誘致
「恐らく…」
海をぐるっと北上して、足摺岬から上陸したアルテミアは、すぐさま…俺へと変わった。
赤星浩一の分身である俺だが、見た目は違った。
実世界で名乗ったように、綾瀬太陽の姿でいこうと決めていた。
岬に立つ灯台を尻目に、俺は…防衛軍本部を目指すことにした。
「ふう〜」
息を吐いてから、俺は全身の体を抜き、ほんの少し…魔力を発動させた。
さすがは、ブルーワールドである。実世界とは違い、空間の崩壊を気にすることはない。
「赤星」
アルテミアのたしなめる声がした。
崩壊はしないが、強力な魔力は、防衛軍や魔神達に気づかれる可能性があったからである。
「わかっている」
俺は、ブラックカードを取り出すと、すぐにその場からテレポートした。
そして、防衛軍本部まで一瞬で移動した俺は、建物の造りを見て、顔をしかめた。
何故ならば、原発施設のように見たからである。
(人がいるようには、見えないな)
俺はカードを取りだし、四国における本部の位置関係を確認した俺は、目を丸くした。
(実世界の高知空港辺りか?)
ブルーワールドと実世界は、リンクしていることいえ、実際は大きく違う。
テレポートや、個人での移動手段が多いブルーワールドには、空港はない。
戦闘機は存在するが、民間人を乗せる旅客機はない。
基本的に、ドラゴンなどの魔物が飛び回っているからである。
その為、民間人が移動する時は、大量のポイントを消費し、テレポートアウト後のトラブル心配のあるテレポートよりも、車や防衛軍が確保した海路を船で行くことが多かった。
空間認知能力があれば、個人でも安全にテレポートができるが、そこまでの能力がある人間は少なかった。
民間人は使えないが、各地域にある防衛軍の施設内を繋げたテレポート専用の空間がある。そこを使えば、世界中を行き来できるが、数十人しかテレポートできないことから、優秀な戦士や司令官クラスしか使用を許されてはいなかった。
(魔力を使うことなく、カードシステムだけに頼るか…)
この世界に来たばかりのことを思い出し、懐かしくなっていた。
それだけではない。
この辺りの風景が、思い出の景色と似ていたからである。
(地形はいっしょか)
俺は、ゆっくりと歩き出した。
実世界の高知県には、親戚がいたのだ。
だから、何度か遊びに来たことがあった。
いなかのように思われるが、空港辺りから高知市内は、開けていた。想像するよりも緑が少ない。
(うん?)
周囲への見晴らしがいいから、俺は誰もいないことを確認していたはずだった。
なのに、真後ろから、何かが飛んで来たのだ。
空気の震えで、軌道を読んだ俺は、軽く横に飛んで、攻撃をよけた。
(針?)
俺がいた空間を切り裂いて、地面に突き刺さったものを見て、眉を寄せた俺が、地面に着地するまで数秒。
そのコンマ零秒の間、俺の周りに、4人の黒装束の人間がテレポートしてきたのだ。
姿を見せたと同時に、4本の刃が、俺に襲いかかってきた。
「は!」
気合いとともに放たれた斬撃は、俺の体を斬り裂いたはずであった。
しかし、4本の刀は、互いにぶつかりあっていた。
「ば、馬鹿な…」
一番年上だと思う中年の男が唖然と一瞬した後、唇を噛み締めた。
「テレポート斬りを、かわすなど!」
交差する刃が、男の怒りで震えていた。
「人間か!」
再び4人の姿が消えた。
テレポートしたのだ。
「は!」
俺が避ける度に、テレポートでそばまで移動し、剣を振るう4人。
(!?)
その攻撃をかわしながら、俺は絶句していた。
「フォースアタックを仕掛けるぞ!」
中年の男の言葉で、俺の前で縦に並ぶ4人。
「は!」
一番前になった大柄な男が、突きの体勢で向かってきた。
横幅がある為に、後ろの三人が見えない。
「ちっ」
俺が突きを避けると、男の後ろにいた細長い体をした男が、死角から横凪の斬撃で、目を狙ってきた。
咄嗟に、後ろにジヤンプした俺に、2人を踏み台にして空中から、上段の構えで襲いかかってくる中年の男。
「な」
その攻撃をかわそうと、顔を上げた俺は、中年の男が笑っていることに気付いた。
(もう一人は!?)
男達の後ろには、いない。
「貰った!」
俺が前に気をとらえる間に、真後ろにテレポートした女の居合い抜きが、背中を襲った。
「あのなあ〜」
俺は、頭をかいた。
「馬鹿な」
中年の男は、空中で目を見開いた。
女の攻撃は当たらず、攻撃目標が目の前から消えたからである。
「テレポートを使えるのが、お前らだけと思うなよ」
4人の俺が、4人の剣士達の横にした。
そして、次々に拳を叩き込むと、4人はその場で崩れ落ちた。
「やれやれ」
ため息が出た。
あまりのスピードの為、残像が残ったのだ。
本当に、気を失っていることを確認すると、再び俺は本部に向かって歩き出した。
(それにしても…似ていた)
4人の顔は、実世界にいる親戚達にそっくりだったのであった。
「何を遊んでいた?」
ピアスから、溜め息混じりのアルテミアの声がした。
「普通の人間を、殺すのは…」
と言いかけて、俺は振り返ると、倒れている4人を見た。
(やつらは、容赦なく殺そうとした)
一般人に見える俺に、警告を発することなく、命を狙う。
(今の状況がわかるな)
俺はフッと笑うと、歩く速度を速めた。
「侵入者が、警戒地区を突破しました!」
本部内の司令室内で、オペレーターの言葉を聞いたヤーンは、にやりと笑った。
「彼らを倒したんだね。興味深い」
一番中央の椅子に座り、ヤーンは髪を人差し指で巻きながら、隣に立つ幾多を見た。
「…」
幾多は、口を閉ざしていた。
ヤーンは軽く肩をすくめてから、オペレーターに告げた。
「彼を通して上げて!試してみたくなったよ」
ヤーンは口許を緩め、
「特別かどうかね」
目の前の巨大モニターが写し出された…接近してくる俺を見つめた。
予想していたよりも、あっさりと俺は、本部内に入ることができた。
(人がつくる建物は、どこか似ているな)
ブルーワルードに来てから、困惑する程の変わった建造物を見たことがない。
それに、凝った建造物もなかった。
基本的には質素で、シンプル。
それは、この世界での人間の地位を示しているように思えた。
外壁を潜り抜けると、円形の建物まで百メートルは離れていた。
(うん?)
円形の建物の扉が、ゆっくりと開いていく。
その瞬間、扉までの地面に、黒い靄のようなものが、煙のように立ち上るのが、見えた。
恐らく、普通の人間には見えないであろう。
俺の脳裏に、妹…綾子との戦いがよみがえった。
(悪霊…自縛霊!?)
そんなことを思いだしていると、扉の中から靄の塊が出てきた。
「な」
思わず口から、声が漏れた。
黒い靄の塊は、両手を広げた。
「君も特別な人間かい?」
黒い靄は、人の形に変わった。
しかし、体から立ち上る黒い煙のようなものは、消えなかった。
(取り憑かれている!?)
それが、俺の印象だった。
「怖がることはないよ。真生防衛軍は、君のような人間をつねに募集している」
黒い靄の正体は、ヤーンであった。
「チッ」
俺は舌打ちすると、走り出した。
(まだ間に合う!)
どこからか、回転する2つの物体が飛んで来た。
それを掴むと、十字にクロスさせた。
(シャイニングソードで、斬り裂けば!)
俺が剣を振り上げた瞬間、耳元で声がした。
(無駄だよ)
(な!)
その声は、アルテミアではなかった。
「赤星!」
今度は、アルテミアの声がした。
「え」
音速をこえた俺の動きを、ヤーンは見切ることができなかった。
視界から消えたと思った瞬間、全身に激痛が走った。
「ば、馬鹿な」
シャイニングソードは、悪霊だけを斬ることができるはずだった。
なのに…ヤーンの体から、鮮血が噴き出していた。
「な、何が起こったああ!あ」
ヤーンは絶叫しながら、崩れ落ち、自らから噴き出す血を止めようとした。
「わ、私は新しい人類!特別な人類!」
「く、くそ!」
俺は、ヤーンの傷を治す為に、治癒魔法を発動しょうと手を伸ばし、走り出した。
「え」
その目の前で、ヤーンは絶句していた。
血は止まることはなかったが、別のものに変わっていた。
黒い煙に。
「そ、そんなは、ずは…」
ヤーンの体自体も、煙に分解され、消えていく。
すると、その中から、光る球体が飛び出してきた。
球体は、地上数メートルのところで止まると回転し、ヤーンだった煙を吸収し、黒に変色した。
しかし、回転を重ねる毎に黒は薄れていき…やがて、光に変わると、今度は白に変わった。
白は皺をつくり、物体のようなボリュームが出来き、大きくなっていく。
そして、羽毛で包まれたような巨大な玉になると、キャベツの皮をめくるように、外に広がっていった。
「あ、あれは!」
今度は、俺が絶句した。
皮は、二枚の翼に変わり、その中から全裸の男が、姿を見せた。
「て、天使!」
アルテミアの忌々しそうな声がした。
「アルテミア?」
「赤星!攻撃しろ!今なら!」
アルテミアが叫んだ。
「うん!」
姿こそ神々しいが、俺は天使から邪悪なものを感じていた。
邪悪というよりも、純粋な悪。
「フン!」
気合いを入れた横凪の斬撃は、天使を斬り裂いたはずだった。
「無駄だよ」
生まればかりの天使は、俺に向かって微笑んだ。
「光は、光を斬れない」
「な!」
シャイニングソードは、天使の体に触れると、物凄い力で跳ね返され、2つの物体に戻った。
「く」
俺は跳ね返された勢いを利用して、天使から離れた。
「天使だと!?どうして、こんなところに!」
俺から聞こえるアルテミアの声に、天使は驚くことなく答えた。
「救いの為さ。我々が現れるのは、人間が救いを求めた時さ」
天使は笑い、
「苦しみ、痛み、妬み…恨み。それらが限界を越えた時、人間は神を求める」
天を仰いだ。
「数万人の祈りが、届いた時…神は降臨する」
「神だと!?」
俺は、チェンジ・ザ・ハートを掴むと、バスターモードに変えた。
「そう!」
天使は一回転すると、
「愚かで卑しく、弱い人間の魂が、救いを求めた時、我々は降臨します。人間を救う為に!」
深々と頭を下げた。
「赤星!騙されるな!」
アルテミアの声に、天使は一応キョロキョロして見せた後、
「その声は、天空の女神!あの忌々しい雷帝と!あの女の娘!!」
眉を寄せた。
「!?」
天使からいきなり、殺気のようなものを感じ、俺は引き金に手をかけた。
しかし、天使は気にせずに、自らの親指を噛み締めた。
「我々神の降臨を邪魔する為に、人間達を滅ぼそうした雷帝!そして、事実を知り、天空の女神を産んだあの女!」
天使の翼が開いた。
「雷帝だけでは、我らに勝てぬと思い!光と闇の子を産んだ!あの女!」
そして、空中に浮かび上がった。
「何の話だ?」
俺は、銃口を上に向けた。
「しかし、雷帝は死んだ!天空の女神一人で、我々の邪魔はできない!」
天使は空中で、両手を広げると、円形の建物内から、黒い煙が発生し、天使の方へ集まっていく。
「赤星!撃て!」
アルテミアの叫びに、俺は引き金を弾いた。
「な、何!?」
雷鳴と炎を混ぜた光が、天使を直撃した。
「あたしは、1人ではない!もう1人いるんだよ」
アルテミアは、嬉しそうに叫んだ。
「チェックメイト」
白い髭の男の前で椅子に座り、チェスの駒を動かしたディーンは、フッと笑った。
「終わりですよ。カトリーク卿」
そう話しかけても、白髪の男は答えない。
なぜならば、死んでいるからだ。
「弟が死にました。予定通り、たくさんの命を向こうから持って帰ってきてくれて」
ディーンは立ち上がった。
「最近は昔のように、一気に人が死ぬことがなかったですから…。この世界ではね」
笑ったディーンの背中にも、二枚の翼が生えていた。
「我々の使命をやっと果たせます。この世界を無にするという神の願いを」
そう言うと、白髪の男に黙祷を捧げた。
「赤星!もう一発!」
アルテミアが命じたが、俺は銃口を下ろした。
「消えた」
天使は、バスターモードの直撃を受けたが、その時の光に紛れて、テレポートしていた。
「間に合ったか」
ブラックリストと言われた親衛隊がいた部屋中に、硝煙が立ち込めていた。
幾多は、銃をしまうと、部屋から出た。
そして、廊下中に転がる職員達と軍人達の死体を見た。
建物の前で、天使が生まれた瞬間、一部の人間が狂いだしたのだ。
それを目撃した幾多は、ブラックリスト達がいる部屋を目指した。
何故か…部屋の中にいる者達を、殺さないといけないと思ったからだ。
(ヤーンが吸収した黒い気…。暴れ出したやつの体からも、発生しているように見えた)
幾多は空になった銃を捨て、廊下で死んでいる軍人の手にある銃を奪った。
(外傷はない)
相討ちではなかった。狂った人間には、傷がない。
しかし、死んでいた。
(生き残りは、いるはずだ。だけど)
幾多はいくつか銃を拾い、自分のカードにポイントを移動させると、本部から出ることにした。
(長居は無用だ)
「やはりな…」
幾多以外に、脱出者はいた。
ジャスティン・ゲイである。
彼はすぐに、異変に気づくと、自力で牢から出てた。
そして、本部内の窓から、綾瀬太陽と天使を発見した。
そして、太陽の背中を見ただけで、彼の正体に気付くと、本部内を走り回り、生存者を探した。
しかし、見つけることができなかった為に、すぐにテレポートしたのだ。
ブラックリストの部屋は、特殊な空間になっていた為に、ジャスティンは見つけることができなかった。
テレポート後、ジャスティンが向かったのは、魔界と世界を分ける巨大な結界。
その側にある…遺跡だった。
「やはり…これは」
ジャスティンは、天まで覆う結界を見上げた。
「魔物の侵入を防いでいるのではなく…人間を中にいれないようにしているのか」
そう言うと、下唇を噛み締めた。