断れない絆
高校生…関矢浩也は、目覚めた時、異世界へと来ていた。
「やっと見つけた」
ボックス席に座る自分を、顎を上げて見下すのは、黒髪の幼女の姿をした…悪魔だった。
「あたしとともに、魔王を倒すのよ!」
ブルーワールドと言われる世界で、物語は始まる!
華烈火 編 開幕♪
「モード・チェンジ!」
ブロンドの女神が叫ぶ。
「行くぞ!」
燃える世界。
数万の魔物の群れ。
そのすべてに立ち向かう…たった一人の女と…異世界に迷い込んだ少年の物語。
「天空のエトランゼねえ」
僕はため息とともに、スマートフォンを閉じた。
「マニアックなネット小説の癖に、長!」
狭い畳の部屋で、僕はスマートフォンを手放すと、寝っ転がった。
「退屈だ…」
日常なんてものは、変わらない。
退屈な日々が続くけど、それが何年もそのまま続く保証はない。
だから、僕は…退屈な日々も貴重であると…思えるならば、ここにはいない。
「異世界なんてあるはずがないよ…」
ぽつんと呟くと、僕は見慣れた天井をしばらく見つめてしまった。
すると、どれくらい経過したがわからないが、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん…。ご飯だよ」
妹の絢音の声だ。
「!」
僕ははっとして、身を上げた。
いつのまにか、そんな時間になっているなんて。
知らない間に寝ていたのか。それとも…。
「ごめん。今いくよ」
慌ててドアを開けた僕の前に、少し呆れ顔の絢音が立っていた。
そして、出てきた僕の顔を見て、絢音は首を傾げた。
「お兄ちゃん…。泣いているの?」
「え」
絢音の言葉に、僕は自分の目の下を指で拭ってみた。
確かに、涙が流れていた。
理由の涙。わからない涙。
僕は何故か…泣いていた。
天空の華烈火。
開幕。
朝を迎えて、僕はほとんどの同世代と同じように、学校に向かう。
妹は先に食事をすまして、すでに学校に向かっていた。部活の朝練が忙しいようであった。
「いってきます」
もう一度、鏡で顔を確認した後で、僕は玄関から家を出た。
「おはよう!こうちゃん」
すると、何故か…幼なじみの晃穂が、家の前で待っていた。
「おはよう」
一応、挨拶をすると、僕は学校に向けて歩き出した。
晃穂は突然のように、隣を歩いてくる。
(まったく〜こんな時に山崎さんに会ったら、どうするんだよ)
幼なじみである晃穂に対して、恋心はない。
いや…自分でも、よくはわかっていない。
だけど、最近…気になる女子ができた。
それが、クラスで人気者の山崎絵里さんであった。
(まあ〜見られたとしても、向こうは何とも思わないだろうけどね)
晃穂が何か話しかけてくるから、僕は適当に相槌をうちながら、歩き続けた。
「そう言えば、こうちゃんって、音楽に興味あったっけ?」
晃穂が、僕の顔を覗き込んできた。
「え…うん…まあ〜」
適当に返事をしていると、晃穂は鞄からCDを取りだした。
「山崎さんが貸してほしいっていうから、内緒で持ってきたんだ」
「山崎さん!」
その名前に反応し、思わず僕は顔を横に向けた。
「レダっていう人のアルバム。レクイエムって曲が流行ったでしょ?」
「レクイエム?」
僕は、晃穂が手にしているアルバムを見て、首を傾げた。
(…何だろ…?どこかで聞いたような)
少しまじまじと顔を寄せて見ようとした瞬間、後ろから声がした。
「おはよう!沢口さん」
その声に、晃穂は振り返った。
「おはよう!山崎さん」
「!」
二人の挨拶をかわす様子を見て、僕は反射的に顔を前に向けた。
「CD持ってきたよ」
「ありがとう!」
二人の会話を邪魔する気はなかった。
僕は自然と歩くスピードを上げて、彼女達から距離を取った。
もう学校は、目の前だ。
学校へと向かって歩く3人の後ろ姿を、少し離れたところから…黒い背広を着た男が見つめていた。
「やっと見つけたぜ」
男は、濃い青のサングラスをしていた。
「まったく〜どれくらいさ迷ったことか」
「文句は言わない」
男の背広の胸ポケットから、声が聞こえてきた。
「わかっているよ」
男は指先で、胸ポケットの中にあるカードをつまみ出した。
声は、カードから流れてきていた。
「この通信に使っている魔力も、みんな依頼人からの経費で賄っているのよ」
「了解」
男は、カードを中に押し込むと、ゆっくりと歩き出した。
「しかし、向こうの世界に連れていけるのか?本当に」
男は、3人の後を追う。
「その為に、今も依頼人は魔力を貯める仕事中よ」
カードからの声に、男は肩をすくめた。
「まあ〜我々も、仕事を実行するだけだがね」
そして、男は学校の前で足を止めた。
「それが、あたし達の目的にも合致するし」
「ああ…」
男は頷き、サングラスを外した。
「運命を戻す為にな」
「ふぁ〜」
教室につくと、僕は大欠伸をした。昨日は寝不足であるし、教室に入ると、晃穂は女子の群れに参加する為に、僕から離れてしまう。
自分の席に座り、ほほ杖をつきながら、教室内を眺めた。
(変わらない風景…)
そして、僕には関係ない。
(僕って…友達がいたかな?)
考える気もせず、そのまま机の上でうずくまり、寝ようとした僕の耳元で大声がした。
「そう悲観することは、ないぞ!少年!」
耳元の女の声に、僕は驚き、顔を上げた。
すると目の前に、にっと笑ったショートカットの女の顔があった。
「人生は、驚きに満ちている!」
「え!」
訳がわからず、たじろいだ僕は思わず椅子から転けそうになった。
「部長!」
教室中に響き渡った女の声に気付き、群れの中にいた晃穂が慌てて駆け寄ってきた。
「何してるんですか!」
部長と呼ばれた女は、晃穂を無視して、背を伸ばすと、僕を見下ろしながら、こう言った。
「あたしの名は、中山美奈子。演劇部の部長だ!人生何が起こるかわからんぞ!」
「?」
戸惑う僕に、部長は再び顔を近付けた。
「退屈な日常が、すぐに変わるかもしれない。たった一つの出会いでな」
「???」
意味がわからなかった。
「部長!」
晃穂は、部長の腕を取った。
「運命は必ず、運命の道へと戻る!」
部長は晃穂に引き摺られながら、僕を指差した。
「???」
何が何なのか…僕には理解できなかった。
その頃、正門前に立つ男の胸ポケットから、再び声が聞こえてきた。
「輝。依頼人から連絡が来たわ。ボトルが入ったから、今さっきポイントが貯まったらしいの。これで、ターゲットをこちらに呼べるわ」
「了解」
男は頷くと、正門の向こうに笑顔を向けた。
「というわけで、通してくれませんかね」
正門の向こう…校内には、屈強な男達が3人、立ち塞がっていた。
「まったく〜」
男は頭をかいた。
「いないはずじゃなかったのか…」
屈強な男達の体躯がさらに、屈強に膨れ上がっていく。
「チッ」
男はその様子に、舌打ちした。
屈強な男達は、牛の頭と熊の体をした化け物に変わった。
「ったく…」
男は肩をすくめてから、前に向かって歩き出した。
「舐めるなよ。この犬上輝様をな」
男の全身が、淡く輝き出した。
「何だったんだ…」
部長が消えた教室の扉の向こうを見つめていると、今度は後ろから、凄まじい爆発音がした。
「きゃ!」
女子達の悲鳴が聞こえた。
「ったく…紳士的にやるつもりだったんだが」
後ろの扉がふっ飛び、教室内に黒服の男が飛び込んできた。
「まあ〜仕方がないか。ここは俺の世界じゃないしな」
男はスーツの埃を払うと、教室内を見回し、僕に顔を向けた。
「ターゲット発見」
にやっと笑うと、僕の方に向かって歩き出した。
すると、その反応を見た…クラスの生徒達の一部の様子が変わった。
「え」
僕の隣の席にいた…クラスメイトが立ち上がると…体躯が数倍に膨れ上がった。
「化け物!」
それを見て、教室内に、悲鳴が沸き上がった。
「!」
突然の出来事に、絶句する僕の目の前まで、一瞬で男が距離を詰めてきた。
「化け物の相手は、後だ」
男は僕を担ぐと、化け物となったクラスメイトの攻撃を避け、教室の片面を覆う窓ガラスに向けてジャンプした。
「こうちゃん!」
ガラスを突き破る寸前、晃穂の叫び声が耳に飛び込んできた。
僕の教室は、三階だ。
落下していく僕の耳に、男の声が聞こえてきた。
「転送」
その瞬間、僕は意識を失った。
「やれやれ」
男は地面に平然と着地すると、胸ポケットからカードを取り出した。
「ポイントは減っているな。残量もオッケー」
再び胸ポケットにカードを押し込むと、サングラスをかけた。
「後は…掃除だけか」
いつのまにか、男の周りを数十体の化け物が囲んでいた。
「やれやれだぜ」
男は、肩をすくめて見せた。
「ううう…」
どれくらいたったか…。
いや、死んだのかもわからなかった。
目覚めた僕の鼻腔を最初に刺激したのは、お酒の臭いと…その後は、強烈な香水の匂いだった。
「目覚めたか…おい!」
意識が戻った僕は、行ったことも…行きたいとも思ったことのない種類の店の中にいた。
ケバい化粧をした女達と、煙草をふかす男達。
「まったく〜いくらポイントを使ったことか」
僕は、ボックス席の端にうずくまっていた。
その前にある…大理石のテーブルの向こうで、ふんぞり返っている女がいた。
女といっても…見た目は、小学生にしか見えない。
女はグラスを転がしながら、僕を見つめ、
「やっと見つけた。お前が手に入ったら、こんな店にはもう!用はない!」
一気にグラスの中身を飲み干すと、テーブルに叩きつけた。
「さあ〜行くぞ!魔王を倒しにな!」
「は?」
僕は、きょとんとなってしまった。
これが、僕と…洗濯板と呼ばれる女との出会いであった。