魂の数
「天使の数が、増えて…いない!?」
ディーンは、アテネとともに移動しながら、気を探っていた。
当初は、赤の王の追撃を警戒していたが、今のところは反応がなかった。
「どこまでいくのですか?」
キョロキョロと目で周囲を観察していたディーンに、アテネが尋ねた。
「は!」
ディーンは素早く、空中で姿勢を正した。
「異世界から落ちてきた人間達の魂を、防衛軍の南アメリカ支部に保管しておりました故に…それをアポロが、取りに行き、この先の空域で合流する手筈なのですが…」
そして、アポロの気も感じないことに気付き、南アメリカの方に訝しげに顔を向けた。
「別に、魂を補充しなくても、使命を果たすのに十分な力があります。あなたが恐れた雷帝もこの世にいなく…赤の王も、あの程度でした。これならば…レダを送り込む必要はなかったかもしれません」
アテネは、自らの拳の感覚を確かめた。
握り締めるだけで、空間が震えた。
「!」
その力を間近で感じ、ディーンは息を飲んだ。
(やはり、俺の選択は間違っていない!天使こそが、この世界の覇者!)
そして、フッと笑おうとした時、南アメリカの方からアポロが飛んできた。
「申し訳ございません。少し遅れましたが、この通りです」
翼を広げると、アポロは一瞬でスピードを零にし、ディーンとアテネの前に止まった。アテネに深々と頭を下げた後、アポロは光の球体を片手で、差し出した。
「これで、あなた様の強さはさらに!強大になります!素晴らしい!ははははは!」
大笑いを始めたアポロ。
しかし、その笑いは、すぐに凍りつくことになった。
「え…」
「…」
「アテネ様!?」
ディーンは、アテネの行動に目を疑った。
「ど、どうしてです…か」
アポロも信じられなかった。
アテネの右腕が、アポロの胸を貫いていたからだ。
「天使は、美しくなればいけません。片腕の醜い天使など、存在してはならないのです。恥を知りなさい。死をもって」
アテネは、アポロの背中から突き出た拳を握り締めた。
すると、アポロは消滅した。
その代わりに、アポロが持ってきた光よりも強大な光の球が、アテネの目の前に浮かんでいた。
「こ、これは!?」
ディーンは、目を見開いた。
アポロの体の中にあったのは、ヤーンが隠し持っていた魂だった。
「哀れな魂達よ。せめて私の糧になり、人々の滅びに役立てましょう」
アテネは、2つの球体を一つにすると、まるで抱き締めるように両手で包み込んだ。
「こ、これで…完璧だ。人が、世界が…魔が滅ぶ!」
ディーンは、身を震わした。
「させるか!」
突然、後方から声がした為、ディーンははっとなり、慌てて振り返った。
「ア、アルテミア!そ、それに赤の王!」
「赤星!」
アルテミアは、ディーンの向こうで光の球を吸収するアテネを見て、唇を噛み締め、
「間に合わなかったか!」
さらにスピードを上げようとした。
「いや、間に合ったよ」
僕は、アテネを睨み付け、
「ここで倒せば、いい!」
アルテミアを追い越そうとした。
「させるか!」
ディーンは、僕達に向かってきた。
「どけ!」
僕がディーンに襲いかかろとするのを、アルテミアが邪魔した。
「赤星!お前は、あの女をやれ!」
身を捻り、空中で回し蹴りをディーンに叩き込んだ。
「アルテミアか!」
ディーンは、腕で蹴りをガードした。
その間に、僕はアテネに向かった。
「行かせんと言ったはずだ!」
ディーンは手を伸ばし、僕の肩を掴もうとした。
その瞬間、雷がディーンの体に落ちた。
「何!?」
絶句するディーンの腹に、アルテミアのパンチが決まった。
「お前の相手は、あたしだ!」
身を捩らすディーンに、アルテミアはエルボを叩き込もうとした。
しかし、ディーンは後方に逃げた。
空振りになった肘に、アルテミアは舌打ちした。
「流石は、魔王ライとティアナ・アートウッドの娘」
ディーンは距離を取ると、不敵に笑った。
「何がおかしい?」
眉を寄せたアルテミアに、ディーンは言った。
「嬉しいのさ。あの2人こそが、最大の壁だったからな。しかし、彼らがいなくなり、我々の使命を邪魔するものはいなくなったと思っていた!しかし、お前らがいた!天空の女神と赤の王がな」
「き、貴様は一体?」
アルテミアは、構えた。
「アルテミアよ。お前が魔と人間の子供ならば…。俺は」
ディーンの姿が、変わった。
「魔と天使のハイブリッドだ」
「黒い天使?」
黒髪と褐色の肌を持つ天使が、アルテミアの前にいた。
「いくぞ」
ディーンは、ゆっくりと両手を広げた。
「は!」
その頃、僕は…アテネに翻弄されていた。
パンチや蹴りが、通用しないのだ。
「愚かね…」
アテネは瞼を伏せると、指先を僕に向けた。
すると、指先から光線が放たれた。
「さようなら」
アテネはたった数分の接触で、僕の力では何もできないと分析した。
「することはないよ」
「!」
しかし、アテネはすぐに考えを改めることになった。
放った光線は、2つに斬られ…それだけではなく、アテネの肩に傷が走った。
「力がすべてじゃないよ」
「な!」
目を見張るアテネの瞳に、ライトニングソードを振るった僕の姿が映った。
「私の体に、傷!?」
信じられないアテネの頭上から、光の牙が落ちてきた。
「あれは!?」
凄まじい魔力を感じ、ディーンはアテネの方を見た。
「星の鉄槌!?」
「よそ見をするな!」
アルテミアは口許に笑みを浮かべながら、ディーンに攻撃を加えた。
「い、今のは!?」
雲の上から、地上まで落下したアテネ。ダメージはほとんどなかったが、着ていた衣服が消滅していた。
「まさか…ほとんど、ダメージを受けないとはね」
僕も、アテネの前に着地した。
「だけど…」
(諦めている場合ではない)
僕の体に、綾瀬太陽の姿が重なる。
そして、ライトニングソードを握り締めると、アテネに向かって飛んだ。
「無駄なことを」
アテネの服が再生すると、剣を指先で掴もうとした。
「無駄なことなどない!」
(前にさえでればな)
僕は空中で、軌道を変えると、剣先をアテネの影の先に突き刺した。
すると、僕の姿にクラークが重なる。
「え」
驚くアテネの手の甲から、血が噴き出した。
「人は、愚かではない」
(魔物もだろメロ)
(そうよ)
僕の背中から、蜻蛉の羽が生え、そこから火の玉を放った。僕の後ろに、メロメロとフレアが立つ。
「無駄なことを」
アテネの手の甲の傷はもう、治っていた。軽く手で払うだけで、火の玉は消えた。
「無駄なことなどない!僕は、この世界に来て、いろんな人々や魔物に会い、成長した。ここは、僕の第二の故郷だ。その故郷を!お前達の好きにはさせない」
睨み付ける僕を見て、アテネの目に哀しげな色が浮かんだ。それから、ゆっくりと彼女は力を抜いた。
「あなたの攻撃も、私に傷をつけただけよ。その程度なら…私を止められない」
と言うと、アテネは一気に力を解放した。
その凄まじさは、光の速さの如く…一瞬で、地球全体を覆い尽くした。
その結果、地球を覆う大気が息苦しくなった。
「そ、そうだ!あの力だ!」
アルテミアの両手からつくられた氷と炎の剣に、胸を突き刺されながら、ディーンは嬉しそうに笑った。
「魔王よりも、凄まじい力!俺は、あの力に魅せられた!魔より美しく、絶望的な力!滅ぶなら、滅ぼす側にいいい!」
「…」
無言で、アルテミアが剣を抜くと、ディーンはゆっくりと地面に落ちていく。
「俺がいなくても!彼女一人で世界は滅ぶ!」
それが、ディーンの最後の言葉だった。
「そうか?」
アルテミアは、ディーンの最後を見ることなく、赤星浩一の背中を見た。
「レダは、あなたにそそのかされ、歌に狂わされた。すべてを無にする天使が、歌を残そうだなんて…。救いは、無から始まるのに」
アテネの言葉に、僕は笑った。
「見解の違いだな。レダの歌にこそ救いがあった。僕には、あなたこそ救いが必要に見える」
「な、なめるな!」
僕の言葉に、アテナは初めて感情を露にした。
そして、氷のような目を俺に向けたが、すぐに無表情な顔をつくった。
「終わりにしましょう」
一気に力を解放したアテネは、僕を見つめ、感情のない微笑みを見せた。
「終わらないよ」
僕は、優しく笑った。
そして、ライトニングソードを地面に突き刺すと、深呼吸をしてから、魔力を一気に解放した。
その瞬間、地球の大気は正常に戻った。
「!?」
アテネは、目を見開いた。
「終わるのは、世界ではないよ」
僕はゆっくりと、アテネに向かって歩き出した。
「う、うわあああっ!」
突然、アテネは叫び声をあげると、僕に襲いかかってきた。
「滅びるのは、君だ」
そんなアテネを真っ直ぐ見つめながら、僕は拳を握り締めた。
「滅びろおおおおお!」
「うおおおおおっ!!」
2つの拳が、交差した時…空はいきなり、曇り出した。
そして、激しい雨を地上に向けて、落とし始めた。