風の刃
「魔都か…」
路地から出た暁直矢の目に、数キロ先の鳥居が飛び込んできた。
「人と魔をわける境界線」
暁直矢はカードを胸ポケットにしまうと、歩き出した。
風に靡く髪を気にせずに歩く彼の耳に、言葉が飛び込んできた。
「魔神の1人がやられたらしい。それも…幼い幼女らしい…」
(幼女?)
その言葉に、暁直矢は顔をしかめた。
「幼くても…」
姿勢を正したまま、まっすぐにメインストリートを歩く。
「女は…不浄だ」
呟くように口にすると、暁直矢はただ真っ直ぐに道を進んだ。
「…」
その頃、僕とミアは…メインストリート横の路地からさらに外れ…昼間から営業している居酒屋に入っていた。
「ぷはあ〜」
ビールジョッキの中身を一気に飲み干すと、ミアはテーブルに叩き置いた。
「やはり!昼間から飲んだら、まわるなあ!」
見た目は、幼女に見えるミアであるが…カードを使い、ミラージュの魔法を発動していた。
一応…端から見たら、大人に見える。
「…」
僕は背を丸めながら、目の前に並ぶ料理を見下ろしていた。
一応…焼き鳥に見える。
「心配するな。てめえがいた世界と、生態系は変わらない。ただ」
ミアは、串を一本手に取ると、一気に肉を口にした。
「人間の上に、魔物がいるだけだ」
そう言うと、近くを通りかかった店員におかわりを注文した。
僕は、真面目に注文したお茶をちびちびと飲むことにした。
(にしてもだ…)
ミアは、焼き鳥を頬張りながら、目線を動かさずに周りを観察していた。
(仮にも、108の魔神の1人が倒されたんだ。やつらの動きがあってもおかしくはないが)
店員が運んできたおかわりに手を伸ばし、気を探った。
(この体では、近くしか感知できない)
恐る恐る串に手を伸ばす僕を無視し、ミアは欠伸をして背を伸ばすふりをした。
(それとも〜やはり、この土地は…特別なのか)
ミアは背を伸ばしながら、後ろを見た。
店の暖簾の隙間から、鳥居が見えた。
KYOTO…。
その町に、二つの鳥居よりも高い建造物はない。
どこにいても鳥居は、目にすることができた。
魔物の襲撃が想定できる人の町で、隠れる場所がないことを意味していたが…この地区は、特別であった。
巨大な結界が、町全体をおおっているからだ。
(式神を創った町)
ミアは背伸びをやめると、焼き鳥に手を伸ばそうとして、絶句した。
何故ならば、皿の上にあった串達はすべて…僕によって食べられていたからだ。
「あっ」
思わず声を上げた僕を見て、ミアは肩をふるわしながら、おかわりを注文した。
「一致しました」
メインストリートのちょうど真ん中の地下…この町の核ともいうべきところに、管制室があった。
管制室そのものは、球体であるが…その中には正方形の人工物が埋め込まれていた。
「10分前に鳥居内に入った者の名前は…阿藤美亜。ダイザが経営していた店のホステスと一致しました」
機械的なオペレーターの報告に、管制室の中央にある円卓に座る男が笑った。
「偽名で登録しないなんて〜舐めているな。小娘が」
「しかし…やつが、赤の星屑の一つを手に入れたことは本当なのですか?赤の星屑を管理しているのは、水の騎士団長カイオウ様とアクアメイト様に、天空の騎士団長サラとギラ様。そして…」
「炎の騎士団長であるライカ様に業火様…それとも、リンネ様か…」
現在騎士団長は、7人いた。
彼らの誰かが…赤の星屑を保持していた。
持っていると広言しているのは…自信家であるアクアメイトしかいない。
どうして、誰が管理しているのかわからなくしているのか。
「人類最強の男…ジャスティン・ゲイは、騎士団長と互角の力を有している。やつに、赤の星屑を奪われたならば!」
「赤の王の復活につながるかもしれない!」
管制室での会話を聞いて、部屋の角にいた男は笑うと、管制室から出た。
管制室に一つだけある扉を開くと…一瞬で、男はメインストリートの真ん中に移動していた。
「人間とは…愚かなものだな」
黒の背広を着て、背中まである髪を靡かせ、長い睫毛をふせながら歩く男の肩に、人形と間違う程の小さな妖精が止まった。
「人間ってそんなもんじゃないの?」
肩をすくめた妖精に、男は口許を緩めた。
「ほお〜。かつて、赤の盗賊団に所属していた…女の台詞とは思えないがな」
男の意味深な言い方に、妖精はキレた。
「あ、あのさあ!赤の盗賊団に、人間は一人もいなかったの!あの馬鹿が、勇者と言われたから、おかしくなったけどさ!」
「勇者か…」
男は、目の前の鳥居に目を細めた。
「割にあわないジョブだ」
ゆっくりと歩き出した男は、虚空を睨んだ。
「だとしたら…いいんだな?ティフィン。赤星の後継者かもしれない相手を殺しても」
その言葉に、ティフィンと呼ばれた妖精はそっぽを向き、
「あいつは、馬鹿な女に騙されて死んだ!あいつはもう、いない!」
力強く言い切った。
「それをきいて、安心したよ」
男は歩きながら、後ろ手で髪を束ねた。
「108の魔神が1人…風のブレイドが…小娘と、もう1人を始末する!」
すると、風がわき起こり…ブレイドの長い毛先が切り落とされた。
「べ、別に!問題ないからね!」
ティフィンはそっぽを向きながら、ブレイドの肩から離れ、どこかに飛び去って行った。
「戦闘体勢は整った!あとは、貴様らが…私の退屈を埋めてくれるかどうかだ」
額に落ちた髪の隙間から、眉間に開いた…第三の目を光らせながら、ブレイドはゆっくりと歩き出した。
「ブレイドめ…。あやつ、殺すつもりですよ」
管制室内の円卓に座る…平安時代の貴族のような出で立ちをした中性的な男が、口許を扇で隠しながら言った。
「…」
円卓に座る者達は五人。その中で、真ん中に座る男は、目線を円卓の真ん中に固定し、ピクリとも動くことはなかった。
「アベ様は、如何にお考えで?」
「…」
アベと呼ばれた男は、反応しない。
「マロよ」
アベの隣に座る口許に髭をたくわえた男が、口を開いた。
「この地は、魔と人の境界にある。魔王ライの時代は、疎んじられていたが…今は違う。人の滅びが近い今!我々がやることは決まっている」
髭の男は、アベに目を向けた。
「そうでありましょうぞ。アベ殿」
「…」
アベはその問いにこたえず…ただ目を瞑った。
その瞬間再び、管制室に静寂が戻った。ただ…監視モニターの明かりだけが、彼らを照らしていた。
「ご馳走さん」
居酒屋を出たミアは、青空に向かって大きく背伸びした。
「ち、ちょっと待ってよ!」
支払いを済ました僕は、急いで店を出た。
「どうして、僕が払うんだよ!」
僕の言葉に、ミアははあ?と首を傾げた。
「こういう時は、男が払うものだろ?お前の世界の決まりなんだろ」
「い、いつの話だよ!最近は、割り勘が…じゃなくて!僕は、自分の世界に戻らなくちゃならないんだ!あんたも言ったじゃないか!ポイントを貯めろと!」
僕の言葉に、ミアは邪魔くさそうに頭をかき、
「これだけは言っておくぞ」
軽く僕を睨んだ。
「あたしのポイントは、あたしのもの。お前のポイントもあたしのものだ」
「誰の格言だ!」
「それにな」
ミアは前を向くと、フッと笑った。
「戦うのは、あたしだ。ポイントがいるんだよ」
突然ミアは、剣を召喚させた。
「ミアさん?」
「黙ってろ」
ミアは剣を振り上げると、摺り足で前に進み、路地裏から飛び出した。
「手癖の悪い…お嬢ちゃんだな」
「てめえこそな」
ミアの剣を左腕を受け止めたのは、ブレイドだった。
「しかし…」
メインストリートから路地裏に姿を見せたブレイドは口許を緩めながら、腕で剣を押し返した。
「もっといい剣を召喚するべきだったな」
「チッ」
ミアは舌打ちすると、上半身を後ろに反らした。
すると、ミアの前髪の先が切れ、手にしていた剣が真っ二つに折れた。
「フッ」
ブレイドは、右腕を横凪ぎに振るった。
「!」
ミアは慌てて、身を捩ると、地面に転がった。一瞬前までミアがいたところに亀裂が走った。
「我が名は、ブレイド。天空の騎士団に所属している」
ブレイドの周りを風が包むと、自らを包んでいた背広が細切れになり、鋼のような筋肉を露にした。
「いくぞ!小娘!」
ブレイドの両腕は、巨大な刃と化していた。
「天空の騎士団だと!」
ミアは下唇を噛み締めると、僕の方に走ってきた。
「逃がさん!」
ブレイドが両腕で擦り合わすと、突風が沸き起こった。
「召喚!」
ミアの手に握られた銃から、弾丸が放たれた。
「つまらん攻撃だ」
突風は、銃弾を粉々にした。
「な!」
その瞬間、粉々になった銃弾から目映い光が発生した。
光はすぐに止んだが…ブレイドの視界が戻った時には、僕らの姿が消えていた。
「小賢しい」
ブレイドは笑うと、空中に浮かび始めた。
「逃がすか」




