第47話 人生
織田の軍勢に囲まれながら、何もない…砂だけの風景の中を、しばらく歩いていると、前方にいきなり、城が現れた。
一面、砂漠だった場所が…艶やかで、煌びやかな城下町に変わる。
それは、最近までいた過去の安土城…そのものだった。
違うところといえば、城下町にいる人達だった。
中世の騎士。
明らかに、魔術師と思われる一団。
日本や、イタリアの軍服を着た軍人は、銃剣を持っていた。
海兵。
バイキング…。
「これらの兵士は、我が軍勢と戦い…投降した者達です」
安土城の上空を、B29の編隊が飛んでいく。
その横には、何十匹ものドラゴンが群れをなし、軍用ヘリコプターが、天守閣を守るように旋回していた。
地響きが、安土城を揺らした。
「あれは…」
ロバートが、指差した方…。
「ゴーレム…」
「の群…」
安土城と、同じくらいの大きさの巨大なゴーレムが、数十体…ドラゴンの群と、同じ方向を目指して、歩いていく。
その足元を、年代も国籍も、バラバラな戦車部隊が、進軍していく。
それらに、掲げられた旗印は…。
「豊臣秀吉…?」
僕は絶句した。
千成瓢箪の旗を見るなんて、信じられなかった。
「今から、出陣ですな…」
僕のそばで、並んで歩く馬上の武将が、自慢げに言った。
「最近…イーランか…何かいう国の兵士が、落ちてきたらしいので…」
ロバートは、一番前を歩く紅にきいた。
「どうして…あんな兵器が…。魔法とか使えないはずじゃ…」
紅は振り返らず、
「意志の問題よ。他力を借りる魔法は、使えないけど、自分の意志を込めていた…前世の身近の物や、自分自身の能力は、具体化しやすいの。でもね」
紅は隊列から離れると、一番近くにいた日本兵から、銃を取り上げた。
そして、
銃口を、空に向けて、一発…発砲した。
その瞬間、B29の一機が、大爆発を起こした。
「大きくても、意志が弱ければ…駄目なの」
紅は、僕を見た。
「何をする!」
そこにいた武士や兵士が、紅を囲む。
紅は腕を組み、不敵に笑った。
「このアマが!」
武士が、切りかかろうと刀に手をかけた。
「やめておけ」
群集をすり抜けるように、1人の男が、紅と武士の間に割って入った。
「ら、蘭丸殿!」
武将達の動きが、止まる。
「お前達では、この人に勝てん」
蘭丸の後ろで、紅は苦笑した。
「蘭!!」
アルテミアとサーシャは、身構えた。
「久しいな…。いや、君達は、つい最近かな…」
蘭丸は、笑った。
ロバートは、一歩前に出た。
「あなたは、消滅したはずでは…」
蘭丸は、ロバートを見、冷たい視線を送り、
「世界から、追放されただけだ」
しばらく、ロバートと見つめ合うと…背を向け、ゆっくりと歩きだした。
「親方様のところまで、案内しょう」
「みんなも、行きましょうよ」
迷っている僕達に、紅は微笑みかけると、蘭丸の後に続く。
「チッ!」
アルテミアは舌打ちすると、歩き出した。
続いて、サーシャが呼吸を整えると、後に続く。
ロバートは、蘭丸の背中を冷たく、しばらく見送っていたが、やがて…無表情のまま歩き出す。
僕は、そんなロバートを訝しげに見ていた。
普段のロバートと、少し違う。
何か…嫌な感覚がしていた。
「人生50年…」
信長は巨大な盃を持ちながら、鼻を鳴らした。
「といわれた頃から…わしは、一体どれほどの時を、過ごしたことか…」
謁見の間。
大きな広間の上座に、信長はいた。
変わった椅子に座って…。
それは、人だった。
僕には、見覚えがあった。
歴史の教科書や、テレビで見た…特徴的な髭。
「ヒットラー…」
僕は思わず、名前を呟いた。
「こやつか」
大皿で酒をくらっていた信長は、僕の言葉に気づき、椅子を見た。
「ただの…絵描きだ」
そう言うと、大笑いした。
「おそれながら、申し上げます…この者は、かつてナチスという軍勢の長でした者です」
蘭丸は頭を下げ、信長に告げた。
「おお…そうじゃたわ」
信長は酒を飲み干すと、皿をヒットラーの頭にぶつけた。
「軍勢は、なかなか手強かったが…こやつは、腑抜けだ。口は達者だが、武人ではない。家来を捨てて、最後は逃げよったわ」
ヒットラーは、ただ怯えている。
「国が強くても…個人が弱ければ…この世界では、関係ない」
紅は、僕に向かって呟いた。
「しかし、我らの軍勢に加わった兵士達は、よく働いております」
「わしが、ナチスを率いたら、良かったか?」
信長は、僕を見据えながら、大笑いした。
ひとしきり笑った後、信長は、アルテミア達にも視線を移した。
「お主達を、待っておった」
「信長様」
アルテミアを除いて、僕達は一応…正座すると、敬意を持って、深々と頭を下げた。
信長が立ち上がる。
「その訳がわかるか?」
信長が、近づいて来る。
僕の前で、止まった。
僕は頭を下げている為、信長の足元しか見えない。
上から、妙な気配を感じ、ロバートとサーシャが、横目で真ん中に座る僕を見た。
僕の目の前に、きらりと光るものが…あった。
「赤星!」
ロバートは、押し殺した声で叫んだ。
アルテミアは、僕の後ろで、微動だにしない。
僕は震えながらも、動いてはいけないことを理解していた。
「面を上げえ」
信長の声に、僕は震えを抑えながら、膝の上で両手を握り締め、顔を上げた。
すぐ目の前に、日本刀が光っていた。
「なぜ、動かぬ」
「はい。それは…信長様の願いでは、ないからです」
「わしの願いとは、何だ?」
「それは…」
僕が口ごもると、信長の刀が走った。
「赤星!」
一瞬の攻防。
僕は動けなかった。
アルテミアが、僕の隣に移動し、日本刀を受け止めていた。
「女神か」
信長は憎々しく、アルテミアを見つめた。
片膝を付きながらも、トンファータイプにしたチェンジ・ザ・ハートで、アルテミアは僕を庇うように、信長との間に入り、日本刀を受け止めていた。
「天空の女神が!」
アルテミアより、さらに後方で控えていた蘭丸は、思わず立ち上がろうとした。
「蘭丸!」
信長はそれを制して、日本刀に力を込めた。
アルテミアも、腕に力を込める。
「ならば、お前に問おう!わしの願いとは、何だ?」
アルテミアは、鼻で笑った。
「アルテミア…」
僕は、至近距離にあるアルテミアの横顔を見た。
口元が、にやついている。
「知れたこと」
アルテミアは日本刀を押し返すと、信長を凝視し、
「あたし達と、戦うこと」
ゆっくりと立ち上がった。
「だろ?」
アルテミアの言葉に、信長はにやりと、口元を緩めると、
「よくぞ、申した」
日本刀を握る力を抜くと、チェンジ・ザ・ハートと交えるのをやめ、力に逆らわず、刀を斬り返した。
いきなり、押す力がなくなり、体勢を崩したアルテミアを無視して、信長は僕に向かって斬りかかる。
「信長!」
アルテミアは反転し、左手のトンファーを叩き込もうとする。
信長はいとも簡単に、後方に飛んで避ける。
避ける方向を予測して、サーシャが手刀を繰り出す。
「親方様」
その場にいた武士が、立ち上がる。
「邪魔するではない」
蘭丸が制した。
もう彼は、動かない。
「殿は、遊んでおられる」
信長は逆に、サーシャに向かって間合いを詰めた。手刀を刀の柄で受けとめると、サーシャの腹に蹴りを叩き込んだ。
ふっ飛ぶサーシャ。
「信長!」
ロバートは、先程手に入れた剣を抜く。
「この世界は…意志の強さで、決まる」
ロバートの剣と、信長の刀がぶっかる。
「とすれば」
信長は笑った。
ロバートの剣が、真っ二つに折れた。
「弱いな…」
唖然とするロバートに、信長は刀を突き刺そうとしたが、突然後ろにジャンプした。
足元を鈎爪が、通り過ぎる。
「赤星!」
僕は、両手に付けた鈎爪を構えながら、信長に向かって走った。
信長はそれを見て、刀を捨ると、腰につけた短刀を抜いた。
勝負は一瞬だった。
二本の腕を交差させ、短刀より長いリーチを思い、決まったと僕が思った瞬間、僕の首筋に、何故か…左手が差し込まれていた。
両手の鈎爪は、短刀でロックされ、動けない。
そのまま僕は、首を絞められ、一度持ち上げられると、床に叩きつけられた。
「クッ!」
僕の手から、鈎爪が消えた。
「勝負あった」
蘭丸は、言った。
「蘭丸!こやつらは、勇者なのか?」
「はい」
信長は鼻で笑った。
「お主の方が、楽しめたわ」
「く、くそ…」
僕は何とか、信長の手から逃れようとするけど、びくともしない。
「このまま…首をはねようか?」
信長は、僕の顔を覗いた。
「赤星!」
アルテミアが、叫んだ。
「お遊びが、過ぎますね」
信長の首筋に、すぅと…武器が差し込まれた。
「紅!」
蘭丸は我慢できず、完全に立ち上がった。
「チェンジ・ザ・ハート!?」
アルテミアは、自分と同じ武器を初めて見た。
いつのまにか、信長のそばまで近づいた紅の手にあるのは、女神専用の万能兵器。
「どういうつもりだ?」
信長の問いに、紅は軽く肩をすくめ、
「ちょっと…気に入らないだけ」
紅は首筋からチェンジ・ザ・ハートを離すと、信長から間合いを取って構えた。
「それに、話が違うわ」
「女狐が…」
信長は僕を離すと、背筋を伸ばし、体に一本線が入ったように、姿勢を正した。
手に握る短刀が、日本刀に変わる。
気合いを入れた一太刀を、紅は受け止めた。
火花が散る。
信長は、不敵に笑った。
「さすがは、女の身でありながら…世界を獲ったことがあるだけあるわ」
2人は、離れた。
信長は両手を広げ、気を溜める。
「しかし…所詮。貴様は、芸者」
信長は、ゆっくりと上段の構えをとる。
「武士には、かなわぬ」
「何度も、言ったはずですよ」
ひらりと、信長の一撃をかわすと、
「あたしは、歌手」
紅のチェンジ・ザ・ハートが、砂に戻ると、紅は歌いだした。
それは、歌詞はなかったが、とても綺麗で、シンプルなメロディーだった。
「この歌…」
薄れゆく意識の中、僕はその曲を知っていた。
幼い頃にきいた曲。
紅の歌が放つ意志の強さにより、広間にいる者達は、動けなくなった。
信長と蘭丸だけが、何とか凌いでいる。
広間の壁の表面から、砂に戻っていく。
「赤星!」
ロバート達には、綺麗な歌としか感じない。
「YASASHISAだ…」
意識か遠退く中…僕は、思い出した。
「今のうちだ」
ロバートとサーシャは、意識を失った僕を抱え、そのまま…広間から、飛び出した。
そこは、天守閣の一番上だった。
窓のすぐそばで、軍用ヘリが飛んでいた。
プロペラの出す風が、きつい。
「飛び乗るわよ」
後ろから、紅が3人を追い越し、飛んだと思った瞬間、剣を作り出し、中にいた自衛隊員を一瞬にして、切り裂いた。
隊員は、砂になった。
「早く!」
「逃がさぬ!」
後ろから、信長の獣のような声が、聞こえた。
迷ってる暇はなかった。
僕を抱えながら、2人は機内に飛び乗った。
「くらえ!」
飛び乗った瞬間、サーシャは、隠し持っていたナイフを、迫りくる信長に放った。
ナイフは、信長の額に刺さったが、すぐに外へはじき返された。
「化け物め…」
サーシャ-の歯軋りとともに、ヘリは安土城を離れていった。
「アルテミアは!」
アルテミアが付いて来ていないことに、ロバートは気付いた。
「彼女なら、大丈夫」
頷く紅の落ち着いた表情と違い、機体は激しく揺れている。
「操縦できるんですか?」
心配そうなロバートの声に、操縦桿を握った紅は微笑んだ。
「無理みたい…」
遠退いていくヘリを尻目に、アルテミアは蘭丸と対峙する。
崩れ欠けていた広間は、歌が終わるとともに、自然に修復されていく。
「逃げなくていいのか?女神」
蘭丸は、アルテミアに言った。
「逃げるってのは、性に合わない」
アルテミアは、チェンジ・ザ・ハートを槍タイプに変える。
脇に挟み、いつでも女神の一撃を撃てる体勢を取る。
「それは、この世界では通用しないと…分かったはずだが」
蘭丸は、一歩足を前に出した。
逆に、アルテミアは一歩下がる。
「お前は、すべて…分かってるはずだ」
蘭丸は、プレッシャーをかけながら、ゆっくりと間合いを詰める。
「今の自分を」
アルテミアがいた場所に、微かに砂が落ちていた。
「今の自分の弱さを」
「あたしは、弱くない!」
叫んだアルテミアの髪から、砂が落ちていく。
「そうだ…。だから、私達とともに」
蘭丸は、アルテミアに手を差し伸べた。
アルテミアは絶句し、
「な…。あたしは…あんたに、確かめたい事があるだけなんだ!」
アルテミアの動揺した姿を、ヘリを見送っていた信長が横目で見て、口元を緩めた。
「ヴァンパイア・キラーのことか?」
蘭丸は、笑いかけた。
「お前が知りたいのは、ヴァンパイア・キラーの在処だろ」
両手を広げ、無防備な様子で、蘭丸はアルテミアに近付いていく。
「そうだ!お前なら、知ってるはずだ!」
強気な口調でありながら、アルテミアの体の震えが止まらない。
「知らぬと、昔言ったはずだが?」
「お前は、安定者だっただろ!」
「ああ」
蘭丸は微笑みながら、アルテミアを凝視し、
「ティアナと同じな」
その名前をきいて、アルテミアは言葉を失う。
「きいていないのか?自分の母親から」
蘭丸の言葉を、アルテミアは最後まで聞かなかった。
広間の壁を雷撃で破壊すると、そのままエンジェル・モードに変わり、安土城から飛び去っていった。
まるで、逃げるように。
「人に憧れる…女神か…」
雲も、太陽もない空を、飛んでいくアルテミアの後ろ姿を、悲しげに見送りながら、蘭丸は呟いた。
「!?」
いつのまにか、蘭丸の左隣に、信長が立っていた。
大きく開いた穴から、風が入ってきて、二人に吹き付けた。
「追いますか?」
蘭丸は、信長を見ずに、きいた。
「いや…今日は、捨て置け」
信長は、剣を鞘におさめた。
すると、壁はもとに戻り、城自体も安定を取り戻した。