愛撫
屋敷内にテレポートした俺は…まるで導かれるように、ある部屋に来て、仰天していた。
「ここは?」
まるで、球場のように広い部屋の中に、無数のアルテミアがいた。
「残念だけど…逃げれないよ」
俺の後ろに、光一がテレポートしてきた。
「ここは…僕の懺悔の場所」
光一が姿を見せると、部屋にいたアルテミア達が一斉に跪いた。
「僕はかつて、この人形達に似たある者に、心を奪われた。この見た目にね」
光一は、俺の横を通り過ぎると、爪先でアルテミアの1人の顎を突き上げた。
「だが…見慣れると、大したことはない」
そして、アルテミアの顔に唾をかけた。
「き、貴様!」
本人ではないとはいえ、アルテミアにそっくりな相手に、そんなことをされると許せない。
怒りを露にした俺を見て、光一は両手を広げた。
「今、欲しいのは君だ。君と結ばれることで、俺は…」
光一の口調が変わる。
「王になれる!」
「ふざけるな!」
俺は、魔力を発動させた。
しかし、その凄まじさを間近で感じても、光一は表情一つ変えない。
「誰が、お前なんかと!」
俺は、光一に飛びかかろうとした。
その瞬間、跪いていたアルテミア達が、一斉に立ち上がり、雷鳴を轟かせた。
「!?」
雷撃が、直撃する寸前、俺の体を炎の羽が包んだ。
「フレア!」
しかし、雷撃の数が凄い。
炎の羽は、すぐにボロボロになった。
「フン」
雷撃に包まれた俺を見て、光一は鼻で笑った。
「うおおおっ!」
しかし、次の瞬間、雷撃の壁を突き破った俺の拳が、光一の顔面を狙った。
「おしい」
光一は片手で、俺の拳を受け止めると、そのまま空中にほり投げた。
「な!」
絶句する俺が空中に舞うと同時に、アルテミア達が一斉に翼を広げて、飛び上がった。
「くそ!」
歯を食い縛った俺の背中に、炎の羽が生え、空中を疾走する。
それを追いかけるアルテミアの大群。
部屋と呼ぶには、広すぎる空間で、空中戦が始まった。
「炎の騎士団長!リンネ」
サーシャの叫びを聞いて、九鬼は絶句した。
「騎士団長!?」
「今は…廃業中よ」
リンネは、にこっと笑って見せた。
「クッ!」
サーシャはドラゴンキラーの刀身を、地面と水平にした。
リンネを倒すには、体のどこかにある豆粒程のコアを貫かなければならない。
それは、簡単なことではなかった。
今は、皮膚の表面温度を人間と変わらなくしているが、貫いた瞬間、灼熱のマグマが剣を焼き尽くす。
コアの固さも半端なく、核兵器の直撃にも耐えると言われていた。
サーシャは、ドラゴンキラーの切っ先に、すべての気を集中させ、神速を持って貫くしかないと思っていた。
「騎士団長!?」
サーシャの言葉に、九鬼は唇を噛み締めながら、刈谷の肩越しにリンネを睨んだ。
「おいおい…」
刈谷は、そんな九鬼を見て、ため息をついた。
「リンネ様を意識する前に、目の前に集中しな!」
「!?」
見えない拳が、九鬼の鼻先を通過した。
軽い火傷をおった鼻に気付き、九鬼は我に返ると、回し蹴りを繰り出した。
「炎の魔神に蹴りは!」
刈谷は片手で、蹴りを受け止めようとした。
その瞬間、蹴りは軌道を変えて、真っ直ぐに突き出された。
「ほお」
顎の先で、止まった蹴りを見て、刈谷は笑った。
「フン」
九鬼は足を下ろすと、後方にジャンプして、乙女ケースを突きだした。
「そうちゃ」
「やれやれだわ…」
九鬼の言葉は、肩をすくめたリンネのため息によって、かき消された。
「別に…戦いに来た訳じゃないのよ」
リンネは、飛び込むタイミングを計っているサーシャに微笑んだ後、刈谷の背中に目をやった。
次の瞬間、刈谷は振り向くと、その場で跪いた。
「!?」
乙女ケースを突きだしたまま、固まっている九鬼にも、リンネは微笑んだ。
「心配しなくても、いいわ。この茶番は終わる」
「!?」
「!」
サーシャと九鬼は一斉に、空を見上げた。
凄まじい魔力を感じたからだ。
何もない空が裂け、その向こうから誰かが下りてきた。
「天使…」
九鬼は、息を飲んだ。
「クッ!」
空中を飛び回りながら、炎の翼から火の玉を放つが、アルテミア達には効かなかった。
俺は顔をしかめると、床に着地した。
「観念したか!」
部屋の隅で、腕を組みながら様子を見ていた光一の顔に、笑みが浮かぶ。
「イブよ!次に目覚めた時は、俺を受け入れた後よ!」
アルテミア達は同時にあらゆる方向から、雷撃を放とうとしていた。
もう避けれない。
光一がそう確信する中、俺は空中に手を突き上げた。
「来い!」
俺の叫びに呼応したかのように、空間を破って、2つの回転する物体が飛んできた。
「あ、あれは!?」
光一は、目を見開いた。
回転する物体は、アルテミア達の間をすり抜けると、俺の手に向かってくる。
「う、撃て!」
焦った光一の命令に、アルテミア達が雷撃を放った。
しかし、すべての雷は…俺の手にあるライトニングソードによって、吸収された。
「な!?」
「モード・チェンジ」
間髪を入れずに、俺はフラッシュモードの速さで空中にジャンプした。
そのコンマ零秒の間に、ライトニングソードをシャイニングソードに変えた。
そして、空中に浮かぶアルテミア達を斬り裂いた。
着地とジャンプ。
それを数十秒の間に繰り返し、アルテミア達のほとんどを斬り裂いた。
しかし、流石は…アルテミアのコピーである。
何人かは、床におりると、同じくフラッシュモードになった。
「うおおおっ!」
俺はシャイニングソードに握り締めると、床を蹴った。
数十秒後…部屋の中で 立っていたのは、光一と…ボロボロの学生服を着た俺だけだった。
――パチパチパチ。
部屋内に、光一の拍手が響いた。
「素晴らしい!流石は、イブ!あんな雑魚の女達とは違う。それに、その武器!神が持つに相応しい」
うっとりとした表情で、シャイニングソードを見つめる光一。
「ふざけるな!」
俺はふらつきながら、シャイニングソードを光一に向けた。
「命をなんだと思っているだ!」
俺の叫びに、光一は答えた。
「王の!神の!貢ぎ物に過ぎない」
「な、何!?」
「この世界に、人間は多すぎる。異世界に落とし、調節する」
光一は、拳を握り締め、
「力で、破壊することはできるが…美しい自然を巻き添えにはできない。人間だけが、いなくなればよい」
俺の目を見つめると、
「君と俺で、この世界の神になる。そして、世界をやり直すのさ」
優しく微笑んだ。
「ふ、ふざけるな!」
叫んだ後、俺は唇を噛みしめると、シャイニングソードを光一に向けた。
「多くの人々を犠牲にして、世界を変えるだと!」
「そうだ!」
光一は、胸に手を当てた。
「この肉体を手に入れた時から、地球の声が聞こえる」
「地球の声だと!?」
「地球は…いや、この星に住むすべての生き物が、人間の犠牲になっている。食物連鎖の上に立っているという傲りから!」
「違う!世界は」
「だからこそ、この地球は、我々のような存在を生み出した!人々を食う…バンパイアを!」
「ち、違う」
「バンパイアは、完璧だ!完璧故に、数はいらない。少数で、この世界の頂点に君臨するのだ。人間のように、無駄な搾取はしない。人間の血を吸うだけだ」
「違う!」
俺は、シャイニングソードを握り締めた。
「何が違う?こうして、我々が存在することこそが、答えだ!」
「違う!」
俺は、光一に向かって走り出した。
「よかろう!同意はいらない。君の意識を奪った後に、すべてをすますだけだ。その身に、次の神が宿れば…考えも変わる」
光一は避けることなく、手を伸ばした。
「俺達は、人間の敵ではない!」
シャイニングソードを横凪ぎに振るった。
「敵とか味方ではない!食うだけの存在だ」
「ふざけるな!」
シャイニングソードの攻撃を、光一は気で包んだ腕でガードして、跳ね返すつもりだった。
「何!?」
しかし、シャイニングソードは、光一の気を斬り裂いていく。
「うおおおっ!」
俺は、再び咆哮した。
瞳が真っ赤になり、そのまま腕ごと斬り落とそうとした寸前、俺は光の攻撃を受けて、ふっ飛んだ。
「女の癖に!」
光一は、手のひらを突きだしていた。
「勝てると思ったか!」
シャイニングソードの斬撃によって血が流れる腕を見て、光一の目も赤く光った。
「王の体に!傷を!」
光一の口から牙が生え、両手の爪が伸びた。
「王とか神とか!どうでもいい」
俺は立ち上がると、構え直した。
「お前を倒し、人々を落とすことをやめさせる!」
「無駄だ。もう数十万人の魂は集まっている。後は、発動させるだけだ」
光一は、鼻で笑った。
「止める!」
「無理だ」
光一の魔力が、上がる。
「やってみせる!」
俺は、突きの構えを取った。
「女が、男には勝てない!」
光一の全身を赤い炎の魔力が、覆いつくす。
「違う!男は、女に勝てない!」
俺は、光一に向かって再び、走り出した。
「結界を発動させるな」
空の割れ目から、下りてきた天使の命に、後から続く影が頷いた。
「は!」
2つの影は、空中で別れると…1つは屋敷の中に、もう1つはリンネ達の側に下り立った。
「!」
九鬼は言葉を失い、サーシャは舌打ちした。
「あんたが来たのね。サラ」
リンネは、肩をすくめて見せた。
「フン」
サラは鼻を鳴らすと、リンネを横目で睨んだ。
ニメートル近い体躯に、赤髪から突きだす…2つの折れた角。
1つは、ジャスティンゲイに折られ…もう一本は、サーシャによって折られていた。
しかし、その戦い時、サーシャはサラによって、命を奪われていた。
因縁の2人が、再び出会ったのだが、サラは気にかけることなく、屋敷に目をやり、
「邪魔するな」
それだけを、サーシャ達に言った。
「はいはい〜。相変わらずね」
リンネは、片方の肩をすくめて見せた。
その時、屋敷内で、凄まじい爆発音が聞こえてきた。
「やってるようね」
リンネは、微笑んだ。
「うわああっ!」
俺と光一のぶつかり合いで、弾けた魔力は、球場程の部屋でも抑え切れずに、爆発した。
部屋を包むようにあった結界に、穴があき、俺は壁を突き破って、廊下に転がった。
「痛ててて」
俺は、何とか離さなかったシャイニングソードを杖代わりに使うと立ち上がり、廊下を歩き出した。
「どこにある!人々の魂は」
最初から、光一に構っている暇はなかったのだ。
俺は魔力を抑えると、魂を探ることにした。
「あっちか」
ブラックカードを取り出すと、体力だけを回復させた。
(ありがとう。アルテミア)
俺は、このカードを送ってきてくれたアルテミアに感謝した。
「何だ?」
今の爆発音は、屋敷内にある客室で寛いでいたジャックは、廊下に出た。
「何事だ?」
ジャックは、隣の部屋にいるティアの扉を叩いた。
鍵が開いていた為、中を覗いたが、いなかった。
「魔力を感じる」
手が足よりも長い男が、ジャックの前の部屋から出てきた。
それだけではない。
すべての部屋から、人が出てきた。
「退いて下さい!」
シャイニングソードを握り締めながら、俺は廊下を走っていた。
「な、何だ?」
ボロボロの学生服の女が、剣を持って走ってくるというシチュエーションに、ジャックは思わず首を傾げた。
「ヒイヒイ」
手長男だけは、シャイニングソードの輝きを見て、悲鳴を上げると、部屋の中に戻った。
「な、何だ?」
剣を持っていることを頭が理解すると、ジャック達は壁際に、背中をつけた。
「すいません」
俺は、廊下の真ん中を駆け抜けた。シャイニングソードを輝かせながら…。
「な、何だ?今のは」
思わず道を開けてしまった自分に驚きながら、ジャックは煙草を取りだそうとした。
しかし…。
「え」
ジャックは、手がなくなっていることに気付いた。
「な、何だ」
なくなっているのではない。
砂に戻っていっているのだ。
「馬鹿な!」
ジャックは気付いた。
自分以外の廊下に出てきた人間達も、砂に戻っていくのを。
「そ、そんな〜馬鹿な」
ジャックを形どっていたものが、崩れていく。
「俺は…まだ…」
口が崩れていく。
「満足して…いない」
目が、離れていく。
「復讐…も」
目玉が砂になり、脳も砂に戻った。
数秒後…砂の山が廊下中に、できていた。
「な、何だ…。あの力は」
茉莉とのぶつかりで、ふっ飛んだ光一は、突き破った壁を破壊して、部屋に戻った。
「俺は、あの女を従える為につくられたはず。すべての能力で、上に立つはずだ」
ダメージは受けていなかったが、逃がしたことに、光一は顔をしかめた瞬間、視界にあるものが入ってきた。
「うん?」
四方の壁がなくなり、何とか柱だけで存在できている部屋の真ん中に、アルテミアが立っていた。
「まだ残っていたのか?」
光一はフッと笑うと、アルテミアに向かってゆっくりと近付きながら、命じた。
「あの女を追え!いや、その前に…」
光一は、にやりと笑った。
「俺の靴を舐めろ」
そう言った次の瞬間、アルテミアの蹴りが、光一に突き刺さっていた。
後方に、背中から倒れた光一は立ち上がると、アルテミアを睨んだ。
「何をする!ご主人様である俺に対して!」
その言葉を聞いたアルテミアの眉間に、血管が浮かんだ。
「ご主人様?」
ゆっくりと顔を向けたアルテミアの表情を見て、光一は戦慄を覚えた。
それは、今まで何百体とつくったアルテミアが、見せたことのない顔だった。
「誰に、そんなことを言ってやがる!」
アルテミアは、怒りを露にした。
「き、貴様!」
光一は、両手をアルテミアに向けた。
「失敗品だな?」
すると、手の先が赤く光り出した。
「消えろ!」
光一は、光の玉を放とうとした。
「むかつく!」
アルテミアは、光一を睨み付け、
「あいつの顔で、言われると特にな」
拳を思い切り血が出る程、握り締めた。
「消えろ!」
光一の手から、凄まじい力を秘めた光球が放たれた。
「フン」
アルテミアは鼻で笑うと、左手を光球に向けて突き出した。
「え」
光一は、目を見開いた。
自分が放った光球が、アルテミアの指先で止まっていたのだ。
「じゃあな。偽者」
アルテミアは、光球を指で弾いた。
「な!」
弾かれた光球の玉は、光一に近付く程に、大きくなっていった。
「ま、まさか…」
光一は迫ってくる光球よりも、もう自分に興味をなくしたアルテミアに目を奪われていた。
背を向けて、部屋から出ていくアルテミアの後ろ姿を見つめながら、光一は光に包まれた。
(ほ、本物…)
光一は消滅しながら、決して届くことのない手を伸ばした。
光球は、光一を消し去った後、屋敷の天井を突き破り、空の彼方に消えていた。
「くそ」
アルテミアは廊下に出ると、指の動きを確かめた。
「やはり…この世界では、力がでないな」
まるで砂利道のようになった廊下を見つめ、
「さっさとけりをつけるか」
アルテミアは背伸びをしてから、歩き出した。