新しき刃
「結界が消えたって?」
僕は学生服を着替え終わると、ミアの方に振り返った。
「フン」
ミアは鼻を鳴らすと、KYOTOに背を向けた。
「どうせ、中に化けもんがいたんだ。今更、結界がなくなっても支障はないだろうさ」
「で、でも!外から魔物が入ってくるんじゃないの?」
素朴な僕の疑問に、ミアはフッと口許を緩めた。
「まあ〜大丈夫だろ。ここは、魔都だ。さっきのやつらを今まで、抑えていたやつがいるはずだ」
「抑えていたもの?」
「恐らく…式神を創った一族の末裔」
ミアは顎に手を当てると、そのまま歩き出した。
「しかし、今はそんなやつに構っている場合ではない。予想外だったが…確認作業ができたしな」
ミアはにやりと笑うと、顎から手を離し、僕の横を通り過ぎた。
「いくぞ。目的地は、あくまでも魔界だ」
「ま、魔界って!」
驚き、声をあらげる僕に、ミアは足を止めずに、口を開いた。
「今のお前は、その身に赤の星屑を宿している。例え、どこに逃げたとしても、魔王軍が追いかけてくる。お前がやるべきことは…早くポイントを貯めて、この世界から逃げることだ」
ミアの言葉に、僕は学生服のポケットに入れていたカードを取り出した。
「その為には、魔物を倒し、ポイントを貯めなければならない。魔界に近付ければ近付く程、数は多くなる」
「…」
僕は無言でカードを一度、握り締めた後、ポケットに突っ込んだ。
「理解したなら、行くぞ」
僕とミアは、裏門となる鳥居に潜った。
ミアは振り返ることなく歩いていくけど、僕は何故か振り返ってしまった。
(KYOTOか)
名前は似ているが、僕が知っている町とは違っていた。
(やはり…異世界なんだ)
感慨深く見つめた後、僕は鳥居に頭を下げると、前を向いた。
その瞬間、僕はミアの背中とぶつかった。
「あっ!ごめん」
思わず謝った僕を無視して、ミアは突然前方に現れた人物に目を細めた。
「何か…用ですか?」
ミアは一瞬で笑顔をつくると、かわいく首を傾げた。
「いや〜ねえ。お嬢ちゃん」
僕らの前に現れたのは、轟雷光だった。 雷光はばつが悪そうに頭をかくと、ミアの後ろに立つ僕に、目をやった。
「成る程…噂は、本当のようですね」
雷光も笑顔をつくると、ミアに目線を戻した。
「私は怪しい者ではありませんよ。人類を守る防衛軍の一員であります」
「防衛軍?」
僕は、ミアの頭の上から、雷光の容姿をまじまじと見てしまった。
くたびれた黒のスーツに、金髪に染めた…髪。
防衛軍というからには、軍人であるはずが…町にいるチャラ男にしか見えなかった。
疑いの目を向ける僕とは違い、ミアは雷光の肩に縫われた紋章に目をやっていた。
「だったら。その人類を守る防衛軍が、あたし達に何の用ですか?そんな物騒なものを手にして」
ミアは目で、雷光が左手に持っている黒い鞘を示した。
「これは、失礼しました。一般の方に申し訳ない。あははは」
雷光は再び頭をかき、笑いで誤魔化そうとした。
「あ、阿藤さん…」
僕は、ミアに耳打ちした。
「確か…防衛軍の人に会って、ブラックカードを貰えないかと言ってませんでしたっけ?」
「チッ」
僕の言葉に、ミアは軽く舌打ちした。
「ブラックカードねえ〜」
その単語を聞いた瞬間、雷光の雰囲気が変わった。
「できれば〜穏便に、ご同行願いたかったんですがね」
「残念ですけど」
ミアは微笑み、
「そんな暇はありませんわ」
後ろ手で、僕の胸ぐらを掴んだ。
「逃がしませんよ」
雷光が鞘を抜くのと、
「じゃあな」
ミアがテレポートするのは、ほぼ同時だった。
「チッ」
雷光は舌打ちすると、鞘を納めた。
すると、前方にあった鳥居が斜めにスライドし、倒れた。
「ブラックカードを知っているとは…何者だ?」
そして、スーツの内ポケットからカードを取り出しすと、鳥居に向けた。
「ったく…。こっちは安月給だと言うのにな」
修復魔法が発動し、鳥居は元に戻った。
「すいません」
雷光は、鳥居に背を向けると、カードを耳に当てた。
「ターゲットらを取り逃がしました」
「了解した」
通信相手は、ジャスティンであった。
「しかし、やつらの目的地はわかりました」
「魔界か」
ジャスティンの即答に、雷光は眉を寄せた。
「すべて了解した。お前は、本部に戻れ」
「了解」
雷光は、不満そうにこたえてから、報告を追加した。
「そういえば〜今、鳥居を斬って元に戻したんですが。KYOTOの結界…なくなってますよ」
「そうか」
あまり興味のないように返事したジャスティンの反応に、雷光は訝しげに首を傾げた。
通信は、それだけで切れた。
「ふぅ」
雷光は息をはくと、カードをしまった。
「どこまで、読んでいるのか…」
呟くように言うと、雷光は虚空を睨んだ。
「だが…今のやつらは危険だ。特に、女…だと思わないか?」
そして、後ろをちらっと見ると、口許を緩めながら、雷光はテレポートした。
「…」
鳥居の向こうで、暁直矢が立っていた。
「問題はない」
雷光がいなくなってから、直矢は学生服の内ポケットから、ブラックカードを取り出すと、
「最後の王になるのは、僕だ」
握り締めた。
「魔界になど…用はない。僕が行くべき場所は」
直矢はフッと笑うと、テレポートした。
行く先はわからない。
しかし…それが、ミア達とはまったく違う道であることは、確かだった。