第46話 時の狭間
「時の狭間…」
夜になり、ベットの中で眠りについた僕は、ブルーワールドに来ていた。
防衛軍の西駐屯地がある街の外れに、僕とロバートはいた。
僕は、今日聴いた歌声と言葉について、ロバートに相談していた。
ロバートは、右手を顎に当て、考え込む。
「歌声は…俺も聴いたんだが…時の狭間…」
「呼んでたんだ…僕を。そこに来いと」
僕には、あの歌声が呼んでいるように、感じていた。
ロバートは首を捻り、考え込んだ。
「呼んでいたとしても…時の狭間とは、一体…」
僕も考え込むが、わからない。
2人して、ため息をつくと、
「行ってみたらいい」
ピアスから、アルテミアの声がした。
「え?」
僕は、横目で見えなくてもピアスの方を見た。
ロバートも、ピアスを見ていた。
「折角の誘いだ。時の狭間に行こうぜ」
アルテミアの言葉に、ロバートは驚きながらきいた。
「それは、どこですか?」
「多分…」
2人は、アルテミアの言葉を待った。
「宇宙よ」
「宇宙!?」
僕と、ロバートは天を見上げた。
「赤星!」
僕は空を見上げながら、頷いた。
「モード・チェンジ」
左手につけた指輪から、光が溢れ、僕はアルテミアと入れ代わった。
さらに、アルテミアは叫んだ。
「モード・チェンジ!アルティメット・ヴィーナス」
六枚の天使の翼を広げ、空中に浮かんだ。
「あんた達は、どうするの?」
アルテミアは、ロバートにきいた。
ロバートは、少し考えて…軽く肩をすくめた。
「行くよ」
ロバートは体を防御する為、球状の結界をつくると、その中に入った。
アルテミアはその結界を抱き抱えると、空高く舞い上がっていった。
すぐに大気圏から出て、衛星軌道を越え、アルテミアは、地球を見下ろすところまで来た。
「時の狭間は、どこにある?」
結界を張っているが、空気に限りがある。
「時は…人のそばにある…」
アルテミアはそう呟くと、地球の輪郭を、じっと見つめる。
うっすらと、地球の輪郭が輝いてくる。
アルテミアの体が、じわじわと少しずつ、光に照らされていく。
「太陽…」
僕は、地球の後ろから、光が現れてくる美しさに目を見張った。
「あそこだ…」
太陽の光と、地球の輪郭の間。光と青の間の筋のような黒。
アルテミアは、太陽が完全に姿を現す前に、ほんの少しの闇の輪郭へ、飛び込んで行った。
「眩しい…」
太陽の光が、アルテミアの半身…ピアスをつけてる方に、直撃していた。
光はすぐに消え、ただの闇に変わる。
闇の中…落ちるとも、上がるとも、滑るとも、言えない感覚と言える感覚が、僕の意識を支配し、体のバランスを崩した。
そして、僕を守る為なのか…頭が勝手に、意識を切った。
「赤星君!」
激しく体を揺らされて、僕はやっと目を覚ました。
「ここは…」
フカフカのベッドの上で、体を起こした僕は、周りを見渡した。
ベッド以外、何もない質素な部屋。
「あれくらいで、気絶しやがって」
アルテミアは腕を組み、呆れたように言った。
「でも…よかった」
僕を揺り起こしたサーシャは、ほっと胸を撫で下ろした。
「僕は…一体…」
「目覚めたのか」
ドアが開き、ロバートが部屋に入ってきた。
「どうだった?ロバート」
サーシャがきいた。
ロバートは肩をすくめると、
「ここは、俺達が知ってる…どの世界とも違う…」
頭をかき、
「だけど…どの世界の特徴も持っている」
「ここは、世界から落ちてきた…」
いい臭いとともに突然、1人の女が部屋に入ってきた。
お盆の上には、4人分のスープが乗っていた。
「砂の泉よ」
女は、僕に向かって微笑んだ。
「砂の泉?」
僕達の誰一人、その言葉を知らなかった。
「時の狭間では、ないのか?」
首を傾げるロバートに、女はクスクス笑い、
「ここの呼び名なんて、あまり関係ないわ」
スープの入ったお皿を、僕達に手渡しながら、
「狭間に溜まった…砂のようなものよ」
「だけど…」
アルテミアはスープを一気飲みすると、女が入ってきたドアの向こうを睨んだ。
今、僕らがいる部屋には、窓がなかった。
「やつの感覚を、微かだけど…感じる」
睨んだまま、部屋を出ていこうとするアルテミアの後ろ姿を見つめていると、僕は、さっきから感じていた違和感の正体に、気付いた。
「ど、どうして…僕の前に、アルテミアがいるんだ!」
僕の叫び声に、足を止め、顔をしかめたアルテミアが、振り返った。
「今頃、気付いたのか」
呆れたように、鼻で笑った。
「この現象は…俺も驚いたよ。多分、この世界には、他にはない力があるんだろ」
腕を組み、手で顎を支えながら悩むロバート。
そんなロバートを見て、女はクスクスと笑った。
「ここには、すべてがあるの。そんなに、難しく考えなくていいわ。但し、すべてを失っても、いるんだけど」
女の言葉を理解することなんて…僕にはできなかった。
ロバートは悩み、サーシャは…女をじっと見つめていた。少し殺気みたいなものを感じる。
いつでも、斬りかかれるように…警戒しているようだ。
アルテミアは、スープをおかわりしていた。
皿を傾けながら、何を考えているのか……僕にもわからなかった。
「こ、この人は、誰…何ですか?」
僕は、空気を変えようと、基本的な質問を投げかけた。
「ああ」
ロバートが納得し、説明し出す。
「この世界の方で、君を助けてくれた人だ」
「もう具合は良さそうね」
女は僕に近づき、顔を近付けた。
顔色を見ているみたいだが、あまりに近すぎても、甘くいい臭いがした。
どきどきして、僕は顔をそらすと、慌ててスープを飲み出した。
女はクスッと笑うと、僕がスープを飲み終わるのを待って、外に出るように促した。
僕らは四人は、女の後ろについていき、部屋を出ると、リビングを抜けて外に出た。
一面に、広がるこの世界は、白い砂に覆われていた。
「え…」
純白な真っ白な砂だけの世界に、僕は圧倒された。
「空を見て!」
サーシャが叫んだ。
「何だ…あれは」
ロバートは、唖然とした。
無数の数え切れない程の…絹のような糸の束。
それが、蜘蛛の巣のように、地球に絡まっていた。
「あれが、世界」
女は切なげに、糸を見つめ、
「一本一本が…誰かの世界」
アルテミアは、女を凝視した。
「あんたは一体…」
「あたしは…」
女はアルテミアを見、言葉に詰まると、視線を地面に落とした。
少し考え込むと、女は顔を上げて、アルテミアを見た。
「あたしは…紅」
「紅…」
紅は、自分の言葉に頷き、
「あたしは…地球という世界から、落ちてきた」
紅はしゃがむと、足下の砂を拾い上げた。
「砂となって…」
「砂って…何です?」
ロバートは、紅の手を見つめた。
紅は手を握り締めると上に上げ、ゆっくりと手を開いた。
砂が、風に流れる。
「ここに落ちてくる者は、自分達の世界で…不幸にも、第三者の手によって、殺されりして…目的を、達成できなかった者が…後悔と悲しみで、砂となって、落ちてくるところ」
「そんな話。初耳だ」
ロバートもしゃがみ、砂を確かめる。
さらさらしているが、普通の砂だ。
「これだけ、世界があるのに…死んでしまうことが、決まってしまった者は…どの世界に行っても、死ぬという運命は、変えられない」
「それは、誰しもでしょ?人は誰もいずれ…死ぬ」
ロバートの言葉に、紅は首を横に振り、
「意味が違うわ」
悲しげにそう言うと、僕の方を向き、言葉を続けた。
「どうしても…世界の運命に、逆らおうとする者は…砂にされて…この世界に、落とされるのよ」
紅のかざした手の平に、新しい砂が落ちてくる。
「世界を、危険にする程の人物…。あなたは、知ってるはず」
紅は僕に向かって、手のひらを差し出した。
指の隙間から、砂がこぼれていく。
「世界を変える程の力を持つ者は…意志の力で、砂から、姿形を保てる。だから、彼は…何百年も前から、待っているわ。時を越えたあなた達には、最近かしら?」
紅は、クスッと笑った。
「どういう意味だ!誰が、待っているというんだ!」
ロバートは、声を荒げた。
「信長よ」
紅は、ロバートの目を見た。
「そ、そんな馬鹿な!」
否定的なロバートの言葉に、
「あら?安定者候補といわれたあなたの言葉とは、思えないわね」
紅は、ロバートに冷笑を投げかけた。
「あなたの上は、知ってるはずよ」
「な!」
「だって…この砂の大半は、あなた達…人間が、排除した者達なのよ」
僕達は、砂の世界を見回した。
「世界を保つ為にね」
そう言うと、紅は歩き出した。
「どこにいく!」
サーシャが一歩、前に出た。
「ついてらっしゃい。信長の所へ、案内してあげる」
「信長を、どうして知っている!」
構えているサーシャの問いに、紅はクルッと回転し、踊ってみせた。
紅のしなやかな体が…少し崩れる。
「な!?」
一同が驚く中、踊りを止めた紅の体に、再び砂が集まり、もとの姿に戻る。
「あたし達は、落ちてきた砂…意志の力で、生前の姿をつくってるだけ…体の砂は、みんな同じ。だから、あなた達の知ってる人物にも、会えるかも」
まだ状況を把握できない五人の間に、沈黙が流れる中…いきなり、紅の後ろの砂が爆発した。
凄まじい砂埃が、僕達の周囲を囲む。
そして、その砂埃達が、何百人の魔物の形に変わる。
「こいつらは…」
サーシャが、素手で構えていた。
砂は集まり、形作っていく。
「天空の…」
アルテミアは周りを見て、舌打ちし、
「騎士団!でも、こいつらは」
チェンジ・ザ・ハートをトンファータイプに変えた。
「全員…片付けたはずだ」
砂は色がつき…黒い翼を広げ、鴉天狗に似た兵士達になり、宙に舞う。
ロバートは、愕然とした。
「魔法が使えない!」
手を広げて、結界を張ろうとしたが、発動しない。
「当たり前でしょ…世界が違う。召喚する扉も、存在しないわ」
紅は、肩をすくめた。
魔物の爪が、戸惑っている僕の前髪を、切り裂いた。
「赤星!」
助けに行こうとするアルテミアの前に、魔物の壁ができる。
「退け!A Blow Of Goddess!」
トンファーを槍に変え、アルテミアは女神の一撃を放つ。
風と雷鳴が、空間に走る。
しかし、吹き飛んだ魔物は、砂に戻り、砂埃が治まると、すぐにもとに戻る。
「何!?」
アルテミアは絶句した。技の威力も弱い。
「1カ所に固まるんだ」
僕は何とか逃げることができ、アルテミアたちと背中を合わせで、敵と対峙した。
紅だけは、動かない。
「紅さん」
紅に向かって、魔物達が爪を突き立てた。
「大丈夫よ」
紅は、僕に微笑んだ。
「どういうことだ…」
ロバートは、目を見開いた。
突き立てたはずの魔物の爪は、紅に突き刺さっていなかった。
切っ先が砂になって、こぼれ落ちていた。
「この世界は、強い意志をもった者が、力を持つの」
紅が、クルッと回転しただけで、周りの魔物が一瞬にして、砂に戻る。
「こんな雑魚に…あたしは、やれないわ」
「あなたは一体…」
僕は唖然として、紅を見つめた。
紅はクスッと笑い、
「でも…あなた達は、生身…気をつけた方がいいわ」
「赤星!何やってんだ!」
紅に気を取られていた僕に、魔物は飛びかかろうとしたのを、とっさにアルテミアが回し蹴りで叩き落とした。
「くそ!」
何とか攻撃を避けていたロバートは一瞬にして、魔物の懐入り込み、手刀を叩き込むと、剣を持っていた魔物から、武器を奪い取った。
「よし!」
しかし、奪った剣はすぐに、砂に戻っていく。
「意志を保つの!」
紅が叫んだ。
「意志を込めて!これは、剣だって!自分の剣だって!」
ロバートは、はっとして、
「意志を込める…」
静かに目を瞑り、剣を握る手に、力を込めた。
「ハッ!」
気合いとともに、横凪ぎに、剣を振るった。
空気を、切り裂くような音がして、ロバートに襲いかかろうした魔物達を切り裂いた。
「凄い…」
ロバートは、自ら振るった剣の威力に、感嘆した。
「そうよ。それでいいの」
紅は、頷いた。
その時、どこからか…高々と鳴る法螺貝の笛が、辺りに響いた。
無数の矢が、雨のように降り注ぎ、魔物達に突き刺さった。
馬の轟きと、蹄の音。
地響きが、世界を揺らした。
「あれは…」
いつのまにか現れた…騎馬兵。
そこに、掲げられた旗印の紋章…。
永楽銭と木瓜。
僕には、見覚えがあった。
「あれは…」
アルテミアもトンファーを振るいながら、気づいた。
「織田の軍勢だ…」
サーシャは、迫り来る軍勢を睨んだ。
圧倒的な力を持って、魔物達は駆逐されて、砂に戻っていく。
一頭のひたすら目立つ…立派な馬に乗った武将が、僕達の前に来た。
「赤星浩一殿と、お見受けするが…」
武将の言葉に、僕は驚きながらも、頷いた。
「いかにも…僕は、赤星浩一だ」
「我が主、織田信長様が…城にて、そなたをお待ち申しております」