疑惑の残高
「いくぞ」
チェックアウトをすましたミアの後ろを、僕は小声でうんと頷くと歩き出した。
「…」
昨日、魔物に海岸に連れられてからの記憶がなかった。学生服の胸ポケットからカードを取りだし、残高を確認した。
(増えてる…)
ということは、魔物を倒したということであるが、記憶にない為…妙に気持ち悪かった。
「おい!」
ミアの少し苛ついた声に、僕ははっとして前を上げた。
いつのまにか、バイクを召喚したミアが、僕を待っていた。
「さっさとしろ。今日は何とか、琉球までいくぞ」
ミアは、エンジンを起動させた。
「う、うん」
僕はカードをしまうと、ミアの元に走った。
「やれやれ…」
黒のハットを目深に被りながら、犬上輝はため息をついた。
「どう?」
カードからの舞の声に、輝は苦笑した。
「流石というべきだが…」
「元赤星浩一が持っていたカード。ハッキングしたところ…持ち主の名前まではわからなかったけど、座標は確認できたはず。あまり長くアクセスしていると、ヤバかったけど」
「持ち主はわかったよ。裏の世界では、有名人だ」
輝はターゲットと距離を取りながら、身を隠していた。
「暁直也。KYOTOの魔神の子孫だ」
近付き過ぎると、危険だと…輝は自覚していた。
戦うことになれば、命の取り合いになる。だが、それは…生きる目的がある輝には、かける価値がないことであった。
「一応…クライアントのお嬢様に伝えろ。赤星浩一のカードの行方と…そのそばにいるやつの存在をな」
輝はそれだけ言うと、その場から離脱した。
「直也」
自分の肩に座っていたティフィンの声に、直也は口元を緩めた。
「わかっている」
「ならいいわ」
ティフィンはそう言うと、口を閉じた。
「虫一匹を気にしていたら…覇道は成就しない」
直也はブラックカードを取り出すと、今からの道を思案し出した。
「さて…どうするべきかな」
(何だ…この違和感は)
ミアは、昨日自分が寝てからの…何とも言えない感覚を味わっていた。後ろからしがみつく関矢をバックミラーでチラ見だけすると、バイクのスピードを上げた。
(先程見えた…あいつのカードの残高が加算されている。あたしの寝ている間に、魔物の襲撃を受けた?そんな記録はない)
ミアは、ハンドルを握り締めた。
(あたしは、何をしている!何もわからないならば、単なる無能だ)
そう思うと、無意識にバイクのスピードがさらに上がっていった。
「み、ミアさん!」
あまりのスピードに恐怖を感じ、思わずミアに抱き付いた僕は…突然、バイクが止まった為に、ミアの背中に顔を埋めた。
(もしかしたら…)
ミアはブレーキを踏むと、バイクを止めた。
(あたしは…間違いをおかしているのかもしれない)
「み、ミアさん?」
唐突な急ブレーキに、僕はミアの背中から顔を離すと、理由をきこうとした。
だけど…ミアの耳には、今の僕の声は届かなかった。
(だとしても…)
ミアは前を睨むと、バイクを再起動させた。
(それもまた…あたしの望んでいることだ)
バイクは…実世界でいう…阿蘇山に近付いていた。
「くくく…」
広大なカルデラ地形の中心。噴煙が立ち上る火口より、一体の魔物が姿を見せた。3メートルはある体躯を覆う肌は、ひび割れ…肌の割れ目から赤いものが蠢いていた。
「水の騎士団の動き。そして、騎士団長であるアクアメイト様の動向」
「ライカ様や業火様は何もご存知ではないそうです」
その魔物の背中が盛り上がり、瘤ができると分離し、人型となった。
「アクアメイト様が、他の騎士団長に隠す理由は?」
魔物の目が光り、まるで千里眼のように、南下するバイクを発見した。
「ただのガキらに見える。しかし!アクアメイト様が気にするほどならば、用心にこしたことはない!」
「わかっております」
瘤だったものは、いつのまにか…可憐な少女の姿をしていた。
「やつらをここに連れて来ましょう。やつらがどんな力を持っていようが、ここは!我々炎の騎士団のフィールド」
少女は、魔物に跪いた。
「百八の魔神が1人!炎のメルドが、貴様らの正体を暴いてやるわ」
魔神メルドは両手をクロスすると再び、火口の中に消えていった。
「…」
少女は消えていくメルドに、頭を下げるとそのまま…ミア達が乗るバイクに向かって走り出した。
「す、凄い…」
ミアの腰に手を回しながら、僕は右側に広がる阿蘇の山々に見とれていた。
僕の世界でも、阿蘇山には来たことがなかった。
それに、この世界は…人間による自然破壊が進んでいないために、すべての風景が違うことにも、僕は気が付かなかった。今乗っているバイクからも排気ガスは出ていない。動力が違うからだ。
「うん?」
ハンドルを握るミアは視界の端に、前方の丘からかけ降りてくる人影に気付いた。
「た、助けて下さい!」
こちらに手を振りながら、向かってくる少女。
「…」
ミアは、ちらっと少女の方を見ると、スピードを上げた。
「み、ミアさん?」
少女の前を通り過ぎるミアの行動に、僕は絶句した。
「…」
「ミアさん!」
無言のミアの耳元で、僕は叫んだ。
「女の子が助けて下さいって!」
「馬鹿が」
ミアは、バイクを止めた。
「魔物の反応もない。それに、こんな場所で女1人でいるなんて…自殺行為か、罠だ。人間もいいやつばかりじゃない。その辺りに、仲間が隠れているかもしれない。魔力のない人間は、ナビに映らないからな」
ミアは、バックミラーを覗いた。
「本当に、彼女が危ないかもしれないじゃないか」
僕はミアから離れると、バイクから降りた。
「どうかしましたか!」
追い越した少女向かって、僕は走り出した。
「まったく」
ミアはバイクを消すと、地面に足をつけた。
そして、目の前に聳える…雄大な阿蘇山に目を細めた。
(火山か…)
ミアはカードを取り出すと、残高を確認した。
(華烈火は、炎属性。余程のことがない限り、やられることは)
歩き出そうとしたミアの耳に、僕の悲鳴が聞こえて来た。
「た、助けて!」
「な!」
こちらに向かってきていた少女の体が突然、炎と化した。それから、炎は鳥のような姿になり、一瞬で僕に近付くと、両足で肩を掴み、空中に浮かび上がった。
「ま、魔物か!」
「あははは」
笑い声を発しながら、阿蘇山の山頂に向かって、炎の鳥は飛んでいく。
「召喚!」
ミアは、カードにコードを打ち込んだ。
すると、フライングアーマーが召喚され、ミアの背中に装着された。
「逃がすか!」
空中に飛び上がり、前方を進む炎の鳥向けて、フライングアーマーの背中にあるバックパックからミサイルを放とうとした。
「チッ」
しかし、捕まっている僕が邪魔だった。
「あはははは!」
炎の鳥は笑いながら少し上昇すると、カルデラの内側に向かって一気に降下して行った。