天使編終わり これからも
「終わったか…」
大気の変化を感じ、ジャスティンは空を見上げた。
「しかし、これで終わったのでしょうか?」
ジャスティンのそばに、ドレイク・スチュワートがいた。
「天使は、人間が人間を殺した時、召喚されます。確かに一定の量が、あるようですが…」
2人がいるのは、イギリスの北西部…マーティン・ガレイの故郷であった。
「マーティン…彼は、ブルーアイズ至上主義者でした。彼には、天使こそがブルーアイズの象徴に思えたのでしょう。魂を集め、天使を召喚させ、ブルーアイズ以外の人間を滅ぼそうとした」
「…」
ジャスティンは、目を瞑った。
「しかし…天使は、すべての人間を滅ぼすもの。彼は、その思想を利用されたのでしょう。ディーン北西司令官に」
「だが…」
ジャスティンは、防衛軍の制服の胸ポケットから、カードを取り出し、
「今回の件で、警告を我々に最初に教えてくれたのは、弟のレーン大佐だった」
そこに送られてきたメッセージを見た。
「レーン…」
カウンターようになった僕の拳を顔面に受けて、アテネはふっ飛んだ。
その脳裏にレーンの姿が、浮かんだ。
しかし、もうアテネに彼の記憶はない。
なのに、アテネの瞳から涙が流れた。
その涙も、天から落ちてくる雨に流された。激しい雨を浴びながら、アテネは背中から倒れていく。
「かわいそうだが…君を助ける訳にはいかない」
人間の姿をしているが、彼女は人間ではない。
「だから、最後は…僕が思う最高の技で終わらせる」
どこからか回転する2つの物体が飛んできて、僕はそれを掴んだ。
そして、2つを合体させ、槍へと変えた。
僕は槍を脇に挟むと、腰を落とした。
「いくぞ!A Blow Of Goddess!」
「フン」
アルテミアは空中で、腕を組み、鼻を鳴らした。
「馬鹿赤星が」
「うおおおっ!」
僕は、槍で下から地面を抉り、アテネの体を空中に投げた。
そして、すべての魔力を込めると、槍をもう一度振るった。
雷鳴と風、炎が混ざり、アテネの体を包んだ。
巨大な光の柱ができ、地上から宇宙までを貫いた。
その様子は、地球の裏側でなければ、どこからでも見えたらしい。
光の柱が消えた瞬間、人々は改めて、戦いの終幕を知った。
そして、いつのまにか…雨も止んでいた。
「フン」
いつまにか、僕の後ろに移動したアルテミアが、背中を睨んでいた。少し微笑みながら。
「最後は、あたしの技か…。でも、炎が混じっていたけどな。それに、地上にダメージを与えない為に、空に放ったとは、余裕だったな」
「…」
少し嫌味のように言うアルテミアの言葉にも、僕はしばらく答えられなかった。
その様子に気付き、アルテミアは笑みをやめ、空を見上げた。
「さっきの天使が、人間の姿をしていたからか?お前は、本当に…」
「違うよ」
僕はやっと、口を開いた。
そして、目線を地上に向けた。
「最後のレーンって言葉が、気になっただけだよ」
僕は振り返り、アルテミアに笑いかけた。
「そうか…」
アルテミアは頷き、
「お前は…そのままでいいよ」
小声で呟くように言った。
「え?」
最後の言葉が聞こえなかった為に、聞き返した僕。
アルテミアは顔を真っ赤にして、
「帰るぞ!」
それだけ言うと、翼を広げ、空に飛び上がった。
「え!?どこに?」
戸惑う僕の手から、槍は2つの物体に戻った。そして、チェンジ・ザ・ハートはどこかに飛んでいった。
「ア、アルテミア!」
仕方なく、僕はアルテミアを追って、空に飛び上がった。
「ジャスティン総司令官。またいずれ、天使は再び…」
ドレイクの心配に、ジャスティンは肩をすくめ、
「現れることはない…と信じよう。そこまで、愚かではないと。それに」
カードを胸ポケットにしまった。
そして、ゆっくりと歩き出した。
「我々防衛軍も、気を付けないといけない。本当は、今回のことは、我々の不祥事でもある。いつまでも、彼に頼るのではなく、我々が民衆を守らないといけない」
「そ、その通りであります」
ドレイクは、ジャスティンの背中に敬礼した。
「いこう。やることは多い。天使達の動きは、最小限に終わったが、それでも民衆に説明責任はあるからな」
ジャスティンとドレイクは、休む間もなく、防衛軍に戻り、奔走することになった。
「結局〜何もできませんでしたね」
輝は、両手を首の後ろで組みながら、欠伸をした。
「仕方がないでしょ」
緑は部室の壁にもたれながら、ため息をついた。
情報倶楽部の部室に、全員が集まっていた。
「ブルーワールドに戻ることが、できませんでしたからね」
輝の言葉を聞いて、緑は黙り込んだ。
舞だけが、いつも通りパソコンのキーボードを叩いていた。
高坂はずっと部室の真ん中で、考え込んでいた。
「…でも、生徒会長がいなくなったのは、間違いなくブルーワールドに、戻ったからだと思うわ」
舞のそばにいた…さやかは場の空気を感じ、希望を口にした。
「あの人は特別ですよ」
そんなさやかの気遣いに気付かず、輝は口を尖らせた。
その時突然、部室の扉を叩く音がした。
「…」
まるで、その音を待っていたかのように、高坂は扉に向かって歩き出した。
そして、ノブを掴むと一気に開けた。
「ご機嫌よう」
扉の向こうに、リンネが立っていた。
「ほ、炎の騎士団長!?」
リンネを見て、輝は慌てて部屋の奥に逃げた。
「何か用ですか?」
高坂は逃げずに、リンネの目を見て訊いた。
「フッ」
リンネは軽く微笑を浮かべてから、言葉を発した。
「向こうの世界は救われたわ。気になっていると思って、教えにきてあげたの」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
リンネの言葉を訊いて、高坂は深々と頭を下げた。
そんな高坂を見て、リンネはクスッと笑った。
「どうして、騎士団長がわざわざ…」
さやかは、驚きを口にした。
「あたしが、彼ら兄弟を気にしているからじゃ~いけないかしら?」
リンネの言葉に、絶句するさやか。
リンネは部員全員を見回してから、もう一度微笑んだ。
「じゃあね。それだけだから」
そして、あっさりと去ろうとするリンネに、高坂はさらに頭を下げ、叫んだ。
「魔神であるあなたに、頼みがある!俺達を、ブルーワールドに帰してくれ!あなたなら、できるはずだ!」
「…」
高坂の叫びに、リンネは冷笑を浮かべ、
「あなた以外は、向こうの世界の人間よ。帰りたいでしょうね。だけど、あなたは違うわ。この世界に残った方が、人間として幸せではないのかしら?」
首を傾げた。
しかし、高坂は力を込めて、拳を握り締めると顔を上げ、
「人間として、向こうの世界で戦いたい!俺は、ブルーワールドを知ってしまった。もうこの世界に残れない!」
リンネの目を見つめた。
その瞳の強さに、リンネは妖しく微笑み、
「わかったわ」
高坂を見つめ返した。
そして、
「だけど、だからこそ」
リンネは、にこっと笑った。
「帰してあげない」
「な!」
驚く高坂達の前で、リンネは消えていく。
「試練があった方が、人は成長するものよ。あなたのお兄さんもそう思っているわ」
「あ、兄!?」
思わず拳を握り締めた高坂に、リンネはウインクをして完全に消えた。
静かになった部室に、安堵してからの輝の溜め息が響いた。
「…結局、俺らは…帰れないんですね」
天使達の事件から、数週間が経った。
襲われた町は少なかったが、防衛軍によって幽閉された人々の犠牲者の数は、決して少ないとは言えなかった。
総司令官に戻ったジャスティンは、犠牲者の家族に心からの謝罪と保証を約束した。
いろんな事実が、明らかになっていく中…改めて、流行っているものがあった。
レダの歌であった。
今回の騒動に警鐘を鳴らし、天使に殺されたと噂されたレダの名声は、一気に広がった。
(結局…彼女が歌った人類への鎮魂歌は、自分へのレクイエムになってしまったな)
太平洋の無人島に下り立った僕は、レダの歌を思い出しながら、感傷に浸っていた。
(結局…歌は、世間に出れば、作者の意図を離れてしまうものなのかもしれない)
そんなことを考えていると、僕を島に呼び出したお方が、到着した。
「待たせたな」
何故か、怒りが混じった声を発したのは、天空の女神ことアルテミアであった。
アルテミアとは、アテネとの戦いから会ってはいなかった。
あの後、魔王の城に住むことを無理矢理強制させられそうになったが、何とか断り、逃げて来たのであった。
それに、騒動の後片付けもあり、世界中を飛び回っていたので、アルテミアと会う暇がなかったのだ。
「それにしても忙しい中、わざわざ来て貰って、すいませんね。勇者、赤星浩一殿」
後ろから聞こえるアルテミアの言葉を聞いた瞬間、僕の額から冷や汗が流れた。
何故ならば、アルテミアの口から勇者と呼ばれる時は、すこぶる機嫌が悪いことを意味しているからだ。
「ア、アルテミアさん…。勇者っていっても」
恐ろしくって振り返れない僕の後ろからコウを描き、頭を越えて、何かが落ちてきた。
それは、週刊誌であった。
「勇者、赤星浩一!また世界を救う!そんな特集を組まれて、嬉しいだろ?」
怒気がこもったアルテミアの声に、慌てて僕は首を横に振った。
しかし、アルテミアの愚痴は止まらない。
「なのに、あたしは!相変わらず、嫌な女ランキング一位だ!さらに、娘ができたから〜おばさんになっただの!母親失格だとか!書きたい放題書きやがって!」
アルテミアの怒りが増していく。
その時、頭上から巨大な魔力を持った者が数人、島に下りてきた。
女神エミナと、新しい騎士団長達であった。
「お母様!お父様とやり合うとお聞きしまして、助太刀に参上致しました」
エミナは、僕の背中を指差し、
「特訓によって、数倍強くなったあたし達を相手に、流石のお父様も勝つことはできませんわ!覚悟なさってね」
不敵に笑った。
「…」
僕はそのままの体勢で、何も言えなかった。
何故ならば、明らかに、アルテミアの苛立ちが増していたからだ。
「いきましょう!お母様!」
エミナと騎士団長達が一斉に襲いかかろうとした瞬間、
「あたしに、娘はいない!」
アルテミアの怒りの鉄拳が、エミナ達に炸裂した。
「え!」
防御する間もなく、エミナ達は遥か彼方に飛んで行った。
「あははは」
力なく笑う僕は、エミナ達を不憫と思ったが、同情している余裕はなかった。
「一番むかつくのは、その週刊誌に!あたしが、お前よりも弱いとかかれていることだ!」
「そ、そんなことで」
思わず本音が出てしまった。小声であったが、それを聞き逃すアルテミアではなかった。
「ほおー。余裕だな」
一気に、アルテミアの魔力が最大限に上がった。
「ひぃ」
僕は軽く悲鳴を上げると、両手を上げながら、振り返った。
いつのまにか、アルテミアの脇には、槍が挟まれていた。
「この技が好きなんだろ?」
女神の一撃の体勢を見て、僕は息を飲んだ。
今のアルテミアの威力ならば、軽く世界が滅びる。
「まったく!」
慌てて、僕はアルテミアに向かって走り出した。
このように世界は、天使達がいなくなっても、何度も崩壊の危機に陥っていた。
週刊誌に、アルテミアが悪く書かれる度にである。
「アルテミア様…」
その週刊誌を偶然目にしたギラによって、数日後…発行元の会社が潰された。
しかし、そのことが、アルテミアの悪口に拍車をかけることになる。
たかが、週刊誌に書かれた位で、会社を壊す…小さな魔王として。
「アルテミア!」
「死ね!赤星!」
痴話喧嘩。
ジャスティンはそう言ったが、世界が滅びるかもしれない喧嘩である。
(いっそ…僕が魔王になろうかな)
そんなことを考えてしまうが…アルテミアに、勇者ができるはずもなく…。
仕方がなく、僕は今の立場にいることにした。
魔王と勇者。
境遇も生まれた世界も違うけど、一番近い距離にいる2人。
世界中がアルテミアの敵になったら、僕は唯一の味方になるだろう。
矛盾しているが、これでいいと思った。
愛するひとがいない世界など、守る気がしないだろうから。
(僕は…永遠にアルテミアに勝てないよ)
そう思いながら、僕は生きていく。
これからも、アルテミアのいる世界で。
ブルーワールドで。
~天使編~完。