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天使編 レダ

その場で崩れ落ち、止まらない涙を流し続ける開八神茉莉を見て、真田は敗北を知った。


「また…終わったな」


破壊された菱田の屋敷から、茉莉の豪邸が見えた。


「しかし…」


真田は目を細め、


「神の力は失っても…金と権力は残った」


事実を頭の中で確認すると、膝を折り、茉莉の横で跪いた。


「お嬢様」


「うううう…」


茉莉は、泣くことを止めない。


それでも、真田は言葉を続けた。


「例え、神でなくなりましても、お嬢様が特別な存在であることに変わりはございません。それからは、人の頂点として」

「太陽様が、死んでしまわれたわ!」


突然の叫びに、真田は目を見張った。


「太陽様が、亡くなられた。あの方はもうこの世にいらっしゃらない!」


茉莉の言葉に、真田は彼女の変化を知った。


太陽のバンパイアとして生まれ、人間など食料としか思っていなかった茉莉。


それ故に、彼女は…数万人を殺しても、食事程度にしか思わなかった。


世界を壊し、滅ぼし、新しい世界を創るということに関しても、大した感情はなかったはずである。


その茉莉が、綾瀬太陽を亡くしただけで悲しんでいる。


自分が、神の力を失ったことよりも…。


「お嬢様…」


再び泣き出した茉莉を見て、真田は長年仕えてきて、初めて気付いた。


彼女は、孤独だったのだと。


「お嬢様…申し訳ございません」


真田は深々と、頭を下げた。


そして、茉莉が泣き終わるまで、そばで控えることに決めた。







「アルテミア様!」


アルテミアの気配が消えたことに気付いたサラは、半壊した屋敷の屋根に立つと、空を見上げたまま、テレポートした。


「何かあったのか?」


屋敷内の空気が変わったことを、敏感にサーシャは感じ取っていた。


「どうやら…舞台が変わったようね」


リンネは肩をすくめると、ゆっくりと歩き出した。


「リンネ様」


九鬼真弓と対峙していた刈谷は、リンネが横を通り過ぎると、構えを解き、後ろに続いた。


「!?」


場の空気を感じ取っていた九鬼も、刈谷が離れると、緊張を解いた。


「待て!」


サーシャは振り返ると、遠ざかるリンネの背中に向かって叫んだ。


「どうなったんだ!」


「この世界は、救われたのよ」


リンネ達は、最後にそれだけ言うと、その場から消えた。


「救われたのか?」


サーシャが緊張を解くと、頭の中でロバートの声がした。


(舞台が変わった。恐らくブルーワールドに移ったのだろうな)


「!」


眉を寄せるサーシャに、ロバートは言った。


(この世界の首謀者は、死んだか…力を失った。一応は危機が去ったということだ)


「チッ」


サーシャは舌打ちすると、走りだそうとした。


(待て!)


ロバートは止めた。


(俺達が、肉体を持っていられるのは、この世界だけだ。ブルーワールドには戻れない)


「だけど!あたし達は、何もしていない!」


(サーシャ)


「赤星君に、何も返していない!」


サーシャの言葉に、近くにいた九鬼が訊いた。


「みんな…ブルーワールドに戻ったのですか?」


空を見上げ、置いてきぼりにされた子供のように悲しげな目をする九鬼に気付き、サーシャはじっと見つめた。


「この世界の危険が去ったならば、向こうの世界に行きたい。みんなを守る為に!」


ぎゅっと握り締めた拳に、サーシャはフッと笑うと、九鬼に話しかけた。


「君ならできるよ」


サーシャは装備していたドラゴンキラーを、九鬼の足下に投げた。


地面に突き刺さったドラゴンキラーに、九鬼は少し驚いてしまった。


「あたし達は、死人。もうこれ以上進めない。だから、君に託そう。これからの人間の未来を」


サーシャは、九鬼に向かって微笑んだ。


(サーシャ…)


ロバートは、2人の戦いの終焉を感じていた。


禁呪を使い、サーシャの魂をこの世に留まらせ、2人で戦い続けた日々もあった。


(悔いはある。しかし…)


ロバートはフッと笑うと、考えるのをやめた。


それとほぼ同時…サーシャの体が崩れ始めた。


後継者を見つけたことで、安堵したのであった。


「ああ…」


九鬼は手を伸ばしたが、もう触れることはできなかった。


ただの砂と化したサーシャだったものを見下ろし、九鬼は肩を落とした。


「結局…何だったんだ」


詳しい全貌が、わからないまま…戦いの幕は下りた。







「結局…」


その戦いの終わりを感じているものが、もう1人いた。


「何だったんでしょうか」


赤星家から出た麗菜こと明菜は、ドアに向かって頭を下げた。


この辺りにかけた催眠術は、もうすぐ解ける。


浩一の母親も、夢から覚めるであろう。


頭を上げると、明菜はある方向に顔を向けた。


建物が密接している為に見えないが、明菜の実家があった。


異世界で死んだ明菜は、この世界では、行方不明となっていた。


「…」


明菜は、実家の方にも頭を下げると、反対方向に歩き出した。


今更、顔をだすつもりはなかった。


自分達は、死んだのだからだ。


もう未練はなかった。確かにブルーワールドのことは気になるが、そこには浩一がいる。


(こうちゃん…)


明菜は自然と微笑むと、覚悟を決めた。


終わる覚悟だ。


「先輩…」


明菜は、真っ直ぐに前を向きながら、美奈子に訊いた。


「ここと向こうの絆を斬らなくて、よかったんですかね?」


(そうだな…)


頭の中で、美奈子の声が響いた。


少し悩んでいるようだ。


数十秒後、美奈子は言った。


(やはり…あたし達は死人だ。生きているやつらの世界をおかしていけない。だけどな!)


明菜から、美奈子へと姿が代わった。


「残さなければならないものもある!」


美奈子は前方を睨むと、テレポートした。






「麗菜ちゃん」


赤星家の玄関から、母親が出てきた。


「どこに行ったのかしら?」


そして、歩道に出た瞬間、催眠術は解けた。


「あ、あたし」


周りをキョロキョロ見回してから、家の中へと戻った。


「何をしに…出たのかしら?」


母親はドアを閉めながら、首を捻った。


その数秒後、母親はさらに驚くことになる。


自分が準備している食事の量の多さに。







「終わったのか?」


何の変化も訪れない静かな校内に、高坂達…学園情報部は集結していた。


綾瀬太陽と九鬼の動きを見て、何かが起こったことは事実だった。


「そのようです」


「!?」


突然、後ろから声がした為、高坂達が振り返ると、そこに相原理香子と中島がいた。


「この世界の神が、力を失いました。残念なことに…」


睫毛を落とす理香子を見て、高坂は視線を外して、口を開いた。


「神ってやつは、必要なんですか?」


「え」


思いがけない高坂の言葉に、理香子は顔を上げた。


そばにいた中小路緑や、犬上輝も思わず、高坂の顔を見た。


「この世界に、神はいらないんじゃないかと思っただけです。人間が支配し、人間の天敵の数が少ない世界で…人間に対しての神はいりますか?神は、弱者が救いを求める存在。だとしたら、人間にはいらない。神がいるのは、その下の動物達」


高坂は、真上にある満月を見上げ、


「それに、神はいるとしたら1人のはず。それなのに、乱雑に神は増えている。お布施や寄付という名の金を生んでね。俺には、神と言われるものが、垢まみれに見える」


顔をしかめた。


そんな高坂に、理香子は微笑んだ。


「あなたは、純粋なのですね」


「え」


思いがけない理香子の言葉に、高坂は思わず彼女の顔を見た。


理香子は月を見上げ、


「もし神がいなくても、人間は神を。幻の存在でも、神は神。なくなることはありません。だけど、神がこの世界を潰してはいけないのです。あくまでも、何の干渉もせずに、ただ存在することが神なのです」


そこまで言うと、自嘲気味に笑い、


「今回のことで、転生する前の自分の子孫は、力を失ったようです。もう何もできないでしょう」


ゆっくりと顎を引くと、そっと目を閉じた。


「その言い方…。あんた、首謀者を知っていたな」


高坂は、理香子を睨んだ。


「!」


高坂の指摘に、息を飲む理香子。


「あ〜あっ!」


高坂は頭をかくと、学生服のポケットに突っ込んでいた乙女ケースを理香子に向けて投げた。


「借りていた力を返す」


「部長!」


乙女ケースを返した高坂の行動に、緑は驚き、声を発した。


「おそらく…この世界じゃあまり使えないはずだ。あんたにとっては、この世界のものはどんなものでも、大切なはずだ。例え…人に危害をくわえる存在でもな」


高坂は、部室に戻る為に歩き出した。


「部長!」


慌てて、緑と輝が後を追った。


「…」


そんな三人を、無言で見送る理香子の後ろから、結城里奈達…乙女戦隊月影のメンバーが駆け寄ってきた。


「理香子!」


「丁度よかったわ」


理香子は振り返る前に、笑顔を作った。


「相原…」


隣に立つ中島は、心配そうな顔を向けた。


「里奈…みんな…」


理香子はここで、一呼吸置くと、真剣にこう言った。


「月影の力を返して貰います」






「部長!どうして返したんですか!」


緑の言葉に、輝は頷いた。


「そ、そうですよ!」


「やれやれ」


体育館の裏に回り、理香子の姿が見えなくなってから、高坂はこたえた。


「この世界に来てから、あの力は…敵に操られたことがあった。恐らく…月の女神の親族には通用しない」


「だ、だけど…今さっきの話では、力を失ったと」


輝の言葉を、高坂は一瞥して目で止めた。


「で、ですけど」


月影に変身し、操られた経験を持つ緑は口ごもった。


「何にしてもだ。危険なものに頼ることはできない」


「ですが!」


「くどいな。平和を守る俺達が、敵にまわることは許されない。月影の力なくても、守り抜いて見せる」


「どうかしらね?」


突然、前から声がした為、高坂は足を止めた。


そこには立っていたのは、少しだけ足下が崩れ始めた美奈子だった。


「力は、必要よ」


美奈子は三人を見つめ、


「大事なものを守れなかったら、一生後悔することになる。だから」


自分に銃口を向けながら、自らの力を高坂に差し出した。


「あなたは!」


高坂は、美奈子の体から零れ落ちる砂を確認すると、頭をフル回転させた。


茉莉について、レダに会いに行った時…同伴したサーシャの腕も、攻撃を受けて砂に変わった。


彼女達に何かしらの接点があるとしたら…。


悩む高坂に、美奈子は言った。


「時間がない。あたしの女神の力を渡せるチャンスは、今だけだ」


「し、しかし…」


高坂は躊躇っていた。


アルテミアのコピー人形と戦った時に共闘したが、美奈子のことを知らなすぎた。


「ありがとうございます!」


そんな中、躊躇うことなく、輝は美奈子の銃を貰う為に、前に出た。


「ひ、輝!」


緑が慌てて、後ろから輝の首根っこを掴んだ。


「フッ」


美奈子は笑うと、2人のそばを通りすぎ、高坂の前に立った。


「あたしは昔、演劇部の部長をしていてな。少しくらいは、人を見る目があると思う」


美奈子は、装飾銃を高坂に差し出し、微笑んだ。


「貰ってくれ。君の為ではなく、守るべき人々の為に」


それが、美奈子の最後の言葉になった。


「!?」


一瞬で砂と化すと、高坂の足下に崩れ落ちた。


そして、高坂の手には、13の銃口がついた白い装飾銃が残っていた。


「守るべき…人々の為に」


高坂は、掴んでしまった銃に目を落とした。


「砂の世界」


突然、前から声がした為、高坂は思わず顔を上げた。


「さやか…」


そこにいたのは、如月さやかだった。


さやかは、砂の前でしゃがむと、手で砂をすくった。


「噂で聞いたことがあったの。死んだ後、この世に未練を持ったものがたどり着く世界」


「砂の…世界?だったら、彼女達は」


「あくまでも、噂よ。死んでからの世界なんて、誰も知らないから」


さやかは、更々と指の間から零れ落ちる砂を見つめながら、笑った。


「…」


高坂は風に乗り、少しずつ消えていく砂をしばし眺めてしまった。


「その力、どうするの?」


さやかは、砂がなくなると、立ち上がった。


「あ、ああ…」


高坂は、手にある銃を目で確認した後、 目線を横にそらし、


「勿論…人々の…」


思いを口にしょうとした。


「一つ質問」


しかし、高坂の言葉は、さやかによって遮られた。


さやかは一歩、高坂に近付くと、目を見つめながら訊いた。


「守るべき世界は、どっち?今いるところか…それとも、ブルーワールドなの」


「そ、それは」


高坂は、たじろいでしまった。


高坂は、兄である幾多を追ってブルーワールドに向かった。


世界の壁を越えた障害で、記憶を失っていた。


今の自分を形成するアイデンティティは、ブルーワールドの二年間である。


当初の目的も忘れていたが、今は少しずつ思い出していた。


しかし、それでも…今現在は、幾多を探すことよりも、人々を守りたいと思っていた。


そんな高坂の思いは、揺らぐことになる。


さやかがどこからか、茶色の封筒を取り出し、それを高坂に渡したからだ。


「はい」


「何だ?」


「読めば分かるわ」


「?」


高坂は首を傾げながら、封筒を開けた。


そして、中の手紙を読む前に…文面を見て、手を震わせた。


「こ、これは…」


「さっき会ったのよ。いえ…会ったというより、会わされたのよ。あなたのお兄さんにね」


「や、やつは!」


高坂は、手紙を握り締めると、さやかを睨んだ。


「来ているのか!この世界に!いるのか!」


高坂は叫びながら、走り出した。


すぐに、さやかを追い越すと、そのままあてもなく走り去りそうな高坂を、今度はさやかが声を張り上げて止めた。


「無駄よ!彼なら、ブルーワールドに戻ったわ」


さやかは目をつぶってから、言葉を続けた。


「助かったこの世界には、用がないらしいわ」







数分前。さやかを前にして、幾多流は自嘲気味に笑うと、伝えてほしい言葉だけを話した。


「僕は、異世界に戻るよ。この世界は、一応救われたみたいだからね。その代わり…すべての災厄が向こうの世界に、移動した」


そこまで言うと、幾多は唐突に話を中断し、さやかに背を向けた。


「あ、あのお」


さやかはすぐに、幾多の背中に声をかけた。


噂に聞く連続殺人犯としての殺気も、狂気も…感じることはなかった。


それは、そうであろう。


幾多流が捕まらない要因の一つに、そこがあった。


普段の彼の笑顔は、無垢であり…仕草や態度に迷いがなかった。


ブルーワールドで生まれたさやかにとって、殺人者とはある種…滅多にいない特殊存在であった。


魔物という圧倒的な捕食者がいる為に、殺人事件は少なかった。


決闘での命のやり取りは、あるが…ブルーワールドで殺人事件と言われるのは、見殺しが多かった。


仲間を置いて逃げるや、自分が狙われていたのを、相手にすり替えることなどを指した。


しかし、自らの命も危険だった場合、逃げるのは仕方がないと、最近はブルーワールドでもあまり裁かなくなっていた。


「何?」


屈託のない笑顔で振り向かれた瞬間、さやかは言葉を失った。


数秒待った後、幾多は頭を下げると、再び前を向き歩き出した。







「あいつが!」


高坂は、銃を握り締めた。


「いた!だけど、ブルーワールドに戻った」


高坂の震えは、全身にも及び…感情をセーブできていなかった。


「お、俺も!ブルーワールドに戻るぞ」


高坂は、新たな誓いを立てた。


「部長!」


「ゲッ!さやか」


緑と輝が、2人に駆け寄ってきた。


なのに自分を見て、足を止めた輝を、空気を変える為、さやかは捕まえ、首を締めた。


「如月先輩だろうが!」


そんな中、緑は高坂のいつもと違う雰囲気を感じで、近寄るのを止めた。


「部長…」


小刻みに震える高坂の後ろ姿を、見つめることしかできなかった。



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