思い刻を越えて
フフフ」
楽しそうに含み笑いをもらしながら理事長室から出てきた瑞穂は、廊下で壁にもたれている女に向かって、微笑んだ。
「あなたには、感謝しているわ。まさか、別の次元と繋がっているなんて知らなかったから」
瑞穂の言葉に、女は肩をすくめてから言った。
「別に大したことはないわ。あたし達、友達じゃない。これくらいのことはね」
廊下にいた女は、葉山七海だった。
「ありがとう」
瑞穂は七海に軽く頭を下げ、
「あなたは…一番最後にしてあげるわ」
そのまま…七海の前を通り過ぎた。
「…」
しばし、七海は無言で瑞穂の後ろ姿を見送った後、歩きだそうとした。
しかし突然、目の前に現れた沙知絵に、目を見開いて動きを止めた。
「どうして、彼女に話したの?これで、この世界は滅びることが決まったようなものよ」
沙知絵の言葉を、七海は鼻で笑った。
「いいのよ。この世界がどうなろうと。ただ…あの男がわざわざ、やり直しに来た。なのに、結果が変わらないという…絶望を味あわせてやりたかっただけだから」
怒りのこもった七海の表情に、沙知絵は軽くため息を吐いた。
「あたしの生きた世界で、あいつのせいで死んでいった人々の恨みをはらす為に!アハハハハ」
狂ったように笑う七海の目に、涙が滲んでいた。
「もういいわ」
沙知絵は目を瞑った。
「あいつが悪いのよ!あんな女を好きになったから!」
「わかったわ」
「だけど…。あたしのことを…覚えているかだけ…確かめたかった…」
七海の笑みが突然、止まった。
時間が来たのだ。
その次の瞬間、膝からその場で崩れ落ちた。
廊下に倒れた七海を数秒見下ろした後、沙知絵はゆっくり彼女のそばを通り過ぎた。
「悲しい女…。死んでも恨みを晴らす為に、魂だけで時を越えてくるなんて」
「え!こ、ここは!どこ?」
沙知絵が去った後、意識を取り戻した七海は、周りをキョロキョロ確認しながら、恐る恐る立ち上がった。
今の七海に、ここ数日の記憶はなかった。
彼女は、別の意識に憑依されていたのだ。
時間を越えてまで果たしたかった…女の恨み。
「チッ」
マスターは舌打ちすると、3人のドールに向けて叫んだ。
「お前達は、水樹瑞穂を追え!やつは、学園の中にいるはずだ。あの女は、この学園を最初に破壊する!それが、歴史の流れのはずだ」
「歴史の流れ?」
マスターの言葉に、高坂は眉を寄せた。
「ここは俺に任せて、お前達も行け!」
6人を飛び越すアカツキを確認すると、マスターはカミューラとアフロディーテを促した。
「行かせない!」
空中を飛ぶアカツキを、飛び蹴りで迎撃したのは、九鬼であった。
「生徒会長」
マスターは振り返り、着地した九鬼を見つめた。
「くっ」
空中で蹴りをくらい、着地したアカツキは顔をしかめると直ぐ様、攻撃体制に入った。
「行けと命じたはずだ」
そんなアカツキを、マスターは横目で睨んだ。
「は!」
「行かさない」
九鬼は、アカツキの前に立ちはだかる。
「やれやれ…」
マスターはゆっくりと、手を九鬼に向けた。
「!」
すると、九鬼の体が後方にふっ飛んだ。
その隙に、3人のドールは学園の方向に向かって飛んだ。
「な、何をした!」
木刀を掴んだ緑が、マスターの死角から襲いかかってきた。
「こうしただけさ」
マスターは半身を捻ると、光る手のひらを緑の鳩尾に叩き込んだ。
「う」
顔をしかめ身を捩ると、その場で崩れ落ちる緑。
「私は、今の俺ではない。私の中にいる神を完全にコントロールできている」
そう言うと、マスターは手のひらを今度は輝に向けた。
「え」
怯えていただけの輝は突然の攻撃に…すぐに、意識を失った。
「やつらをすべて滅する程の光は、なくても」
マスターは拳を握り締め、
「今ならば!間に合うはずだ」
ゆっくりと顔を高坂に向けた。
「お、お前は…」
マスターの目を見つめ、何か言おうとしたが、高坂も意識を失った。
「こ、高坂部長!」
マスターの後方で、倒れていた九鬼が立ち上がった。
「流石ですね」
マスターは振り向き、再び構える九鬼に目をやった。
「先程の攻撃を受けて、立ち上がるとは」
称賛の言葉を贈るマスターに向けて、九鬼は地面を蹴った。
「月影キック!」
九鬼の蹴りは、マスターに届く前に…空中で何かの力に払われ、地面に叩き付けられるとそのまま…気を失った。
「生徒会長」
マスターは、九鬼のそばまで歩いていった。
「あなたを、ここで失う訳にはいかない」
マスターは、足下の九鬼を見下ろし、
「もし、我々が失敗した場合…あなたは、歴史の通り…その後、やつらと戦う為に目覚めるミュータント達や、生き残った人間達を率いて、戦って貰わなければならない」
マスターは、学園の方に顔を向け、
「でも、それはありませんよ。あなたの遺志は、あなたの細胞とミュータント因子を掛け合わせて誕生した…3人のドールが果たしてくれます」
そのまま空を見上げた。
「この戦いが終われば…必ず、月に光が戻ります」
マスターは満月に目を細め、ゆっくりと数秒だけ目を閉じた。 それから、倒れてる高坂と緑に目を向けると、優しく微笑んだ。
「あなた達が目覚めた時、何もなかったと思うことでしょう。何もなかったと」
マスターは拳を握り締め、
「光ある明日を生きて下さい」
二人に頭を下げた。
「さあ〜行こうか!」
マスターは気合いを入れると、学園に向けて歩き出した。
「あの時代の最後の…学園情報倶楽部部員として、やつを殺す!」
「くそ!」
その頃、同じく月を見上げていたアヤトは唇を噛み締めると、テレポートした。
(瑞穂のもとへ!あいつの存在なら、すぐに感知できるはずだ!何年そばにいたと思っている!)
アヤトがテレポートアウトすると、理事長室から廊下を歩いている瑞穂から前方数メートル離れた場所に、姿を見せた。
「先生!!」
アヤトの姿を目にした瑞穂が悲痛な声を上げたが、すぐに表情が変わり、口許に笑みを称えた。
「橘先生?こんな時間にどうされましたか?」
瑞穂の言葉を、アヤトは鼻で笑った。
「それはこっちの台詞だ。どうして生徒である君が、こんな時間に、ここにいる?」
アヤトは、瑞穂の歩いてきた方向の先にある場所に気付いた。
「ま、まさか!」
「何かご存知で?」
驚くアヤトの目の前まで、上目遣いの瑞穂が一瞬で移動してきた。
「!」
虚をつかれたアヤト。
「先生?どうされましたか?」
目の前で首を傾げる瑞穂。
「邪魔だ!」
その時、廊下の窓を突き破って飛び込んできたアカツキの蹴りが、瑞穂の肩にヒットし、彼女をふっ飛ばした。
瑞穂の体は、使われていない教室のドアを突き破り、中に転がっていた。
「は!」
教室の空中に、アフロディーテがテレポートアウトすると、手にしたマシンガンをぶっ放した。
銃弾の雨と凄まじい埃が、教室内を包んだ。
「これくらいでは!」
テレポートアウトしたカミューラが、光の槍を手のひらから放った。
「哀れな光」
銃弾の雨が止み、埃が晴れると…光の矢を掴んだ瑞穂が姿を見せた。
「でも、危険な光。やはり…この星の生き物は危険だわ」
瑞穂が光の矢を折った瞬間、アカツキの蹴りが彼女の背中に決まった。
「攻撃を止めるな!」
アカツキの言葉に、二人は再び攻撃を開始した。
「な!」
その凄まじい攻撃の連鎖に、アヤトは目を見張った。
(やつらの力…。前に戦ったよりも強くなっている)
アヤトはそう感じながらも、冷や汗を流した。
(だが…通じないのか?)
3人の攻撃を避ける瑞穂。
(くそが)
アヤトの目の前を、教室から飛び出した瑞穂が通り過ぎた。
「逃がさん!」
追う3人。
(や、やはりの…神の光でなければ)
アヤトは首を横に振ると、
(いや、できるはずだ!今なら)
4人の後を追って廊下から外に出た。
(俺の力で、瑞穂を殺す!)
「何だろ?なんか寝付けないなあ」
その頃。香坂家で、ベッドに横になっていた神原司の頭に突然、声が響いた。
(寝ている暇はなくてよ。あなたの大切な人が…殺されるわよ。あなたの学校の先生に)
「え!」
思わずベッドから身を起こした司に、声は微笑みながら、言葉を続けた。
(早く助けにいかないと)
「お前は、何者だ!この前、水樹さんを襲ったやつか!」
(違うわ)
司の問いを、声は否定した。
「だったら、何者だ!」
(…)
声はしばらく黙った後で、言葉を続けた。
(あなたに幼なじみはいる?)
「はあ?」
声の質問の意味がわからなかった。
(いるの?いるなら、名前を教えて頂戴)
どうしてか…わからなかったが、司は即答した。
「七瀬加織」
(ウフフ)
司の答えに、声は笑った。
「何の意味だ?もしかして、あいつの知り合いか!」
(違うわ)
「だったら!」
苛つく司に、声は告げた。
(ただの確認よ。あなたが忘れていないかの…。でも今は、そんなことよりも急がないと)
「うそだったら、ぶっ飛ばす!」
会話をしながらも、着替えた司は、家から飛び出していた。
昔、化け物に襲われてからか…。司は、おかしなことは起きると思っていた。
無意識に掴んだ携帯を、夜道で走りながら確認すると、もう聞こえなくなった声の正体が誰か、考えようとした。
「まさか…女神ではないよな」
走りながら、司は保存しているメールを開いた。
そこには、助けての文字が。
今では、メールを送っても…何も起こることはない。
しかし、司の脳裏には残っていた。
自分に背を向けて、化け物と退治する…ブロンドの女神の横顔を。
(そう言えば…どこか、水樹さんに似ているかな?)
そんなことを考えながら、司は走っていた。
そして、携帯をズボンのポケットにしまう瞬間、無意識にメールの送信ボタンを押していた。
「全く…うるさい蚊ね」
テレポートを繰り返し、瑞穂を翻弄するカミューラとアフロディーテ。
彼女達の動きで瑞穂に隙ができると、アカツキが彼女に攻撃をくわえた。
「彼女を殺るのは!」
アヤトが、その攻撃に参加しょうとした時、後ろから誰かが肩を掴んだ。
「言ったはずだ。邪魔するなと」
「マスター!」
アカツキ達が叫んだ。
「空を見ろ!この星の光は、空さえも淡く輝かせる!」
マスターはアヤトを払いのけると、瑞穂に近付いていく。
「お前がどうしょうと!人の光は消せない!それが、例え!神の輝きに届かなくても!」
マスターの全身が淡く輝き、力が溢れ出す。
「この犬神の力で、貴様を!」
マスターは一気に間合いを詰めると、瑞穂の首根っこを掴もうとした。
しかし、次の瞬間、マスターの体はふっ飛んでいた。
「すまないな。やはり、こいつを殺るのは俺だ」
瑞穂の前に、光を纏ったアヤトが立っていた。