烈火の如く
「フッ」
楽しそうに笑うカイオウ。
魔王の居城内を迷路のように、張り巡らされた石の回廊を歩くカイオウの前に、突如…屈強な体躯をした赤髪の魔神が現れ、道を塞いだ。
「どこにいっておられた?」
魔神の問いに、カイオウは足を止めると、肩をすくめて見せた。
「大したところではございませんよ。サラ殿」
天空の騎士団長…サラ。魔王直属の部隊の最高責任者であった。
「…」
サラは、無言でカイオウの目を見た。
「御免」
カイオウは頭を下げると、サラの横を通り過ぎた。
「貴殿が、どうお思いかはわかりませぬが…」
サラは、カイオウの方を見ずに、言葉を続けた。
「人間を滅ぼすことは、我らの王が決めたこと。赤星浩一との戦いでの傷が癒えた時!」
「わかっておる」
カイオウは頷くと、回廊の奥へと消えて行った。
「それにしても…」
ミアは、カードを指先で回しながら、町を出て草原を歩いていた。
「一気にレベルが上がるとは、予定外ではあったが、嬉しい誤算だ。こういうことを、お前達の世界では、棚からぼた餅っていうんだろ?」
ミアは後ろを振り返った。
とぼとぼと、ミアの後ろを歩く僕は、周りを見回した。
すぐそばにはいないが…見たことのない動物が、こちらを観察していた。
空には、羽が生えた恐竜のようなものが飛んでいた。
「まあ〜来たのが、カイオウでよかったがな。あいつは、人間をどこか認めている。もし、サラやギラであったならば、あたし達は死んでいた」
ミアは、カードを握り締めた。
「…」
僕は、自分の胸に手を当てた。
(まだ熱い)
自分の肉体が、燃えて…尽きていく感覚は残っていた。
(僕は…どうなったんだ)
訳がわからない世界で、自らの身に起こったことすらわからない。
(だけど…生きている)
こんな世界で、死にたくない…。
それだけは、心に決めていた。
「ところでだ」
突然、ミアは足を止めた。
「てめえのことだが」
ミアは振り返り、
「赤の星屑と融合したことで、てめえのレベルは数段上がっているはずだ。しかしな!」
僕を見て、目を細めた。
「てめえは、それを使う術を知らない。だから、これから徹底的に鍛えて、経験値を上げる…と言っても、てめえがその魔力を使えることはできないだろうけどな」
ミアは無意識に、左手の指輪に触れていた。
「ちまちまやっていくのは、性に合わない」
そこまで言うと、くるりと反転した。
「待ちわびたぞ。支配人殿」
「ひ、ひぇ!」
唐突に、僕の前に…昨日会った支配人と、首から上がドラゴンの人型の魔物が姿を見せた。
「ドラゴンナイトを連れてくるとはな」
ミアはカードを指に挟むと、叫んだ。
「召喚」
すると、ミアの両手にトンファーが握られた。
「昨日の痛みが、忘れられなかったか?」
フッと笑うミアを見て、支配人は着ていたスーツを破り捨てた。
「我は、水の騎士団所属!ダイザ!我が名にかけて、小娘!貴様を殺す!」
鱗に覆われた本性を露にすると、ミアに襲いかかってきた。
その動きと同時に、ドラゴンナイトは足がすくんでいる僕に飛びかかってきた。
「チッ」
ミアは舌打ちすると、僕の方に向かおうとした。
「ミアちゃん」
支配人は、ミアの前に着地すると、両手の爪を伸ばし、攻撃してきた。
「あの男は連れて来いとのご命令だ。ミアちゃんは、自分の身を心配したらどうだい?」
「ひぃ」
小さな悲鳴を上げた僕を、ドラゴンナイトは後ろから羽交い締めにした。
「我らに、歯向かったことを後悔するがいい!馬鹿な人間の男相手に、稼いでいればよかったものを!」
支配人から伸びた爪は、ミアを横から串刺しにしょうとした。
「!」
次の瞬間、支配人は目を見開いた。
伸びた爪は、ミアが持っていたトンファーを挟んで、動けなくなっていた。
「懐ががら空きだぜ」
トンファーを離したミアは地面を蹴ると、一気に支配人の前までやって来た。
「くらえ!」
身を捩り、蹴りを繰り出すミア。
「ルナティックキック!」
ミアの爪先が、支配人の喉に突き刺さった。
「クッ!」
しかし、顔をしかめたのは、ミアの方だった。
「こんな非力な攻撃がきくか!」
支配人は爪を収縮させると、目の前にいるミアを掴もうとした。
「やはり、今のあたしの力では倒せないか」
ミアは呟くように言うと、きりっと表情を引き締めた。
「な!」
自分を掴もうとした支配人の腕を取ると、ミアは身を捩り、さらに支配人に密着し、そのまま…彼を投げた。
視界が回り、背中から地面に倒れた支配人を、ミアが見下ろしていた。
「お、お前は!何者だ!」
慌てて立ち上がると、支配人はミアから距離を取った。
そんな支配人を横目で、睨むミア。
「魔力もない!何の力もない!ただの人間の!ただの小娘!無力で非力な下等動物な癖に!」
支配人の全身の鱗が逆立つ。
「ああ…確かにな」
ミアは頷いた。
「今のあたしは確かに、ただの人間だ。だがな!」
ゆっくりと構えるミア。
「無力かどうかは、試してみろ!お母様より、授かった…この体術をな」
「成る程!格闘技というやつか!しかし、そんなもので!この攻撃を防ぐことができるかな」
支配人の逆立った鱗が水平になり、ミアの方に向いた。
「チッ」
それを見た瞬間、ミアは舌打ちすると、カードに指を走らせた。
「まだ…補充していないのに!」
ミアはテレポートすると、ドラゴンナイトに羽交い締めにされている僕の前に移動した。
「逃がすか!」
支配人は体を動かすと、ミアに向けて、鱗を放った。
「燃やせ!魂を!」
ミアは左手で僕に触れると、直ぐ様移動した。
「うわああああっ!」
ミアに触れられた瞬間、僕の体のすべてが燃え上がった。
その炎に煽られて、ドラゴンナイトは思わず、手を離した。
「何!?」
僕を燃やす炎は、支配人から放たれた鱗を一瞬で灰にした。
「な、なんだ!この炎は!何だ!この魔力は!」
唖然とする支配人。
「言ったはずだ。てめえらを倒すとな」
「!」
支配人の耳元から、声がした。
「失敗だったな。自らを守る…ものがなくなっているぜ」
「き、貴様…」
いつのまにかそばに来たミアが握る剣が、支配人を貫いていた。
「無力で非力な人間の力を…思いしれ」
ミアは剣を抜くと振り上げ、支配人を頭から股下まで斬り裂いた。
「うぎゃああああ!」
断末魔の叫びを上げて、倒れた支配人に、ミアは最後の言葉をかけた。
「あんたには、感謝している。稼がしてくれてな」
ミアのカードに、新たなポイントが入った。
「あとは…ドラゴンナイトか」
ミアは、剣を一回転させると、僕の扱いに困っているドラゴンナイトに体を向けた。
「ま、まさかな…。ダイザを倒すとはな」
「!」
突然、後ろから声がした為、反射的にミアは横凪ぎの斬撃を放った。
「それに、全身を炎に変える力か…。面白い!」
剣を指先で、つまんで止めた魔神を見て、ミアは唇を噛み締めた。
「我が名は、マイロン!108が魔神の1人!」
マイロンの名を聞き、ミアは笑った。
「マイロンか…。知っているぞ。108の魔神の中で、一番弱いとな!」
「小娘!」
マイロンは指先で、剣先を砕いた。
その瞬間、ミアは再びテレポートした。
「いくぞ!」
燃え尽きようとしている僕のそばに現れると、ミアは左手を突き出した。
指輪についている赤い宝石が、輝き出した。
「我が身も燃やす炎よ!我に纏え!」
その次の瞬間、僕の体はすべて炎となり…ミアの全身に広がった。
「!」
驚くマイロンの前で、炎は…ミアを燃やすことなく、彼女の身を包んでいく。
「これが!ライフエナジープロテクター…別名!」
ミアは、マイロンに目を向けた。
「華烈火だ!」
炎のような赤い鎧を身に纏ったミアが、悠然と大地に立っていた。
「ほ、炎を纏っただと!だから、どうなるというのだ!やれ!ドラゴンナイト!」
マイロンの命令に、後方にいたドラゴンナイトが襲いかかってきた。
「違いだと」
ミアは左足を引き、腰をねじると、回し蹴りをドラゴンナイトに叩き込んだ。
すると、ドラゴンナイトは炎に包まれて消滅した。
「ば、馬鹿な!?」
と言った瞬間、マイロンの胸から背中にかけて、炎が貫いていた。
離れた位置にいるミアの腕に握られた…炎でできた剣の刃が伸びていた。
「そ、そんな…はずがない…。我々は108の…」
ミアに向かって手を伸ばすマイロンの腕が、燃え尽きていく。
「フン」
ミアが剣を抜いた時には、マイロンは灰となっていた。
「言ったはずだ。一番弱いとな」
ミアの全身を包んでいた鎧が消えると、全裸になった僕が彼女の前に倒れていた。
「やはり…星屑一つでは、長時間、華烈火は使えないか」
マイロンを倒したポイントが、カードに加算された。
「だが、しかし!」
ミアは、拳を握り締めた。
「これで再び!魔力が使える!」
そして、遥か彼方に目をやった。
「待っていろ!必ずすべての星屑を集めて、貴様を倒す!」
握り締めた拳を前に突き出した。