学園
(チッ)
心の中で舌打ちしながら、高坂は机に座り、頬杖をついていた。
周りにいる見知らぬ生徒達。
制服はばらばらで、人種もばらばらであった。
なのに、言葉は通じていた。
人間の言葉は、単一であるブルーワルードにいたから気にしていなかったが…明らかに、中国語や英語を話している者もいるのに、普通に頭に入ってくるのだ。
(頭に直接、話しかけているのか?それとも、ある種の魔法か?脳波や波長、もしくは思考を分析して、解析する。いや、わからん。舞とつながれば)
高坂は席を立つと、カードを確認した。
いつのまにか、通信がつながらなくなっていた。
(ここは…この教室は、ブルーワールドとつながっていないのか?)
カードシステムが、実世界で使えるのは、大月学園が向こうとつながっているからだ。
少し歩き、教室の窓のそばにいくと、一応携帯を開いた。
「オウ!高坂くんは、携帯をお持ちなんですね。ということは、僕と同じ世界から来たんですねえ」
後ろから声をかけられ、高坂は少し眉を寄せてから、振り返った。
180センチはあるひょろ長の白人が、立っていた。
着ているのは制服ではなく、胸に世界征服と漢字でプリントされているTシャツであった。
「しかし、この世界で、携帯はナンセンスね!なぜならば…」
世界征服は、ここで言葉を溜めた後、
「携帯会社がないからよお〜」
と言い、両手を広げた。
「…」
高坂は携帯をしまうと、前を向いた。
窓から見えるのは、日本の住宅街だ。
「オウ!高坂!」
世界征服は高坂の隣に来ると、窓を開け放ち、
「あなたには、何が見えますか!僕には、学園の外がすべて、アキバに見えますうう!オウ!ワンダフル!」
世界征服の言葉に、高坂は目を見開いた。
「何?」
そして、世界征服の横顔を見ようとした。
その時、教室の扉が開いた。
「ビバ!下着!ビバ!天国!僕はとうとうたどり着いたのですね」
そして、扉の前で涙を流しながら、敬礼する輝の姿が、目に飛び込んできた。
「下着姿の女性ばかり!世の中、軽装だ!いっそのこと、もう一枚くらい!」
エロイ顔で、教室を見回す輝に向かって、高坂は歩き出した。
「こ、これはこれは!ナイスバディのお嬢さん!」
近付いてくる高坂の胸と下を交互に見る輝。
「高坂パンチ!」
そんな輝の顔面に、高坂は拳を叩き込んだ。
「見れた!た、谷間!」
満足気に後ろに倒れる輝は、後頭部を廊下にぶつけると、はっと目を覚めた。
「ぶ、部長!?」
目の前に立つ高坂を認識した輝は、一応下から上まで確認してから、こう言った。
「ま、まさか!女装の趣味がおもちで」
「うるさい」
高坂は倒れている輝の腹に足を乗せると、教室の外に出た。
「ボーイ、大丈夫かい?」
世界征服は輝の前に来ると、手を差し伸べた。
「部長!」
輝は無視して立ち上がると、高坂の背中を追って走り出した。
「オウ!ノオ〜」
肩をすくめる世界征服。
「部長!」
「…」
後ろから輝が叫んでも、高坂は足を止めない。
「どうしてくれるんですか!部長に殴られてから、下着の天使達がいなくなったじゃないですか!」
輝は目だけを動かし、周りを確認し、拳を握り締めた。
「桃源郷が消えた」
そして、下を向くと、思い切り…肩を落とした。
「ぶ、部長のせいだ!」
抗議しょうと顔を上げた瞬間、輝は高坂の背中にぶつかった。
「な!」
思わず絶句した高坂が、足を止めたからだ。
「部長?」
輝はよろめきながらも、前を見た。
笑顔で談笑しながら、高坂達の横を通り過ぎていく…大月学園の制服を着た女生徒達。
「さ、佐伯良子!?」
輝は思わず、目で女生徒達の動きを追った。
「あり得ん!彼女は!」
高坂が振り向こうとした瞬間、前から声がした。
「お兄ちゃん」
その声が、耳に飛び込んできただけで、高坂の息が止まり、心臓も止まりそうになった。
「ば、馬鹿な…」
何とか絞り出した言葉は、状況を認めてはいなかった。
「お兄ちゃん」
二度目の呼び方で、高坂は震えながら、前を向いた。
「いくら、父さんと母さんが離婚して、別々になったからといって、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだからね」
「り、涼子」
膨れ顔の女の子を認識すると、高坂の左目から一筋の涙が流れた。
「真お兄ちゃんも、流お兄ちゃんも、ずっと〜わたしのお兄ちゃんだからね」
それだけ言うと、涼子は高坂から離れ、手を振りながら前の廊下の角を曲がった。
「部長の妹さんですか?可愛いですね。あまり部長と似ていないですね。よかった」
「涼子」
輝の話は、高坂の耳に入ってこなかった。
「でも…どうして、ここにいるんですか?」
首を捻る輝。
同級生達の手によって、植物人間となった涼子は…兄である幾多流の手によって、延命装置を外され、亡くなった。
原因をつくった生徒は、幾多によって殺された。
「あり得ん」
と呟きながらも、高坂は涙を拭わなかった。
「あり得ない」
その言葉だけを何度も、呟いた。
「そ〜う!あり得ない世界ね」
世界征服は、扉の前で深々と頷いた。
「だけど〜あり得ないから、失いたくない世界よ。ここは」
教材を手に、廊下を歩く女教師は、微笑んだ。
「あなたは、逃げれない」
女教師は、ちらっと廊下の窓から下を見た。
校舎の向こうに、祠が祀ってあった。
「ここはもう…一人ヶ原ではないわ」
女教師は、口元を緩めた。
その頃、部室の中で椅子にもたれて、心配そうに悩み込んでいた舞のもとに、さやかから連絡が入った。
「そうですか!戻ってこられました!何とか信号を送ることができたんですね!さすがは、月の女神!」
舞は、笑顔になった。
「ここに、校舎があるなんて…知りませんでした」
「ごめんなさい。あたしには、見えないのよ」
裏門を出たさやかは、肩をすくめ、隣に立つ女子生徒を見た。
「ということは。あなたには見えるんですね?生徒会長」
隣に立つのは、九鬼真弓であった。
「何とかですけど」
九鬼は、朧気に見える旧校舎を見上げた。
「如月部長。この中に、高坂部長が消えたのですね?」
「ええ。さらわれた生徒を追ってね。でも、それだけではないわ。最近、この辺りで失踪事件も起こっている」
さやかは、見えない旧校舎を見上げ、
「認識さえさせれば、見えるかもしれない」
目を細めた。
「行きます」
一人歩き出そうとする九鬼に、さやかが声をかけた。
「ごめんなさい。この世界に呼び戻して…。魔法が使えないここでは、あたし達は無力に近い。月の女神も前回の事件で気を落としているし」
「いいんですよ。あたしは、ここの生徒会長ですから」
九鬼はさやかに微笑むと、旧校舎に向かって歩き出した。
前方を睨みながら。
「諸君!我々は一度、すべてを失った!しかし!」
誰もいない校庭の真ん中で、1人軍服を着た男が叫んでいた。
「我々は再び、鬼畜米国に戦いを申し込む!そして、今度こそは!国民すべての命を捧げて」
力説する男の首が突然、飛んだ。血飛沫を上げながら。
「違う!違う!」
首がなくなった男の前に、サーベルを手にした白人の男が、着地した。
「世界を征するのは、白人だ!それも、我々ゲルマン民族が相応しい!」
サーベルについた血を見つめながら、刀身に映る顔がにやけていた。
「カカカカ」
小気味よい笑い声を上げる白人の横を、正門から入ってきた九鬼が横切っていく。
そして、前のめりに倒れた軍服の男の前で、足を止めた。
「黄色人種が、我がそばを!」
白人の男は振り向きながら、横凪にサーベルを振るった。
しかし、次の瞬間、白人の男は絶句した。
振り返りもしない九鬼が、指先だけでサーベルを止めたからである。
「…」
九鬼は無言で、軍服の男を見下ろしながら、サーベルを引くと白人のバランスを崩し、そのまま回し蹴りを白人の男の腹に叩き込んだ。
「うぎゃあ!」
白人の男はふっ飛び、思わずサーベルを離した。
「どうなっている?」
九鬼は指先でつまんだまま、サーベルを地面に突き刺すと、眉を寄せた。
「今度こそ、我々は!勝つのである!」
何故ならば、軍服の男が再び立ち上がると、演説を始めたからであった。
いつのまにか、首から上が復活していた。
「こいつらは…」
「死んでいるのか」
九鬼が言おうとした言葉を、校庭の端から歩いてくる男が続けた。
「?」
九鬼は、男を見た。
長身で背中まである黒髪を靡かせた男は、学生服を着ていた。
「ここは、死者の学校か?」
九鬼は、学生から殺気を感じなかったが、本能から構えた。
「半分は正解」
学生は、軍服の男を挟んで、九鬼と向き合う位置で足を止めた。
「半分だと?」
九鬼は、腰を屈めた。
その様子を見て、学生は両手をポケットに入れた。
「答えを知ったら、ここから帰ってくれるかい?九鬼真弓…いや、デスペラードよ」
「デスペラード!?」
九鬼がその言葉に驚いた瞬間、学生は身を屈め、地面を蹴ると、一気に九鬼の胸元に飛び込んで来た。
「な」
反射的に、後ろに飛んだ九鬼の目に、ポケットから飛び出す手刀が見えた。
余裕で避けられる。そう思った瞬間、九鬼の体に痛みが走った。
「流石ですね。深く切り裂く予定でしたのに」
残念そうに呟いた学生の手に、日本刀が握られていた。
「い、いつのまに」
九鬼は、制服を切り裂き、腹に走った傷を指で確認した。
「わかりましたか?これが、ヒントです」
「!?」
九鬼はさらに、絶句した。
学生の服装が、変わっていたからである。
「新撰組」
背中に誠を書かれた着物は、間違いなく幕末の有名な剣士達の姿であった。
「これで、驚いて貰っては困りますよ」
学生は鞘に、日本刀をしまうと、今度は両手を前に突き出した後、腕を引き、腰を屈めた。
「か〜め〜は」
「!?」
信じられない力を感じ、九鬼は横に飛んだ。
「は!」
前に突き出した手のひらから、光線が放たれた。
光線は、正門にぶつかり、目映い光とともに爆発した。
「やはり…メジャーどころは、知られていますね」
避けた九鬼が、勢い余って校庭の端にある体育館内に転がり込んだのを確認して、学生は肩をすくめた。
「中に入りましたか。仕方がありませんね。今なら、出れましたのに」
学生の姿が、もとに戻った。
「強者程…ここでは生きれませんよ」
学生はため息をつくと、背を向けて、来た道を戻って行った。
「黄色人種が!」
学生の後ろでは、再び演説する軍服の男に切りかかる白人の惨劇が、繰り返されていた。
「く!今のは一体」
九鬼は一回転すると、体育館内に着地した。
そして、学生の方へ振り返ろうとした瞬間、背中に悪寒が走った。
「な!」
慌てて振り返った九鬼の目に、乙女ブラックが飛び込んできた。
「乙女ブラック…いや、違う!」
九鬼が構えるよりも速く、敵は接近してきた。
「乙女ダーク」
体育館の床の滑りを利用して、九鬼は後ろに下がった。
乙女ダークの蹴りが、鼻先を通り過ぎた。
九鬼は避けながら、スカートのポケットから、眼鏡ケースに似たものを取り出した。
「装着!」
九鬼が叫んだ瞬間、眼鏡ケースが開き、眼鏡とともに黒い光が九鬼を包んだ。
「は!」
乙女ブラックになった九鬼は、今度は床を蹴ると空中で身をよじり、鞭のようにしならせた足を乙女ダークの顔面に叩き込んだ。
すると、乙女ダークの顔にかけてあったサングラスが飛び、変身が解けた。
「デスペラード」
九鬼は着地すると、改めて自分そっくり女を見た。
女は悔しそうに、九鬼を睨み付けながら、その姿を変えた。
姿だけではない。
体格も、骨格も変えた。
九鬼を見下ろす巨体よりも、赤髪の中から飛び出している二本の角が印象的であった。
「どうなっている?」
その姿は、天空の騎士団長…サラであった。
「どういうことだ」
九鬼は、サラの魔力を感じ、身震いした。
「うん?」
廊下を歩いていた高坂は、足を止めた。
「どうしました、部長?」
隣を歩いていた輝も、足を止めた。
「…今、凄まじい気を…感じたような…一つだけだが」
「え!そうですか?」
普通ならば、犬神を身に宿している輝の方が、敏感である。
輝も一応、気を探ってみたが、何も感じなかった。
「それよりも、部長!ここの謎を解きましょう!やはり、死者がよみがえる場所で、生者にはバラダイスを見せる〜面白い世界ではないでしょうか」
「フッ」
高坂は笑うと、再び足を進めた。
「部長」
自分の横を通り過ぎた高坂を、輝は目で追った。
「それだけでは、吸血鬼のようになった伊集院くんの件を説明できない」
高坂は、バラバラの格好をした生徒達を見、
「調べるぞ」
歩く速度を上げた。