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第44話 勿忘草

物語は、少し前に遡る。



「今から、時を越えるから」


アルテミアの言葉に、僕はぎょっとなった。


「どうして…?」


アルテミアは、父である魔王ライを、唯一殺せる武器ヴァンパイア・キラーを探していた。


数多くの戦いの末、ヴァンパイア・キラーの在処を知っている者を突き止めた。


その者は、アルテミアの母ティアナのかつての同僚であった。


安定者といわれる…法と魔法と、人の番人。


8人いた安定者の1人……時を守る能力を持った者だった。


彼の名は、ラン。


過去へ戻る能力を持ち、それ以外にも、異世界を渡る特殊能力を兼ねそろえていた。


「防衛軍から、第1級特務指令として、アルテミアに依頼があったのさ。軍の上層部かららしいけど…」


ロバートは、指令書を運んできた。


伝令式神を見送りながら、アルテミアに言った。


「ここから、彼は飛んだと思う。形跡は残ってないけど」


ロバートは腰を下ろし、湖畔の小さな砂浜に手をかざした。


ここは、僕が生まれた実世界では、琵琶湖といわれているところだ。


アルテミアの目を通して、今は意識だけの存在になっている僕でも、広大な湖を確認することができた。


時間は、早朝5時だ。


朝靄のひんやりした空気の中、湖畔に佇んでいると、向こう岸が見えない為、まるで海のように思えた。


「俺達は、時を越えられないから…。女神の力を借りなければならない」


ロバートは、アルテミアから一歩離れた。


「多分…やつは、赤星君の世界の過去にいる」


「え?どうして!」


僕の驚きを無視して、アルテミアはもう呪文を唱えていた。


アルテミアを中心として、砂浜に波紋が広がる。


「いくよ」


アルテミアは、目を瞑る。


数センチ、砂場から浮き上がると、目を見開き、


「モード・チェンジ!」


アルテミアの体を、螺旋状に風が包み、竜巻が発生する。


ロバートは結界を張り、飛び散る砂から身を守る。


「これが…アルティメット・モードか」


この世のものとは、思えない純白の真珠のような輝きをした鎧が、アルテミアの気を感じ、黄金よりも美しく輝いた。


そして、赤い瞳に、6枚の天使の翼。


アルテミアの最終形態である。


竜巻は、天高く舞い上がり…やがて、光の矢となり、一瞬で雲を突き抜け、成層圏を突破した。そして、大気圏から、衛星軌道上をも越える。


「どこまでいくだよ」


ピアスから、僕は叫んだ。


「時を越えるには、時がないところにいかなくちゃならない」


それは、宇宙だ。


星々に寿命があっても、宇宙そのものには、寿命はない。


実際には…あるのだが、時というものは、存在しない。


時は、生物や…自然、生きているものが、感じる――生きていられる期間を示すものだから。


人はある意味、時を紡いで、子孫へと繋げていく生き物なのだ。


「まずは、世界を跨ぐぞ」


そう言った瞬間、黄金の光に包まれたアルテミアの体に、何かがぶつかった。


しかし、ぶつかったものは、光に砕かれ、四散しながら、地球に落ちていき、大気圏で燃え尽きた。


「隕石!?」


赤くなり、燃え尽きた物体を見て、僕はやっと、理解できた。


アルテミアの足元を、巨大な建造物が通り過ぎていく。


それは、ちゃんと形あるものもあれば、鉄屑みたいなただのゴミもあった。


「人口衛星…なのか…」


次々に、流れていく塊。


「汚い星ね」


アルテミアは、眼下に見下ろす青い惑星に、顔をしかめた。


僕は、ロバートの言葉を思い出していた。


(科学が発展した世界は、魔法が発展した世界より、汚くなる)



「今度は、時を越えるぞ」


アルテミアは、六枚の翼を広げた。


足元を通り過ぎていく人口衛星が突然、逆に周りだした。地球の自転も、逆回りになる。


すぐに、人口衛星の存在が消えた。一瞬、日本の辺りから、二本のキノコ雲が見えたが…すぐに、地球は青さを増していく。


「いくぞ」


アルテミアは、水に飛び込むように、青く美しい水の惑星にダイブした。


六枚の翼で体をくるみ、アルテミアは大気圏に突入する。


ほんの瞬間、大気の摩擦で視界が赤くなったが、すぐに青くなった。雲を突き抜け、地図で見慣れた日本の形へ、突っ込んでいく。


海の青が視界から消え、茶色と緑…そして、湖の形が確認できた時、アルテミアは六枚の翼を広げ、速度を落とす。


風の感触を、肌やブロンドの髪で確かめながら、アルテミアは地上に、近づいていく。


落ちる速度が、緩やかになった時、僕は驚きの声を上げた。


アルテミアの右側で、上がり始めた朝日に照らされた――巨大な建造物。


「お城だ…」


それは、僕が実世界で見たことがある…古びた過去の遺物ではなく、すべてが光輝く…畏怖堂々とした要塞に思えた。


城だけではなく、湖の水面が、光り輝いていた。


「琵琶湖の湖畔と言えば…安土城しかない」


僕は、感嘆していた。


安土城は、幻の城である。


今、存在し、日本人が思い浮かべる数々の城の雛型であり…その姿は、後の時代の権力の象徴としての派手さだけではなく、要塞であったといわれた。堀を埋められるまでは、難攻不落だった大阪城などの手本になったと言われていった。


しかし、どこにあったのか、いつなくなったのか…謎であった。その姿を伝える資料は、異人が書いた絵しか残っていない。


「この時代は、魔法が使えるみたいね」


城から、少し離れた林に着地したアルテミアは、通常モードに戻った。


「え?でも…ここは、僕の世界の過去だよね」


アルテミアは、周りの気配を確かめながら、大きく深呼吸した。


「多分…空気が澄んでるし、自然が、汚染されてないからじゃないかな。精霊や妖精の気配も感じる」


アルテミアは、もう一度深呼吸をした。


「本当に?」


「前にも言ったように、あんたの世界と、あたしの世界は表裏一体。魔法が使えても、科学が発達しても、おかしくなかったのよ」


アルテミアはそう言うと、僕と体を交代した。


「ここは、あんたの世界なんだから」






それから時は流れた。


この世界についてから、数週間。


崩れ落ちる本能寺の中で、自ら日本刀を突き立てた信長の体に、燃えたがる天井が落ちていくのを確認して、アルテミアは飛び立った。


「モード・チェンジ」


二枚の天使の翼を広げた…エンジェル・モードとなり、アルテミアは火柱の如く、何とかまだ形を留めている本能寺の屋根を突き破り、天高くへ飛翔した。


「信長様…」


気絶する手前で意識を断たれ、強制的にモード・チェンジされた僕は、痛みを我慢しながら、軍勢に囲まれ、崩れ去っていく寺を、上空より見つめていた。


「結局…。ヴァンパイア・キラーの在処は、わからなかった」


アルテミアは溜め息とともに、肩をすくめると、


「モード・チェンジ!」


さらなるチェンジによって、究極の天使になった。


「元の時代。元の世界に、戻るぞ」


燃え盛る本能寺を真下に、アルテミアは宇宙目指して、上昇していった。


何もできなかった僕は、ただピアスの中から、叫んだ。


「信長様!!」






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