一人ヶ原
江戸から、明治に向かう混乱の時代。
大層な金持ちの商人の屋敷に、1人の少女がいた。
少女は、この屋敷の主人の娘であったが、正妻の子供ではなかった。
所謂、隠し子であったが、10歳の誕生日を迎えた…ある日、突然屋敷の主人の使いの者達が来て、少女を産みの母親のもとから引き裂いた。
跡取りが産まれなかった故に、少女を引き取りに来たのだ。
いや、引き取るとは違うかもしれない。
幕府から、維新政府に変わる動きの中で、父親である主人は、維新政府と繋がりを持つために、少女を…とある役人との間に、婚約という形で捧げることを決めたのだ。
母親から引き離され、しばらく泣くだけの日々だった少女は、ある日から泣くことをやめた。
その代わり、よく笑うようになったのだ。
それも、夜中に。
深夜になると、少女の部屋から漏れる笑い声を、気持ち悪がり、もっとも恐れたのは、正妻でした。
もともと、少女の存在を快く思っていなかった正妻は、ある夜…お手伝いの1人に、少女の部屋を覗きに行かせました。
恐る恐る…障子に影が映らないように、少女の部屋の中を覗いたお手伝いは、息を飲みました。
部屋の中には、少女しかおらず、それも布団に入らずに、真ん中で正座をし、楽し気に笑う少女がいただけでした。
その報告を受けた正妻は、首を捻りました。
それからも、深夜…少女の笑い声は止まることはありませんでした。
それからまた、時は過ぎた…ある日。
酒に酔った屋敷の主人が夜中に、えらく上機嫌で帰ってきました。
屋敷の者に土産を振る舞った後、主人の耳にいつもの如く、笑い声が飛び込んで来ました。
酔っぱらいってやつは、わかりません。
途端に機嫌が悪くなり、主人は少女の部屋に向かうと、障子を開け、中に入りました。
その瞬間、少女は笑みを拭い、主人の方に顔を向けました。
その目は、自分の父親を見る目ではありませんでした。
まるで、親の敵を見るが如く。
そして、少女の瞳の中を覗いた父親は見たのだ。
化け物を。
恐ろしい化け物を。
それは、血塗れの獣の体に、父親である自分の顔がのっていたのだ。
自分の顔をした化け物。
金と権力にまみれた化け物。
主人の酔いは一気にさめると、部屋から飛び出し、どこからか刀を持ってくると、再び少女の部屋に行き、
「化け物め!」
彼女の瞳の中にいる自分の顔をした化け物を斬った。
しかし、話はそれで終わらない。
主人は気が狂ったように、屋敷にいた妻も、お手伝いも…すべての人間を斬り殺した。
そして、最後に、自分の首をかき斬って、死んだ。
「それが、一人ヶ原という話だそうです」
後ろに控えるユウリとアイリの話を聞き終えて、リンネは旧校舎のそばに立ちながら微笑んだ。
「そう」
「チッ」
軽く舌打ちすると、高坂は旧校舎の下駄箱が並ぶ玄関を突っ切り、校舎の一番裏に足を踏み入れた。
まるで、刑務所のような高い塀があり、その前に、それはあった。
なぜ、そこに来てしまったのか…高坂にもわからなかった。
「その屋敷は、ここにあったらしいです」
「そう」
リンネは、空き地の真ん中で振り返った。
真後ろには、大月学園があった。
一人ヶ原の屋敷は、ちょうど旧校舎の辺りにあったらしい。
そして、その時死んだ少女の墓と言われる祠が、取り壊された旧校舎の裏にあったと言われていた。
他の屋敷の者は、他の場所に葬られたが、少女の死体だけは、屋敷から動かせなかったという。
屋敷は焼かれたが、少女が死体は燃えずに、気味悪がった人々がそのまま、土を被せ、墓としたのだ。
だから、今も…空き地のどこかを掘れば、少女の死体が出てくると言われている。
まったく変わらない姿で。
そんな迷信を信じる気にはなれなかったが、この学園の周りには、そんな話が多い。
新たに校舎を作った時も、土の中から、変なケースが出てきたし。
それを、科学信仰部がエックス線を当てて、分析したら、少なくても平安時代のものだとわかった。
そのケースは、実世界のクラブハウスのどこかに保管されているはずだ。
「…ったく、それにしても、こんな気味悪い祠がある場所に、学校をつくるか?」
高坂は、盛り上がった土に、ちょこんと鎮めのお地蔵さんを置いただけの一人ヶ原の祠の前に立った。
旧校舎の裏には、祠以外なく、2人が隠れる場所はない。
「やはり…校舎の中か?」
一応、見落としてるところがないが、調べようと祠に近づいた時、高坂の携帯が鳴った。
「携帯?」
鳴るはずがないものだった。
情報倶楽部のメンバーは、カードを使って通信していた。
一応、さやかから持たされていたが、彼女も携帯にかけてくることはない。
その携帯が鳴った。
それも、見知らぬ番号で。
「はい」
高坂は迷うことなく、電話に出た。
電話の向こうで、かけてきた主は無言で微笑んだ後、少し間を開けて話し出した。
「あなたなら、出ると思ったわ」
「き、騎士団長リンネ!」
電話の主は、炎の騎士団長…魔神リンネであった。
「簡潔に言うわね。いい女に暇はないのよ」
と自分で言って、フフフと笑った後、リンネは言葉を続けた。
「最近、この世界で、人間の夢がなくなっているの」
「はあ?」
唐突な話に、高坂は眉を寄せた。
「その後、人もいなくなる」
「何の話をしている?」
「知ってるかしら?あなたが通う学園の裏の空き地は、一人ヶ原と言われる心霊スポットになっていることを。昔…商人の屋敷があって」
「何を言っている?学園の裏は、旧校舎だ。なぜか映像には映らないがな。おそらく、黒谷や月の女神がなにかしらの力で」
思わず、自分の話を遮った高坂に、リンネは笑った後に、ゆっくりと目を細めた。
「思っていたより、頭が悪いわね。あたしは、今そこにいるのよ。あなたと同じ場所にね」
「!」
リンネの言葉に、高坂は目を見開いた。
「失踪した人間達は、この学園の近くで消えている」
「な」
「言いたいことは、それだけよ」
電話を切ろうとするリンネに、高坂は慌てた。
「ま、待て!」
しかし、携帯を耳元から離し切ろうとした時、思い返したように、リンネは再び携帯を耳元に当てた。
「言い忘れていたわ。この携帯は、彼が使っていたものよ。着信はたくさんあるのに、アドレスは2件しかないわ。あなたと…妹さんかしらね」
最後にそれだけ言うと、リンネは携帯を切った。
「リンネ様」
後ろでずっと控えていたユウリが、口を開いた。
「なぜ、人間にそのようなことを」
ユウリの質問に、リンネは肩をすくめ、
「意味はないわ」
携帯をしまった。
「人間の悪霊如き。我々の炎ならば」
アイリは頭を下げながら、地面を睨んだ。
「教えると助けるは、違うわ」
リンネは、歩き出した。
「それに、人には強くなって貰わないと、困るの」
そして、クスッと笑うと煙のようにその場から消えた。
ユウリとアイリも、頭を下げたまま、消えた。
「だとしたら、ここは異空間か?携帯がつながるということは…結界とかではないのか。それに、失踪者だと?そんな情報知らなかったぞ」
情報倶楽部は、学園のことは細かく調べていたが、外の情報には少し疎かった。
「さやかに、新聞を読めといわれていたが」
あまりにも忙しく、外の世界の情報に手が回っていなかった。
「それに…人の夢がなくなるとはどういう意味だ」
祠の前で、顎に手を当てて考える高坂。
「夢か…。そういえば昔、なりたいものがあったな」
その時、後ろで草を踏みしめる音がした。
無意識に振り返った高坂は、5メートル向こうに立つ者を見て頷いた。
「そうそう!これだ!でも、こいつじゃない。これは、見た瞬間、泣いてしまったな」
しみじみと昔を思い出していた高坂は、途中ではっとした。
「どうして!仮面○イダー○ンが、いるんだ!」
バッタに似たグロイ生物がいることに、高坂は絶句した。
しかし、驚いている暇はなかった。
そのバッタに似たグロイ生物は、突然飛び上がると、空中からの蹴りで、高坂に飛びかかってきた。
「あり得ん!」
高坂は逃げることをせずに、前に低く飛ぶと前転した。
高坂の頭上を蹴りの体勢のグロイ生物が、飛び越えていく。
「どうなっている!」
高坂は急いで立ち上がり、振り返った。
「高坂くん。席について」
また後ろから声がしたので、振り返ると…高坂の目に、教壇の後ろに立つ教師の姿が飛び込んできた。
そして、周りには…クラスメートがいた。
「!」
状況判断しょうと、周囲を確認する高坂に、教師は笑顔で言った
「ようこそ、当学園へ」
にこにこ笑う教師に、意識がいってしまい…高坂はすぐに気づかなかった。
クラスの全員が笑っていることに。