やがて訪れる悲劇の為に
「必ず救う!」
屋上で、誓いを新たにしている俺の耳に、微かな歌声が飛び込んできた。
「?」
振り返ると、誰もいないが、出入口の後ろから声が聞こえてきた。
俺は恐る恐る近づき、覗いて見た。
目を瞑り、真剣な表情で歌う少女がいた。
(この子は?)
名前を思いだそうとしていたら突然、少女は目を開けた。
「え!あっ〜え…きゃあ!」
口ごもった後、少女は悲鳴を上げながら、俺の横を通り過ぎた。
どうやら…先程のアルテミア達の襲撃の時もずっと、歌っていたようだ。
(周りの音が、聞こえなくなる程の集中力か)
俺は少し、感心してしまった。
しかし、当の本人は…顔から、火が噴き出しそうになる程、恥ずかしさで真っ赤になっていた。
少女の名は、香坂姫百合。
校内放送を流した後、校舎を出ることは危険と判断した彼女は、屋上から下の様子を伺いに来たのだ。
しかし、それが裏目に出た。
麒麟と化した中島の雷撃を、まともに見た姫百合は、屋上の階段裏に隠れ、恐怖を拭う為に、小さな声で歌を歌っていたのだ。
その集中力で、恐怖を消すことはできたが、戦いの終息を感じることができなかったのだ。
「な、なんたる失態!」
真っ赤になりながら、階段を駆け下りると、二階フロアの左側の廊下から香坂真琴が、姿を見せた。
「姫!一体、何が起こっているんだ?」
相変わらず、出遅れる姉の質問に、 姫百合はこたえることなく、さらに下に下りていった。
「姫!姫百合!」
姉の言葉では止まらない。
一階についた時、中庭から廊下に入ってきた九鬼の姿が、姫百合の目に飛び込んできた。
「生徒会長!」
姫百合の叫びに、疲れ果てていた九鬼は、笑顔を向けた。
「無事でしたか?」
「会長!」
姫百合は、九鬼の胸に飛び込んだ。
九鬼は、姫百合を抱き締めると、
「何とか…終わりました。帰りましょう」
微笑み、帰宅を促した。
「はい」
姫百合は、そんな九鬼の言葉にただ頷いた。
「終わったのか?」
部室に戻った高坂は、端にあるソファーに倒れ込むように座った。
「恐らくね」
その前に、さやかが座った。
「でも、この学園は変わってますね。異世界なのに、あたし達の世界のように、いろんなことが起きますね。疲れた」
隣に座った緑の言葉に、高坂は顔を天井に向け、無言になった。
「まあ〜よかったじゃないですか」
ソファーとは反対側にあるパソコンの前にいた舞は、コーヒーカップ片手に振り返り、にやりと笑った。
「神レベルが5人ですよ。5人。生きているだけで、奇跡ですよ。さらに、騎士団長まで、現れるなんて!レア過ぎますって!」
妙に興奮している舞に、緑とさやかはため息をついた。
「まったく…」
さやかは自らの膝に、頬杖をつくと、天井を見上げている高坂を見、
「それにしても、あの開八神って女の子は、何者なの?騎士団長と知り合いみたいだったし…5人の女神と同時に消えたし、おかし過ぎよ。絶対に怪しいわ。あんたはどう思うの?」
質問を投げ掛けた。
「開八神茉莉。開八神一族の若き当主です。想像できない程のお金持ち。そのことは、この世界の誰もが知っていますが…実状は誰も知りません。軍事産業に手を出してるとか、噂はありますけど」
高坂の代わりに、舞が答えた。
「まあ〜そんなことよりも」
高坂は首を曲げると、
「問題は、赤星光一だ。やつを止めなければならない」
さやかと緑を見つめ、
「やつが、この世界の問題に関わっていることは間違い」
ゆっくりと体勢を戻し、前のめりになると、両膝の上に肘をのせ、手を組んだ。
「だけど、そう簡単にいきませんよ」
舞は、後ろを見ることなり、キーボードを指で弾いた。
すると、画面にあるデータが映し出された。
「赤星光一のレベルは、先程の天空の女神をさらに凌駕しています。それでも、恐らく本気ではない。あたし達が、どうこうできる相手じゃないですよ」
舞の説明に、部室内に沈黙が走る。
「…」
数秒、考えた後…高坂は口を開いた。
「それでも、諦めたら…人間は終わりだ。必ず、道は広がるはずだ。まずは、彼女に接近しょう。開八神茉莉…。俺は、彼女の方に…赤星らしさを感じるよ」
「はあ〜?どういう意味ですか?」
緑は思い切り首を傾げながら、高坂の方を見た。
「ところで…」
高坂は緑にこたえずに、舞の方を向き、尋ねた。
「輝は、どうした?」
「あ!」
舞は声を上げると、パソコンの方に椅子を回転させた。
「忘れてた」
その頃、未だに西館の教室内で、机の下で待機していた輝。
「ま、まだかな…」
戦いが終わったのに、未だ…恐怖と緊張にとらわれていた。
「いい歌だった」
戦いの疲れを癒すような姫百合の歌声を思い出しながら、俺は屋上から階段を下りていたが…途中で、足を止めることになってしまった。
「フン」
何故ならば、下のフロアに、眼鏡を指で上げ、不機嫌そうな真田がいたからだ。
「どうして、ここに?」
「フン」
もう一度、鼻を鳴らすと、真田はゆっくりと俺の方を見上げて訊いた。
「貴様の武器。そして、女神達をどこかへと転送させた…あのカード。恐らくは、異世界の兵器だな?」
「!」
俺は、絶句した。
「お前を、ろくに調べもせずに拘束し、体を交換させたのは、お嬢様の命。一目惚れされたお嬢様が、即座に指示されたからだ。そして、我々もそれでよかった」
「何が言いたい?」
俺は、真田の言葉に眉を寄せた。
「お前の素性など、どうでもよかったのだよ」
真田は、フッと笑った。
「どうでも、よかった?」
「そうだ」
真田は頷いた後、俺を睨み、
「しかしだ!貴様の武器を使い、お嬢様に刃向かうならば、容赦はせぬ」
鋭い殺気を放った。
「な」
その鋭さは、思わず俺に構えさせた程だった。
「フッ」
そんな俺を見て、真田は口許を緩めると、ゆっくりと背を向けた。
そして、歩き出そうとする真田を、俺は慌てて止めた。
「待て!」
「最後に、一つだけ忠告しておこう。お嬢様の好意を裏切るな。お前がもし、この世界を救いに来たならな」
真田は足を止めることなく、階段下のフロアから消えた。
入れ替わりで、猫沢が姿を見せた。
「帰りましょうか?お嬢様」
深々と頭を下げた猫沢の丁寧な口調は、茶番劇の始まりを意味していた。
そして、拒否できないことも。
(どういう意味だ?)
俺もまた、茶番劇をキャンセル気にはならなかった。
開八神茉莉の肉体の謎や、いろんなことが気にかかったからだ。
(とにかく、渦中にいることは確かだ。今のままで、探ろう)
俺は軽く深呼吸すると、階段を下りた。
その頃、廊下を歩き、屋上に繋がっていない反対側の階段まで来た真田の前に、太陽の姿をした茉莉が現れた。
「太陽様に、何を話した?」
茉莉の存在に気付くとすぐに、真田は跪いた。
「大したことは…」
「できすぎたことはするな」
茉莉は腕を組むと、跪いている真田の後頭部に右足を置いた。
「太陽様が、あたしを裏切ることがあると、お前は思っているのか?」
茉莉が足に力を込めると、真田の顔は床に押し付けられて、めり込んだ。
「滅相もございません」
「太陽様は、運命のお方。次に、いらぬことを口にしたら、殺す」
茉莉は足をどけると、真田に背を向けて、歩き出した。
「は!」
めり込んだ床から、顔を上げると、再び跪き、頭を下げた。
そして、立ち上がると、茉莉の後ろについて歩き出した。
「…」
前を歩く茉莉の背中を見つめ、真田は割れた眼鏡を指で押さえた。
(我が主君の命は、絶対。例え、世界が滅んでも、従うが家臣の務め)
そう決心しながらも、真田は渡り廊下に出ると、横目で窓の外を見た。
(しかし…)
心の中で浮かんだ言葉を、真田は敢えて消し去り、茉莉の背中にもう一度、頭を下げた。




