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ブラッディマリー

「何!?」


絶句した後、思わず自分の体の匂いを確認しょうとする俺に、藤崎は軽く肩をすくめて見せた。


「何をしてるんだい?二、三人を殺したら、殺人だけど…万を越えたら、英雄になれる。君の匂いは、神にも等しい。自慢すればいいのに」


「お、俺が!何万人も殺しただと!?」


藤崎の言葉に、思わず素の喋り方になってしまった。


「そうさ。間違いない」


藤崎は突然、コートの中からデザートイーグルを取り出した。


「思い出せばいい」


そして、俺の額に向けて、引き金を弾いた。


「神よ」


「!?」


藤崎の動きはゆっくりであり、簡単に避けることができたはずであった。


しかし、何故か俺は…避けることができなかった。


(体が動かない!?)


銃弾は意図的であろうが、貫通することはなかったが、俺の額の端を少し抉った。


銃器の中でも、圧倒的な威力を誇るデザートイーグルでの繊細な射撃は、驚くことに、額の端から真っ赤な血を流すだけに終わった。


そして、その血が、俺の顔を流れた時…変化が起こった。


ドクン。


心臓が、大きく動いた。


(な)


俺は、心の中で驚いた。


全身の毛が、逆立つ。


(この…感覚は!?)


俺の手が、無意識に額から流れる血を拭った。


(この衝動は!?)


そして、指についた血をぺろっと舐めた時…俺は、確信した。


(バンパイア!)


口元が綻び…瞳が、血よりも赤く染まった。


「いい感じだ!」


藤崎は、歓喜の声を上げた。


(魔力!?)


俺の体…いや、茉莉の体が変わった。


(俺じゃない!か、彼女の魔力!?)


迸る力が、一気に…神レベルに上がった。


「いいよ。いいよ!」


藤崎は、興奮していた。


しかし、その喜びは、すぐには続かなかった。


「え…」


牙を生やし、バンパイアへと進化した茉莉の瞳が、自分を射抜いていたからだ。


「く!」


瞳の呪縛に捕われる前に、藤崎は目をそらすと、デザートイーグルを草むらに向けた。


そして、辺り構わず発砲した。


草むらや茂みに隠れている動物を狙ったのだ。


「こ、こんなところで!」


だけど、大型動物はいなく、鳥くらいにしか当たらなかった。


「少ない!」


藤崎は後退りながら、動物を探した。


彼の考えは、こうだ。


動物に血を流させることで、茉莉の体の気をそらそうとしたのだ。


「食うのはいいけど!食われるのは御免だ」


茉莉を見ないようにして、移動していたが…視界の端に、赤い瞳が映った。


次の瞬間、藤崎は躊躇うことなく、指で左目を抉った。


そして、その目玉を茉莉の後ろの方に投げた。


飛んでいく目玉に、気を取られている間に、藤崎は全力で逃げた。


「冗談ではない!は、話が違う!」




飛んでいく目玉を目で追う動きを、俺は茉莉の中で、まるで映画を見ているように見ていた。


(体がいうことをきかない!)


意識と肉体が切り離されているかのように、暴走し始めた茉莉の体は、藤崎の目玉を口に含んだまま…咆哮した。


その叫びは、山々にこだました。







「暴走したか」


「はい」


真田の言葉に、筧剣重郎と上月佐助、猫沢巫女が頷いた。


「久々の血の洗礼だ。暴走するのも当然」


真田は、眼鏡を人差し指で押し上げた。


山一つ隔てた螺旋状の国道の下、斜面に生えた木々の上に、4人はいた。


「神故の業。それを知らなければならない」


真田は眼鏡の奥で、目を細めた。


「それにしても…よろしいのですか?」


猫沢は、真田の方に顔を向けた。


「フッ」


真田は口元を緩めると、魔力が立ち上る山の向こうから目を離さずに、言葉を続けた。


「我々に選択権はない。もし…あるとすれば、あいつだけだ」


そう言った後、真田は3人に命じた。


「いつもの如く…扉を開けろ」


「御意」


3人は頷くと、四方に消えた。


「…いくか」


3人が消えると、真田もまた、前方に向けてジャンプした。


(あり得ない!)


魂と肉体のシンクロ率が下がり、俺はただ暴走する茉莉の体を第三者的立場から、見守ることしかできなかった。


茉莉から離れ、魔力だけで仮初めの肉体を作ることもできるが…その瞬間、世界が崩壊する。


残された方法は、何とかシンクロ率を戻すしかなかった。


(やれるか!)


四苦八苦していると突然、茉莉の周りの空気が変わった。


(結界!?)


茉莉を中心として、幅一キロ程の正方形をした見えない壁が張られていた。




「は!」

「は!」

「は!」

「フン!」


四方に散らばった真田達4人の手を角にしてできた結界は、気合いを入れると、手から離れ、狭まっていく。


そして、茉莉の体を囲む結界が、2メートル程の大きさになった時、中の景色が変わった。


次の瞬間、正方形の結界は砕け散った。


(ここは!?)


一瞬にして、日本から見知らぬ土地にテレポートさせられていた。


(難民キャンプ)


砂漠地帯に広がる粗悪なテントの数々…。


そして、ボランティアの車。


「×××――!」


声にならない奇声を上げると、茉莉の体はテントに襲いかかった。





「神の行いは、天災に近い。気の毒だが…仕方があるまい」


真田達は、先程まで茉莉の体がいたところまで、来ていた。


「多少の犠牲はつきものだ。それに、この世界のすべての人間を食わすだけの食料はないのだ。ならば、貢ぎものになって貰う他あるまいて」


「ふざけるな!」


真田が、スーツの内ポケットから煙草を取りだそうとした瞬間、目の前に俺がテレポートしてきた。


真っ赤になった口元を拭いながら、戻ってきた俺を見て、真田は煙草から手を離すと、フッと笑った。


「暴走は落ち着いたか…」


真田は、激しく肩で息をしている俺に目を細め、


「それに…お嬢様の力を制御できるようになったのか。貴様…何者だ?」


じっと俺を見つめた。


「な、何とかな」


俺は拳を握り締めると、やり場のない怒りに震えた。


「しかし!間に合わなかった。あそこにいたすべての人間が殺されるまで、俺は何もできなかった」


「上等だ。本当は、その先にいる難民も、殺していいと許可を貰っていたのだがな」


真田はやはり、煙草を吸うことにした。


「許可だと?」


俺は、眉を寄せた。


「そうだ。貴様が行ったキャンプの周囲は、難民で溢れかえっている。ボランティアではまかないきれない程な。財政も圧迫し、さらに数も増え続けている。だから、提供されたのさ。神の貢ぎものとしてな」


「神だと!」


「貴様も知ったはずだ。お嬢様の正体をな。彼女は、この世界の根本を支える神」


「テラか!」


思わず出た俺の言葉に、真田は苦笑した。


「テラ?フン。ああっ…あの女神のことか。やつらと一緒にするな」


真田は煙草を喰わえると、火をつけ、


「貴様にわかり易く言うとだ。テラは、総理大臣のようなもの。いなくなれば、新しいテラが生まれる。しかし、お嬢様は違う。人間でいう天皇のような存在。この世界を造った月の女神の血筋として」


「馬鹿な!月の女神は、いるだろうが!」


俺の言葉に、真田は煙草を吹かすと、少しだけ距離を詰め、


「お前は、どこまで知っている」


170近くある茉莉の体を見下ろした。


「このお嬢様が、バンパイアってことまでだ!」


俺は顔を上げ、真田を睨み返した。


「フン」


真田は鼻を鳴らすと、少し俺から離れた。


「人として生きることを決めた月の女神に、力はない。殆どの力は、お嬢様に受け継がれている。さらに、お嬢様は今までの方々とは違う特別の存在」


「太陽のバンパイアか…」


俺の呟きに、真田の指から煙草が落ちた。


「き、貴様!なぜ、その言葉を!」


いつもどこか冷静な真田の手が、震えていた。


「真田様」


今まで控えていた猫沢が、かけよろうとした。


しかし、佐助が肩を持って止めた。


「面白い!貴様は!」


真田は落ちた煙草を踏みつけると、俺の顔をまじまじと見た。


「今まで、人間を家畜としか見ていなかったお嬢様が、貴様に惹かれた意味がわかった気がする」


そう言うと、真田はフッと笑った。


そして、俺に背を向けると、猫沢達に命じた。


「お嬢様のお帰りだ」


「は!」


3人は頭を下げると、俺の方に来ようとした。


「待て!話は終わっていない!」


俺は、真田の背中を見つめ、


「お前達は、いつもこんなことをして、お嬢様に血を飲ませていたのか!」


睨みつけた。


真田は足を止め、


「たまにだ。どうして、血が必要な時がある」


振り返らずに言った。


「何万人もか!」


「少ないものだ。人間は、第二次世界大戦から、増え過ぎている」


「そんなに殺したら、世間にばれるはずだ」


「ばれんよ。先進国で殺人があれば、1人でも騒ぐが…発展途上国で、何人死んでもあまり騒ぎにはならない」


「そんことはない!誰かが、知らせる!今は、ネット社会だ。すぐに広まるはずだ」


「ガキの考えだな」


真田は笑った。


そして、少しだけ振り返った。


「ネットが安全だと思っているのか?誰が書いたのかは、すぐにわかる。すぐに始末できる。焙り出す必要もない。自ら居場所を教えてくれるのだからな。それに、真実だとも限らない」


「!」


俺は、真田の言葉に絶句した後、ゆっくりと両拳を握り締めた。


すると、自然と殺気と混じった魔力が全身から溢れ出した。


「?」


真田は、目に見える殺気に片眉を跳ね上げた。


今度は、俺から真田に近付いた。


「まさか、お前達が!この世界を壊そうとしている首謀者ではないだろうな?」


俺の質問に、真田は笑い、ゆっくりと前を向いた。


「我々は人を救おうとしている。しかし、これだけは言おう」


目を閉じ、最後の言葉を吐いた。


「その為には、お嬢様と結婚しろ」


「は?」


俺は、首を捻った。


「どうしてだ!」


さらに問い詰めようとする俺の前に、3人が立ち塞がった。


「帰りましょう。お嬢様」


佐助は、温和な笑顔を浮かべた。


「う!」


再び…茶番劇が始まったのだ。







「ほんと…勘弁してくれよ」


山道を駆け下りた藤崎は、茉莉の気を感じなくなって、やっと足を止めた。


「腹が減って、力がでない時に…」


何とか国道まで出た藤崎の目に、バス停が映った。


ちょうど人が降りてくるところだった。


思わず、銃口を向けたくなった。


「いかん、いかん…。俺は、料理人ではないんだから」


しかし、首を横に振り、衝動から耐えて見せた。


降りてきたお客の1人が、道を挟んで立つ藤崎の片目の窪みから、血が流れていることに気付き、軽く悲鳴を上げた。


「ったくよ」


藤崎は慌てて、ハンカチで左目を隠した。


じろじろとこちらを見る人々に、顔をしかめ、


「食材になる前は、どうしてあんなに不味そうなんだ」


唇を噛んだ。


若い女が自分を見つめ、何とも言えない顔をした時、藤崎の手は自然とコートの中に伸びた。


(殺してやろうか)


それは、殺意であった。


「何をしょうとしているんだ?」


突然、右隣から声がして、藤崎は目を見開いたまま、動きを止めた。


そして、にやりと笑った。


「旦那!」


隣に立っているのは、幾多流であった。


「…」


幾多は、藤崎には目をやらずに、バス停から離れていく人々の背中を見送っていた。


「よかった〜!旦那、聞いて下さいよお。あの女!怪我してる俺を、気持ち悪そうに見やがったんですよ!人間として間違っているでしょ!」


「そうだな」


最後尾にいる女は、ちらっとこちらを見て、顔をしかめた。


バス停の下に、民家が密集していた。人々は、そこに帰るのだろう。


「だんな〜あ!」


妙に甘えたような声を出す藤崎。


怪我と空腹で、少しおかしくなっているのだろう。


「…そうか」


幾多は無言で頷くと、藤崎に手を伸ばした。


「だ、旦那!」


その意味を理解した藤崎は、慌ててコートの中からデザートイーグルを取り出した。


そして、幾多に銃口を自分に向けて、渡した。


「ありがとう」


幾多は、ずしりと重いデザートイーグルの感覚を確かめた後、銃口を藤崎の頭に向けた。


「え」


藤崎の顔が驚きの表情をつくる前に、頭はふっ飛んだ。


銃弾の勢いで、よろけながら…首なしの体が道に倒れた。


「…」


幾多は、デザートイーグルの銃弾を確認すると、自らの学生服の内ポケットに、強引にねじ込んだ。


静かな山道で響いた銃声に、顔をしかめていた女の表情が凍りついた。


にこっと、幾多が笑いかけた瞬間、女は慌てて逃げ出した。


「フッ」


幾多はそのまま…女とは、反対方向に歩き出した。


振り向く時、ちらっと藤崎の遺体を見た。


「お前は…人間を食材として見ていた。あくまでもね。しかし…さっきは、明らかに…人間として嫌悪した」


幾多はズボンに、両手を突っ込むと、山の上を見た。


向こうから、一台のヘリコプターが飛び去っていくのが見えた。


その中には、真田達がいた。


幾多は足を止め、しばらくヘリコプターを見送った後、再び歩き出した。


あくまでもゆっくりと。






その頃、闇の屋敷にいた菱山五郎は、笑っていた。


「かつて…1人の男がいた。その男は、異世界に落とされたが、どんな手を使ってでも元の世界に戻ろうとした」


その男の名は、兜又三郎。


「彼が、開発した術式は…今、我の手にある」


菱山は、闇の中で手を伸ばした。


「戻ることができるならば、逆もできる!ククク…ハハハ!」


抑えていた感情が爆発した。



その笑い声を聞きながら、廊下を…赤星光一が歩いていた。


能面のように無表情で…。


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