女神の企み
(追ってこないか?)
ミアは、バックミラーを確認した。
(今の狼…嫌な感じがした。人間と魔…いや、人間から魔になったタイプか)
バイクのスピードをさらに上げた。
(ということは、別の狼に噛まれ、感染したということ。もしそれで、自我を保っているなら、少し厄介だな。まあ〜しかし…もう会うこともないだろう)
ミアは楽観的にそう思うと、神経を前に集中した。
(今は…とにかく、強くなることだ。華烈火のレベルが上がれば)
「…」
前を向いて考え込んでいるミアと違い、僕はずっと後ろを振り返っていた。
その頃…海の向こうの島では、水の騎士団長であるアクアメイトが、まだ主が現れぬ玉座の間で跪いていた。
「お父様の力である…赤の星屑の一つが奪われたとは本当か?」
身に纏った赤いドレスの裾を翻しながら、後からアクアメイトの横を通り過ぎたのは…女神エミナであった。
「は!」
アクアメイトは、エミナを見ることなく頭を下げた。
「どこの間抜けが、奪われたのかは知らぬが…騎士団長ごときに、預けるからだ。最初から私に渡しておけば、誰にも奪われぬものを」
エミナは玉座に座ると、足を組んだ。
「面を上げよ。アクアメイト」
「は!」
アクアメイトは頭を上げた。
「奪われた間抜けは、お前か?」
エミナの言葉に、アクアメイトは額にある第三の目を見開き、
「わたくしではございません」
否定した。
「そうか。ソナタであったならば、今この場で…首を跳ねてやるものを」
エミナの瞳が一瞬、赤く輝いた。
その瞬間、アクアメイトの背中に悪寒が走った。
「まあ〜誰かの詮索は、今はせぬ。だとしたら、お前の用は何だ?」
エミナは口許を緩め、アクアメイトを玉座から見下ろした。
「おそれながら、申し上げます」
アクアメイトは、エミナに一部始終を報告した。
「成る程。ソナタの部下の魔神が返り討ちにあったと…。その」
エミナの目が輝いた。
「小娘と…赤の星屑の適合者に」
「は」
アクアメイトは再び、頭を下げた。
「面白い」
エミナは、口角の端を上げた。
「唯一無二の女神である…エミナ様のお手を、煩わすつもりはございません」
アクアメイトは、立ち上がった。
「やつらは、こちらの方面に向かっているという報告を得ました故に…この地でわたくしに、やつらを狩る許可を頂きたいだけであります」
「…」
アクアメイトの願いに、エミナは微笑みでこたえた。
「エミナ様?」
「一応…許そう」
それだけ言うと、言葉を続けないエミナの雰囲気を察して、アクアメイトは頭を下げると、玉座の間から姿を消した。
アクアメイトの気配がなくなったのを確認してから、エミナは声を出して笑った。
「フフフ…。赤の星屑」
エミナの脳裏に、女神の力を解放した自分の拳を片手で受け止めた…赤星浩一の姿が浮かんだ。
「お父様の力…その力が、すべて!私のものになれば!」
エミナは、拳を握り締めた。
王であるアルテミアの次の地位にあるはずの…女神、エミナ。
しかし、彼女は魔界から離れた…この島に国を与えられ、赤の星屑を一つも守ることを許されていなかった。
「お母様を超えて!私が、王になれる!」
その理由は、女神故の野心であった。
「早く来るがいい!赤の星屑を手土産に!」
「ちっ!」
ミアは、バイクを止めた。
目の前で、道が途切れたからだ。
ここは、実世界でいうところの本州と九州をわける…関門海峡であった。
実世界では橋がかけられ、海底トンネルも整備されているが、ブルーワールドにはなかった。
「渡るか…」
とっくに夜になっていたが、対岸から見える光が町の存在を示していた。
「下りろ」
ミアは、自分にしがみついている僕に言うと、バイクを消した。
「うわあっ!」
ミアはバイクが消えても、上手く着地したが、僕はバランスを崩して、尻餅をついた。
「いくぞ!」
ミアは素早く、別のバイクを召喚した。
水上バイクだ。
「今夜は、向こうの町で宿を取るぞ」
「う、うん」
僕は、ミアに言われるままに新たなバイクに跨った。異世界である。ミアに素直に従うしかない。
「まあ〜その前に」
ミアも跨り、バイクは一気に加速した。
そして、月が浮かぶ海面に飛び込んだ。
「今夜の宿代を稼ぐぞ!」
数メートル進むと、海の底から蛇に似た魔物が口を広げて、飛び出してきた。
「召喚!」
ミアは剣を召喚すると、バイクを加速させ、斬り裂く動きにプラスした。
剣が蛇の頭を斬り落とすと、ハンドルを右に切った。
「一匹では足りない!」
数十匹の蛇が、海から飛び出してきた。
「お前もやれ!」
ミアはハンドルを切りながら、しがみついているだけの僕に向かって言った。
「無理!」
バイクの激しい動きに、僕はミアの腰から腕を離すことができない。目も開けれない。
「ポイントが貯まらないぞ!」
ミアは剣を蛇の頭に突き刺すと、今度はマシンガンを手にした。
「死ね!」
引き金を弾くと、ミアは蛇の群れに向けて、弾丸の雨を叩き込んだ。
(確かに…僕の世界に戻る為に、ポイントを貯めないと)
僕が勇気を出し、目を開けた。
「ついたぞ」
その瞬間、九州側の海岸についていた。
「え…」
僕は勇気を出した分、がくっと肩を落とした。