旅立ちのエトランゼ
「ミアさん〜。○○席、ご指名です」
店内に流れるアナウンス。
「お前が手に入ったら、こんな店!用ズミだ!」
「ミアさん〜。ご指名です」
「さあ〜行くぞ」
少女はボトルに残っていた中身を、らっぱ飲みすると、勢いよく立ち上がった。
すると、少女の尻に敷かれていたてっぺんが禿げているおっさんが、ソファー席から床に転がり落ちた。
「この世界を救う為には、魔王を倒さないといけないのだ!」
「はぁ〜」
僕は、目の前で力む少女を見て、ため息をついた。
(なんて…リアルな夢だ)
僕は、周りを見回した。
夢ってやつは、自分の深層心理に関わっていると聞いたことがあったが…。
(こんな妄想したことないな…。も、もしかしたら!あの時死んで…ここは、死の世界!?)
はっとしたが、床で転がるおっさんの涎を流す姿を見て、考え直した。
「行くぞ!バカ星」
少女は、ため息をつき続ける僕の腕を掴もうと手を伸ばした。
その瞬間、横から伸びてきた太い腕に、逆に手を掴まれた。
「ミアさん。ご指名です!」
掴んできたのは、ウェイターだった。
「断る!」
少女は、ウェイターを横目で睨んだ。
ウェイターと少女の間に、火花が散った。
数分後、五人のウェイターに囲まれて、少女と何故か…僕も、店の裏にある事務所に連れて行かされていた。
「困るよ〜。ミアちゃん。わがまま言っちゃ〜。うちはいつも、にこにこ即時ポイント支払い。指名が入ったり、ボトルが入ったら、すぐに!ミアちゃんのカードにポイントが入るよねえ〜」
デカイ机の向こうで、革張りの椅子にもたれながら、この店の支配人らしき男が話していた。
「フン!」
ミアと呼ばれた少女は、そっぽを向き、鼻を鳴らした。
「ミアちゃんって需要あるのよねえ」
支配人は、ミアを指差し、
「その見た目!ぱっと見も、じっくり見ても!小学生にしか見えないじゃなあ〜い。それなのに、本人は成人だって言い張るからさあ〜。この業界。こんなにおおっぴらに、こんな容姿の方が店に出ているところってないからさあ〜」
言い放つ支配人の言い草に、わなわなと身を震わせて耐えるミア。
「だからさ。頑張ってくれないとさ。お客、ついてるんだからさ」
支配人がミアに笑顔を向けた瞬間、
「ふざけんな!」
ミアは、支配人の前にある机に片足を置いた。
「誰が!小学生だ!あたしは、絶世の美女と言われた!女神だ!」
凄むミアを目の前にしても、支配人は噴き出した。
「絶世の美女!確かに、何年後には、そうなってるかもしれないけどさ」
支配人は、目の前のミアの胸に目をやり、
「今は、無理しょ」
断言した。
その次の瞬間、ミアの回し蹴りが支配人の頬に叩き込まれた。
ふっ飛ぶ支配人。
「え…ええ!」
驚く僕。
「あははは」
支配人は後ろの壁に、頭をぶつけながらも笑った。
「ナイス…蹴りだ」
そして、少しふらつきながらも、椅子をどけて立ち上がった。
「ところで…そちらの彼は、誰だい?店にいたのに、料金を頂いていないみたいですが…」
支配人は服についた埃を払いながら、僕に目をやった。
「え〜あ、あのお…」
思わず、直立不動になる僕。
「あたしの連れだ。文句があるなら、払うぜ」
ミアは、カードを支配人に示した。
「なるほど」
支配人は頷くと、ミアに顔を向けた。
「お知り合いなら、仕方がございません」
そして、僕をちらっと見た後、フンと鼻を鳴らした。
「しかし…ちゃんとお客様の相手をして頂かないと」
ゆっくりと机に身を乗り出すと、腕を組んだ。
ミアも腕を組むと、支配人と向き合った。
「あんたらには感謝している。ポイントを一気に貯めることができたしな。しかし、目標は達した。だから、この店には、用はなくなった」
ミアは口許を緩め、
「だ・が・な」
支配人の前の机の上に、片足をのせた。
「…」
支配人は微動だにせずに、目だけでミアを見上げた。
「てめえのオーナーには、用がある」
ミアはいつのまにか、左手の指先にカードを挟んでいた。
「赤の星屑の欠片を持っているんだろ?」
「フッ」
支配人は笑った。
「ポイントで買えるなら買うぜ」
ミアは、カードを支配人に顎で示した。
妙な緊張感のある部屋の中で、僕はまだ…どこか、違和感を持って見ていた。
(訳がわからない夢だな)
ちらっと後ろの見ると、何故かウェイター達の雰囲気が変わっていることに気付いた。
(?)
ウェイター達が、少し逆立っていた。
「赤の星屑?フッ……クククッ」
鼻で笑った後、支配人は笑い出した。
「…」
ミアはその様子を見て、さらに顎を上に向けた。
「まさか…そんなものを求めていたとはねえ〜」
支配人は腕を解くと、立ち上がった。
「ミアちゃん…。何者だい?」
「何者?」
支配人の問いに、ミアはにこっと笑うと、
「召喚!」
カードに指を這わした。
すると、ミアの右手にマシンガンが握られた。
その次の瞬間、ミアは至近距離から引き金を引いた。
「バカ星!伏せろ!」
ミアは身を捩り、僕の後ろに立つウェイター達に向けて、銃口を向けた。
「え!」
反射的に命の危険を感じて、しゃがみ込んだ僕の頭の上を銃弾が通り過ぎた。
「まったく…」
マシンガンを撃つミアの後ろで、支配人の声がした。
「店で稼いだポイントを、こんなことに使うなんて」
「何を言っている?このポイントは、てめえらが!人間から巻き上げたものだろうが!」
ミアは撃ち尽くしたマシンガンを投げ捨てると、机から離れ、僕のそばに来た。
「逃げるぞ」
僕の腕を掴もうとしたミアの腕に、鞭のようなものが絡み付き、動きを止めた。
「何を言っている?お前達が使うポイントは元々、魔力が使えない人間が、我々から奪ったものだろうが」
人間の姿であった支配人が、変わっていた。
全身鱗に覆われ、両腕が剛毛でおおわれていた。
「だから、感謝しているよ。お前らのお蔭で、こいつを見つけられたしな」
ミアは再びカードを発動すると、剣を召喚し、絡み付いていた髪を斬り裂いた。
「そんなガキにどんな価値があると?」
いつのまにか、僕とミアの周りに、ウェイターから姿を変えた土のゴーレムが囲んでいた。
「てめえのオーナー。いや!もっと上に伝えろ!勇者は、復活するとな!」
ミアは僕を守るように背にすると、剣先を支配人に向けた。
「勇者?」
支配人は目の前の机を真っ二つにすると、ミアに近付いていく。
「まさか?赤星浩一のことか?我々の王に敗れ!死んだ男のことか!」
支配人はせせら笑った。
「違う!」
ミアは、床を蹴った。
「勇者は、あたしだ!」
横凪ぎの斬撃が、支配人の首筋に叩き込まれた。
「ミアちゃん」
支配人はにっと笑った。
「もっといいものを召喚しないと」
「チッ」
ミアの手にあった剣が、支配人の鱗に弾かれて、砕けた。
「そのガキもな」
「え」
僕を囲むゴーレムが、頭を掴むと、片手で持ち上げた。
「痛い!」
思わず口から出た自分の言葉に、僕は痛みを感じながら唖然とした。
「バカ星!」
ミアは折れた剣を、支配人の顔めがけて投げると反転し、僕のそばに駆け寄ろうとした。
「ミアちゃん」
支配人の両腕の毛が伸び、後ろからミアの全身に絡み付き、動きを止めた。
「店の売れっ子を壊すのは、忍びないけど…仕方ないよね。それか…」
支配人の下半身が、そそり立った。
「調教しょうかな?幼児体型は好みでないけどさ」
「誰が、幼児体型だ」
ミアは後ろを見て顔をしかめると、僕の方を見て叫んだ。
「バカ星!お前が、星屑の適合者なら!残っているはずだ!魔力が!」
「魔力?」
ミアの言葉を聞いて、支配人は僕を見た。
「人間が、魔力を持っているはずがない」
「お前を見つけられたのは!」
ミアは動きを止められながらも、人差し指と中指でカードを固定しながら、親指でパスワードを撃ち込んだ。
すると、ミアの姿が消えた。
「何!」
「ポイントの消費が激しいがな!」
ミアは、僕の目の前に現れた。
「テレポートか!」
支配人は再び、髪を伸ばした。
「てめえの中に、少しでも残っているなら!」
ミアの右手の薬指が光った。
細かく言うと、そこにつけられた指輪であるけど。
「燃やせ!魔力を!」
ミアは左手を握り締めると、拳を僕の鳩尾に叩き込んだ。
「うげぇ!」
僕の体がくの字に折れ、あまりの痛みに意識が遠のいた。
「な!」
支配人の驚く声と、にやりと笑うミアの顔だけが、最後の記憶として刻まれた。
そこからは、覚えていない。
「よ!気がついてようだな」
目覚めると、空と僕を覗き込むミアの顔が、意識に飛び込んできた。
「え!」
反射的に上半身を上げると、僕は周りを見て絶句した。
周囲が焼け野原になっていたのだ。
「まったく、バリヤーを張りながらも、店の中にいた人間を別の場所に移動させるなんていう〜速業」
ミアは、カードを指で示した。
「あたしだからこそ、できたな。ポイントが零になったが…ある程度は回収できたか」
ミアは、焼け野原の中で埋もれているカードを拾うと、自分のカードをかざし、ポイントを奪った。
その作業の後、拾ったカードに指を這わすと、僕に投げた。
「このカードは初期化した。その後は、お前が使え」
「え」
思わず、カードを受け取った僕。
「本当は、ブラックカードがほしいが…。くそが!やっぱり一般人は持っていないか…。防衛軍からくすねるか」
ミアは、指を噛んだ。
「あ、あのお〜」
周りが焼け野原になっても、状況を把握できない僕の怯えに気付き、ミアは作り笑いを向けた。
「心配するな。さっきの爆発でお前の中に残っている魔力はなくなった。やつらも感知できまいて」
「あ、あのお〜」
「そうか!名乗ってなかったな」
ミアは、僕に顔を向け、
「あたしの名は、ミア。阿藤美亜だ。よろしくな」
それだけ言うと、僕に背を向け、背伸びをした。
「という訳で!魔王を倒すぞ!」
「あ、あのお〜」
パニックになりながらも、僕は心の叫びをぶつけた。
「何がどうなっているんだよ!ここはどこだよ!」
僕の叫びに、ミアはきょとんとなりながら言った。
「ここは、ブルーワールドだ」