絡みつくと、玉座の間から地上まで引きづり下ろした。
「なんの真似だ?」
ギラは着地と同時に、水の縄を引きちぎった。
「王の身を守るのが、我らの務めであろうが!」
ギラは目の前に立つ…武人を睨んだ。
「だからよ」
武人は、ギラではなく…上を見上げていた。
「務めを果す為に、我々は手を出してはならぬ」
武人は…水の騎士団長、カイオウであった。
「何!?」
ギラは眉を寄せた。
「それに…すぐに終わる」
「うおおおっ!」
水の幕が弾けると、ミアは炎の剣をつくり、アルテミアの頭上に振り上げた。
その刹那…。
「終わったようじゃ」
カイオウは、顔を伏せた。
「ぐっ」
ミアの口許から、血が流れた。
無言のアルテミアの人差し指が、ミアの鳩尾に突き刺さっていた。
「ア、アルテミア…」
口から血を流すミアの背中から、鮮血が噴水のように噴き出した。
血の勢いに反して、ミアの手から炎の剣がゆっくりとこぼれ落ちた。
そして、剣は地面に突き刺さる前に…燃え尽き消えた。
「アルテミア様」
カイオウは、閉じた目から…涙を流した。