思い出纏う面影
管制室内。アベの隣にいた髭をたくわえた男が突然、静寂の中、立ち上がった。
「失礼」
そう言うと、紫のスーツの胸ポケットからカードを取り出した。
その瞬間、男は消えた。
一度、メインストリートの真ん中に姿を見せると、空中に浮かぶブレイドを見て、鼻を鳴らし、すぐにその場から消えた。
「呼び出しておいて、少し遅刻したな。すまん。ちょっとな〜予定外の訪問者がしてな」
髭の男はテレポートアウトすると、すぐに煙草を取り出した。
下り立った場所から、海が見下ろせた。
ここは、実世界でいうところの…福島県のとある海岸線であった。
「別に…気にしていませんよ。あなたに呼び出されたならば、時間は惜しくない」
髭の男と海の間に、1人の男が立っていた。
がっしりとした体格ではないが、服を着ていても、鍛え上げられた肉体を想像できた。
そして、何よりも…決して広くない背中が、海よりも大きく見えた。
「お前は…相変わらずだな…」
髭の男は、煙草の煙を吐き出し、
「相変わらず、前よりも強くなっているな。ジャスティン」
口許を緩めた。
「…」
ジャスティンと呼ばれた男は、無言で振り返ると、髭の男を数秒じっと見つめた後、
「あなたこそ、おかわりなく…藤原先生」
やさしく微笑んだ。
「…」
髭の男は煙草を簡易半皿に捩じ込むと、ゆっくりと歩き出した。ジャスティンの隣まで来ると、顔をしかめた。
「先生はやめろ。総司令官殿」
藤原の言い方に、ジャスティンは苦笑した。
しばらく、無言が続き…二人は海を見つめていた。
「なぁ〜ジャスティンよ」
藤原は再び、煙草をくわえた。
「こっち側に来ないか?」
スラックスのポケットに片手を突っ込みと、藤原は煙を吸い込んだ。
「やはり…KYOTOは、そうなりましたか」
ジャスティンは笑うと、目線を少し下に下げた。
「総攻撃が始まれば、人類に勝ち目はない。お前、1人が頑張ったとしてもだ。7人の騎士団長、全員には勝てまい」
煙を吐き出す藤原。
「そんな理由で、やめることはあり得ませんよ」
ジャスティンは、すぐに消えていく煙に目を細めた。
「だろうな」
藤原は、頭をかいた。
「…」
再び沈黙が続く。
ジャスティンは一度、目を瞑った後…藤原に目をやった。
「どうしても…許せませんか?」
「うん?」
藤原は、簡易灰皿に煙草を捩じ込んだ。
「元…安定者である貴方が」
ジャスティンの言葉に、藤原は海に背を向けると、歩き出した。
「…一応、筋は通した。俺達は、やつらにつく。KYOTOは…どうにもできないだろうがな。あの地は、特別だからな」
「わかってますよ」
ジャスティンは、振り返らない。
「しかし〜なんだ」
藤原は胸ポケットからカードを取りだしながら、言った。
「今の王は…あいつの娘だぜ?ティアナ・アートウッドのな」
藤原は、足を止めた。
「それでも、お前は…人間の為に戦うのか?」
その問いに、ジャスティンは拳を握り締めた。
「あの人は、貴方と違う」
「だな」
藤原は笑った。
「先生!」
ジャスティンは、振り返った。
「そう言えばな〜。KYOTOに面白いやつらが来たぜ」
にやりと笑うと、藤原は片手を上げ、その場から消えた。
「面白いやつら?」
ジャスティンは、藤原が消えた空間をしばし見つめてしまった。
「くそが!隠れる場所がない!」
近くの土産店に入った僕とミアは、陶器が並ぶ店内を疾走した。
僕の腕を引きながら、ミアは対策を考えていた。
「天空の騎士団だと?今の魔神は知らないが…空中からは不利だ」
ちらっと、後ろの僕に目をやると、ミアは舌打ちした。
(華烈火になるか?しかし!)
ミアは走りながら、周りに目をやった。
(人間に紛れて、変幻した魔物がいる!何だ?この町は)
ミアは、店員の制止を無視して、店の裏口に出た。
(町の外まで、二人分テレポートするポイントはない)
店と店の間の路地から、空が見えた。
(とにかく!隠れる)
ミアは、隣の店の裏口に侵入した。
「ミ、ミアさん?」
逃げながら、僕は周りをキョロキョロと見回していた。
「黙っていろ!」
今度は、乾物屋の店内を走りながら、ミアは吐き捨てるように言った。
「で、でも…魔物が出たのに…誰も慌てていないね」
素朴な僕の疑問に、ミアは足を止めた。
「!?」
周りを確認すると、誰も慌ててはいない。仮にも、魔物が町の中に現れたのだ。警戒注意報が鳴っていてもおかしくはない。
「それが、魔都KYOTOだ」
突然、店の天井から何かが落ちてきた。
「よ、妖精?」
僕の目の前で、止まった人形程の大きさの妖精に、ミアは手を離すと、銃口を向けた。
「あんた…。懐かしい匂いがする」
妖精は、ミアの動きを無視して、僕の顔をじっと覗き込むと、鼻をひくひくさせて匂いだした。
「!」
思わずたじろぐ僕に、にっと笑いかけると、妖精は半転し、ミアに体を向けた。
「物騒なものを向けやがって!あんたが、噂のホステスか」
顎を上に向け、腕を組む妖精を見て、ミアは目を見開くと、銃口を下に向けた。
その動きを見て、妖精は僕の肩にとまった。
「あたしの名は、ティフィン。あんたらを助ける気はなかったけど…少し気が変わったわ。あいつに見つからないように、案内してあげる」
そう言うと、僕から見て右側の狭い通路に向かって飛んで行った。
「いくぞ」
ミアは銃をしまうと、ティフィンの後を追って歩き出した。
「い、いいの?」
あっさりと妖精の言う通りにするミアに驚きながら、僕も歩き出した。
店を出ると、僕らはティフィンの導きで、屋根があるところや空中から死角になるところを選びながら歩き続けた。数分後、僕らは地下街へと来ていた。
「この町の地上は、結界を張るために、建物の配置が決まっているから…地下が発展したの。地下っていっても、町の外周にそってだけど」
ティフィンは、地下街を飛び回った。
「…フン」
ミアは周囲を確認した。
地下の方が、魔物がいそうなものだが…あまり反応がなかった。
「でも…よくあの魔物に見つからなかったですね」
僕は、一番近くにある団子屋に目をやった。
「この町のことは、よくわかっているから」
ティフィンは、空中で回転した。
「それに、あたしは!元盗賊団の一員だから!それも、赤の盗賊団の!」
自慢気に言うティフィンに、僕は首を傾げた。
「赤の盗賊団?」
「し、知らないの!あの有名な!」
「うん…。すいません」
謝る僕を見て、ティフィンは目を丸くした。
「だったら…どうして…。赤の星屑を手にいれたのよ?」
「え」
呆けた声を出す僕を無視して、ティフィンは、周囲を監視しているミアに顔を向けた。
「確かに…あいつからは逃げれたようだが…他に見つかったな」
ミアはティフィンを無視して、後ろに体を向けた。
すると、地下街を歩いていた人々が一斉に道を開けた。
「情報が…本当か…確かめたい」
十二単のような着物を着て、扇で口をふさぎながら、近付いていく男がいた。
「やれやれだぜ…」
ミアは、カードにコードを打ち込んだ。
すると、トンファーが召喚された。
「馬鹿妖精。てめえとの話は後だ」
ミアは、近付いて来る男を睨んだ。
「一応、先に五百メートルくらい行ったら、鳥居の近くに出れる階段があるから」
そう言うと、ティフィンは僕らから離れていった。
「ブレイドの妖精か。うまく誘い出してくれましたね」
男はクククッと笑うと、周りにいる民衆に目をやった。
すると、一部の民衆達の目の色が変わり、一斉に僕らに襲いかかってきた。
「式神か」
ミアは、トンファーを回転させた。
式神ではない…普通の人間は一斉に、僕らから離れていった。
「関矢…だったな」
ミアは、僕の方を見ずに言った。
「自分の身は、自分で守れ」
「え!」
驚く僕。
「魂を…心を燃やせ!そうすれば、お前の炎が大抵のやつを排除する!」
ミアはそれだけ言うと、地面を蹴った。
「その女よりも、男を捕まえろ!あやつの体には、赤の星屑があるはずじゃ!」
十二単の男の言葉に、式神達は僕に向かってくる。
「させるか!」
ミアは小さな体をさらに伏せると、式神達の足を払った。
将棋倒しになる式神達。
「こいつに手を出すな!」
ミアは、倒れた式神達を踏み台にするとジャンプし、頭上から十二単の男を狙う。
「無駄じゃ」
男が扇を上に払うと、ミアの体が空中で何かに突き上げられて、天井に激突した。
「う!」
ミアの手から、衝撃で…トンファーが床に落ちた。
「ミアさん!」
思わず、ミアに駆け寄ろうとする僕の前を、式神達が遮った。
「うわあああっ!」
何十本もの腕が、僕に伸びてきた。
「た、魂を…燃やせ…」
天井から、床に落下しながら…ミアは、呟くように言った。