表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
475/563

無力

「クッ!」


実世界における隠岐の島にある孤島に、1人の男が逃げ込んでいた。


ジャンスティン・ゲイを代表者にした新生防衛軍で、副司令を勤めていた男であった。


しかし、今はただの逃亡者であった。


職員の命を救うために、実際的にはクーデターであることを隠し、本部のトップの首のすり替えただけで、防衛軍は今も機能していた。


ただしジャスティン・ゲイの名前は、民衆に絶大なる人気がある為に、幽閉してもなお、象徴として残っていた。


副司令官であったドレイク・スチュワートは失脚し、軍の一兵として残ることを迫られたが、それを拒否した。


その為に、命を狙われたが、部下の安全を考え、敢えて捕まり…処刑される前に、逃亡したのであった。


クーデターはあくまでも、防衛軍本部内だけで終わり、指揮系統はそのまま残ることになった。


末端で働く兵士や科学者の生活が、すぐに変わることはなかった。


だが、ドレイクは見抜いていた。


民衆を人質にして、ジャスティンを幽閉したやつらが、人々の生活を守れるはずがないと。


さらに、新副司令官となったディーン・ノアのバックには、ある人物がいると言われていた。


彼の名は、マーティン・ガレイ。


民族至上主義者として有名であった。


マーティンが思う人間は、ブルーアイズだけである。


(そんな人間が、人々を導ける訳があるまい)


ドレイクは、まず人質にされている人々を助け出した後、ジャスティンを救い出そうとしていた。


いや、人々が助かれば、自力で脱出するであろうと思っていた。


ジャスティン・ゲイは、素手で騎士団長に勝つことのできる唯一の人間であったからだ。


「うん?」


島の岩壁から、本部の方を睨んでいたドレイクの胸ポケットの中から、電子音が鳴った。


カードに情報が、飛び込んできたのである。


自らのカードは、捕まる時に、差し出していたが…一般兵に配布するカードを一枚、くすねていたのであった。


魔力の充電と、通信ができ、軍から世界の情勢が定期的に送られてくるカードは、何十万と一般兵に配られており、まだ部隊に配属されていない新人のカードが一枚、誰かが持っていてもわからなかった。


もし、気付いたとしても、破壊すればいいと、ドレイクは思っていた。


「赤星将軍により、新しい騎士団長を追い払うことに成功」


将軍とは、新しい階級であった。


ドレイクは、ディスプレイに走る文字を読みながら、顔をしかめた。


赤星浩一とは面識がなかったが、彼もまた…ジャスティンと同じ理由で、防衛軍にいることは明白であった。


「…」


ドレイクはカードを胸ポケットにいれると、海に背を向け、ゆっくりと歩き出した。


(ここから、離れよう。まず向かう場所は)


実世界で、イギリスと呼ばれる場所であった。


なぜ、そこにいくのかといえば、マーティンの生まれ故郷であったからだ。


そして、そこに防衛軍本部の移転が、話にでたことがあったからであった。


その時は、いずれは…だったであるが…。


(人質は、どこにいる?)


手掛かりを求めて、ドレイクは旅立つことにした。







去るものがいれば、来るものがいた。


防衛軍本部内にある第十一兵舍。そこは、特殊部隊の為に作られた場所だった。


「来てくれると思ったよ」


灰色の廊下を歩くヤーンは、隣にいる幾多に笑いかけた。


「…」


幾多は、前を向いて歩きながら、口をまったく動かさなかった。


「ここから始まるのさ。人類の新しい未来がね」


ヤーンは幾多の態度を気にすることなく、嬉しそうに話を続けた。


「紹介しょう!」


ある部屋のドアが見えると、ヤーンは足を速めた。幾多を追い越すと、ゆっくりとドアを開いた。


「防衛軍の新特殊部隊…ブラックリストへようこそ!」


「!」


開いたドアから、部屋の前を見た幾多は驚いた。


まったく、電気のついていない真っ暗な部屋に、人の輪郭だけが浮かび上がっていた。


暗闇よりも、黒い存在として。


「暗いね」


そう言って微笑んだヤーンは、部屋の電気をつけた。


その瞬間、幾多はもっと驚いた。


特殊部隊というからには、兵士だと思っていたが、まったく違った。


一般人であった。


ただし…三角座りで、目を充血させ、ぶつぶつと文句を言う者、涎を足らしている者…。男の写真に、釘を打ち込んでいる女など、数10人がいた。


「彼らは、戦士ではない。僕の闇に力を補充する為に、ここにいるのさ」


ヤーンは両手を広げ、部屋に入った。


すると、ヤーンの指先から伸びた気のような闇の糸が、部屋中の人間に絡みついた。


「嫉妬、妬み…恨みなど、ここにいるもの達は、ある一線を越えた人々だ」


糸が一瞬で、太くなった。


「な、何が進化だ!何が未来だ!」


部屋に入った幾多は、隠し持っていたナイフで、糸を切り裂いた。


「わからないのかい?」


ヤーンは笑うと、幾多の方に顔を向けた。


「多くの人間は糧となり、一部の人間が進化する。人は多過ぎるよ」


「く」


幾多は、顔をしかめた。


「未来とはね。すべての人にないんだよ」


ヤーンは、満面の笑みを浮かべた。


「く!」


幾多はヤーンよりも、2人に無関心な周りの人間にも嫌悪感を覚えていた。






「うう…」


とある牢の中で、全身を鎖で繋がれたジャスティン・ゲイが呻いていた。


傷だらけの体であるが、修行だと思えば我慢できた。


しかしー。


「人々を助けなければ…」


ジャスティンは、それだけを考えていた。


しかし、脱獄した瞬間、人質は殺される。


その葛藤だけが、ジャスティンを苦しめていた。


「すまない」


ジャスティンは、頭を垂れた。


そして、いつまで続くかわからない静寂と痛みの中に身を沈めた。







「くそ!」


最強の女神と自負していたエミナは、赤星浩一にまったく敵わなかった事実に、唇を噛み締め、玉座の間の壁を叩いた。


それだけで、城は揺れた。


「…」


そのそばで控えながら、頭を垂れるアクアメイト達…3人の騎士団長。


その様子を見ていたカイオウは、深々と頭を下げると、玉座の間から出た。


「御免」


もう一度エミナの背中に頭を下げてから、回廊を歩き出した。


すると、すぐそばの壁にもたれているギラとサラを発見した。


カイオウと2人は頷き合ったが、会話をすることはなかった。


2人の前を通り過ぎ、カイオウの背中が見えなくなってから、ギラが口を開いた。


「それにしても…エミナ様には困ったものだ。あの気性は、やはり」

「それよりも、赤星浩一のことだ」


サラはギラの言葉を遮ると、目の前の空間を睨み、


「やつは元々人間。と考えると、今回のやつの行動を理解できる部分もある。しかし!それでもだ」


唇を噛み締めた。


「フン」


サラの言葉を聞いて、ギラは鼻を鳴らした。


そして、珍しく不機嫌な顔を浮かべ答えた。


「あやつは、甘い。大方…人質でもとられているのだろうよ」


「そうなのか?」


サラは、目を見開いた。


「恐らくな」


ギラはそう言うと、壁から離れた。


「下らんな。そのようなことで、縛られることはあるまいて。あやつが本気になれば、人間どもなど皆殺しにできるだろう?」


サラの疑問に、ギラは肩をすくめた後、廊下を歩き出した。


「俺は、人間のことなど知らん。ただ強いやつには、興味があるがな」


ゆっくりと歩くギラの背中を見つめながら、サラはあることを思い出していた。


向日葵畑の中で、ライの分身であるバイラが、サラに言った言葉を…。


(悲しい程…人を愛している)


その言葉の奥を、サラは読むことができなかった。


なぜならば、サラは魔神で…魔王であるライは、人間の母親から生まれたからだ。


(ライ様…)


人から産まれた者は、こんなにも苦しむのか。


サラはライの死後、赤星浩一の境遇をライと重ねていた。


しかし、同じ太陽のバンパイアであり、人間から産まれたという接点だけで、後は似ていない2人であるが…人のいう種への悲しみは、いっしょであると思っていた。


「ふぅ」


サラは軽く息を吐くと、これ以上考えるのを止めた。


ライは死に、赤星浩一は敵である。


今、自分ができることは…ライの娘であるアルテミアに仕えることだけだ。


(邪魔するならば)


サラは、ギラとは反対方向に歩き出した。


そして、玉座の間に入ると、3人の騎士団長を睨みつけた後、エミナに告げた。


「エミナ様!赤星浩一のことは、私にお任せ下さい。やつとは、何度も戦っております故に」


「駄目だ!あたしが、倒す!例えお父様と言えども、我が軍に逆らうならば!」


エミナは翼を広げると、赤星浩一を探す為に、玉座の間から飛び出そうとした。


「無駄です。今のエミナ様では、勝てません」


「な、何を!」


サラの言葉に、エミナはキレた。


「教えて差し上げましょう」


サラが頭を下げた瞬間、エミナの翼が粉々になった。


「な」


唖然としている間に、サラはエミナの前まで移動していた。


「本気でやってください」


「なめるな!」


エミナの両目が赤く輝き、一気に魔力が上がった。


「エミナ様!」


3人の魔神が、立ち上がった時には、決着はついていた。


床に倒れ、動けなくなったエミナを見下ろしながら、サラは言った。


「鍛えて差し上げます。アルテミア様のように」


「く!」


エミナは倒れながら、悔し涙を流していた。


その様子を見つめながら、3人の魔神達は衝撃から動けなくなっていた。


魔力は圧倒的に、エミナが上だった。


しかし、結果は一瞬で、惨敗。


その事実を目にした魔神達は、強さとは何かを己に問うことになった。




「あ、あたしは…」


ふらつきながらも、エミナは立ち上がった。


「最強の女神だ!」


すると、髪の毛の色が赤に変わった。


「無駄です」


サラは、炎の女神になったエミナを見つめた。


「A Blow Of Goddess!」


玉座の間で、女神の一撃を放つ体勢に入るエミナ。


「遅い」


しかし、女神の一撃が放たれることはなかった。


サラの拳が、エミナの鳩尾に突き刺さっていた。


「う」


エミナは膝から崩れ落ち、気を失った。


「…」


しばらく倒れたエミナを見下ろしてから、サラは目線を3人の魔神に向けた。


「お前達も鍛えてやる」


サラの気迫に、3人の魔神は無意識に構えていた。








「はははは!」


部屋の中にいる人々の闇を吸い上げながら笑うヤーンを見て、幾多は殺すべき相手と本能が判断した。


しかし、理性がストップをかけた。


(まだだ)


そう自分に言い聞かせると、幾多はヤーンに背を向けた。


「うん?」


部屋から出ていく幾多の後ろ姿を見て、ヤーンは首を傾げた。


「――まあ、いい」


頷くと、ヤーンは軍服の胸元に手を入れ、あるものを取り出した。


光り輝く球体。


それは、美しさと反比例して、悲しみと恨みで溢れていた。


「向こうの世界で手に入れた…数万人の命の塊。そこに、闇を注ぎ込めば…」


ヤーンは、にやりと笑った。


球体に触れている部分から、黒くよどんでいく。


「もっと闇も!人間の魂も必要だ」


ヤーンは、球体を握り締めた。


「この球体が育ち、破裂した時こそ!人類が避けて来た!魔物との最終決戦が始まる!そして、それが終わった後!」


ヤーンは、にやりと笑った。


「今とは違う歴史を!人類は、歩むことになる」


球体が完全に、黒と混ざると、ヤーンは満足げに頷き、自らの胸元に球体を押し込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ