真偽
「やっぱり!彼女達は!うおっ!未知なる世界!」
震える輝を無視して、高坂は何とか立ち上がろうとする九鬼に手を伸ばした。
「すいません」
素直に手を掴むと九鬼は、立ち上がり、
「助けに来たつもりが、助けられてしまって…この世界では、あたしは役に立たないかもしれません」
苦笑した。
そんな九鬼をじっと見つめてから、高坂は話し出した。
「そんなことはないよ。月影の力を使わなければ…。まだ仮定だが…。しかし、その仮定も、夢を失う人々の事件とはつながらない」
「?」
「やはり…探ってみるか」
高坂は1人頷くと、九鬼を見た。
「あの馬鹿を頼みます。この世界の法則なら、俺1人で何とかできそうです」
そう言って微笑むと、高坂は頭を下げ、屋上から出ていった。
そして、向かった先は…学園裏の祠だった。
(この学園が、個々の想像の産物だとしたら…この祠は何だ?)
盛り上がった土の上に立つ小さな祠の前で、高坂は目を細めた。
「これは、百年以上前に死んだ女の子を祀る祠ですよ」
突然後ろから声がして、高坂は思わず構えながら振り返った。
そこには、短髪になった正野がいた。
「!?」
戸惑う高坂を尻目に、正野は話し出した。
「その女の子は、気が狂った父親に殺された。毎日独りで、部屋の中で笑う女の子を気持ち悪く思い…。ある日、女の子の部屋を開けた父親は、そこに…化け物を見た」
「化け物?」
思わず聞き返した高坂に、正野は苦笑し、
「本当は、化け物ではなく…一匹の猫だったらしいけどね」
ゆっくりと顔を高坂に向けた。
「!?」
高坂は、正野の悲しみに満ちた瞳に息を飲んだ。
「人は…夢を見る。だけど、叶うのはいつかな?」
「な、何のことだ?」
正野の質問に、高坂は眉を寄せた。
フッと笑った後、正野は言葉を続けた。
「もうすぐ、彼女の夢が叶う。だから、君らに邪魔をされたくないんだ。伊集院優姫は、陰湿ないじめを佐伯良子に繰り返した。そんな女を助ける必要もない。そして、柳川梓は…ここで幸せになる。だから、君らの行動は無意味だ」
「何!?」
高坂は、正野の冷静な話し方の裏に、殺気を感じた。
「今、帰ると言えば…ここから出して上げますよ」
正野は高坂に顔を向け、にこっと微笑んだ。
「お前は、何者だ?」
高坂は、拳を握り締めた。
「正野忠司。ここの生徒会長」
「だったら、話が早い!」
高坂は拳を解き、手を伸ばした。
「あんたから、もっと詳しく話を聞こうか!」
一気にダッシュして、正野の腕を掴もうとした。
しかし、正野の姿が目の前から消えた。
「君も死んだ妹と会えただろ?それで、満足して貰えないかな?」
「何!?」
驚く高坂が顔を上に向けると、屋上のフェンスの上に正野が立っていた。
「ここは、もうすぐ閉まる。永遠に外界から遮断される。だけど、君が妹と永遠にいたいなら、好きにすればいい」
正野は微笑むと、そのままフェンスの向こうに消えた。
「くそ!ここが遮断されるだと!?だが、その前に梓君達を助け出して見せる!」
高坂はすぐさま、走り出し、祠を後にした。
「フッ」
正野は笑うと一気に、U字型になっている校舎の反対側に、飛び移った。
「どうして、あんなことを話したの?」
そこには、園田と世界征服がいた。
「計画を変更する。最初は、隣の学園も取り込もうと思ったけど…彼女がもういいとさ。彼女がいてほしい人物もここにいるからね」
正野は屋上から、隣に立つ大月学園を見つめ、
「それに、あそこを触ると、いろいろ問題が発生しそうだしね」
溜め息をついた。
「しかし、わたしは〜もっと仲間がほしい!」
世界征服は、天を仰いだ。
「わたしもそうよ。もっと人間の夢がほしいわ」
園田は腕を組み、正野を睨んだ。
「君らはそうだろうね。何故ならば、彼女の願望だからね。だけど、俺は彼女自身を知っている。これで十分だ」
正野は、祠の方に目をやり、
「あまり動くと、神々に気づかれる。だから、その前にここを遮断する」
ゆっくりと目を細めた。
「か〜神々!?」
「向こうの世界のやつらか」
世界征服と園田は、息を飲んだ。
「向こうの世界とのつながりは、切った。あとは、ここだけだ」
正野は2人に目を向け、
「デスパラードは、絶対に排除する。彼女はムジカの姉妹。この世界を構築する力と共鳴し、壊す可能性がある。後の2人は、帰らないというならば…夢を奪え」
軽く睨んだ。
「わかったわ」
「了解」
2人は頷くと、その場から消えた。
「…」
正野は、消えた2人がいた場所から視線をまた、祠の方に向けた。
「やっとできたよ。俺達の場所がね」
そして、優しく微笑んだ。
「デスパラードを排除した後、この場所は永遠の楽園になる!」
正野も、その場から消えた。
それから数分後、校舎内に放送が響き渡った。
「生徒の諸君!君達の幸せを壊す者が、この学園に紛れ込んだ。デスパラード…いや、九鬼真弓を排除しろ。彼女は、君達の楽園を壊しに来た!」
その放送が鳴り響いた直後、生徒達の絶叫が校舎中にこだました。
今まで、それぞれが見ていた景色が消えたからだ。
「いやあああっ!」
「俺の世界が!」
「あたしの幸せが!」
「僕の天国が!」
「消えた!」
絶叫し、涙を流す生徒達が、一斉に口にした。
「あたしの」
「俺の」
「僕の」
「わたしの!」
「幸せを邪魔する!」
「九鬼真弓を排除しろ!」
生徒達は一斉に、教室から飛び出した。
「何だ?今の放送は!」
高坂は祠から離れ、すぐ目の前の校舎に飛び込もうとした。
しかし、校舎内はパニックになった生徒でごった返しており、すぐに中に入るのは危険であった。
「チッ」
舌打ちすると、高坂は校舎の窓側を走りながら、生徒の流れに目をやっていた。
すると、U字型の校舎をぐるっと回り、反対側に来た時、生徒がまったく廊下にいないことに気付いた。
迷うことなく、中に入った高坂は、そこで異様な光景を目にした。
教室内にいるすべての生徒…いや、学生だけではない。背広姿のサラリーマンらしき人物や先生らしきものもいた。
「ここは?」
廊下から、各教室の中を確認しながら、歩く高坂は、人々のある特徴に気付いた。
トロンとした目で皆、一点を見つめ、机の前からまったく動かないのだ。
「まさか…彼らが、行方不明者か」
一番端の教室内に入ろうとした高坂は、後ろに気配を感じ、振り返った。
そこには、正野が立っていた。
「やはり…大人しく帰ってくれないんだね」
悲しく微笑む正野に、高坂ははったりにかます為に、学生服の裏に隠していた装飾銃を取り出した。
「この人達を解放しろ!」
高坂の言葉に、正野は肩をすくねた。
「ここにいる人間は、三種いる。死んだ人間。そして、夢を奪われた人間と夢を奪った人間」
そして、教室内に目をやり、
「こちらの校舎にいる人間は、他人の夢を奪ってきた者達だ。いじめ、嫌がらせ、嫉妬…。それにより、ノイローゼやうつ病になった者や、自殺した者もいる。そんなことをした彼らから夢を奪い、奪われた者達に与えることがいけないことかい?」
再び銃口を向ける高坂に、視線を向けた。
「当たり前だ!確かに彼らは、いけないことをしたかもしれない!しかし、このような仕打ちをしていいと、許されるか!」
高坂の答えに、正野は溜め息をついた。
「まったく…人間ってやつは…こんな時でも綺麗事を言いやがる」
「何だと!?」
「君のその銃が撃てないことは、知っている!もう時間がない。君もここに閉じ込められるがいいよ」
最後にそう言った瞬間、教室の中から、伊集院が飛びかかってきた。
「!?」
驚き振り返った高坂と、伊集院が揉み合い、廊下に倒れた。
「彼女は、佐伯良子を自殺に追いやった罪と、あの子を泣かした罪として、特別な罰を与えた。彼女が最後に演じた吸血鬼となり、一生自我を失い、ここをさ迷う」
「なめるな!」
自分の上に乗り、首筋に噛み付こうとする伊集院の鳩尾辺りに銃口をつけると、引き金を引いた。
銃声はしなかったが、光が鳩尾から背中を貫いた。
次の瞬間、伊集院は顎を上げ、声を出さずに絶叫すると、そのまま…高坂の上で気を失った。
「くそ!」
撃った相手を確認するよりも、高坂は伊集院の下から抜け出すと、床を転がり、銃口を正野に向けた。
「くっ」
正野は顔を歪めると、その場から消えた。
「逃がしたか」
高坂は立ち上がると、そばで気を失っている伊集院を見下ろした。
光が貫いたが、穴が空いている訳ではなかった。
その代わり、伊集院の口許からこぼれていた牙がなくなっていた。
彼女は、人間に戻っていた。
「撃てる!今なら、撃てる!」
高坂は確信すると、教室中にいる人々を起こすことにした。
「この銃なら!」
高坂が教室内に銃口を向けると、13ある銃口が回転し、引き金を引く度に、無数の光が放たれた。
その光は、目の前の教室だけでなく隣の教室にも、次々と飛んでいた。
「目覚めろ!そして、戻るぞ!現実に!」
高坂の言葉に呼応するように、トロンとしていた目に光が戻った人々は次々に席を立った。
「ここは?」
「どこ?」
戸惑う人々を、高坂は促した。
「早く!グラウンドに出て!正門前に!」
そう叫ぶと、高坂も伊集院を背負い、校舎から飛び出した。
「正門にある結界を、この銃で壊す!」
伊集院を背負う高坂の後に続き、続々と校舎から出てくる人々。
彼らは、正門目指し、グラウンドを駆け抜ける。
「いかせませ〜ん」
その時空中から、羽を纏った世界征服が、正門の前に下り立った。
「あなた方は、ここでずっと〜夢の力を我々に与え続け〜るのです」
世界征服の姿が変わった。
巨大な鳩を思わす姿になった。
「ば、化け物!」
思わず足を止め、躓く人々。
「止まるな!やつは、俺が倒す!」
高坂は、銃口を向けた。
「あなたは、リア充ではないよ〜うですね。でも、勝てませんよ」
世界征服はにやりと笑った。
「生徒会長!」
放送を聞いて校舎内を逃回る輝と九鬼の前に、立ちはだかる生徒達。
彼らは、各々の変身ポーズをとる。
すると、有名な兄弟達や改造人間、さらに戦隊達に変わった。
「へ、変身した!?でも、赤が多い」
足を止めた輝と九鬼に向かって、一斉に光線などの攻撃が放たれた。
「チッ」
九鬼は舌打ちすると、彼らに向かって走り出した。
「生徒会長!?」
「はっ!」
九鬼はジャンプし、教室の扉を蹴ると、攻撃を避け、廊下の壁の側面を走る。
「ひえ!」
輝も何とか、攻撃を避けた。
逆に逃げようと振り向くと、プリ○○アに変身した生徒達が飛んでくる。
「に、逃げ場がない!」
2人がいる場所は、二階だった。
覚悟を決めて飛び下りようとした輝の目に、グラウンドを走る高坂達の姿が飛び込んできた。
「犬上くん!先に行って!」
改造人間達の飛んでくる蹴りを避けながら戦う九鬼も気付き、叫んだ。
「わ、わかりました!」
輝は、窓から飛び下りた。
一応、犬神を宿している輝は、普通の人間より丈夫である。
ぐらつきながらも、地面に着地し、走り出した。
「は!」
輝の様子を確認せずに、九鬼は気合いを入れると、一気にヒーロー達の前に着地した。
こちらからの攻撃が通用しないことを理解したからこそ、九鬼は戦術を変えた。
合気道のように、相手の力を利用し、向かってくる改造人間達を投げ、宇宙兄弟達にぶつけた。
パンチを繰り出す相手には、カウンターで返した。
離れて戦うよりは、接近戦を。
九鬼は次々に現れるヒーロー達に囲まれながらも、あらゆる攻撃を避け続ける。
密着していたら、飛び道具は使えない。
「どきなさい!」
その時、廊下に凛とした声が響いた。
ヒーロー達の動きが止まる。
「どんなに力を得ても…素人達では、あなたを倒せないみたいね」
ヒーロー達は、廊下の端に寄り、海が割けるように道を開けた。
その真ん中を、ゆっくりと歩いてくるのは、園田だった。
「あなたは?」
九鬼は息を整えると、ヒーロー達ではなく、園田だけに構えた。
「ここの教師でもあり…ここの守護神よ」
園田の姿が変わる。顎が伸び、鰐のような体躯になる。
「デスパラード!覚悟しなさい!」
にんまりと笑うと、猛スピードで突進してくる。
「…」
九鬼は、目を瞑った。
巨大な口を開けジャンプすると、九鬼を頭から飲み込もうとする園田。
「月影…」
「な!」
「月面落とし」
次の瞬間、園田の体が九鬼の後ろで舞い…そのまま頭から、廊下に突き刺さった。
と同時に、九鬼は廊下の窓を突き破り、校舎から飛び出した。
「く!」
空に飛び上がった世界征服に向かって、高坂は引き金を引こうとするが、照準が定まらなかった。
「あ〜なたに、この動きが見えますか?」
ジグザグにまるでUFOのように飛び、鋭い爪で一気に降下してくる世界征服。
「チッ!」
背負っている伊集院を守る為、高坂は横に飛んだ。
しかし、右肩に傷が走った。
「部長!」
高坂の後ろで、足を止めてしまった人々をかき分け、輝が前に来た。
「次〜は、外しませんよ」
再び空に舞い上がり、急降下しょうとする世界征服。
「犬上くん!ごめん!」
「痛!」
突然、輝は右肩に痛みを感じた。
「何!」
落下していた世界征服に、しがみついた者がいた。
輝の肩を蹴り、空中に飛んだ九鬼だった。
「デスパラード!」
驚く世界征服の目に、銃口を向ける高坂の姿が飛び込んできた。
「高坂部長!」
「すまない」
高坂は、九鬼ごと世界征服を撃った。
いや、違った。
放たれた光は軌道を変え、背中から世界征服を当たった。
「うぎゃああ!」
身を捩る世界征服の頭と腰に手をやると、九鬼は膝を曲げ、鳩尾に当てた。
「乙女ドライバー!」
地面に落ちた瞬間、世界征服の鳩尾に膝が突き刺さった。
「生徒会長!」
高坂は、そのまま銃口を正門に向けた。
「はい!」
高坂の意図に気付き、九鬼は世界征服から手を離すと、走り出した。
「あんたらも走れ!」
高坂は後ろに向かって、叫んだ。
「月影キック!」
装飾銃から放れた光が結界に当たった瞬間、王パーツを発動させた九鬼の蹴りが、空間をガラスのように破壊した。
「やったあ!」
「帰れる!」
「ここから、出れるんだ!」
高坂の横を、拐われていた人々が全速力で通り過ぎていく。
「部長!」
輝は、高坂のそばに駆け寄った。
「まだよ」
「まだま〜だ終わらんよ」
人間の姿に戻った園田と、立ち上がった世界征服が、高坂達の後ろに来た。
「そうですよ。終わりませんよ」
正門を潜ろうとした人々の前に、正野が立ち塞がった。
「あなたは!」
九鬼は、正野に向かって構えた。
「彼らを帰す訳には、行きません」
正野が、姿を変えようとした時、校舎の方から声がした。
「この人達を帰してあげて」
「な!」
その声に、正野は目を見開き、変幻を止めた。
「君は…」
高坂は振り向き、園田達の向こうに見える生徒を確認した。
「や、柳川さん!そ、それに!」
輝は、ゆっくりと近付いてくる女子生徒達に驚きの声を上げた。
いつのまにか、梓の隣に佐伯良子がいた。
2人は、手をつないでいた。