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忘却

「どうしてわたしが…。会長もまた、いなくなるし…」


溜め息混じりで学園を出たのは、生徒会会計香坂姫百合であった。


「生徒の問題だから、仕方ないわ」


高坂からの頼みで、生徒会長ならやるだろうと言われ、むかついた姫百合は頷き、調査に向かうことになってしまった。


姫百合は、東校舎の側にある自転車置き場に向った。


そこに置いてある錆び付いた一台の自転車にまたがると、裏門から外に出た。


基本的に、この学園は全寮制であるが、一部近くに家がある者は、自宅から通うことが、許されていた。


佐伯良子もその1人だった。


地図を片手に四苦八苦して、やっと辿り着いた佐伯の自宅の表札を見て、姫百合は愕然とした。


「え?」


表札に…良子の名前がない。


子供の名前はのせないのかとも思ったが、弟と妹の名前は、ちゃんとあった。


姫百合は周りを見回すと、一件の煙草屋を見つけた。


(生徒の為よ)


姫百合は溜め息をついたあと、決心を固めた。


お婆さんが1人でやっている小さな店の前に自転車を停めると、姫百合はカウンターに近づいた。


「おばちゃん、煙草一つ下さいな」


にこにこと笑顔を浮かべながら注文した姫百合を、お婆さんはぎろっと睨み、


「あんた、未成年じゃろ」


「ただのお使いで〜すよ。父親から頼まれまして〜。無理だと言ったんですけども〜はあ〜」


白々しくため息をつき、肩を落とす姫百合を見て、もともと気が優しい人なのか…お婆さんは、そっと辺りを伺いながら、煙草を差し出した。


「今回だけだからね。あんたの顔!覚えておくからね」


「ありがとう。素敵なお姉さん」


また白々しく言うと、姫百合は笑顔でお金を渡した。


(生徒会のわたしが…煙草を…。どこかで、処分しないと)


心の中で深く溜め息をつきながらも、姫百合は話を続けた。



「ところで、綺麗なお姉さん。ききたいことが、あるんだけど。この近くにある佐伯さんちって、あるでしょ?」


「ああ、よく煙草を買ってくれるよ」


「わたし…」


姫百合は身を乗りだし、


「そこの娘さんと同級生なんです。ほら、佐伯良子さん!彼女とはクラスが違うんですけど、かわいい人ですよね。同じ女なんだけど、憧れるなあ」


手を組み、少し空を見上げながらも、姫百合はお婆さんの反応を見ていた。


姫百合の言葉に、お婆さんは首を傾げた。


「佐伯…良子?佐伯良子…」


少し考え込んだあと、お婆さんはぽんと手を叩いた。


「ああ!」


「知ってます!やっぱり、かわいいですよね。おば…お姉さんもそう思うでしょ?」


思わず、言い間違いかけた姫百合に気づかずに、お婆さんは言葉を続けた。


「佐伯真子ちゃんのことだね。今年、高校受験だって、奥さんが言ってたわ。志望校が、ここから遠いから、大変だって言ってた、言ってた」




「佐伯真子…」


姫百合は、さっき確認した表札を思いだし、


「妹さん?ち、違います!その子のお姉さん!」


「はて…お姉さんなんていたかな?」


お婆さんは、考え込んだ。


(ボケてる?)


心の中で眉を寄せたが、口に出すことはない。


姫百合はさらに笑顔をつくり、


「ほら!この近くの大月学園に通う女の子ですよ」


「大月学園?」


お婆さんは首を捻った。


「近くにあるでしょ」


姫百合は、場所まで説明しだしたが、お婆さんはただ…眉を寄せ、首を傾げるだけだった。


「お婆ちゃん」


ついにお婆ちゃんと言った姫百合は、学園の方を指差した。


「ここからでも見えるでしょ!校舎が」


姫百合が指差す方に、目をやったお婆さんは、一応眼鏡をかけ、確認した。そして、大きく息を吐き、


「何言ってんだい。大きなマンションが建ってるだけじゃないかい。どこに、学校があるのさ」


「え?」


姫百合は自分が指差した方を、凝視した。


自分が今までいた大月学園が…なんとか見えた。


まるで、蜃気楼のように揺らめきながら。



そして、お婆さんが言ったマンションの姿が、それに重なり…時折、学園よりもはっきりと存在を誇示することがあった。



「な、な、何よ!これ!」


思わず、煙草を握り潰し、姫百合は目を見開いた。


そう…真の事件が始まったのだ。








「チッ」


高坂は、伊集院が飛び去った旧校舎の方へ走りながら、カードを手にした。


「舞!聞こえるか!佐伯さんの家を探るのは、なしだ!生徒会に、俺からと依頼をかけろ!会長ならやると言ったら動くはずだ!」


高坂はカードを、耳に当てると、


「直ちに、上空から見た学園全体の映像を、こちらに流せ!」


指示を飛ばした。


「部長。監視衛星より、いいのがあります。学校から半径2キロなら、あたしが作ったみるみるくんが、カバーしてくれます」


情報倶楽部の部室の中で、布団にくるまれながら、パソコンのマウスを忙しなく動かし、舞はにやっと笑った。


「みるみるくん!GO!」


ブルーワールドの技術で作った監視式神からの映像をライブでとらえた舞は眉を寄せ、気になる部分をクリックした。


ディスプレイに映ったのは、ぐったりとした女生徒が、何かに釣られたように、体育館の上を飛び越えていく様子だった。


その動きは速く…一瞬しかとらえられなかった。


「部長…。今のは何ですか?トリック体験学習部のパフォーマンスですか?」


「違う!」


カードから、その様子を見ていた高坂は、伊集院が消えた方向を確認していた。


「舞!お前は、今の映像を分析しろ!映像は1人だが、目視では2人いる」


「どういう意味ですか?」


舞は一応記録した映像を呼び出すと早速、カーソルを女生徒に持っていった。


しかし、何度調べても、そこからは何も見つからなかった。



「彼女達が消えた方向は!」


高坂はカードをしまうと、体育館から東校舎横を走り抜け、特別校舎を通り過ぎると、裏門を抜けた。そして、道を挟んで立つ…もう一つの校舎を見つめた。


「旧校舎」


旧校舎。遥か昔…学園はもともと、そこにあった。


今の学園の場所には、理事長である黒谷の屋敷があった。


しかし、屋敷は取り壊され、ブルーワールドと重なる新しい学園が建てられたのだ。


それは、何年も前の話であり、屋敷があったことを古くから周りに住む人達も、知らないくらいであった。


存在を消すようにしながら、なぜ…旧校舎だけは取り壊さなかったのか…。


「旧校舎か」


高坂は、裏門と旧校舎の間で立ち止まった。


高坂がブルーワールドに行った時、向こうの世界に旧校舎はなく、そこは空き地であった。


しかし、学園の地下の祠に封印されていた女神ムジカが復活し、討伐された後、突如として旧校舎は現れたのである。


舞が、防衛軍の極秘ファイルにアクセスし、調べたところ…祠を封印する為に、なにがしらの人柱的な力を使ったと書かれてあった。


その力を使った場所こそが、旧校舎の辺りらしいのである。


そして、実世界の旧校舎にも、祠があると言われていた。


(人柱?ブルーワールドでは、女神を封印する為に、多くの月の戦士が死んだと聞いていたが…。ここもいたのか、誰かが?それとも…)


実世界の記憶がない高坂には、この辺りの伝承を覚えていなかった。


(いくか)


高坂は、カードを取りだし、旧校舎上空からの映像を見たが、映ってはいない。


「!」


目を見張った後、高坂はフッと笑い、歩き出した。


そう旧校舎は、取り壊さなかったのではない。


取り壊したはずであった。


ブルーワールドから帰って来た高坂は、理解していなかった。


ずっと見えているものが、実は存在していないことに。


わざわざ確認もしていなかった。


「部長!」


カードから、舞の声がした。


「あたしも驚いています。そこは、実際は空き地となっています。おそらく、ブルーワールドの旧校舎とリンクしている可能性があります。危険ですが、入られるつもりですか?」


「ああ…」


高坂は頷いた。


「もしかしたら、ブルーワールドに戻れるかもしれん。しかし、今はそんなことよりも…さらわれた梓君を助けないと」


「了解しました。一応、学園のデータベースに残っていた地図を送ります。あっているかは、わかりませんが」


すると、カードに手書きの旧校舎の見取り図が転送されていた。


「お気をつけて」


舞の言葉に、高坂は大きく頷いた。


「ああ」





旧校舎は、Uのような形をしており、真ん中はグラウンドになっていた。


校舎全体は、倒壊を警戒してか、金網のフェンスで補強されていた。


そんな建物だから、もし見える生徒がいても、近づくことはなかった。


歩き出した高坂の後ろ姿を、裏門にもたれて見送るものがいた。


元情報倶楽部部長、香坂真琴であった。


「見えない。触れない。近付けないものを…あそこは、行ってはいけない」


真琴は、少しとろんとした目を細めた。


彼女には、旧校舎が見えていた。


「マスターも言っていた…あそこは危険だと」


見送っていた高坂が消えた。


「同士に伝えないと」


真琴は踵を返すと、旧校舎に背を向けた。


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