第3話 女神の一撃
何の変化もない日常が、終わった。
僕は…信じられないくらいに疲れた為、家に帰ると着替えもせずにすぐ、ベットに横になった。
すると、一瞬で眠ってしまった。
「てめえ!ぶっ殺すぞ!」
バイクに跨って、僕は向こうの世界にいた。
いや、バイクじゃない。自転車だ。それも子供用。
寝ようとしていたのにいきなり、この世界に来て、自転車に乗っているものだから、僕はバランスを崩し、そのまま転倒してしまった。
「いててて…」
何とか、身を起こした僕の耳元で、ピアスが怒鳴った。
「いきなり、ばっくれやがって」
「そんなこと言われても…」
痛みをこらえて、僕は下敷きになった自転車の下から這い出し、起き上がった。
「さっさと、あたしに変われ」
「ち、ちょっと待てよ…」
体についた埃を払ってから、自転車を起こそうとする僕を、後ろから何かが掴んだ。
「こんな所に、ガキが!」
「飯にありつけるぜ」
それは、黒い鋼の剛毛で覆われた…巨大な手だった。
僕は顔を上げ、馬に乗っている人物を見た。それは、人ではなかった。
「お、狼!!」
絶叫した僕を、狼男は横目で、ぎろっと睨んだ。
そして、ゆっくりと舌なめずりをした。
「ヒィ」
声にならない叫び声を上げた僕の耳元で、アルテミアは小声で囁くように言った。
「手間が省けた」
マシュマロ森。
その名の如く、あらゆる木々が、お菓子でできた夢の森。
昔、お菓子職人でもあった魔法使いが、趣味で作ったいうこの森は、1つ1つにリサイクル魔法がかけられており、どんなに食べられてもすぐに再生する。
だけど、その木々にとまった虫たちは、すぐに吸収され、お菓子に変えられる。長いこと触っていると、人もお菓子になってしまう。ある意味、とても危険な森だった。お菓子の誘惑に負けて、迷い込んだ者は…お菓子にされるか、そこを巣食う狼男に喰われるかのどっちかだった。
カラクリ義手のバイの一味は、この森を根城にし、狩りを楽しんでいた。
僕をさらったのは、三人(?)組の狼男だった。
森の中央にある木々を切り倒して作った広場に、無造作に僕を投げ捨てると、三人は馬から降りた。
「さて…そのまま、頭から喰おうか…」
「それとも、お菓子にしょうか…」
「半分に裂いて、別々に楽しもうか」
そして、涎を垂らしながら、僕に近づいてくる。
恐怖で震える僕の耳元で、ピアスが叫んだ。
「モード・チェンジだ!」
僕はガタガタと震えながらも、ピアスの声に頷いた。
「も、も、も」
恐怖の為、なかなか言葉にできない。
「何だ?こいつ」
「何を、ブツブツ言ってやがる」
近づく鋭い牙。
「男なら、しゃきっとしろ!」
ピアスの怒声に、
「はい!」
僕は思わず、大声で返事をしてしまった。
「返事はいい!」
明らかに、ピアスの声は、イラついている。
「も、モード・チェンジ!」
僕は、何とか叫んだ。指輪から漏れた光が、僕を包んだ。
「ヴィーナス、光臨って、遅いんじゃ!ボケ!」
アルテミアの怒りの手刀が、そして、回し蹴りが…一瞬の内に、狼男たちをあの世に送った。
「こんな雑魚に、びびりやがって!こっちは一回ゲームを終えて、レベルそのままで、最初の町からやり直してると、同じ感覚なんじゃ!」
アルテミアは苛立ちながら、広場の向こうの木陰を睨んだ。強い殺気が、その辺りから放たれていた。
「いきなり…凄まじい力を感じ…。誰かと思えば…懐かしい」
お菓子の木々がいきなり、数十本なぎ倒された。その向こうから、ゆっくりと近づいてくる異形の者。さっきの狼男の、3倍はあろうかという体躯。片目は潰れ、右手は機械の義手。
「久々だな。ブロンドの悪魔」
その言葉に、アルテミアは腕を組むと、鼻で笑った。
「フン!お久しぶりね。負け犬さん」
「負け犬…ククク」
バイは左手で、義手となった右手をさすりながら笑った。
「お前に…この手を奪われた時から」
バイはゆっくりと、右手をアルテミアに向けた。
「お前を、忘れた日はない」
右手の先からマシンガンの如く、鉄の弾が放たれてた。
アルテミアは、先程倒した狼男の死体を足で蹴り上げ、弾丸の盾にした。狼男の体が一瞬で、穴だらけになる。
その間に、アルテミアは素早く、バイの背後にまわった。
「馬鹿が」
バイはにやりと笑うと半転し、銃口をアルテミアの額に向けた。
「甘いわ!」
銃弾が、至近距離で放たれた。
「モード・チェンジ」
アルテミアは冷静に呟くと、両腕をX字にして顔を守り、銃弾を受けた。
「ククク…ハハハハハ」
バイは笑いながら、撃ち続けた。
激しいマシンガンの轟の中、砂煙が巻き上がり、アルテミアの姿を見えなくした。
すると、銃弾の雨と煙を切り裂く…しなやかな足が現れ、バイの右手を蹴り上げた。
バイは、腕が跳ね上がったまま、後方にジャンプした。着地した時には、右手の形が鞭に変わっていた。
「やはり…鉄の弾では、殺せんか」
砂埃が晴れると、黒革のボンテージ姿のアルテミアが現れた。
無傷だ。長いブロンドの髪は、ショートになっていた。
「当たり前だ」
ストロング・モード。格闘専門の姿だ。
アルテミアは右手を突き出し、人差し指を曲げて、かかってこいと挑発した。
「舐めるな!」
バイの鞭が、アルテミアの右腕に絡みついた。
「死ね!」
鞭に、電流が流れる。
「忘れたのか」
アルテミアの全身に、電気が通った。
しかし、アルテミアは平然と鞭を掴むと、片手だけで引っ張り……そのまま軽々と、バイを放り投げだ。身を捩ると鞭を振り回し、バイの体を近くの木にぶつけた。
「フン!」
そのまま、次々に木々をなぎ倒すと、最後にアルテミアは、一本背負いのように、バイを地面に叩きつけた。
「あたしに、電気は効かない」
そう言うと、絡み付いた鞭を引きちぎり、地面にめり込んだバイに向かって、ゆっくりと近づいていった。
「チェンジ・ザ・ハートは、どこだ?」
「言うかよ」
バイは、よろけながらも立ち上がった。
「折角…お前を釣る為に、用意した餌だ」
バイの義手が、また変化した。今度は、巨大なナイフになった。
「そう簡単に、渡すものか!」
バイは、アルテミアに襲いかかってきた。
「そうか…」
アルテミアは足を止め、突っ立ったまま動かない。
ナイフが頭に振り落とされる寸前、森を切り裂いて、どこからか…2つの物体が飛んできた。1つはナイフの切っ先を受け止め、もう1つは…ナイフを側面から、切り裂いた。
「なんだ?」
唖然とするバイに、アルテミアはにやりと笑った。
2つの物体は、アルテミアの両手に装着され、トンファーに変わった。
「近くまで来て…あたしの思念を感じたら!チェンジ・ザ・ハートは必ず、あたしの手に戻る!」
「そ、そんな馬鹿な…」
バイは無意識に、後ずさった。
「もう…お遊びは、終わりだ」
アルテミアがトンファーをくっ付けると、巨大な槍になった。
その様子を見て、バイは震えだした。
「女神の一撃か…」
「そう…A Blow Of Goddess」
アルテミアは槍を脇に挟み、構えた。
「これで、終わりだ」
「やられる前に、やってやる!」
バイの右手が再生し、今度はドリルに変わった。
「アルテミア!」
「フン」
アルテミアは、槍を回転させた。
その度に風が起こり、真空波がバイを切り裂く。
「カマイタチか…」
バイの全身を切り刻み、風が絡みつくように全身を縛り、アルテミアに近寄れなくした。
さらに、チェンジ・ザ・ハートは電流を帯び、青く輝いていく。
「Wind Of Thunder!」
電流が…電気の風になり、周囲の木々を包んだ。
真っ直ぐに突き出された槍が、バイのドリルの先から、肩までを貫いた。
同時に、雷鳴の風がバイの全身を焼き尽くした。
「…」
無言で、アルテミアはバイに背を向けると…そのまま、マシュマロ森を後にした。
A Blow Of Goddess。女神の一撃が放たれて、直撃した森の半分は、消し飛んでいた。
僕は戦い中…一言も、声を出すことができなかった。迫力と恐怖に…ただただ圧倒されていたのだ。
森を出ると、
(ポイント、ゲット。500ポイント)
カードが鳴った。
「あとは…もっとポイントを集めるだけだな」
手に戻ったチェンジ・ザ・ハートを見つめながら、アルテミアは歩き続ける。
「あ、あのお…」
僕は、やっと声が出た。
アルテミアは無視して、カードにアクセスコードを打ち込もうとした。
「あのお…」
さらに、無視だ。
仕方なく、勝手に話すことにした。
「あなたは…どうして、戦うんですか?」
アルテミアは、こたえない。
「何の為に、戦ってるんですか?」
アルテミアは、コードを打つのをやめた。カードを胸元に差し込むと、チェンジ・ザ・ハートをトンファータイプにして、構えた。
「あのお…どうして…」
「黙れ!」
アルテミアは一喝すると、辺りを警戒しだした。アルテミアの肌に鳥肌ができ、全身がざわめいた。
「この感触は…。だけど…早過ぎる」
「あのお…どうかしたんですか?」
僕の声を無視して、アルテミアはチェンジ・ザ・ハートに目をやった。
「そうか…最初から、罠か」
アルテミアが舌打ちした瞬間、周りの地面が割れた。