これから 激闘編終幕
「エミナ…」
実世界でいうところの中国とモンゴル…ロシア全土にあたる魔界。その中央にあると言われる…ライの居城。その中にある…玉座の間で、中央に座るアルテミアは静かに、無表情で呟いた。
「アルテミア様」
まったく気配を感じさせずに、玉座の間に姿を見せた…サラは、すぐさまに跪いた。
「エミナ様が、お亡くなりになられました」
サラの報告に、アルテミアはフッとだけ笑った。
その様子を見て、サラは頭を下げると、玉座の間から姿を消した。
そして、城を迷路のように走る石の回廊を…サラはアルテミアのいる玉座の間に背を向けるように歩き出した。
「サラ…」
途中、石の壁にもたれるギラがいたが、サラは無視するかのように前を通り過ぎた。
「ついに…エミナ様を倒したか…」
城の渡り廊下…花々が咲き誇る花壇を見つめながら、カイオウが呟くように言った。
「短期間で、そこまで成長するとは…やはり、あやつらは」
そこまで口にして、カイオウは後ろを振り返った。
「何か…知っているようね」
妖しい笑みを口許に浮かべながら、細長の目をさらに細めた…リンネが立っていた。笑みの奥の瞳は、鋭い。
カイオウも、目を細めた。
「お主が、戻ってくるとはな」
「いけないかしら?」
リンネはクスッと笑うと、腕を組んだ。
「こんな面白いこと…久しぶりじゃない?あの小娘と…あの男との戦い以来かしら」
そう言いながら、リンネはカイオウの肩越しに、花壇を見つめた。
「面白い?お主とは合わぬな」
カイオウは眉を寄せると、リンネに背を向けた。
「そうかしら?」
リンネはにやりと笑うと、あるものを取り出した。
「あなたとは、似ていると思うけど」
「フン!馬鹿なことを」
吐き捨てるように言ったカイオウは、後ろから発する強烈な魔力を感じ、慌てて振り返った。
「なに!」
「ほら」
リンネは笑った。その笑みを照らすように、妖しく輝く…赤い球体。
「赤の星屑…」
絶句した後、カイオウは体をリンネに向けた。
「ば、馬鹿な!?お主は、持っていないはずだ!」
本人も無意識の内に、カイオウは殺気を放ち出した。
「こんな面白いもの〜を、あたしが手にいれないと思う」
リンネはペロッと、舌を出した。
「くっ!」
カイオウはいつのまにか、腰につけた鞘から抜刀していた。
居合い抜きにも似た斬撃をリンネは、人差し指で受け止めた。
「リンネ!何を企んでおる!」
カイオウは全身を捻り、刀を振り抜いた。
すると、刀は…リンネの指と肩口を斬り裂いた。
しかし、その瞬間、リンネの体は揺らぎ…炎と化した。
「あなたとやり合う気はないわ。あの二人とは違って、話がわかるお方ですから」
リンネはいつのまにか、カイオウの背後に回っていた。
「私も、ソナタを本当に斬るつもりはない」
「!」
今度は、リンネが絶句した。
後ろを向きながらも、刀の切っ先が、リンネの脇腹に当たっていた。
炎の魔神であるリンネの本体は、血液の動きのように、全身を動き回る…小さなコアである。そこを傷つけられると、リンネは死ぬ。
といっても、核爆発くらいではびくともしないが…。
「流石ね」
リンネは、カイオウの剣技に感嘆した。
「…でもない」
カイオウは、刀を鞘に納めた。 コアを斬る寸前、自らの身も灰にされていただろうこともわかっていた。
「お主もわかっているはずだ。あの二人は、希望だ。人間という種が残る為のな」
カイオウの言葉に、リンネは肩をすくめて見せた。
「あたしは別に、この世界の人間がどうなろうと知ったことではないわ。人間がいる世界は、ここだけではないし」
「リンネ!」
再び、剣に手をかけようとしたカイオウの動きを察して、リンネはその場から消えた。
「人間なんて…本当は、どうでもいいのよ。ただ…」
リンネがテレポートアウトした場所は、エミナの城跡のそばだった。
「!」
破壊された城に向かっていた暁直矢は、突然目の前に現れたリンネを見て…驚く間もなく気絶した。
横目でちらりと見たリンネの魔力に、やられたのだ。
「…おやすみなさい」
リンネはすぐに視線を外すと、城に向かって歩き出した。
「!」
暁直矢を気絶させた魔力を感じ、空から地上に着地したミアは、目を見開いた。
「こ、この魔力は!」
華烈火を解こうとしたが、慌ててミアは、戦闘体勢を整えようとした。
「ハロー」
その次の瞬間、リンネはミアの目の前に来ていた。
「いいものを手にいれたの」
リンネは微笑みながら、赤の星屑をミアの目の前でかざして見せた。
「そ、それは!?」
驚くミアを見て、リンネは微笑みながら、ミアの首筋に手を差し込んだ。
「どれ程の力と思ったけど…」
リンネは、ミアの首を締めた。
「熱さも感じないわ」
リンネが力を込めた瞬間、ミアの体を包む鎧が消えた。
「フン」
リンネが手を離すと、ミアは地面に足をつけ…そのまま、崩れ落ち、地面に倒れた。
「ほんとに…弱くなったわね」
リンネは、気を失ったミアを鼻を鳴らすと、ゆっくりと視線を移動させた。
そこには、全裸の…関矢浩也が横たわっていた。
そして…その前には…。
「やはり…そうだったのね」
関矢の前で、両手を広げ…身を盾にしている炎でできた女に、リンネは笑みを向けた。
「だけど…」
リンネは腕を伸ばし、炎の女の頬に手を当てた。
すると、リンネの手のひらに…赤の星屑が戻っていた。
「まだ戻して上げない」
と言って、赤の星屑を握り締めた後、倒れている二人に目をやった。
「どういう訳かは知らないけど…。この星屑が欲しければ、あたしに勝つことね。城にいる女は、あたしよりも強いわよ」
そこまで言ってから、リンネはクスッと笑い、ミアを見下ろした。
「そんなことも…百も承知よね」
それから、関矢浩也に顔を向けた。
「…」
関矢にだけは、無言で微笑みかけると、二人に背を向けた。
「…またね」
そして、その場から消えた。
「ううう…」
ミアが意識を取り戻したのは、数時間後だった。
リンネの恐ろしさよりも、一瞬で負けた自分の不甲斐なさに、立ち上がるよりも先に地面を叩いた。
「く、くそ!どうして!この程度なんだ!」
悔しがるとすぐにはっとして、関矢を探した。
無傷で横たわっている関矢を見て、ミアは安心した。
「よ、良かった…」
関矢の安全と…そばにいたという安心から、ミアは泣いた。
城の瓦礫の中で、泣くミアを…誰も慰める者はいなかった。
だからこそ、ミアは泣けた。
「赤星…」
関矢浩也が目覚めるまで、ミアは泣き続けた。
激闘編 完。