今こそ試すとき
「あはははは!」
空中に浮かぶブレイドは、さらに上空を見上げた。
雲の向こうに、米粒くらいの大きさのミアの背中が見えた。
「さあ〜どうする!このまま、鎧の耐久性を信じて、落下するか!それとも、その鎧には空を飛ぶ能力があるのか!見せてみろ!」
ブレイドは空中で翼を広げると、高度を上げた。
(そ、空!?)
炎の鎧と化しても、少し意識が保てるようになっていた僕は、ぞっとした。
今ここで、鎧化が解けたら…地面に向けて、まっ逆さまだ。
(そ、空を飛ぶマシーンとか召喚できないのかな!)
僕の焦りとは裏腹に、ミアは落下しながら、笑っていた。
「空か…」
呟くように言った為に、僕には聞こえなかった。
「空か!」
ミアは目を見開き、全身で空気の感触を確かめた。
「帰って来たんだ!あたしは!」
ミアは両手を広げ、数秒だけ落下の感覚を楽しんだ後、拳を握り締めた。
「おっと…感慨深くなっている暇はなかったな。いつ魔装が解けるかわからない!だからこそ!今!試す!」
ミアは、上空の太陽に目を細めながら叫んだ。
「モード・チェンジ!」
(えっ)
ミアの叫びに呼応して、僕の体がざわめくのを感じた。
(体が…変わる!?)
「いくぞ!」
ミアは空中で体を回転させると、頭から落下する体勢に変えた。
「落下速度が上がった?」
下から接近してくるブレイドが、目を見開いた刹那、左肩に傷が走り、鮮血が流れた。
「何!」
目で下を見たブレイドは、急降下したミアを探した。
「どこを見ている」
上から声がして、ブレイドは驚きながら、顔を上げた。
「天空の騎士団ブレイドと言ったな」
「!」
ブレイドは、大きく目を見開いた。
「空は、てめえらだけのものじゃないぜ」
天空に純白の翼を広げ、白い鎧を身に纏った…その姿は。
「天使!」
絶句するブレイドに、ミアは吐き捨てるように言った。
「あいつらといっしょにするな!」
「くっ!こ、小娘が!」
ブレイドは両手の刃を擦り合わすと、竜巻を発生させた。
「なめるな」
ミアは、右手を下に向けた。
すると、竜巻は一瞬でかき消された。
「ぐわあ!」
次の瞬間、ブレイドの全身に傷が走った。
「か、かまいたちだと!」
ブレイドは両手をクロスさせて、顔を防御した。
「てめえらの王に伝えろ」
ミアは、下に向けた右手を握り締めた。すると、その手の中から風が発生し、固定化した。
まるで、槍のように。
「てめえをぶっ倒すとな!」
槍は、周囲に更なる風を纏い、表面を電気がはい回った。
「こ、この技は!あ、あり得ない!」
ブレイドは思わず、空中で動きを止めた。
「くらえ!」
「ひぃ!」
悲鳴を上げると、慌ててこの空域から逃げようとしたブレイドの動き、思考、神経よりも、ミアの動きが速かった。
僕が気付いた時には、上空数十キロにいたミアは、地上に着地していた。
「女神の…一撃…」
呟くようにミアが言うと、魔装が解けて、裸の僕が地面に倒れていた。
「ば、馬鹿な…」
体の殆どが抉り取られたような姿となったブレイドは、片目を見開きながら、残った体を震わしていた。
「い、今の技は…我が…」
残った体にも、電流が絡み付いていく。
「王!」
電流はスパークし、ブレイドを包んでいく。
「あ、あ、あ、アルテミア様のお!」
次の瞬間、ブレイドのすべてが塵を化した。
天空の騎士団らしく、塵は大気の流れに任せて消えていった。
「へぇ〜。モード・チェンジか」
KYOTOの鳥居の前に、轟雷光が立っていた。
「珍しいものを見れたな」
手をかざし、上空を見上げていた。
「確か…その技を使えたのは、人間では二人だけだ。創始者である…ティアナ・アートウッド。そして、我が師でもある…ジャスティン・ゲイ」
雷光は、黒い鞘を左手に持ちながら、結界が消えている町の中に入ろうとした。
すると、いきなり…結界が張られた。
「うん?」
妙な気を感じて、雷光は鞘に右手を当てると、親指で鍔を少し動かした。
「…」
鳥居を挟んで、結界内に立つのは、暁直也だった。
しばし、二人は視線を交わした。
「フン」
雷光は、右手を鞘から離すと、鳥居に背を向けた。
「防衛軍が、人間とやり合う理由はない」
そして、後ろに手を上げると、雷光は歩き出した。
「それに…彼女達は、この地から出る。無理はせんよ」
「…」
遠ざかっていく雷光の背中を見つめる直也の肩に、ティフィンが止まった。
「…ブレイドがやられたな」
直也の言葉に、ティフィンは肩をすくめて見せた。
「仕方がないわ。あいつが弱かった…それだけ。弱肉強食のこの世界では、当然よ」
「フッ」
ティフィンの無理した…冷めた言い方に、直也は少し笑うと、ゆっくりと鳥居に背を向けて歩き出した。
「直也?」
ティフィンは、直也の肩から離れた。
「弱肉強食…。その通りだ」
直也は、両手をズボンに突っ込みと、反対側に立つ鳥居を睨みながら、メインストリートを歩く。
ちょうど真ん中に来ると、直也の姿が消えた。
「!」
管制室内はいきなり、現れた直也の姿を見て、騒然となった。
アベと呼ばれていた人物以外…円卓に座っていた3人が立ち上がった。
「ど、どうして!こ、こちらに!」
アベのそばに立つ髭の男は戸惑いながら、直也を見た。
「茶番は終わりだ」
直也は、座るアベを指差した。
すると、アベの首が取れ…床に転がった。
「!」
その様子を見ても、3人は驚かない。ただ…直也を見て、怯えていた。
「世界が再び、変わる!もう魔都は、必要ない!」
直也はカードを取り出すと、管制室に向けた。
「今日から、ここは特区ではない。己の身は、己で守るがいい!それが!」
管制室は消え、中にいた3人とオペレーター達は、メインストリートに立っていた。
「第28代!阿部生命の隠し名を持つ…我の命だ」
そう言うと、直也はカードを学生服のポケットにしまった。
「き、KYOTOを!お見捨てになられるのか!」
髭の男の言葉に、直也は憐れむような目を彼に向け、
「勇者が、ここだけ守ってどうする?」
その後…彼らを捨てて歩き出した。
「うん?」
そそくさと召喚した服を着ている僕に背を向け、腕を組みながら空を見上げていたミアは、眉を寄せた。
「また…結界が消えた?」