第45話 異世界と過去
「一応、報告書に、目を通したが…」
実世界でいう…大阪にあたる場所。
詳しく言うと、大阪城に、防衛軍西駐屯地はあった。
一番上…天守閣に、ロバートはいた。
木目の美しい机の向こうで、ロバートの顔を見ずに、ここの責任者である大佐は、受け取った報告書に目を通していた。
「彼…信長は、あの世界では、魔王ではなく、英雄です」
ロバートの言葉に、大佐はため息をつき、頭を抱えると、席を立った。
ロバートに背中を向け、後ろの窓から、人々の住む街並みを見つめ、
「ラン・マックフィールドは、どうした?」
「女神の報告では、消滅したと」
「消滅?」
大佐は、机に置いてあるティーカップを手に取った。
ブラックのコーヒーが、入っていた。
一口すすると、
「ランマックフィードは、信長の側近…森蘭丸と名乗り、異世界を変えようとしていた。それは、なぜか?」
大佐は、カップを置き、
「なぜ、違う世界にとんだのか?この目的を探る為…ランマックフィードの逮捕を、依頼されたはずではないのかね?」
少し振り返ると、鋭い眼光で、ロバートを見た。
ロバートは軽く肩をすくめ、
「彼は、時に逆らい。時に、粛正されたのですよ」
「フン」
大佐は、机の左上の引出を開け、アクセスコードの書いた紙を指で摘み、ロバートに差し出した。
「報酬だ。女神に、渡しておけ」
「ありがとうございます」
紙を受け取り、深々と頭を下げると、ロバートは指令室を出た。
廊下に出ると、早速カードにコードを打ち込み、ポイントを確認した。
百ポイントしかない。
「やはり…女神を差別してるか…防衛軍は」
ポイントの少なさに、唖然としていると、
「ロバートじゃないか」
廊下の向こうから、近づいてくる1人の男。
「ジロウ…?ジロウじゃないか」
ジロウは、ロバートの肩を叩き、
「久し振りだな。いろいろ噂はきいてるぞ」
ロバートは苦笑し、
「大したことじゃないよ」
「防衛軍を、やめたことかが!折角、出世が決まっていたのに」
残念そうなジロウに、ロバートは微笑んだ。
「出世より、大切なものはある」
ジロウは、ロバートの左手にある指輪に気付き、
「そうだな…」
深く頷くと、また肩を叩いた。
「それより、時間あるか?ちょっと、向こうのカフェで話そうぜ」
「そうだな」
ジロウに促され、ロバートは歩きだした。
「ジロウ…お前が、ここにいるなんて思わなかったよ」
その言葉に、ジロウは大袈裟に声を出して笑い、
「左遷だよ。まあ、でも気に入っている。飯はうまいからな」
「…変わらないな」
ロバートは、微笑んだ。
二人で並んで歩いていると、突然…ロバートの足元から、頭の天辺まで、電気が走った。
「な?」
何かの言葉が、頭の中から聴こえた。
(いや、言葉じゃない…歌声だ )
とても綺麗な歌声が、ロバートの脳に直接響いていた。
実世界にもどった僕は、普通の生徒として、学校に登校した。
昼休みになり、僕は食堂に向かって、廊下を真っ直ぐ歩きながら、信長のことを考えていた。
朝から、ずっと。
授業なんて、聞いていなかった。
依頼の為、数ヶ月潜り込み、近づいた信長は…噂や歴史認識とは違い、魔王といわれるほど、恐ろしい人物ではなかった。
ただ聡明で、何事にも興味を持ち、すべてを理解していた。いや、理解しょうと努めていた。
あの時代の人間とは、思えない程に。
突然、おかしな服装で現れた僕を拒否せず、興味を持ち、大切な客人として扱ってくれた。
日本という国だけでなく、世界を理解していた。
安土城の離れに、僕の為に、部屋を提供してくれた。
「これから、どうする?」
僕は小声で、囁いた。
アルテミアは、答えない。
さっきから、無言だ。
「アルテミア」
名前を呼んでいると、障子の向こうから、気配を感じた。
僕は口を閉じ、息を飲んだ。
「夜分、遅く申し訳ない」
僕は、その声の主がわからなかった。
「蘭丸…」
アルテミアがしゃべった。
「え?」
僕は思わず、声を出した。
障子が開き、姿を見せたのは、森蘭丸だった。
「赤星!あたしに変われ!」
アルテミアの強い口調が、有無を言わせない。
「モード・チェンジ!」
僕の叫びと光とともに、アルテミアに変わる。
「久しいな。アルテミア」
蘭丸は、アルテミアの登場にも動じることなく、優しくアルテミアを見つめた。
「蘭丸」
アルテミアは、チェンジ・ザ・ハートをトンファーに変え、構える。
「ランでいいよ」
蘭丸は微笑むと、アルテミアに向かっていきなり、正座した。
「ここに、何しに来た?」
蘭丸は下から、上目遣いでアルテミアを見た。
「それは、こっちの台詞だ!」
アルテミアは、チェンジ・ザ・ハートを槍へと変え、正座する蘭丸の喉元に、突きつけた。
「歴史に、名でも残したかったか?」
アルテミアの言葉に、微動だにしなかった蘭丸は、笑った。
「そんなつもりはない。まあ、残ってしまうだろうが」
「だったら、なぜだ?」
蘭丸は正座を崩さず、顔を少し上げ、アルテミアの目を見た。
「私は…信長様に、人の未来を見た。信長様という人に、惚れたのだ」
蘭丸は槍を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。
「アルテミア…。お前なら、わかるはずだ」
「クッ」
アルテミアは、槍を抜こうとしたが、物凄い腕力の為、びくともしない。
「離せ!」
アルテミアは、電流を放った。
槍がスパークする。
電流が、蘭丸に伝わった瞬間、彼は…槍を掴んだ右手から、左手の平をアルテミアの腹に押しつけた。
電気の塊が、火の玉のようになり、アルテミアの腹にヒットすると、思わず槍を離したアルテミアはふっ飛んだ。
そのまま、床の間に掛けてある水墨画の掛け軸に、激突した。
「魔力返しか」
アルテミアは、電気の塊を体に吸収すると、床の間に立った。
掛け軸は、燃え上がった。
「さすが…だな…。もと元老院最高の魔術士」
アルテミアは、にゃりと笑った。
「元老院は、なくなったけどね」
蘭丸は、槍をアルテミアに投げ返した。
しかし、アルテミアはそれを受け取らず、
「モード・チェンジ」
アルテミアは、黒革のボンテージ姿になり、髪が短髪になる。
ストロング・モード…格闘専用のタイプに変わる。
「うりゃあ!」
気合いとともに、アルテミアは回し蹴りを放ったが、蘭丸は左手で受け流すと、そのままアルテミアの懐に入り、首筋に掌底を叩き込んだ。
体勢を崩されたが、アルテミアはそのまま倒れながらも、蘭丸の右腕に絡み付き、折ろうとするが…アルテミアの腕の中から、蘭丸が消えた。
「瞬間移動」
支えの腕がなくなった為、一回転すると、畳に着地したアルテミアは、振り返りざま、後ろに肘を突き出した。
蘭丸に当たったと、確信した。しかし、それは、蘭丸の残像だった。
「チッ」
舌打ちしたアルテミアの周りに、5人の蘭丸が現れる。
「分身?」
僕は、目を丸くした。
「生意気な」
アルテミアは、右手を突き上げた。雷鳴を部屋に落とし、一気に、勝負をつけようとした。
「ふき飛べ!」
アルテミアの魔力が上がる。
「何事です!」
2人の戦いの音に気づいた見張りの武士が、慌てて障子を開けた。
武士は目を疑った。
5人の蘭丸に、おかしな格好をした…異人の女。
「え!」
武士は、両手で目をこすり…、もう一度、様子を確認した。
その瞬間、凄まじい雷鳴の輝きに、武士は目をやられた。
「どうした?」
武士の視界が戻った時、蘭丸は彼の肩を叩いた。
「蘭丸様…え?」
もう部屋には、1人の蘭丸と、僕しかいなかった。
「あははは」
僕は必死に、愛想笑いを浮かべた。
「えええー!」
部屋を見回す武士に、蘭丸も笑いかけ、
「少し…長居をし過ぎたようだな」
まだ、部屋を確認している武士の横を通り、蘭丸は廊下に出た。
そして、改めて僕に向かって、頭を下げた。
「赤星殿。失礼致した」
蘭丸は、その場を去った。
僕は、蘭丸がいなくなっても、しばらく廊下を見据えていた。
「結局…。蘭丸は、ヴァンパイア・キラーの在処を知らなかった…」
食堂でサンドイッチを買い、あまり人が来ない体育館裏に来た僕は、耳についているピアスを触った。
大気と自然が汚れた実世界では、魔法は使えない。
アルテミアと話すこともできなかった。
1つ、気になることがあった。
アルテミアが…蘭丸になぜ、信長のところにいるときいた時、蘭丸は言った。
「お前もわかるだろ」
その言葉の意味が、わからなかった。
アルテミアにきいても、
「いずれわかる」
としか言ってくれなかった。
僕が、悩んでいると…どこからか、歌が聴こえてきた。
「歌?」
歌声は、はっきりとしている。
キョロキョロと、周りを見回しても、誰もいない。
僕は違和感を感じ、目を瞑り、歌声に集中した。
「どこから…聴こえている?」
やがて、僕は気づいた。
聴こえていないことに。
耳から入った声じゃないことに。
(直接、頭の中に響いてる)
目を開けた僕は、足元を見た。
「呼んでいる…僕を」
歌声はすぐに、聴こえなくなったが、最後にこうはっきりと呟いたのだ。
「時の狭間…」