無力
「クッ!」
実世界における隠岐の島にある孤島に、1人の男が逃げ込んでいた。
ジャンスティン・ゲイを代表者にした新生防衛軍で、副司令を勤めていた男であった。
しかし、今はただの逃亡者であった。
職員の命を救うために、実際的にはクーデターであることを隠し、本部のトップの首のすり替えただけで、防衛軍は今も機能していた。
ただしジャスティン・ゲイの名前は、民衆に絶大なる人気がある為に、幽閉してもなお、象徴として残っていた。
副司令官であったドレイク・スチュワートは失脚し、軍の一兵として残ることを迫られたが、それを拒否した。
その為に、命を狙われたが、部下の安全を考え、敢えて捕まり…処刑される前に、逃亡したのであった。
クーデターはあくまでも、防衛軍本部内だけで終わり、指揮系統はそのまま残ることになった。
末端で働く兵士や科学者の生活が、すぐに変わることはなかった。
だが、ドレイクは見抜いていた。
民衆を人質にして、ジャスティンを幽閉したやつらが、人々の生活を守れるはずがないと。
さらに、新副司令官となったディーン・ノアのバックには、ある人物がいると言われていた。
彼の名は、マーティン・ガレイ。
民族至上主義者として有名であった。
マーティンが思う人間は、ブルーアイズだけである。
(そんな人間が、人々を導ける訳があるまい)
ドレイクは、まず人質にされている人々を助け出した後、ジャスティンを救い出そうとしていた。
いや、人々が助かれば、自力で脱出するであろうと思っていた。
ジャスティン・ゲイは、素手で騎士団長に勝つことのできる唯一の人間であったからだ。
「うん?」
島の岩壁から、本部の方を睨んでいたドレイクの胸ポケットの中から、電子音が鳴った。
カードに情報が、飛び込んできたのである。
自らのカードは、捕まる時に、差し出していたが…一般兵に配布するカードを一枚、くすねていたのであった。
魔力の充電と、通信ができ、軍から世界の情勢が定期的に送られてくるカードは、何十万と一般兵に配られており、まだ部隊に配属されていない新人のカードが一枚、誰かが持っていてもわからなかった。
もし、気付いたとしても、破壊すればいいと、ドレイクは思っていた。
「赤星将軍により、新しい騎士団長を追い払うことに成功」
将軍とは、新しい階級であった。
ドレイクは、ディスプレイに走る文字を読みながら、顔をしかめた。
赤星浩一とは面識がなかったが、彼もまた…ジャスティンと同じ理由で、防衛軍にいることは明白であった。
「…」
ドレイクはカードを胸ポケットにいれると、海に背を向け、ゆっくりと歩き出した。
(ここから、離れよう。まず向かう場所は)
実世界で、イギリスと呼ばれる場所であった。
なぜ、そこにいくのかといえば、マーティンの生まれ故郷であったからだ。
そして、そこに防衛軍本部の移転が、話にでたことがあったからであった。
その時は、いずれは…だったであるが…。
(人質は、どこにいる?)
手掛かりを求めて、ドレイクは旅立つことにした。
去るものがいれば、来るものがいた。
防衛軍本部内にある第十一兵舍。そこは、特殊部隊の為に作られた場所だった。
「来てくれると思ったよ」
灰色の廊下を歩くヤーンは、隣にいる幾多に笑いかけた。
「…」
幾多は、前を向いて歩きながら、口をまったく動かさなかった。
「ここから始まるのさ。人類の新しい未来がね」
ヤーンは幾多の態度を気にすることなく、嬉しそうに話を続けた。
「紹介しょう!」
ある部屋のドアが見えると、ヤーンは足を速めた。幾多を追い越すと、ゆっくりとドアを開いた。
「防衛軍の新特殊部隊…ブラックリストへようこそ!」
「!」
開いたドアから、部屋の前を見た幾多は驚いた。
まったく、電気のついていない真っ暗な部屋に、人の輪郭だけが浮かび上がっていた。
暗闇よりも、黒い存在として。
「暗いね」
そう言って微笑んだヤーンは、部屋の電気をつけた。
その瞬間、幾多はもっと驚いた。
特殊部隊というからには、兵士だと思っていたが、まったく違った。
一般人であった。
ただし…三角座りで、目を充血させ、ぶつぶつと文句を言う者、涎を足らしている者…。男の写真に、釘を打ち込んでいる女など、数10人がいた。
「彼らは、戦士ではない。僕の闇に力を補充する為に、ここにいるのさ」
ヤーンは両手を広げ、部屋に入った。
すると、ヤーンの指先から伸びた気のような闇の糸が、部屋中の人間に絡みついた。
「嫉妬、妬み…恨みなど、ここにいるもの達は、ある一線を越えた人々だ」
糸が一瞬で、太くなった。
「な、何が進化だ!何が未来だ!」
部屋に入った幾多は、隠し持っていたナイフで、糸を切り裂いた。
「わからないのかい?」
ヤーンは笑うと、幾多の方に顔を向けた。
「多くの人間は糧となり、一部の人間が進化する。人は多過ぎるよ」
「く」
幾多は、顔をしかめた。
「未来とはね。すべての人にないんだよ」
ヤーンは、満面の笑みを浮かべた。
「く!」
幾多はヤーンよりも、2人に無関心な周りの人間にも嫌悪感を覚えていた。
「うう…」
とある牢の中で、全身を鎖で繋がれたジャスティン・ゲイが呻いていた。
傷だらけの体であるが、修行だと思えば我慢できた。
しかしー。
「人々を助けなければ…」
ジャスティンは、それだけを考えていた。
しかし、脱獄した瞬間、人質は殺される。
その葛藤だけが、ジャスティンを苦しめていた。
「すまない」
ジャスティンは、頭を垂れた。
そして、いつまで続くかわからない静寂と痛みの中に身を沈めた。
「くそ!」
最強の女神と自負していたエミナは、赤星浩一にまったく敵わなかった事実に、唇を噛み締め、玉座の間の壁を叩いた。
それだけで、城は揺れた。
「…」
そのそばで控えながら、頭を垂れるアクアメイト達…3人の騎士団長。
その様子を見ていたカイオウは、深々と頭を下げると、玉座の間から出た。
「御免」
もう一度エミナの背中に頭を下げてから、回廊を歩き出した。
すると、すぐそばの壁にもたれているギラとサラを発見した。
カイオウと2人は頷き合ったが、会話をすることはなかった。
2人の前を通り過ぎ、カイオウの背中が見えなくなってから、ギラが口を開いた。
「それにしても…エミナ様には困ったものだ。あの気性は、やはり」
「それよりも、赤星浩一のことだ」
サラはギラの言葉を遮ると、目の前の空間を睨み、
「やつは元々人間。と考えると、今回のやつの行動を理解できる部分もある。しかし!それでもだ」
唇を噛み締めた。
「フン」
サラの言葉を聞いて、ギラは鼻を鳴らした。
そして、珍しく不機嫌な顔を浮かべ答えた。
「あやつは、甘い。大方…人質でもとられているのだろうよ」
「そうなのか?」
サラは、目を見開いた。
「恐らくな」
ギラはそう言うと、壁から離れた。
「下らんな。そのようなことで、縛られることはあるまいて。あやつが本気になれば、人間どもなど皆殺しにできるだろう?」
サラの疑問に、ギラは肩をすくめた後、廊下を歩き出した。
「俺は、人間のことなど知らん。ただ強いやつには、興味があるがな」
ゆっくりと歩くギラの背中を見つめながら、サラはあることを思い出していた。
向日葵畑の中で、ライの分身であるバイラが、サラに言った言葉を…。
(悲しい程…人を愛している)
その言葉の奥を、サラは読むことができなかった。
なぜならば、サラは魔神で…魔王であるライは、人間の母親から生まれたからだ。
(ライ様…)
人から産まれた者は、こんなにも苦しむのか。
サラはライの死後、赤星浩一の境遇をライと重ねていた。
しかし、同じ太陽のバンパイアであり、人間から産まれたという接点だけで、後は似ていない2人であるが…人のいう種への悲しみは、いっしょであると思っていた。
「ふぅ」
サラは軽く息を吐くと、これ以上考えるのを止めた。
ライは死に、赤星浩一は敵である。
今、自分ができることは…ライの娘であるアルテミアに仕えることだけだ。
(邪魔するならば)
サラは、ギラとは反対方向に歩き出した。
そして、玉座の間に入ると、3人の騎士団長を睨みつけた後、エミナに告げた。
「エミナ様!赤星浩一のことは、私にお任せ下さい。やつとは、何度も戦っております故に」
「駄目だ!あたしが、倒す!例えお父様と言えども、我が軍に逆らうならば!」
エミナは翼を広げると、赤星浩一を探す為に、玉座の間から飛び出そうとした。
「無駄です。今のエミナ様では、勝てません」
「な、何を!」
サラの言葉に、エミナはキレた。
「教えて差し上げましょう」
サラが頭を下げた瞬間、エミナの翼が粉々になった。
「な」
唖然としている間に、サラはエミナの前まで移動していた。
「本気でやってください」
「なめるな!」
エミナの両目が赤く輝き、一気に魔力が上がった。
「エミナ様!」
3人の魔神が、立ち上がった時には、決着はついていた。
床に倒れ、動けなくなったエミナを見下ろしながら、サラは言った。
「鍛えて差し上げます。アルテミア様のように」
「く!」
エミナは倒れながら、悔し涙を流していた。
その様子を見つめながら、3人の魔神達は衝撃から動けなくなっていた。
魔力は圧倒的に、エミナが上だった。
しかし、結果は一瞬で、惨敗。
その事実を目にした魔神達は、強さとは何かを己に問うことになった。
「あ、あたしは…」
ふらつきながらも、エミナは立ち上がった。
「最強の女神だ!」
すると、髪の毛の色が赤に変わった。
「無駄です」
サラは、炎の女神になったエミナを見つめた。
「A Blow Of Goddess!」
玉座の間で、女神の一撃を放つ体勢に入るエミナ。
「遅い」
しかし、女神の一撃が放たれることはなかった。
サラの拳が、エミナの鳩尾に突き刺さっていた。
「う」
エミナは膝から崩れ落ち、気を失った。
「…」
しばらく倒れたエミナを見下ろしてから、サラは目線を3人の魔神に向けた。
「お前達も鍛えてやる」
サラの気迫に、3人の魔神は無意識に構えていた。
「はははは!」
部屋の中にいる人々の闇を吸い上げながら笑うヤーンを見て、幾多は殺すべき相手と本能が判断した。
しかし、理性がストップをかけた。
(まだだ)
そう自分に言い聞かせると、幾多はヤーンに背を向けた。
「うん?」
部屋から出ていく幾多の後ろ姿を見て、ヤーンは首を傾げた。
「――まあ、いい」
頷くと、ヤーンは軍服の胸元に手を入れ、あるものを取り出した。
光り輝く球体。
それは、美しさと反比例して、悲しみと恨みで溢れていた。
「向こうの世界で手に入れた…数万人の命の塊。そこに、闇を注ぎ込めば…」
ヤーンは、にやりと笑った。
球体に触れている部分から、黒くよどんでいく。
「もっと闇も!人間の魂も必要だ」
ヤーンは、球体を握り締めた。
「この球体が育ち、破裂した時こそ!人類が避けて来た!魔物との最終決戦が始まる!そして、それが終わった後!」
ヤーンは、にやりと笑った。
「今とは違う歴史を!人類は、歩むことになる」
球体が完全に、黒と混ざると、ヤーンは満足げに頷き、自らの胸元に球体を押し込んだ。