宣告の刃
「ブルーワールド!」
状況を理解できない僕を見て、ミアは何かを悟ったように頭をかいた。
「またか…邪魔くさいが…説明してやるよ。ここは、ブルーワールド。科学よりも魔法が発達した世界。お前がいた世界…正確に違うかもしれないが、そこと裏表の関係にある」
ミアはカードを、僕に示した。
「こいつは、ポイントカード。魔力を使えない人間が、魔法を使う為に開発された…ポイントシステムを使う為に存在している」
僕は、ミアの手にあるカードから、先程渡されたカードに目をやった。
「魔物を倒すと、そいつから魔力を奪い…一部、防衛軍に税金として分配され、残りがカードに加算される」
ミアは、天を指差し、
「この世界の空に、回収用の式神や衛星が回っている。そいつらがカバーしている地域ならば、即座に税金が払われるが、結界内など通信ができないならば…すぐに取られることはない。しかし、そんな場合は、召喚しても何も来ないがな」
ミアは、カードの表面にあるキーをなぞった。
すると、ミアの真横にバイクが召喚された。
「先程の爆発で、ゴーレムは破壊できたが…あいつは、死んではいない」
ミアは、周囲を見回した。
「やつの傷が癒える前に、この町から離れるぞ」
バイクに股がるミア。
しかし、足が届かなかった。
「チッ!」
舌打ちすると、ミアはまだ立ち上がっていない僕を指差し、
「バカ星!てめえが、運転しろ」
ギロッと睨んだ。
「バ、バカ星って誰だよ!ここはどこなんだよ!僕はどうして、ここにいるんだよ!学校に帰してよ!」
何が何か分からず、軽いパニックになりながら叫ぶ僕を見て、ミアは頭をかくと、バイクから飛び下りた。
「お前の名前は、何っていうんだ?」
ミアは、僕のそばまで行くと、上から見下ろした。
「え」
真剣で真っ直ぐな瞳を向けるミアの視線に、僕は思わず黙り込んでしまった。
「教えろ。今のお前の名前を」
ミアの言葉に、僕は素直に口を開いた。
「関矢浩也」
「…そうか」
ミアはフッと笑うと、僕に背を向け、カードをバイクに向けると消した。
「まだ夜が明けていない。町の外は、魔物のテリトリーだ」
ミアは、僕の腕を取ると、無理やり立たせた。
「ポイントの消費もさけたい。それに、考え方によったら…ここから離れていない方がやつらの予想を裏切ることになるかもしれない」
強引に立たされた僕は、ミアに向かって…いや、今いる世界に向けて叫んだ。
「夢なら覚めてよ!学校に帰してよ!」
僕の叫びに、ミアは困ったような顔をして、絶望的な内容を告げた。
「…残念だが…お前を元の世界に戻せない」
ミアは、カードを僕に見せた。
「異世界まで戻すポイントが足りない」
「な!何を言っているんだよ!」
キレる僕。
「今渡したカードに、ポイントを貯めろ。帰れるまでな」
ミアはそう言うと、僕に背を向けた。
「な、な、何勝手なことを!言ってるんだよ!僕を戻せよ!」
「…」
ミアは、こたえない。
「や、やっぱり!ゆ、夢なんだろ!そうなんだろ!」
僕の叫びに、ミアはもう答えることがなかった。
「ほ、報告します!」
黒焦げになった支配人が、石の回廊を走っていた。
一気に駆け抜け、離れまで来ると、支配人は跪いた。
「どうした。ダイザ」
青く甲冑のように見える…全身を追おう鱗。濃い紺色の髪の毛に、2つの瞳以外に額に開いた小さな目を持つ魔物が、支配人の方へ振り返った。
「アクアメイト様!大変なことが」
「大変なこと?」
アクアメイトは眉を寄せると、跪く支配人を見下ろした。
「人間の中に、赤の星屑を」
言葉を続けようとしていたダイザの後ろに、紫の鱗に覆われた魔物が現れた。
その魔物の迫力に、支配人は言葉を止めた。
「アクアメイト様。申し訳ございません。この者の処遇は、我が聞いた後で」
「マイロンか」
アクアメイトは、マイロンと呼んだ魔物に頷くと、二人に背を向けた。
「ありがとうございます」
マイロンは支配人を顎で促がすと、離れから出ていった。
「?」
その次の瞬間、離れに赤い鱗のような鎧を身に纏った…魔物が姿を見せた。
「これは、カイオウ様」
アクアメイトは、カイオウを見て軽く頭を下げた。
「何があった?今、赤の星屑と」
「アハハハハ!」
カイオウの言葉に、アクアメイトは笑った。
「どこで知ったか知りませんが!戯れ言でしょう!」
「…」
カイオウは無言で、アクアメイトを見た。
「例え、人間が知ったとしても、どうすることもできません。なぜならば、赤の星屑を所有しているのは、魔王軍最強の騎士団長だけなのだから!」
アクアメイトは、どこからか赤い塊を取りだした。
「…フン」
カイオウは、支配人達が去った方に目をやると、鼻を鳴らすと再び歩き出した。
「マイロン様!」
支配人は、離れと城をつなぐ渡り廊下に来ていた。
両端に花壇があり、いろんな種類の花が植えられていた。
「貴様に任せた…店が破壊されたな。それだけなら、まだしも…赤の星屑だと?」
マイロンは、支配人に背を向けると、唇を噛み締めた。
「マ、マイロン様」
支配人は再び、跪いた。
「その者を殺せ」
マイロンは、花壇を見つめながら、呟くように言った。
「一瞬ではあるが、店が破壊される前に凄まじい魔力を感じた。破壊されるまでの経緯を説明しろ」
「は!」
支配人は、状況を説明した。
「成る程…。その小娘が連れていた男が気になるな。小娘は殺せ。しかし、男は生きたまま、私の前に連れてこい」
「は!」
マイロンの言葉に、支配人は頷くと、その場から消えた。
「赤の星屑と同じ魔力を持つ…少年。まさかな」
握り締めたマイロンの手のひらに、汗が滲んでいた。
マイロンの脳裏に、剣を持つ学生服の少年の姿がよみがえる。
「あり得ない…!?」
と言った瞬間、マイロンは気配を感じ、振り返った。
「誰だ?」
しかし、そこには誰もいなかった。
「…」
魔界深くにある魔王の居城。その前にある…向日葵の花畑。
先代の魔王ライの奥方が植えた向日葵に囲まれながら、カイオウは自らが持つ赤の星屑を見つめていた。
「確かめない…訳にはいかぬな」
カイオウはぎゅっと握り締めると、向日葵畑から消えた。
破壊された町の外れ、ビルとビルの間に、身を潜めるミアと僕。
いつのまにか寝てしまった僕の体に、毛布がかけられていた。
「起きたか…」
ミアの両手には、マシンガンが握られていた。
「夜が明けた。うろつく魔物の数も少なくなるし、レベルも下がる。今のうちに、ポイントと経験値を稼ぐぞ」
ミアは、右手に持ったマシンガンを僕に投げると、自らのカードを取りだし、表示を見た。
「レベル9か…」
ミアは顔をしかめた。
「ポイントを貯めることを、重視していたからな。お前のレベルは?」
ミアは自らのカードをしまうと、僕のカードを手に取った。
「レベル10か…。ゴーレム5体を瞬殺したからな。これくらいはいくか」
ミアは、僕にカードを返した。
「レベルを説明してやる。戦士じゃない一般人のレベルは、5〜11。5以上で、日常生活魔法が使えるようになる。つまり、貴様も魔法が使える」
ミアはビルの間から、ゆっくり身を出した。
「今から、鍛えてやる。あたし共々な」
「…ゆ、夢じゃないんだ…」
僕は渋々立ち上がった。
何がどうなっているかわからないが…こんなわからないところで、独りになる訳にはいかなかった。
まだまだ理解できない僕を背にして、ミアは町の外に向けて歩き出した。
「ゴブリンくらいが一番、手っ取り早いんだが…」
町を出てしばらくした後、ミアは足を止めた。
「予想外が来たな」
「え」
いきなり、視界が真っ暗になった。
僕は恐る恐る見上げると、赤い鱗のような鎧をした魔物が立っていた。
「騎士団長!カイオウ!」
ミアは、マシンガンの引き金を弾いた。