情報倶楽部編 悲劇
夕陽が沈む。
まだ興奮さめやまず、ざわつく人混みの向こうで、救急車が正門を出ていく。
先程昇ったと思ったのに…。
輝は、夕陽の最後の輝きに目を細めた。
「チッ」
柄にもなく、高坂は舌打ちすると、逆光の中からやっと姿を目視することのできたみどりのもとに、一歩一歩路上を踏み締めるように、歩いていった。
「あっ、先輩…」
高坂に気づいたみどりは、肩を1人の生徒に貸していた。
その生徒の名は、柳川梓。
今さっき、飛び降りた佐伯良子と同じ…演劇部の部員だった。
梓の顔は悪く、軽く嗚咽していた。
仕方があるまい。
親友の良子が、飛び降りるのを見てしまったのだから。
「すまない」
高坂は、由妃に頭を下げた。
「助けられなかった」
情報倶楽部は、梓から、良子の様子がおかしいから、見張ってほしいと依頼を受けていたのだ。
しかし、情報倶楽部は守ることができなかった。
「先輩…」
そんな高坂の姿に、緑も顔を伏せた。
「部長!」
自殺現場である屋上から降りてきた輝が、小走りで近づいてきた。
高坂はその声に気づかないのか、頭を下げたまま動かない。
息を切らしながら、輝が高坂の横に立った。
「部長、どうします。これは予想外の展開ですよ。まさか、のっけから…飛び降り自殺なんて」
「自殺ではない!」
いきなり、高坂は頭を上げると、かっと目を見開き、強い口調で否定した。
「彼女は、殺されたのだ」
「え!?一体、誰にですか!僕は近くから見てましたけど、彼女は自分から、飛び降りましたよ」
輝は目を丸くし、屋上を見上げた。
高坂はただ、そんな輝を睨むだけで、答えない。
「また、何の根拠もないんですか!」
少し呆れてしまう輝。
「まったく…」
大きくため息をつこうとした瞬間、沈黙を破るかのように、鋭い声が飛んだ。
「その根拠の一つは、ここにあるわ」
梓を除いた全員が、声がした方に振り向いた。
そして、一斉に、皆…嫌な顔をした。
高坂だけが、悲しげに笑いかけた。
「如月さやか!」
思わず指差してしまった輝の顔面に、ハイヒールの底が叩き込まれた。
「輝。いい根性してるじゃないの。先輩を呼び捨てにするなんて…。まだ教育がなっていないようね」
足を下ろした後、さやかはぼきぼきと手の指を鳴らした。
「再教育してあげようか?」
「お、お許しを、女王様」
慇懃無礼に痛みをこらえながら、頭を下げる輝に、さやかはさらに腹を立て、
「誰が、女王様だって?」
今度は正拳突きが、輝の顔面に決まった。
しかし、輝がそう言うのも頷ける。
確かに、高校生離れした弾けそうな胸元や、真っ赤な唇。
豊かな腰つきは、どこぞに出てきそうな…危険な女子高生であった。
しかし、その眼底で光るのは、ナイフの鋭さだ。
「…さやか、何だ。その根拠とは?」
高坂は、じゃれあう2人の一連のやり取りを無視して、真剣な眼差しをさやかに向けた。
さやかは輝から離れ、軽く肩をすくめると、どこからか取り出した…ケースに収まった一枚のディスクを指に挟んでいた。
「このディスクには、先程の自殺の様子が生で入ってるわ。これを分析すれば、何かわかるかもしれない」
さやかは、ディスクを見つめ、
「確かに…さっきの自殺はおかしかった。彼女はずっと、笑っていた。ずっとね。その笑いは、恐怖や絶望でひきつったものでもなく…気が、狂った者の笑みでもなかった」
さやかの言葉に、周りに緊張が走る。
「あの笑いは、様子を見ていた我々を嘲るようでもあり、権利を剥奪する支配者の高笑いのようでもあり…」
さやかの話を聞いている高坂の目が、すうっと細められていく。
まるで、何かを思いだそうとしているように。
「自らの肉体が壊れていくのを喜ぶような…死を喜ぶような笑みでもあったわ」
全員の間に、考える為の沈黙が訪れる。
しかし、誰もその答えを得ることはできなかった。
沈黙というものが大嫌いな輝は、間を壊す為に、ぼりぼりと頭をかいた。
「しかし…人が死ぬって時に、撮影ですか。新聞部ってやつは…ったく、どういう神経してるんだか…。あんたらは、人間ですか?平然ととれるなんて、信じられませんよ」
ぎろっと、輝はさやかを睨んだ後、そばにいた緑の背中に隠れた。
さやかはそんな輝を、真正面に見据え、
「あたし達は、人間よ。だけど、起こったことの真実を残しておく義務があるの。冷静に、沈着に、真実をとらえる義務がね」
さやかは、良子が飛び降りた校舎を見つめ、
「今回の自殺は、とてもおかしな臭いがした。確かに、彼女はとても上手く笑っていたわ。まるで、彼女自身が笑っているようにね!」
さやかは再び、輝に視線を移し、
「だけど、あれは演技よ。とても臭い演技よ。自殺という名の演技。彼女は、誰かに操られていたのよ!何者かに、仕組まれてね!」
さやかの悲痛な声が、彼女の心の内を示していた。
「影で、糸引く…誰かがいると?」
緑は、泣き続ける梓を抱き締めながら、呟いた。
「何者?フッ…者とは限らんがな」
高坂は、不気味に笑った。
そして、さやかを見つめ、
「そうだろ?なぜならば、ここはブルーワールドに一番近いからな」
フッと笑った。
さやかは声には出さずに、肩をすくめて見せた。
「さやか…。これから、どうするつもりなんだ」
「この映像を解析してみるつもり。あまり、気分がいいものではないけど」
「そうか。多分、お前の勘は当たっているだろう。この件は、急を要するぞ」
「わかっているわ。明日の放課後までには、分析を終わらせる。新聞部の第二室で、発表するから」
「了解した」
高坂が頷くと、さやかは踵を返し、クラブ校舎の方へ消えていった。
「頼んだぞ」
いつのまにか、辺りは真っ暗になっていた。
高坂は、まだ泣いている梓の姿を心配そうに見つめると、ぎゅっと拳を握り締めた。