表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
484/563

加速

大月学園。防衛軍によりつくられたブルーワールドの学園とまったく同じ造りをしているこの学園は、東館、中央館、西館と言われる校舎を中心にして、グラウンドの向こうにクラブ校舎があった。


今は、廃墟と化している特別校舎が北側にあり、西には、体育館と食堂があり、その裏には、図書館があった。


ちなみに体育館の端から、図書館の角に、情報倶楽部の部室が地下にあった。


喫茶店失踪事件の後、この世界の情報倶楽部の部長だった香坂真琴がいきなり、部を辞めた為、高坂達が引き継ぐように部を運営させていた。





事件の次の日。


高坂と緑の2人は、午後の授業が終わると、一目散にクラブ校舎に向かった。


入り口から、真っ直ぐ廊下を突っ切ると、巨大な鉄の扉にぶつかる。


その扉の向こうこそ、難攻不落と言われる…大月学園新聞部の第二部室がある。


普段なら、銃弾も跳ね返す鋼鉄の扉も、今日は簡単に開いた。


中に入ると、20畳くらいの部屋が広がっていた。


レトロ主義の部長の趣味か、奥には暗幕が下ろされていて、現像室がつくられていた。


それ以外…変わったところはない。


高坂は何もない部屋の右側の壁に近付くと、そこから三歩下がり、床を足でコンコンと叩いた。


すると、下からも同じようにコンコンと音がかえってきた。


どうやら、床の下は秘密の抜け穴になっているようだ。


今度は、タップダンスのようにリズムを刻むと、それが合図らしく、床の一部がスライドし、階段が現れた。



「こちらへ、どうぞ」


階段から、1人の男が顔をだし、すぐに消えた。


「失敬」


高坂から、階段へと滑るように飛び込んだ。


階段というよりも、梯子に近い。


2人は、それをつたって、下に降りて行った。


「あんまり、深くないんですね」


高坂の次に、下りた緑は、足元を確かめた。


一応、板が引いてあるようだ。



「行くぞ」


高坂は一歩前に出ると、手のひらを前の空間に添え、ゆっくりと前に押した。


どうやら、扉があったようだ。


闇から、目映い程の光で溢れた空間に、2人は目を細めながら入った。


中は、上の部室の二倍くらいの広さがあった。


この空間は、地下二階に相当する深さにあった。


そんなところに、こんな場所をつくったのは、さやかの仕業だった。


勿論、学校側には内緒である。


どこから電力を供給しているのか、明々とついている照明の下、ずらっと並んでいるパイプ椅子には、いろんなクラブの幹部達が、もう座っていた。


それも、ただのクラブだけではない。


高坂は、椅子の隙間を這うように進むと、一番前の席にどかっと腰を下ろした。


仕方なく、緑は遠回りをして、前に出ると、高坂の隣に座った。


周囲は異様な…殺気に似た空気が漂っていた。


照明の強さの為だけではなく、ムシムシした熱気が、すぐに肌をべとつかせた。


「それにしても、すごいですね。これだけの影の部長が集まるなんて…」


緑は、感嘆の声を上げた。


「まあな。影の部だけで、50くらいあるらしいからな」


高坂は、軽く後ろを向くと、人々の顔を確認した。


「しかし…」


高坂はフッと笑うと、前を向いた。


「後ろのやつらより、今から来るやつの方が、怖いよ」


突然、椅子に座る部長達に緊張が走った。


いつのまにか…高坂達の前に、1人の女が立っていたのだ。


すらっとした長身の女が、満面の笑みを浮かべながら。


その女の名は、如月さやか。


新聞部部長である。


「皆さん。今日集まってもらったのは、他でもありません。昨日起こった自殺という名の殺人について、これからの対策を考えて頂きたいからです」


横五メートル、縦四メートルくらいのスクリーンのそばにあるプロジェクターの横に立ったさやかは、手にマイクを持ち、集まった生徒達に向かって話しかけていた。


「それでは」


さやかが、続けて言おうとした瞬間、


「下らん!」


激しい音を立てて、パイプイスから1人の男が立ち上がった。


「何がくだらないのですか?未確認生物愛好会部長」


笑顔を向けながらも、さやかのこめかみが、ピクッと動いた。


未確認生物愛好会部長は、鼻で笑うと、


「自殺の一つや二つで、我々がなぜ集まらなくてもならないのだ!」


少し声をあらげ、


「そんなどこにでもいる女という生物が、死んだくらいで、なぜぎゃぎゃ騒がなくてもならんのだ!我々は、今!忙しいのだ!昨日やっと、新たな未確認生物の動画が送られてきたのを解読せねばならんのだ!や、やつは怪人ではなく、伝説の妖怪かもしれないのだああ!」


妙に興奮する部長。


「お、女が死んだくらいだとお」


さやかがキレて変貌する前に、一番前にいた緑がかばっと、立ち上がると、未確認生物愛好会部長を指差した。


「てめえ!人が、1人死んだんだぞ!それを下らないだと!」


「そうだ。あいつらは、女の良さを知らない」


ホスト倶楽部部長が、フッと笑った。


「彼女は殺されたんだぞ!」


緑が叫んだ。


「誰に殺されたというんだ?」


未確認生物愛好会部長は、伊達眼鏡を人差し指で上げた。


「そ、それは…」


口ごもる緑を見て、勝ち誇ったように、未確認生物愛好会部長は言った。


「答えられる訳がない!彼女は自分の意思で、死んだかのだからな!それともなにかい?彼女は、誰かに操られて死んだとでもいうのかい!そんな非現実的な…」


未確認生物愛好会部長は、最後まで、言葉を発することはできなかった。


そばまですばやく移動したさやかの手刀が、未確認生物愛好会部長の首筋に叩き込まれていたからだ。


「非現実的って…じゃあ、あんたらの部は一体何なのよ」


そんな騒ぎの中でも、高坂だけは動じず、一枚の写真をじっと見つめていた。


「うーん」


顎に手をあて、少し考え込んだ後、徐に興奮している緑の方を向いた。


「緑」


しかし、緑は気付かない。


高坂は軽く肩をすくめると、制服の胸元からカードを取り出した。


「舞。すまないが、すぐに調べてほしいことができた」


「何ですか?」


カードから声がした。


「有無。自殺した佐伯良子の家の様子を…別に、家族を調べなくてもいい。家の表札を確認してほしいんだが」


「表札?それくらいでしたら、御安いご用ですよ」


舞は情報倶楽部の部室の中でにやりと笑うと、軍事衛星をハッキングする為にキーボードに指を滑らせた。


「…緑」


高坂はカードをポケットにしまうと、興奮さめやらぬ緑の方を見た。


「何です!」


ぎろっと高坂を睨んだ緑は肩で息をし、目が血走っていた。


「な、何でもない。あとでいい」


緑の迫力に負けた高坂は、彼女が視線を外すと同時に、胸を撫で下ろした。


「やれ…やれ…」


高坂はまた、写真に目を落とした。


それは、演劇部の写真だった。


梓から、預かった写真。


そこに写っているのは、演劇部全員の集合写真。


高坂は、写真に目を細めた。


2ヶ月前の舞台発表後の打ち上げの様子が、写っていた。


そう写っていた。




「何見てるんですか?」


未確認生物愛好会部長との不毛な争いに疲れた緑が、席に座ると、高坂の持つ写真を覗き込んだ。


「演劇部の写真じゃないですか。これが何か」


「…」


高坂はすぐに答えず、少し躊躇ってから、


「昨日と少し違う」


と呟くように、言った。


「え?」


緑は、高坂の顔を見た。


「少しの差だが…」





そう…それは、ほんの少しの違いだった。


右端に写っている佐伯良子の足が、地面から浮いていたのだ。


地下にある会議室で、各倶楽部の代表者の話しあいが行われている時、輝は会議室から離れた体育館の近くの木陰に、身を潜めていた。


なぜ、そんなことをしているのかと言うと…高坂の命で、柳川梓の護衛をしているのであった。


今回の騒動で廃部になることが決定した演劇部だが、梓のような熱心な部員もいて、何とか部を継続させようとしていた。


体育館の角を使って、1人練習していたが、終わったらしく、奥で着替えをしているようだった。


あまりじろじろ見る訳にはいかないので、輝は木にもたれながら、時間を潰していた。


「遅いな…」


もう15分経っている。


いくら何でもかかり過ぎではないのか。


輝は意を決して、木々の間から飛び出した瞬間、空を切り裂くような甲高い女の悲鳴が、聞こえた。


「柳川さん!」


輝は、走った。


着替え中でも関係ない。


体育館に飛び込むと、奥のロッカールームに走った。


「大丈夫!」


扉を開けた瞬間、輝は凍り付いた。


なぜなら、中にいたのは、梓ではなかったからだ。


「きゃああああ!」


まだ着替え途中の女は、いきなり扉を開けた輝に気付き、さっきよりも大きな悲鳴を上げた。


「え?」


輝の目が、点になった。


このままでは、単なる覗きになってしまうところだったが、悲鳴に気づいて、輝の後ろに来た梓が事情に気付き、慌てて扉を閉めた。


「あっ」


その後、何とか…輝のことを庇ってくれたから、捕まることはなかったけど。


教室で着替えていた女の名は、伊集院優姫。


梓と同じ、演劇部の部員だ。


繊細そうで、壊れやすい…そんな感じがする女だった。




輝が、伊集院に平謝りしている時、高坂の持つ写真に、また変化が現れていた。


だけどすぐには、高坂も緑も気づかなかった。


左端に写る伊集院の首筋に、二つの傷が出来ていたことに。


「何!?」


数分後…高坂は、写真の新たな変化に気付き、席を立った。



「それでは、今から…昨日の事件の瞬間を」


それは、さやかが、映像を流そうとした時だった。


高坂は席ら離れると、プロジェクターからの映像を遮った。


スクリーンに、高坂の影が映った。


「高坂!」


さやかの怒声が、会議室に響いたが、それを無視して、スクリーンに背を向けると、高坂は走り出した。


「緑!お前は見ておけ!」


再び、各部長が座っている席をかき分けて、高坂は来た道を戻る。


途中、写真を取りだし、確認した。


「チッ」


高坂は扉を開けると、階段に手をかけた。


「輝!そいつから離れろ」




そんな高坂の声が、輝に届く訳がなかった。



「す、すいません!」


女子の着替えを覗いたという罪悪感が、必要以上に輝に頭を下げさせた。


「もう大丈夫だから、一応事故なんだし」


梓が、必死に庇ってくれたが、よっぽどショックだったのか…教室の角で、伊集院は制服で体を隠したまま、震えていた。


その様子を見た梓は、土下座状態の輝に近づき、


「ごめんね。ちゃんと説明しておくから」


外に出るように促した。


「う、うん」


輝は立ち上がると頷き、ふらふらと歩き出した。



「やっぱ…まずいよな」


頭から消えない伊集院の下着姿に、輝はため息をついた。


その時、またそれは響いた。



「きゃああああ!」


再び悲鳴が、ロッカールームから聞こえてきたのだ。


「え!」


驚き、思わず足を止め、振り向こうとしたが、先程のトラウマが、輝の足をふらつかせた。


すぐに走れない輝の上を、一陣の風が吹き抜けた。


その風は、扉を突き破り、輝の向こうに着地した。


「え?」


驚き、振り返った輝の目の前に、気絶した梓を抱えた伊集院が立っていた。


「え?」


輝はその人間離れした跳躍力よりも、梓を抱える伊集院の下着姿に再び目を奪われた。


その為、さらに大事な部分を見落としてしまった。


「お、お、お、お」


声にならない声を上げる輝は、どうしたらいいのかわからない。


そんな輝を見て、伊集院はフッと笑うと、再びジャンプし、体育館の屋根近くの窓ガラスを突き破ると、外に消えた。



「お、お、お」


まだ震えている輝を動かしたのは、バイブにしていたカードであった。


胸ポケットにしまい、乳首に当たるようにしておいたカードの刺激で、我に返った輝は、カードを取り出した。



「輝!無事か!柳川さんは、大丈夫か?」


高坂の声が聞こえてきたが、まだ輝の手は震えていた。


「いいか、輝!よく聞け!柳川さんと、同じ演劇部の伊集院優姫には、近づくなよ!理由は、まだ説明できないが…」


「む、無理です…」


やっと絞り出した輝の声は、震えていた。


「どうした!輝!何があった!」


「む、む、無理です!近づくなんて、できません!」


輝は絶叫した。


「し、下着姿の女の人に近づけません!」


「え」


高坂の言葉が、止まった。


「ち、違った!違ったんですよ!ビキニとは!すべてが、何もかもが!」


「…」


高坂は、無言になった。



「もう〜どうでもいいです。さっきのは、向こうから見せに来たんですから!犯罪ではないですよね!」


輝は興奮していた。


「ビバ!下着!」


と叫んだ瞬間、高坂は通信を切り、指をこめかみに当てた。


「どうにかならんのか…あいつは」


頭を抱えてしまった高坂が、ため息をつこうとした瞬間、影が頭上を通りすぎる気配を感じた。


「!?」


咄嗟に、真上を見上げた高坂の目に、梓を小脇に抱えて、空を飛ぶ…下着姿の伊集院の姿が飛び込んできた。


「何!?」


まるで、空中を走るように飛んでいく伊集院は、学園を囲むフェンスを飛び越え、外に消えた。


見えなくなる一瞬、伊集院は高坂を見た。


不敵に笑う唇の端から、鋭い牙が出ていた。


「くそ…」


高坂は、額に冷や汗が流れるのがわかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ