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情報倶楽部編終わり 契約破棄

「梓君。君は…」


高坂は、銃口を下げた。


「高坂部長。ごめんなさい。最初、あたしは…良子を救いたかった。だから、あなたに依頼した」


梓は、園田達のそばまで来ると足を止めた。


「だけど…それは違った。本当は、違った。まったく逆だった。ここに戻ってあたしは、思い出した」


梓は、ぎゅっと佐伯の手を握りしめ、


「あたしは、良子に死んでほしかった…。なぜなら…」


もう片方の手で、自分の胸を握り締めた。


「あたしは、死人だから…」


梓の瞳から、涙が流れた。


「き、君は…もしかして!?」


その涙を見た瞬間、高坂の脳裏に、校舎裏の祠が浮かんだ。


「だから、今回の依頼はキャンセルします」


梓は涙を拭わず、高坂の目を見た。


「フン」


正野は鼻を鳴らし、


「…君達。もう行っていいよ」


両手をポケットに突っ込むと、歩き出した。


殺気がなくなった正野が横を通ったが、九鬼は構えを解かずにその場から動かなかった。


まだ戸惑っていた人々は、正野が通りすぎると、一斉に正門に向かって走り出した。


「忠司…」


正野は、梓の横にくると、肩をすくめ、


「君の好きにしたらいい」


そのまま…振り返ることなく、校舎に向かって歩き出した。


その後ろ姿が、人間から猫に変わる。


「猫?」


祠の前で、正野が自分に語った話を思いだし、高坂はしばし後ろ姿を見つめてしまった。


「私達は、これで終われないわ」

「そう終われま〜せん」


再び襲いかかろうとする園田と世界征服。


「もういいの」


良子から手を離し、歩き出した梓が2人の肩に手を置いた瞬間、彼らは消滅した。


「え!」


思わず声を上げた輝。


梓は表情を変えず、


「この子達は、この学園を守る為につくられた幻…。すぐに、また再生されます」


真っ直ぐに高坂を見つめた。


「…」


高坂も梓を見つめ返した。


数秒後、フッと笑い、


「了解した。君の依頼は破棄しょう。しかし!」


梓の向こう…校舎の前に立つ人々に目をやった。


「彼らはどうする?この学園は、死人だけではない。生きている人間もいるぞ」


高坂の言葉に、梓は目を瞑った。


「それは…」


少し言葉に詰まる梓に代わり、校舎の前に立つ生徒達が叫んだ。


「僕達は帰らない!」


「この世界に残る!」


「どうせ帰っても幸せにならない!」


「それに、ここで死んでも!ずっとここにいれるわ!」


「絶対に帰らない!」


生徒達の言葉に、高坂は校舎の中に目をやった。


グラウンドまで出てこれた生徒はまだ、まともである。


ノイローゼになり、虚ろになりながらも、幸せそうに笑う生徒達が大勢いた。


(彼らは…)


帰すべきか悩んだが…高坂はやめた。


(いや…彼らは、自力でここにたどり着いたのだ)



「部長?どうします」


輝がちらっと、高坂を見た。


「高坂部長…。あたしは」


立ち上がり、校舎に向けて歩き出した九鬼が、自分の横を通りすぎようとした。


「高坂部長?」


その動きを、高坂は九鬼の肩を掴んで止めた。


「彼らは、自分で選んだ。俺達が無理やり、帰すことはできない」


「部長…」


「帰ろう」


高坂は伊集院を背負いなおすと、梓に背を向けた。


「伊集院君は、返して貰うぞ。彼女の罪は…向こうで償わせる」


それだけ言うと、高坂は正門に向けて歩き出した。


「ぶ、部長!」


輝は慌てて、高坂の後に続いた。


「…」


九鬼はしばらく、校舎前に立つ生徒達を見つめてから、ゆっくりと頭を下げ…背を向けた。


「ご機嫌よう…。生徒会長」


梓は去っていく九鬼の背中に、頭を下げた。



高坂と輝…最後に、九鬼が正門を潜った瞬間、正門が閉まった。


「…」


無言で足を止め、振り返った高坂の目の前には…ただの空き地が広がっていた。





高坂達が去った後、完全に閉じた空間内で、再び終わることのない学園生活が始まった。


生徒達一人一人が異なる学園生活が、永遠に続いていく。


「梓。放課後、演劇部の部室でね」


手を振って廊下を走り出す良子。


「佐伯さん。廊下を走ってはいけませんよ」


ゆっくりと廊下を歩いていた園田は、良子を注意した。


「お〜う!の〜!」


廊下で、何かを嘆いている世界征服。


再び始まった日常の中を、梓は微笑みながら歩いていく。


そして、たどり着いたのは…祠だった。


「忠司…」


祠の前に、正野が立っていた。


「これでよかったのかい?彼らを返したら、ここの夢の力は弱くなるのに」


正野は盛り上がった土を見つめ、後ろに立つ梓を見ない。


「人は死んでも夢が見れる。あたしのように…。他人の夢を奪わなくても」


「…」


「それに、あたしはもう十分幸せよ。愛する人に…友達もいる」


梓の言葉に、正野は振り返った。


「あなたのお陰よ。あたしは…死んでから幸せになれた」


涙ぐむ梓を見て、正野はフッと笑い、歩き出した。


「時間がかかったよ。怪我をして君の部屋に紛れ込んだ時の俺は…仔猫だったから」


「忠司…」


「百年以上…かかった。君の魂を呼び戻すまで」


「ありがとう」


「…」


正野は梓の横を通りすぎると、彼女に見えないように微笑んだ。


そして、校舎内に消えた。







「今回の事件は…何だったんでしょうね」


大月学園内の部室に戻った高坂達から報告を聞いた舞は、記録をパソコン内に打ち込んでいた。


「何もないよ。結局〜すべてがなかったことになったし〜」


輝は、高坂が持っていた写真に目をやりながら、ため息をついた。


吸血鬼を題材にした劇の打ち上げの写真には、佐伯良子も柳川梓も映っていなかった。


彼女達は元々、存在しなかったことになっていた。


「佐伯良子をいじめたこともなかったことになったし…伊集院さんに罪を償わせることもできなくなりましたし」


「そんなことはない」


部室の端で壁にもたれていた高坂は、輝の言葉を否定した。


目覚めて自らの意識を取り戻した伊集院は、梓達が消えた写真を目にして、嗚咽した。


例え記憶からなくなっても、魂に刻まれているのかもしれなかった。



「部長。わかりましたよ」


部室のドアが開き、緑が中に入ってきた。


「やはり旧校舎が建てられる前に、屋敷があったそうです。家主の名は、柳川」


「そうか…」


高坂は呟くように言った。


緑はさやかとともに、理事長室に行き…図書室に置いていない資料を閲覧させて貰っていたのだ。


「でも〜どうして、理事長室にしか資料がないんですか?隠す程のことはないでしょ?」


輝の疑問に、緑がこたえた。


「柳川家は、月の防人の末裔だったの。その末裔が気が狂い、一族を皆殺しにした。その事実は、隠蔽しなければならなかったのよ。柳川家が断絶してもね」


「なるほどね」


舞は、キーボードに指を走らせながら、にやりと笑った。


「屋敷跡は、ムジカを封印していた場所に近い。そんなところでね。闇が濃くなるのは、防がなければならなかった。だから、祠をつくったのか」


「屋敷を壊した後、長い間何もなかったらしいわ。その後、旧校舎を作り…今の場所に移転させた」


緑と舞の話を聞きながら、高坂は軽く息を吐いた。


「…」


そして、無言で壁から離れると、部室から出ていった。


「部長?」


緑が声をかけても、足を止めずに。




「…」


高坂は、東校舎の横を足早に通りすぎると、裏門を出て、空き地内に入った。


旧校舎の造りを思い出しながら、高坂が足を止めた場所は…祠があったところだった。


「すまない…」


頭を下げた高坂の後ろに、誰かが来た。


「謝る必要はないんじゃないの?さらわれた人々を助けることができたし…。あんたは、よくやったわよ」


「さやかか…」


高坂はフッと笑うと、振り返ることなく、話し出した。


「俺は、依頼を解決することができなかった。彼女達を助けられなかった。梓君はああ言ったが…本当に佐伯君の死を望んでいたとは思えない。結果…そうなっただけだ」


「そうだとしても…。結果…そうなった。そして、彼女達は幸せになったのよ」


さやかはため息をつき、高坂の横に来た。


「彼女達だけではないわ。一緒に学園に残った人達も、自ら望んだことよ」


「フン」


高坂は鼻を鳴らし、


「夢は叶えるものだ。そして、いずれ…現実になる。叶わなくてもな。夢が夢のままならば、それは幻と同じだ」


地面を見下ろした。


「彼らは、幻の中で生きることを決めたのよ」


さやかは、肩をすくめて見せた。


「彼らは、一生…夢の中だ。死んでもな。そんな世界は…」


高坂は唇を噛み締め、


「地獄と同じだ」


学生服の裏から、装飾銃を取り出した。


(梓君。君は、幸せを掴んだかもしれない。しかし、残った者達を地獄に巻き込んだのだ。夢という幻に包んでな)


地面に向けて、引き金を引いたが、撃てなかった。


「その銃…撃てたみたいね」


さやかは、装飾銃を見た。


「ああ…。しかし、俺の意思に関係ないらしい」


高坂は、装飾銃を中にしまった。


(恐らく…俺が頑張ってもどうしょうもない時に、使えるのかもしれないな)


高坂の前には、土の山などない。


「真…」


しばらく地面をじっと見つめた後、高坂はその場所に背を向けて歩き出した。


「できれば…もう一度依頼してほしい」


「無理よ」


「彼らを地獄から助けてほしいとな」


「…彼らは戻らないわ」


「それでもな」


空き地から出ていく高坂の後ろを、少し距離を開けて、さやかは歩き出した。






情報倶楽部編


完。

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