新たな勢力
けたたましく鳴り響くサイレン。
さらに、海上に浮かんでいる泡の多さが、広大な海に喧騒をもたらしていた。
「左舷後方より、多数の影を確認!」
「海兵丸!エンジン部分をやられました」
「巡洋艦ワトソン!停止!」
次々に飛び込んでくる現状の悪さに、ブリッジ内にいた艦長は顔をしかめた。
新生防衛軍の巨大空母アッシャーは、突然の襲撃に逃げることを余儀なくされていた。
魔王の軍勢との最終決戦に向けて、艦隊を組んで北極海を横切り、魔界への拠点となるべく進水していたアッシャーは、護衛を失い、実質行き場も失っていた。
空母自体は、戦うものではない。
搭載していた戦闘機も、整備中以外は、迎撃されていた。
「味方の船をおいてはいけない」
ブリッジの真ん中の席に座っていた船長は立ち上がると、言葉を続けた。
「このアッシャーは元々、海上基地として作られた…言わば、要塞!ここに留まり、拠点とする!」
艦長の命令に、アッシャーはゆっくりと止まった。
「艦長!整備中だった戦闘機!終わりました!出せます!」
前に座るオペレーターの報告に、艦長は即座に訊いた。
「何機だ?」
「五機です!」
「よし!海兵丸とワトソンの応援に向かえ!」
艦長はそう叫ぶと、数多くの勲章がついた制服を脱ぎ捨てた。
すると、隆々の筋肉に、傷だらけの体が露になった。
「機体を発進後!デッキ上で、魔物達を迎え討つ!」
実世界と違い、飛行甲板は、海の中で戦えない人間達の重要な足場になっていた。
「はい!」
オペレーターの返事を背に、艦長はブリッジから出た。
その間に、五機の戦闘機は発艦し、魔物がいるであろう海中に向けて、爆弾を投下していった。
爆音とともに、空高くまで水柱が上った。
その水柱の先から、蛇に似た魔物が姿を見せた。
「撃て!」
アッシャーから発射された式神ミサイルは、全弾被弾した。しかし、魔物はびくともしなかった。
奇声を発し、そのまま口を広げながら、アッシャーに向かってくる。
「構えろ!」
甲板に上がった艦長は、即座に指示を飛ばした。
「は!」
先に甲板に上がっていた兵士達は、カードによって結界をつくり、飛んでくる水飛沫を防ぐと、各々の武器を手に取った。
「残念」
蛇に似た魔物に気を取られていた兵士達の後ろに突然、無数の魔物が空から飛来し、甲板に着地した。
「!」
驚く兵士達が振り返る前に、魔物達の鋭い爪が、兵士達の背中に突き刺さった。
「お、おのれ!」
その状況を見て、艦長は走り出した。剣が召喚されると、表面に雷鳴をコーティングし、甲板に降りた魔物達を斬り裂いた。
「大丈夫か!」
刺された兵士達に駆け寄る艦長の目に、口を広げた蛇に似た魔物の姿が映る。
さらに、艦長の後ろにも魔物が降下してきた。
「許さん!」
同じように爪を突き刺そうとする魔物の攻撃を、振り返ることなく、剣で受けると、そのまま電流を流し込んだ。
「きぃぃ!」
悲鳴を上げて、丸焦げになる魔物。
しかし、その数は多い。
囲まれた艦長の真上を、戦闘機が何もできずに通り過ぎると、ミサイルを蛇に似た魔物に向けて発射した。
着弾したが、蛇に似た魔物にダメージを与えることはできなかった。
しかし、周囲に響く爆発音が、艦長にチャンスを与えた。
腰を落とすと、甲板に膝をつけ、魔物達の足元を狙って、円を描くように剣を振るった。
足を切断され、倒れる魔物を尻目に、新たに甲板に姿を見せた兵士達に叫んだ。
「攻撃を合わせろ!」
蛇に似た魔物に向けて、剣を突き出す艦長に合わせて、兵士達は放出系の魔法に切りかえた。
刀身に宿る魔力が、先に集束し…それを一気に、蛇に似た魔物に向けて、同時に放った。
その攻撃は、口を広げながら接近している蛇に似た魔物に直撃したが、少し身を捩らすだけに終わった。
「何!?」
絶句する艦長達の後ろの海中からも、蛇に似た魔物が浮かび上がってきた。
いや、一匹ではない。
合計、五匹となった。
「ウムム」
艦長は唸り声を上げると、周囲を睨んだ。
「な!」
他の船の守りについていた戦闘機のパイロットも、その様子に絶句した。
「艦長!」
オペレーターから、カードに通信があった。
「心配するな」
艦長はそう言うと、通信を切った。
「ここは落ちんよ」
そして、フッと笑った。
「きぃぃ!」
さらに上空では、飛び回る魔物の数が増え、海中に黒い影も増えていた。
「艦長!」
甲板にいる兵士達が、叫んだ。
「…」
艦長は無言で、目の前の魔物を見上げながら、剣を下ろした。
その行為は、敗けを認めたものではなかった。
「…来た」
にやりと笑った艦長の目に、スライドするように首から真っ二つになる蛇の魔物の様子が映る。
同じような事態は、残りの四匹にも起こった。
血を噴き出しながら、海面に倒れる蛇に似た魔物達が、水飛沫を上げる中…1人の少年が、甲板に着地した。
そして、少年が真っ直ぐに姿勢を正す頃には、他の船を襲っていた魔物達の動きが止まった。
(王だ)
(王だ)
(王だ)
魔物達の思念が、アッシャーに集まる。
(赤の王だ)
その思念からは、戸惑いよりも…圧倒的な恐怖を感じられた。
「やはりな」
艦長は、甲板にどこからか現れた少年を見つめた。
少年の名は、赤星浩一。
防衛軍の切り札であった。
静けさが戻った海上に、戦闘機の音だけが響いていた。
「きええ!」
しかし、それでも甲板に降りていた魔物達が、恐怖から威嚇を始めた。
赤星浩一は、魔物達を見ずに、ただ…甲板に佇んでいた。
その殺気のなさに、下級の魔物達が海中や空中から、赤星浩一の周りに集まってきた。
それでも、赤星浩一が動くことはない。
艦長達を無視して、本能的な恐怖から、赤星浩一だけを攻撃しょうとする魔物達。
「どけ!」
その時、海中から水柱が上がり、その中から現れた魔物が、甲板に着地した。
「貴様らでは、相手にもならん」
その魔物は、他と気品が違った。
青く甲冑のように見える…全身を覆う鱗。濃い紺色の髪の毛に、2つの瞳以外に額に開いた小さな目。
海から出てきたばかりだというのに、全く濡れていない髪を風に靡かせながら、その魔物は赤星浩一に近づいていく。
「お初にお目にかかります」
魔物は、赤星浩一のそばまで来ると、頭を下げてから、名を名乗った。
「我が名は、海の騎士団長!アクアメイト!」
「同じく!」
上空にある太陽から、降ってきたように見えた炎の塊が、2つ…甲板に下り立った。
「炎の騎士団長!ライカ!」
「炎の騎士団!業火!」
女の姿をした2人の魔神が、名乗った後、頭を下げた。
「我ら!天空の女神にして、王!アルテミア様によりつくられた新しい騎士団長!」
アクアメイトの言葉にも、赤星浩一は反応しない。
「赤の王と言われる貴方でも」
「我ら騎士団長が集まれば、恐ろしくはないわ」
ライカと業火の言葉を聞いて、俯いたまま、目だけを向ける赤星浩一。
その瞬間、無意識に後退る2人。
「ば、馬鹿な…」
アクアメイトも、目を見開いた。
目からの殺気だけで、凄まじい魔力を感じたからだ。
「…うぐっ」
甲板上で繰り広げられている駆け引きを見て、艦長は唾を飲んだ。
あまりの緊張感に、艦長だけでなく、兵士も…そして、下級魔物達も動けなくなっていた。
動いて、少しでも空気を震わせた瞬間、殺されるような気がしたからである。
それは、騎士団長達も同じだった。
赤星浩一以外、異様な緊張感が続く甲板に、静寂を切り裂くように、再び上空から…誰かが下りてきた。
それは、天使の翼と…ブロンドの髪を靡かせた女神。
その姿を見た瞬間、甲板にいた魔物達は一斉に、跪いた。
「ビーナス!光臨!」
その姿は、アルテミアに似ていたが違った。
「ご機嫌よう。お父様」
女神は、赤星浩一にだけに微笑んだ。
「まさか、こんなところで、お会いするなんて思いませんでしたわ。お父様」
微笑む女神を見ても、赤星浩一は微動だにしない。
ただ…ゆっくりと目を細めた。
「お父様は、人間の味方と聞いておりますが…だからと言って、見過ごす訳にはいきません!王の娘として」
白い翼をしまうと、女神の姿が変わった。
筋肉が、明らかに増した。
「いきます!」
甲板を蹴るのではなく、圧縮した空気を蹴ると、女神は音速をこえた速さで、拳を突きだした。
空気の壁を破る音がしたと同時に、女神の拳を、赤星浩一が掴んでいた。
「な!」
その動きを見たアクアメイトが、驚きの声を上げた。
「く!」
至近距離で、破裂音を聞いた艦長達は耳を押さえた。
「流石、お父様」
女神だけは驚きを顔に出さずに、笑って見せた。
「…」
赤星は何も答えず、片手で掴んでいる女神の拳を握り締めると、そのまま上空へとほうり投げた。
「え!」
まるでロケットのように、空気の壁を突き破りながら、一瞬で雲の上まで来た女神は、翼を広げて、勢いを止めた。
「え!え!あ、あり得ない」
ここで初めて、女神は本音を口にした。
流れた冷や汗が、凍りついた。
「め、女神である…あ、あたしが!まるで、雑魚のように!」
今度は怒りを露にし、女神は両手を下に向けた。
「空!雷!牙!」
そして、星の鉄槌の体勢に入った。
その様子を、甲板から見上げた魔神達は、焦りの声を上げた。
「ば、馬鹿な!この海域を破壊なさるおつもりか!」
「騎士団!退避!」
雲が金色に輝き、雷鳴が空を覆っていく。
魔王ライの技であり、この星のすべての雷鳴を集めた一撃であった。
「な、何だ…この魔力は」
空を見上げていた兵士達が、膝から崩れ落ちた。
技の威力からいって、退避することは不可能だった。
「テレポートできるものは、近くの島へ退避しろ!」
指示を飛ばしながらも、艦長はどこか安心していた。
無表情で立つ…赤星浩一が、そばにいたからであった。
「は!」
気合いとともに雲の上から放れた雷撃は、あらゆるものを破壊するはずだった。
しかし――。
「な!」
上空から撃った女神も、甲板から離脱した魔神達も、凍りついた。
上空に、人差し指を突き上げた赤星浩一の指先で、空雷牙は止まっていた。
それだけではない。
一瞬で吸収されると、甲板上…いや、この海域に静けさが戻った。
「い、今の攻撃を、指先だけで」
甲板からジャンプして、海に潜る寸前のアクアメイトは、今起こったことが信じられなかった。
「こ、これが…赤の王」
空中に浮かぶライカと業火。
その二人に向けて、赤星浩一はただ、指先を向けた。
「ライカ!業火!」
赤星浩一の行動に気付いたアクアメイトが、叫んだ。
しかし、遅い。
空雷牙を圧縮した光線が指先から放れ、ライカの体を貫いた。
「ぐわっ!」
完全に炎化する間もなく、胸に穴が空いたライカを見ることもなく、赤星浩一が指先を横に動かすと、光は横凪ぎの斬撃になった。
そばにいた業火も、斬り裂かれるはずだった。
突然、ライカと業火の間に、水飛沫が上がり、硬化すると壁となった。
光線は、その壁も簡単に切り裂いたが、コンマ数秒の余裕を、業火に与えた。
一瞬で、テレポートすると、光線の斬撃から逃れることができた。
「ライカ!」
雲の上から、急降下で下りてきた女神が、赤星浩一に襲いかかった為、光線の追撃は魔神達に放たれなかった。
「よくも!ライカを!」
女神の蹴りやパンチを、赤星浩一はほとんど動くことなく、上半身の動きだけでかわす。
「そ、そんなはずが!」
スピードを増した女神の攻撃は、人の目ではとらえることもできない。
それなのに、当たらない。
「くそ!」
女神の攻撃のスピードが、落ちた。
それは、力を込めた一撃を放つ為であったが、一瞬の隙を見逃す赤星浩一ではなかった。
前に突きだすように、ノーモーションで真っ直ぐに出された蹴りが、女神の腹に叩き込まれた。
その蹴りは、カウンターのようになり、女神を吹っ飛ばした。
甲板上から、海中へと落ちた女神。
凄まじい水飛沫が上がった。
「やったか…」
あまりの迫力に、赤星浩一から距離を取った艦長が、少し気を抜きかけた瞬間、後ろから、新たな水飛沫が上がった。
「な、なめるな!」
青い髪を靡かせた女神が、水飛沫の中から飛び出して来た。
そして、両手から、氷柱を放つ。
それを、赤星浩一が炎で蒸発させると、今度は女神の髪が、赤色になった。
炎を纏うと、一瞬で間合いをつめ、鞭のように足をしならせ、蹴りを放つ。
赤星浩一は、蹴りを人差し指で止めた。
「ば、化け物か!」
あらゆる攻撃が通用しない赤星浩一に、思わず女神の本音が出た。
そんな女神の蹴りを受け止めながら、赤星浩一は初めて言葉を呟いた。
「茶番だな…」
虚しそうに顔を伏せたこととは、裏腹に…赤星浩一の魔力が一気に上がっていく。
「!」
膨大な魔力を感じ、女神は目を見開いた。
「させん!」
誰も近付くことができない二人の間合いに、赤星浩一でさえ気付かずに、入ることができたものがいた。
「カイオウ!」
女神が、驚きの声を上げた。
「フン!」
カイオウは、手に持っていた日本刀に似た剣を赤星浩一と女神の間に振るった。
「!」
反射的に、後ろに下がった赤星浩一が、身構えた時には、甲板からカイオウと女神の姿は消えていた。
「…」
気を探ってみると、海中を猛スピードで泳ぐカイオウと女神を発見したが、追いかける気にはならなかった。
ただしばらく、海面の白い波を、赤星浩一は見つめ続けた。
「な、何だ!今の気は!」
アルテミアと融合している俺は、沖縄地区にいた。
赤星浩一と女神達とは、結構離れていたが、それでも力を感じることはできた。
「空雷牙…。この威力は、赤星じゃないな。エミナの攻撃か」
四国の方を見つめながら、海岸線に立つアルテミアは、気を探っていた。
「エミナ?」
その名を、聞いたことがなかった。
しかし、アルテミアはしゅれっと言い放った。
「あたし達の娘だよ」
しばらくの間の後、俺は言った。
「はあ?」
寝耳に水だった。
「昔、言っただろ!い、いろいろあってできたって…」
アルテミアは、口を尖らせた。
「いろいろ…あったことがないぞ!」
俺の反論に、アルテミアはキレた。
「いろいろあったら、恥ずかしいわ!!」
その迫力に、俺はこれ以上訊けなくなった。
「エ、エミナは〜三人の女神の力を使える、最強の女神」
アルテミアは、胸を張った。
しかし、次の瞬間、そのまま凍りついた。
「な、何だ!今の魔力は!」
「お、俺か…」
そのレベルは、分身である俺にとっても、予想外であった。
「つ、強くなっている!」
別れている間に、本体のレベルが上がっていた。
「あ、赤星!」
アルテミアは、唇を噛み締めた。
今まで、滅多に出したことのない全力の力…いや、恐らくは、これまでにない力を感じ、アルテミアは赤星浩一の本気を知った。
そして、その意味を、分身である俺は、わかっていた。
(本気で、殺せ!そして、人質になっている人々を救って欲しい)
俺は、自分自身の思いに、顔をしかめた。
「どうなることかと、思いましたよ」
艦長は、甲板上で立ち尽くす赤星浩一に近付きながら、言った。
「この艦が破壊されていたら…中にいる人々が亡くなっていましたから」
空母の下には、人質である民衆の一部が、クルーの名目で捕らわれていた。
「まぁ〜あなたがいれば、問題はありませんけど」
と言った後、笑う艦長を見ることなく、赤星浩一は足下を見下ろした。
その下にある沢山の守るべき、命を見守るように。