月影の名のもとで
九鬼が突きだした乙女ケースから、目映い光が放たれた。
そして、眼鏡がかかると、乙女ブラックへと変身させた。
いや、違う。
「フン!」
黒のボディが光輝くシルバーのボディに変わった。そのまま、ジャンプすると、腰を捻った。
「ルナティックキック!」
乙女シルバーの蹴りが、軍人達を蹴散らそうとした瞬間突然、空中で苦しみ出した。
「馬鹿目!」
美和子は笑った。
ジャンプした場所から、数センチ前に着地した乙女シルバーは、膝を地面につけて身を捩り出した。
「月影達が使用する力は、ムーンエナジー!つまり、月の光により、闇を消す力!しかし、今は!」
美和子の頭上にいる月は、黒く染まっていた。
「闇に侵食され、光など放たぬわ!」
美和子は嬉しそうに笑うと、銃口を乙女シルバーの額に向けた。
「よお〜く考えたら、月影の力さえ奪ったら、あなたはいらないのよね。あたしが、乙女ブラックになればいいのよ」
美和子は、引き金に指をかけた。
地面に片手をつき、苦しむ乙女シルバーの色が再び、黒く染まっていく。
いや、黒よりも黒い…闇の色に。
「いい気味」
美和子は唇の端を吊り上げ、一歩乙女シルバーに近付き、銃口を突き付けると、躊躇うことなく引き金を弾いた。
実世界と違い、魔力が込められた弾は、乙女ブラックの額に至近距離で、炸裂したはずだった。
いや、実際に炸裂したのだが…乙女シルバーに当たると同時に、消滅した。
「え?」
驚く美和子の目の前で、ゆっくりと立ち上がる乙女シルバー。
「ば、馬鹿な…」
美和子は慌てて、後ろに下がると、取り囲む軍人達に命じた。
「撃て!」
四方八方から一斉に放たれた銃弾は、すべて…乙女シルバーの表面で消滅した。
「や、闇に…侵されたのか?」
銃声が止み、静かに佇む乙女シルバーを見た時、誰もが闇に侵食されたと思っていた。
「と、捕らえよ!拘束し、学者達に分析させろ!」
美和子の言葉に、軍人達は魔力を込めたロープを取りだすと、乙女シルバーに向けて投げた。
しかし、ロープは…乙女シルバーを拘束することはできなかった。
「な!」
今度は消滅させられたのではなく、すべて…手の甲で弾かれた。
「…例え、闇に包まれようが…あたしを覆うことはできない!」
九鬼は顔を上げると、美和子を睨んだ。
「や、闇に落ちていない!」
たじろぐ美和子と違い、軍人達は今度は、剣を抜いた。
剣先を真っ直ぐ、乙女シルバーに向け、特攻の構えに入った。
その様子を冷静に見つめながら、九鬼は言った。
「あたしは、闇の中で生まれ…育った」
「う!」
「く!」
「な!」
九鬼が話している間に、すべての軍人の手から剣が落ちた。
次の瞬間、軍人達の手の甲が、真っ赤に腫れ上がっていた。
「み、見えなかった」
目の前まで来た九鬼の動きを、美和子…いや、その場にいたものは、誰も目視できなかった。
「それに、月影は!月の光によってできた影!闇になどに、侵されることはない!」
九鬼はジャンプし、蹴りの体勢に入る。
「ヒィ」
軽く悲鳴を上げた美和子の目に、空中で舞う九鬼の姿が映る。
「ほお〜」
金縛りにあったように動けない美和子の耳許で、感心したような声が聞こえた。
「闇を纏う戦士か!」
次の瞬間、美和子は首根っこを掴まれると、後ろにほり投げられた。
「!?」
空中で、右足を突きだした九鬼の目に、金髪の男がにやりと笑いながら、見上げている姿が映った。
(誰だ?)
考える暇もなく、左右から九鬼目掛けてジャンプしてきたものがいた。
金髪の男の前にも、何かが立った。
「チッ」
九鬼は舌打ちすると、蹴りを止めて、真下に落下することにした。
闇に侵食された体が輝き、スピードを増すと、地面に着地した。
その真上では、飛びかかってきたもの同士が、ぶつかっていた。
九鬼は上を見ることなく、土を蹴った。
「速い!」
その動きを見て、金髪の男は目を見開いた。
「どけ!」
美和子に用がある九鬼は、2人を蹴散らそうとしたが、金髪の前にいたものが盾となって、立ち塞がった。
(土偶!?)
九鬼は、そのものを真っ直ぐ見た瞬間、縄文時代の土偶が頭に浮かんだ。
「クッ!」
九鬼の渾身の拳が、土偶に突き刺さった。
次の瞬間、土偶は砕け散った。
「!?」
九鬼はあまりの感触のなさに、砕けた土偶を見て、絶句した。
中身がなかっのだ。
「驚くことはない」
金髪の男は、砕けて破片となった土偶の前に出た。
そして、九鬼を見据えると、こう言った。
「こいつらは、元々中身がない」
「!?」
九鬼の目の前で砕けた破片は、地面に落ちることなく、空中で回り出すと、金髪の男の周りに付着し出した。
「こいつは、鎧さ。生きたね」
金髪の男の体を、黄緑の鎧が包んだ。
「な!」
九鬼は構えた。
「こいつの名は、ディオネ。自然の鎧だ。そして、君の後ろにいるのが、水の鎧タイタン。火の鎧エンケラドゥス」
空中で、激突した青と赤の鎧を、背中で感じながら、九鬼は金髪の男を睨んだ。
「生きた鎧か」
「そうだ」
金髪の男は、顔の表情を引き締めると、軍人達が落とした剣を手に取った。
「君の鎧…そして、オウパーツと違い、こいつは人を守る為につくられた鎧」
そして、剣先を九鬼に向けた。
「月影。報告は聞いている。しかし、その通りかな?」
「確かめてみろ」
九鬼は、右手を突きだし、指で手招きました。
その瞬間を狙っていたように、後ろから襲いかかろうとするタイタンとエンケラドゥスに、金髪の男が告げた。
「邪魔するな」
その言葉を聞いた鎧の動きが、止まる。
「フッ」
九鬼は笑った。
「我が名は、レーン。防衛軍の大佐だ」
レーンの言葉に、九鬼は構え直す。
「月影!九鬼真弓!」
「フッ」
互いに笑うと、攻撃体勢に入った。
「参る!」
「参る!」
2人は同時に、動いた。
「フン!」
レーンの突きからの横凪の斬撃を、ジャンプで交わした九鬼は、右足を空中で突きだした。
「ルナティックキック零式!」
九鬼の蹴りが、レーンの左肩にヒットした。
「やはりな」
蹴りを喰らったレーンは、フッと笑うと、手首を返し、剣の柄を九鬼の脇腹に叩き込んだ。
「!?」
大したダメージを受けなかったが、蹴りの体勢でバランスを崩した九鬼は、真横に倒れると、回転し、地面に着地した。
「チッ」
舌打ちすると、蹴りが決まった肩口を確認し、再び構え直した。
「噂通りの甘ちゃんだな」
レーンは剣を下ろすと、顎で九鬼の向こうに控えているタイタンとエンケラドゥスに命じた。
動きを止めていた二体は一斉に、九鬼の後ろから攻撃を仕掛けて来た。
「は!」
九鬼は振り向き様の回し蹴りを、二体に叩き込んだ。
右足がうねりを上げると、オウパーツの特性により、砂になる二体。
「人が中にいれば…オウパーツの力を使わないか」
レーンは倒れている兵士から、もう一本剣を拾うと、左右に腕を広げた。
「!?」
レーンに向かって構えようとした九鬼は、砂を化した二体の鎧の残骸が、いきなり舞い上がり…一瞬で元に戻ったことに驚いた。
「オウパーツは、近付く者をすべて原子レベルで破壊し、すべてを砂に返す…神の鎧。ならば!」
レーンはゆっくりと、左右の腕を動かすと、胸元で剣先をクロスさせた。
「元から砂になることを前提して、作ればいい。こいつらは、こうして生まれた。オウパーツに対抗する為にな!」
レーンはクロスしていた剣先を、同じタイミングで、高速で引いた。
剣先に火花が走ると、レーンの姿が消えた。
「チッ!」
九鬼は身を捩ると、オウパーツがついた右足を虚空に叩きつけた。
その攻撃を、左手にある剣で受け止めたレーン。一瞬で、間合いをつめていた。
「やるな!」
レーンは笑うと、九鬼に体を密着させた。
「しかし!密着した体勢から、蹴りは出せまいて!」
それから、右手の剣を回転させると、背中から突きさそうとした。
「終わりだ!」
しかし、背中に突き刺したはずの剣先は、自らの鎧に当たっていた。
「な!」
九鬼の体が、消えていたのだ。
「月影…」
上から声がした為に、顔を上げたレーンの目に、落下してくる九鬼の踵が映った。
「キック!」
避ける暇はなかった。
レーンの体に突き刺さった蹴りは、鎧を破壊した。
そして、蹴りの威力で、後方にぶっ飛ぶレーン。
「ば、馬鹿な…」
地面を背中で削りながら、レーンは唖然としていた。
「よ、鎧がなければ…死んでいた」
「…」
九鬼は眼鏡を外すと、レーンに背を向けて歩き出そうとした。
「待て」
胸元を押さえながら、レーンは立ち上がると、九鬼の背中を睨んだ。
「変身を解くとは…余裕だな」
よろけながらも、レーンが歩き出すと、再び鎧が身を包んだ。
「何度でも、鎧は復活する!」
「うわああ!」
「ぎゃあ!」
突然、倒れていた2人の兵士から、悲鳴が上がった。
すると、白目を剥いたまま立ち上がり…その身を鎧が包んだ。
「もう一度!粉々にするがいい!しかしな!」
レーンは震える手で掴んだ剣を、九鬼に向けた。
「中にいる人間は、復活できない!」
そして、突きの構えで突進してきた。
少し遅れて、二体の鎧も向かってきた。
「く!」
三方からの攻撃に、九鬼は顔をしかめた。
再び月影になる余裕がなかった。
それほど、レーン達は速かった。
ギリギリのタイミングで、かわすしかない。
九鬼は、覚悟を決めた。
「まったく〜相変わらず、甘ちゃんね」
レーン達よりも速い影が、九鬼の間合いに一瞬で入ってきた。
「え」
驚く九鬼に、飛び込んできた影は言った。
「後ろ!」
「!?」
反射的に、九鬼は後ろから向かってくる二体の足下に、蹴りを入れた。
バランスを崩した二体に、間髪を入れずに投げ技に入る九鬼。
空気投げとも言われる技に、二体は背中から地面に激突した。
「お、お前は!」
後ろから聞こえたレーンの驚きの声に、九鬼は慌てて振り返った。
その瞬間、九鬼の目に飛び込んできたのは、懐かしい背中であった。
「ど、どうして…お前がいる!」
レーンは叫んだ。
九鬼に突き刺すはずだった剣先を、指で摘まんで止めたのは、女子高生であった。
しかし、ただの女子高生ではなかった。
レーンは、押し込もうとしてもびくともしない剣に、歯軋りした。
「あ、あなたは!」
九鬼は、その女子高生の正体がわかった。
「カレン」
「カレン・アートウッド!」
2人が同時に、名前を呼んだ。
伝説のティアナ・アートウッドの姪にして、ジャスティン・ゲイの愛弟子。
その強さは、人類の中でも最強の部類に入り…魔神とも互角と言われていた。
「真弓…」
カレンは振り返ることなく、九鬼に話しかけた。
「あんたに頼みがある」
「え」
驚く九鬼。
「お、お前達!」
レーンは動かない剣を離すと、どこからか再び新たな剣を取り出し、カレンに襲いかかった。
「私を無視して、話すな!」
「じゃあ…」
カレンは指先に挟んだ剣を捨てると、一本前に踏み込んだ。
その瞬間、踏み込んだ足に力を込めると、手の甲を鎧の表面に叩き込んだ。
「黙っていろ」
「な…」
叩き込んだ手を中心にして、渦のような波紋が広がると、レーンはその場で崩れ落ちた。
「別に…中身だけにダメージを与える方法はあるさ。オウパーツのように触れないなら、無理だかな」
カレンは倒れたレーンに一瞥をくれると、振り向いた。
「!」
その目に起き上がった二体の鎧の姿が、映った。
「成る程…。しかし」
九鬼は飛んだ。
「こいつらは、違うな?」
「ああ」
頷いたカレンの膝が、タイタンの鎧に突き刺さり、九鬼の蹴りがエンケラドゥスに突き刺さった。
また粉々になった鎧の中から、軍人達が出てくると、前のめりに倒れた。
「真弓…」
戦いの余韻に浸る暇もなく、カレンが話し出した。
「お前が、帰ってくるのを待っていた。この世界は、富国強兵の名のもとに、すべての民間人が、軍人になるべく徴兵された」
「え」
「いや、すべてではないな」
カレンは振り返ると、倒れているレーンに目をやり、
「ブルーアイズ(青い目)以外の人間は、兵士として戦うことを義務付けされた」
唇を噛み締めた。
「…」
九鬼は無言で、目を見開いた。
「やつらの理想郷の為にな!」
カレンは、レーンを睨み付けた後、九鬼に目をやり、
「そんなふざけたことを辞めさすには、やつらに捕まっているジャスティン・ゲイを解放しなければいけない。それに!やつらは、カードシステムを乗っ取り…人々のライフラインも握っている」
カレンは歩き出した。
九鬼も続く。
「あたし1人では限界がある。だけど、真弓となら…まだ可能性がある」
カレンは前方を睨みながら、歩き続けた。
「何があったの?もっと詳しく教えてほしい」
「歩きながら、説明する」
2人は、大月学園を後にした。
「フッ」
2人が去った後、倒れていたレーンは平然と立ち上がった。
「まずは、予定通り」
レーンは鎧を外すと、身軽になった。
一応、全身のダメージを確認した後、九鬼達とは反対方向に歩き出した。
「しかし…それでも、どうなるのか…」
三体の鎧は自ら砂になると、レーンの体に巻き付き…数秒後、純白のコートになった。
「!?」
正門に向かって歩いている途中で、岩と岩の間から生えている花を見つけた。
その名も知らぬ花に、レーンは微笑んだ。
「花は…どれも美しい」
それだけ言うと、倒れている兵士を残して、大月学園から消えた。
「そして、君もな」
レーンは、どこからかカードを取り出した。
「ユキナ。今から帰るよ」