第一章 華烈火 激闘編開幕
「マイロンが、やられたようです」
魔神マイロンの死を告げる知らせに、魔王の居城にいたアクアメイトは、絶句した。
「な、何だと!?」
「フフフ…」
そんな中、向日葵畑で含み笑いをもらすカイオウのもとに、サラが来た。
「思惑通りということですか?」
サラの問いに、カイオウは首を傾げた。
「はて?何のことかな」
惚けるカイオウに、サラは呆れて見せた。
「…これにより、世界の動きが変わると?しかし!所詮、マイロンは…108の魔神と言っても、赤星浩一達に倒されたオリジナル達を埋める為に、新たにつくられたもの達。我々やオリジナルの魔神達とは、魔力が違います」
サラの言葉に、カイオウは目を瞑った。
「魔力の差で、決まる訳ではないか」
と言うと、カイオウはその場から消えた。
「…」
サラは、自らの周りを囲む向日葵に目をやり、ぽつりと呟いた。
「ライ様」
「…で、噂になっていますよ」
町を出たはずの僕とミアは再び、戻ってきていた。
「働いていた店が、爆破されたらしいですね。それをやったのが、ホステスの1人で、まるで…ブロンドの悪魔の再来だと」
狭い地下室の一室で、ソファー席に座る僕とミアの向こうで、こちらに背をむけ、一心にパソコンを操作し続ける小柄な女。
忙しいのか長い髪をゴムでまとめながら、画面を睨んでいた。
「しかし、それよりも…話題になっているのは…108の魔神の一人が倒されたこと」
女は、パソコンを打つ手を止めた。
人類を守る防衛軍は、市民に魔物の出現ポイントや現在の状況を事細かに発信していた。
特に危険である…魔王軍に属する魔物達の情報は掴みづらいが、得ることができたら即座に発信されていた。
「ああ〜そうみたいだな」
勝手に置いてあったコーヒーを頂きながら、ミアは欠伸混じりに頷いた。
「コーヒー…」
そろそろ…自分が本当に、異世界に来たと実感し始めた僕は、恐る恐るカップ内を覗いた。
「心配いりませんよ。関矢さん。わたしは、あなたの世界に行ったことがありますが、味は変わりません」
女はキーボードに走る手を止めると、くるりと椅子を回転させて、僕の方を向いた。
「まあ〜どこでも、ブランドで、細かく味は変わりますが」
にこっと微笑んだ女の笑顔に促されて、僕はカップを口に運んだ。
「う、上手い」
思わず、口に出てしまった。
女はそれを見て、満足げに笑顔をつくった。
それから、ミアの方に体を向け、
「研究通りの結果が得れたということですね。ライフエナジープロテクター…あなたの理論が証明された」
ミアの顔をじっと見つめた。
「そんなものじゃない」
ミアは、左手の指輪に目をやった。
「かつて…赤星浩一は、剣に自らの魔力を纏わせて、使っていた。それを応用しただけだ」
「…その指輪…」
女は、吐息混じりの息を吐いた。
「最初、あなたから言われた時は、信用していませんでしたが…今は、信じましょう。あなたがどうして、手にしたかは知りませんが」
女は、椅子から立ち上がった。
「勇者…赤星浩一がつけていた指輪」
女の言葉に、僕はカップを手に持ちながら、ミアの左手を見た。
ミアは二人の視線に気付き、フッと笑うと立ち上がった。
「あんたらに次の依頼だ。ブラックカードを手に入れたい」
「ブラックカード!」
ミアの言葉に、女は目を見開いた。
「そうだ」
ミアは頷いた。
しばしの沈黙の後、女が口を開こうとした時、カードの呼び出し音が鳴った。
女はディスプレイを確認することなく、通信に出た。
「舞。今、向こうの世界から帰還した」
「了解。お疲れ様」
舞と呼ばれた女は、通信を切った。
「只今、うちのものが帰ってきました。一応、検討して見ますが…ブラックカードは、今の防衛軍長官により、封印されたと聞いています。防衛軍本部に忍び込むことは、不可能に近いです」
「防衛軍に忍び込む必要はない」
ミアは、口許を緩め、
「赤星浩一は、ブラックカードを持っていた。そのカードは紛失している。そいつを探してほしい」
舞の目を見つめた。
「赤星浩一のカード!」
舞は、絶句した。
「ブラックカードは、無尽蔵にポイントが使える。カードシステムのプログラムにアクセスできれば、すべての人間の使用履歴が確認できるはずだ」
「わたしに…」
舞は唾を飲み込むと、
「ハッキングしろと」
ミアを睨むように目を少し細めた。
「ハッキング」
ミアは、にやりと笑った。
「この世界の人間に、その考えを持っている者は少ない。流石は、異世界に行っただけはある」
「行ったからではありません」
舞は、首を横に振った。
「異世界からこの世界に来た人から…教えて貰いました」
「高坂真か…」
ミアは目を瞑ると、ゆっくりと開けた。
「彼は…」
何かを言いかけたが、ミアはそれ以上は口にしなかった。
「よし!今から町を出るぞ」
空気を変えるように、ミアは僕に顔を向け、
「まずは、さらにレベルを上げることに専念する。次の赤の星屑を得るのは、その後だ」
力強く頷いた。
「ど、どこに行くの?」
僕は慌てて、立ち上がった。
「魔物が多いところだ」
ミアは舞に背を向けると、出口に向かって歩き出した。
「ま、魔物が…多い…」
僕はがくっと肩を落としながら、渋々歩き出した。
「魔王は…」
ドアのノブを掴んだミアの背中に、舞は声をかけた。
「本当に、我々人類に対して、総攻撃をかけるのでしょうか?」
その質問に、ミアはノブを握り締めた。
「彼女は、人間のハーフのはず」
舞は、目を細めた。
「それでもやるだろうな…」
ミアは力を抜いた。
「今のあいつならば…」
「!?」
悲しげな目をしてノブを見つめるミアに気付き、僕は少し驚いてしまった。
「魔王…アルテミアを倒す。それが、あなたの目標ですね」
舞は訊いた。
「ああ…その通りだ」
ミアは再び、ノブを握り締めた。
そして、ドアを開けると、部屋から出ていった。
(魔王…アルテミア…。人間とのハーフ)
僕は、ミアが開けたドアを閉めながら、倒すべき敵の情報を確認した。
(だけど…)
前を歩くミアの背中に目をやり、僕は自らの胸に手を当てた。
(胸が傷むのは、どうしてだ?)
熱さすら感じていた…僕の体が、今は…とても冷たかった。