黒の影
「あ、阿藤さん?」
テレポートアウトしたところはなんと、KYOTOの表の鳥居前だった。
「くそ」
ミアは唇を噛み締めると、カードの残高を確認した。
「無駄なポイントを使わせやがって!」
ミアはすぐに、バイクを召喚すると、横目で地面に尻餅をついている僕を睨んだ。
「いくぞ!」
バイクに股がったミアは、何とか足が届いたの確認すると、カードをハンドルの真ん中に射し込んだ。
「ど、どこに行かれるんですか?」
僕は立ち上がると、お尻についた土を払った。
「予定変更だ。どうやら、あたし達のルートは読まれている。魔界にいくことは変わらないが、入る場所を変える」
ミアはハンドルを動かし、 バイクの向きを変えた。
「九州から琉球を通って…最終は…ヒマラヤからエベレストを越える」
「え!」
途方もないルートに、僕は目を丸くした。
「つべこべ言わずに、後ろに乗れ!」
ミアの怒声に、僕は渋々バイクの後ろに股がった。
「行くぞ!しっかり掴まっていろ」
「はい!」
ミアの華奢な体に、僕は腕を回した。
すると、バイクは…猛スピードで発進した。
(ヒマラヤルートか…)
ミアは心の中で、舌打ちした。
(モード・チェンジが使えるとわかった今…華烈火のレベルを上げれば、一瞬で越えることができる)
ミアは、バイクのスピードを上げた。
「ひぇ〜!」
その瞬間、悲鳴を上げて、思い切りしがみついてくる僕に、また心の中で舌打ちをした。
(今のこいつに山越えをできる力が、あるとは思えない。やはり…)
ミアの頭の中に、世界地図が浮かんだ。
(いくか…。もう一つの魔界に)
琉球から少し…離れた場所にある島。
そこは、実世界では台湾と呼ばれている島と酷似していた。
(あいつが治める国に!)
「ひぇ〜!」
ミアがさらにスピードを上げた為に、僕は再び悲鳴を上げると、彼女の小さな背中に顔を埋めた。
「フン!」
ミアは鼻を鳴らすと、さらに加速した。
「今日中に、琉球近くまで行くぞ!途中、魔物を狩れるだけ狩るからな」
「ひぇ〜!」
あまりのスピードに恐怖を感じ続けている僕の耳に、ミアの言葉は入って来なかった。
バイクは南下し、実世界でいう瀬戸内海沿岸に沿って、九州を目指していた。
ナビを見ながら、防衛軍の駐屯地をできるだけ避けて通った。
少しでもレベルの高い魔物を狩るために、ミアは整備されている道路を避けていた。
バイクを走らせ、マシンガンをぶっぱなしながら、ミアは夜になるのを待っていた。
(夜は魔の時間だ。その前に、夕食をとるか)
ミアは、バイクを止めた。
「少し休むぞ」
バイクは、海岸線を見渡せる山道に停車した。
「死ぬかと思った…」
後部座席から降りた僕は、舗装されていない道に座り込んだ。
「トイレもすましておけ。男なら、どこでもできるだろ」
「う、うん」
ミアの言葉に、僕は頷いた。
正直…恐怖からの大量の汗で、トイレにいかなくてもよかった。
「おい」
ミアは召喚した…ドリンクボトルを僕に投げた。
「ありがとう」
受け取った僕は、中のスポーツドリンクを一気に飲み干した。
「…」
ミアは、バイクから降りる前に、ナビで周囲の魔物の反応を確かめた。
(一匹もいない?)
眉を寄せたミアは、バイクを降りると、辺りを見回した。
ちょうど、日が沈みだし…瀬戸内の海が赤く染まり出していた。
「!」
ミアは、何かの気を感じて、山道の向こうに目を向けた。
ナビには映らないが、ミアの感覚がとらえていた。
(この感覚は、何だ?)
ミアは、マシンガンを手にすると、引き金に指をかけた。
夕焼けの向こうから、夜がやってきた。
いや…夜には、まだ少し…早すぎた。
夜より前に、漆黒の影が近付いてきた。
「うん?人」
僕は空になったボトルを握り締めながら、山道の先を見た。
確かに、近付いてくるものは…人の形をしていた。
(人…いや、魔か?)
ミアは目を細めると、マシンガンを持ったまま、バイクに股がった。
「バイクに乗れ!」
ミアは僕に命じると、エンジンを起動させた。
「え!」
驚く僕の目に、影が四つんばになり、猛スピードでこちらに向かってくる様子が映った。
「狼男か!」
ミアは、慌てて後ろに乗った僕を確認することなく、バイクを発車させた。
「お、お、狼男!?」
モンスターの中でも、ポピュラーな存在だが、僕は会いたくなかった。
「ちっ!」
ミアは狼男の方に向かって、バイクを走らせた。
「あ、阿藤さん!」
「しゃべるな!舌を噛むぞ!」
僕は、ミアの腰にしがみついた。
巨大な狼と化した影は、まっすぐにこちらに向かってくる。
ミアも、車体を狼男に向けていた。
猛スピードで衝突すると思われた瞬間、ミアはハンドルを右に切ると同時に、左に向けた銃口から、弾丸を発射させた。
「!」
弾は、狼男の横っ腹に命中した。
「よし!」
ミアはさらに、スピードを上げると、その場から走り去った。
「…」
銃弾を受けた狼男が、足を止め、振り返った時には…バイクはもう見えなくなっていた。
「まったく」
狼男は、立ち上がった。
「いやになるわね」
夕陽の最後の輝きがなくなる中、狼男は体のラインを露にした。
「狼…男だなんて」
全身を覆っていた毛が抜け、山道の真ん中で裸体を露にした。
「失礼しちゃうわ」
豊かな二つの膨らみを揺らしながら、狼…女はどこからか、カードを取り出した。
それは、黒い…カード。
「噂通りね」
女は、白のTシャツに黒いパンツと黒のジャケットを身につけた姿になった。
「まあ〜いいわ。まだ熟していないみたいだし〜」
女は舌舐めずりをすると、バイクとは反対方向に歩き出した。
「ブラックカードか」
雷光からの追加の報告を受けて、ジャスティンは自らの持つ黒いカードを取り出した。
ディスクと机しかない司令官室に、ジャスティンはいた。
ジャスティンが持つブラックカードは、プロトタイプと言われ…カードシステムを使わなくても、魔物から直接魔力を奪うことができた。
しかし、その後つくられたブラックカードは、カードシステムにより、無尽蔵に使えるようになったが…人の判断を狂わせると、回収され…破壊された。
回収できなかったのは、ジャスティンが持つカードと、創設者であるティアナのカード。この二つは、プロトタイプである。
あともう一枚は…防衛軍の当時最高責任者が使用していたが…騎士団長に奪われたと未確認ながら噂され…公式には行方不明となっていた。
「ブラックカードは、行き過ぎた人の欲望だ」
ジャスティンは、カードをぎゅっと締めた。
「何に使うつもりだ?」
「だけど〜あなた達は目立つから…急ぐことはないわね」
狼女はにやりと笑った。
「今は亡き…我が主の為に」
ブラックカードを握り締め、
「人も…魔物も!」
歩く速度を上げた。
「私が支配してあげる」
狼女は、カードの表面を舌で舐めた。