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生まれ出もの

「!」


厳重に警備された大月学園の敷地内を、悠々と歩くディーン。


来校の予定がなかったが、現トップの登場に、兵士は直ぐ様道を開け、敬礼をした。


「くっ」


ディーンは校舎に入ると突然、頭を押さえた。


「こ、この痛みは!?」


一瞬、崩れ落ちそうになったが、何とか体勢を保ち、前を見たディーンの目に、深々と頭を下げる雪菜の姿が映った。


「君は?」


痛みはすぐに治まった為、ディーンは姿勢を正した。


「ディーン様のご到着に気付き、お迎えに参りました」


雪菜の言葉に、ディーンは苦笑した。


「君の方が、階級は上だ。気を使わないでくれ」


「しかし、あなた様は、レーン様のお兄様」


雪菜はまだ、顔を上げない。


「君も変わった天使だな」


「はい。その通りでございます」


ゆっくりと顔を上げた雪菜は、そのまま回れ右をして、ディーンを導く為に、廊下を歩き出した。


「…」


大人しく、後ろに続くディーンは、雪菜の後ろ姿を見つめた。


堕ちる前は、上級の天使であったはずの彼女は、レーンの前以外は、ほとんど無表情であった。


(この女が、大天使。我々の切り札であった…女。しかし、今は…)


そこまで考えた後、続きを雪菜が口にした。


「人間と交わった…堕天使」


前方を見つめる雪菜の虚ろな瞳に気づかなかったが、ディーンは愛想笑いを浮かべ、言葉を続けた。


「最初に生まれる天使は、人間から産まれる。だから、仕方ありませんよ」


「…」


しばし無言で歩いてから、雪菜は口を開いた。


「天使は、完全な存在である為に、自分に無いものに惹かれるのかもしれません。私はあの人…。あの子は」


「!?」


いつのまにか、理事長室の前にいた。


雪菜は、理事長室の扉に微笑み、


「歌…。だけど、消滅したようですわ」


ノブを掴むと、ゆっくりと開けた。


「死んだ!?」


ディーンは絶句したが、先程の痛みの理由を知った。


「やあ〜。兄さん」


扉の向こうで、満面の笑みを浮かべたレーンが、出迎えた。


「フン」


少し嬉しさが込み上げた自分に鼻を鳴らすと、ディーンは理事長室に入った。


「急だね。どうなさいました?」


レーンの言葉に、雪菜が扉を閉めるのを確認してから、ディーンはこたえた。


「惚けるな。雪菜を出迎えに出した…。もうわかっているのだろうが」


ディーンは、レーンを見つめ、


「私も、死んだヤーンも手段は違うが、人類の滅亡を望んでいる。それは、知っているな」


「いえ」


しかし、レーンは首を横に振ると、ディーンを促しながら、隣の部屋にある応接間に歩き出した。


「ヤーン兄さんは、新たな人類をつくろうとしていた」


奥のソファに座ったレーンの前に、ディーンが座った。


「同じことだ」


「同じじゃないよ。兄さん」


レーンは自らの両膝に肘を乗せ、腕を組むと、ディーンの目を見た。


「――どうした、レーン?」


ディーンは笑った。


「目に殺気が、こもっているぞ」


「兄さん」


異様な空気が漂いだした応接間に、お茶を持ってきた雪菜が入ってきた。


「彼女は、人を殺したくはないんだ」


「無理だ。レーンよ。さだめは変わらない」


「だったら!」


レーンの目付きが変わる。


「俺も変わらない」


「成る程」


レーンの強い口調に、ディーンは頷いた。


「お父様が、お前に継がせた意味がわかったよ」


応接間に現れた三体の土偶。


自然の鎧ディオネ。水の鎧タイタン。火の鎧エンケラドゥス。


「人類を守るか」


ディーンは目を瞑ると、ゆっくりと腰を上げた。


「それは少し、違う。守りたいものは、人類ではない」


レーンは、ソファの下に隠していた刀を取ると同時に、抜刀した。


その神速の速さに、ディーンは思わず後ろに飛んだ。


「守りたいものは、雪菜だ!」


レーンの剣は、ディーンを狙ったものではなかった。


お茶を置こうとした雪菜を斬り裂いた。


「レーン様」


それは、雪菜もレーンも覚悟していたことだった。


完全なる天使になり、人類を滅ぼすならば、そうなる前に、雪菜を殺し、自分も死ぬと。


「雪菜!」


横凪の斬撃で斬り裂いた後、とどめとして胸に剣を突き刺した。


「俺もすぐいく」


「はい」


雪菜は刺されながら、頷いた。


「馬鹿が!」


その一連の動きを見て、ディーンは吐き捨てるように言った。


「余計なことをしなければ、長引いたものを」



「雪菜!」


レーンが剣を、雪菜から抜くと同時に、彼の首が飛んだ。


その動きは、神速を超えていた。


あまりの速さに、三体の鎧は、反応さえできなかった。 ゆっくりと砂に戻っていく。


「お前が殺したのは、人間としての彼女だ」


レーンの首から、噴き出す血を浴びながら、にやりと笑う雪菜はもう、彼女ではなかった。


ディーンは、血塗れの雪菜に跪いた。


「アテネ様。お迎えに参りました。戦いが始まります」


「わかっています」


雪菜はそれだけ言うと、血塗れのまま応接間から出ていった。


ディーンも立ち上がると、鎧であった砂を踏み締め、応接間を後にした。レーンを見ることなく。


「雪菜…すまない。愛するお前を救えなかった」


首だけになりながらも、レーンは意識を保っていた。


そして、最後の力を振り絞り、命じた。


「お前達との絆をとく!新たな持ち主を探し…に、人間を守れ…」


それが、最後の言葉になった。


目を開きながら、絶命したレーンの命を受け、崩れ落ちていた砂が集まり、三体の鎧になると、どこかに消えた。







「まったく、馬鹿師匠は!無事なのはわかったけども!今度は、捕らわれている人々を救えって!理由くらい説明しやがれ!」


毒づくカレンと九鬼は、日本地区の東北を目指していた。


当初はジャスティンを救う為に、四国を目指していたが、突然連絡が入り、まったく別の方向に向かうことになったのだ。


「…」


カレンの愚痴に、苦笑する九鬼は走りながら、突然違和感を感じた。


(砂?)


足元に、砂が巻き付いているような感覚を感じたからであった。






「魔王軍だ!」


防衛軍によって、安全の為という名目で荷物一つない倉庫に隔離されていた人々の前に、天空の騎士団が下り立った。


核にも耐えられるはずの壁や天井を突き破って現れた魔物達を見て、人々はパニック状態に一瞬で陥った。


「くっ!」


一番最初に下り立ったギラは、逃げ惑う人々を見て、顔をしかめた後、次々に下りてくる魔物達に命じた。


「人間を殺すな!咎人が生まれなくても、多くの魂があれば、やつらが生まれる!人間の退路をつくり、逃がしてやれ!」


そう叫びながら、ギラは左手を突き出すと、電撃を放ち、壁に穴を空けた。


「ひぃぃ!」


それを見て、悲鳴を上げた女は…座り込み、失禁した。


魔物達はギラを恐れ、舐め回すように、人間達を見るが、襲い掛かることはなかった。


しかし、そんなギラ達の行動の意味を、人々が知るはずがなかった。


「終わりだ…」


一瞬で壁を破壊するギラの力に、魔物の大群。


ある者は、その場で崩れ落ち、ある者は気が狂ったように出口を探し、ある者は…気が狂った。


「ひしゃははは…」


呆けたように笑った後、ふらふらと歩き出した。



「こ、こいつら!」


折角、逃げ道を開けても、別の場所を探して走る人間達を見て、ギラは苛立ちを露にした。


その時、ギラが空けた穴の向こうから、駆けつけて来た防衛軍の兵士達が銃を向け、一斉に発砲した。


その銃弾が当たった魔物の一匹が、巨大な鎌の手を振り回し、穴に飛び込むと、兵士達を斬殺した。


「チッ」


ギラは、舌打ちした。人々に気を取られて、襲い掛かった魔物の対応に遅れてしまったからだ。


「うわああ!」


鎌の魔物によって、斬られた兵士の腕が、隔離していた倉庫に転がった瞬間、人々の恐怖はマックスをこえた。


「心配するな!お前達は」


ギラがそう言っても、もう遅かった。


誰よりも早く逃げる為に、争い出したのだ。


「と、止めろ!」


ギラが魔物達に命じようとしたその時、鎌の魔物に腕を斬られながらも、倉庫に入ってきた兵士の1人が、ギラに向けて銃を構えた。


「貴様ら!」


パニック状態になった人々達に渇を入れようとするギラの前に、1人の中年のおっさんが姿を見せた。


「イヒヒヒ」


怪しい笑い声を発しながら、手を揉んでいる男を見て、ギラは顔をしかめた。


「あんた…騎士団長ギラさんだよね」


「?」


「俺と取引をしないかい?俺を逃がしてくれれば、もっと人が沢山いて、襲いやすいところを紹介するからさ」


その言葉を聞いた瞬間、ギラは男の横を通り過ぎた。


「フン。クズが」


鼻を鳴らし、歩き出したギラの耳に、銃声が響いた。


「!」


振り返ると、鎌の魔物に後ろから首を跳ねられた兵士の手から、銃が落ちるのが見えた。


「うわああっ!」


兵士とギラの間にいた中年の男の胸から、血が噴き出していた。


どうやら、背中から銃弾が貫通したようであった。


痛みに絶叫していた男の体に、変化が見えた。


風船のように膨らんだと思った瞬間、破裂したのだ。


「ウフフ…」


破裂した男の肉片が、床に落ちる中、含み笑いがこだました。


「貴様は!」


ギラは絶句した。


「クズだなんて…。でも、だからこそ、救えるのさ。人間を」


「ば、馬鹿な!」


ギラの目の前に、生まれたばかりの天使が立っていた。


「救いの時間です!」


深々と頭を下げた後、天使は翼を広げた。


次の瞬間、翼から羽毛が放たれ、倉庫内にいた人々に突き刺さった。


「させるか!」


ギラは左手を突き出すと、電撃を放った。


「遅いです」


ギラの攻撃が当たる前に、羽毛は人々の命を吸い取ると、天使の元に戻ってきた。


「それに、この程度の攻撃で、私を」


天使は指先で弾くと、電撃をギラに跳ね返した。


しかし、もうギラはいなかった。


「?」


驚く天使の左頬に、ギラの拳が突き刺さった。


吹っ飛んだ天使は床を転がりながら、何が起こったのか、理解できなかった。


「わ、わたしの顔に!生まれたはがりのスベスベの肌に!」


すぐに立ち上がった天使の周りに、魔物達が集まってくる。


「お前達!手を出すな!」


ギラは、魔物達に一喝した。


「こいつは、俺の獲物だ!」


その言葉に、魔物達は震えながら、後退った。


「ま、魔物一匹のくせに」


天使は翼を広げると、一斉に羽毛を放った。


「舐めるな!」


ギラの角が放電し、そこから放たれた雷鳴が、すべての羽毛を焼きつくした。


「え」


唖然とする天使に、ギラはゆっくりと近付いていった。








「リンネ様」


とある高台に佇むリンネ。その後ろで、控えている刈谷を見ることなく、リンネは遥か彼方を見つめていた。


「天使達の復活が、始まったようです」


「そのようね」


リンネは、フッと笑い、


「ギラやサラ…騎士団長は、勝てるでしょうけど…人間側は、ジャスティン・ゲイくらいね」


目を細めた。


「あんたは…勝てるんだろう」


その時、リンネの足下から声がした。


「刈谷」


「は」


リンネの声に頷くと、刈谷は消えた。


「…と思っているから、あたしの元に来たんでしょ?幾多くん」


リンネは足下に、微笑んだ。


「フッ」


幾多も笑い、リンネを見上げた。


仰向けになったまま動けない幾多の全身は、血管がみみず腫のように盛り上がっていた。


「どうやら…防衛軍の本部で、天使が復活した時…俺は助かったと思っていたけど…違った。供物にされただけだった」


「…」


リンネは、無言で幾多の言葉を聞いていた。


「俺は、人間に生きる価値があるとは思っていない。しかし、生きる価値がある人間もいる。その違いは、そいつらの生き方だ。しかし、人間の社会は正しく生きるようにできていない!だ、だから、俺は!」


幾多の口から、血が流れた。


「だから!多くの人を殺した。価値ある…やさしい人間を守る為に….だけど…」


幾多は、視線をリンネから、空に変えた。


「一番守りたいものは、守れなかった…。理解もされなかった」


殺された妹。そして、幾多のやり方を真っ向から否定する弟。


「でも…後悔はしていない。俺は…俺だからな」


幾多は一度目を瞑った後、リンネに顔を向けた。


「先生には感謝をしている。この世界を知り、人間のいろんな面を見れた。ありがとう」


「どういたしまして」


「最後に、弟に会ったら伝えて欲しい…。お前は、間違っていない。だけど…俺も間違ってはいないと」


「わかったわ」


リンネは頷いた。


「俺は…誰かに殺されたり、裁かれたりはしない」


幾多の右手には、銃が握られていた。


「俺は…俺が決める」


最後の力を振り絞り、幾多は銃口を頭に押し付けると、引き金を弾いた。


「…馬鹿な子」


と同時に、リンネは一歩前に出ると、呟くように言い、幾多の体に向かって炎を鞭を放った。


「…でてきなさい」


「ククク…」


リンネの声にこたえて、幾多の体の中から、炎の鞭で雁字搦めにされた天使が飛び出して来た。


「まさか。人間の癖に、体を渡さないとは」


「…」


肩をすくめる天使を、リンネは横目で睨んだ。


「周りに人間がいない!どこかで、精をつけないと」


ため息をついた天使の口を、リンネは鞭を伸ばしで塞いだ。


「あなたに価値はなさそうね」


リンネは冷笑を浮かべ、


「死になさい」


一瞬で、灰も残さずに、燃やし尽くした。


「リンネ様」


すると、後ろに刈谷が再び姿を見せた。


「価値がない者達に、あたしの暇潰しを滅ぼされる訳にはいかないわ」


そう言うと、リンネは足元に目を落とした。


そこには、体をそのまま保った幾多が横たわっていた。


右手の銃は、踏み潰されていた。


「行くわよ」


リンネはそう言うと、その場から消えた。


「は!」


刈谷は深々と頭を下げた後、周囲にテレパシーを送った。


(炎の騎士団よ!リンネ達が戻られた!リンネ様のもとへ集え!そして、やつらを焼きつくのだ!)


刈谷はかっと前を睨んだ後、リンネの後を追ってテレポートした。

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