届け!
(一瞬にかける!)
俺は、一番近くに浮かんでいるアルテミアに斬りかかった。
「うおおおっ!」
俺の気合いに呼応するかのように、ライトニングソードの刀身に電気が帯びた。
アルテミアの翼を斬り落とすと、そのまま彼女の体を蹴り、叫んだ。
「モード・チェンジ!」
空中でのフラッシュモードである。アルテミア達の体を足場にすることで、俺は次々に彼女達の翼を斬り裂いた。
「!?」
その速さは、地上にいる九鬼にも見切れるものではなかった。
翼を斬られ、地上に落下するアルテミア達。
それよりも速く、斬り裂いた勢いで、地面に着地した俺の額に冷や汗が流れた。
「やはり…」
5人のアルテミアの落下により、発生した砂煙に向けて、俺は振り向く様に羽を広げて、無数の火の玉を放った。
「あなたは!?」
近づこうとする九鬼を、俺は制した。
「逃げて下さい!」
「え?」
「これくらいでは、やつらに通じませんから」
俺は、砲撃を止めた。羽が消えると、ライトニングソードを握り締めた。
「!?」
砂煙の向こうで、今度は土が燃える臭いがした。
しかし、砂煙が消えた時…九鬼は絶句した。
赤いジャケットを羽織ったアルテミアは、悠然と歩いて来ているからだ。
「ファイヤーモードか」
俺は無理矢理、笑って見せた。
「無傷…」
乙女ケースを握り締めたまま、さやかは目を見開いた。
「やはり…偽者でも、アルテミアか」
俺は、5人のアルテミアのプレッシャーに身を震わせた。
先程のライトニングソードでの斬撃も、天空の女神であるアルテミアの偽者ならば、あまり効果がないかもしれないと思っていた。彼女は、雷鳴と風を操るからだ。
(それに、ライトニングソードの切れ味が落ちている)
恐らく、ライの影響であろう。
(娘に、そっくりな相手を斬りにくいか)
俺は、シャイニングソードに変えようかと悩んでしまった。
その一瞬の迷いが、俺を窮地に追い込んだ。
いつのまにか…5人のアルテミアに囲まれていた。
どうやら…ターゲットを俺1人に絞ったらしい。
「これは…これは…」
5人のアルテミアに囲まれた様子は、圧巻である。
(能力的には、アルテミアと同じ!)
俺は全方向に気を配りながら、確証した。
(しかし!レベル的には…今のアルテミアの十分の一くらいだ)
ブルーワールドと違い、大気の汚れたこの世界で、アルテミアは本来の力を発揮できなかった。
そんなアルテミアをコピーしたからか。圧倒的に、本家に比べて弱く感じた。
しかし、それでも…魔力が使えない俺では、まともにやって勝てる相手とは思えなかった。
「危ない!」
九鬼の叫びに、俺は剣を振るいながら、回転した。
フラッシュモードで接近したアルテミアを、ライトニングソードで牽制した。
間髪を入れずに、ストロングモードのアルテミアが、飛びかかってきた。
「とぉっ!」
それを横から、飛びかかった九鬼が、迎撃した。
「月影キック!」
乙女シルバーの蹴りが、決まったが…すぐに蹴り返されていた。
それを見て、高坂は立ち上がると、さやかの手から乙女ケースを取り戻した。
「もがいてみるよ。何とかな」
「え…」
驚くさやかの横で、高坂は装着した。
「まだまだ!」
サーシャもアルテミアの1人に、襲いかかった。
(空中で、一体は…斬り裂くつもりだったのに)
予定外であった。
2人のアルテミアを相手にしながら、俺は下唇を噛み締めた。
「部長!」
「高坂パンチ!」
渾身の攻撃を、片手で掴まれ、動けなくなった高坂とアルテミアの間に向って、緑は走り出すと木刀を振り下ろした。
アルテミアの手首に決まったが、まったく痛がる様子もなく、ゆっくりとした動きで緑の方を見ると、雷鳴が走った。
「させん!」
高坂は拳を握られながらも、緑の方へ体を滑らせた。
「部長!」
盾となった高坂の全身を、雷鳴が至近距離でスパークした。
「う」
足から崩れ落ちた高坂であったが、アルテミアに拳を持たれている為に、倒れることはなかった。
「部長!」
身代りになってくれた高坂に、叫ぶ緑。
そんな緑に、アルテミアは高坂を投げつけた。
「部長!しっかりして下さい」
高坂の変身が解け、その手から乙女ケースがこぼれ落ちた。
「部長!」
気を失っている高坂を抱き止め、呼び掛ける緑に向かって、アルテミアは指先を向けた。
「まったく」
さやかは頭をかくと、アルテミアの指先の軌道上に立った。
「あたしももがいてみるか!」
足下に落ちている乙女ケースを拾うと、叫んだ。
「装着!」
「くそ!」
戦いは熾烈を極めているように見えたが…違っていた。
5人のアルテミアは、本気を出していなかったのだ。
「フフフ…」
西館四階から、戦うの模様を観察していた光一は、楽しそうに笑った。
「アダムが加勢したところで、戦況は変わらない」
光一は天井を見上げ、
「お遊びは、終わりだ。とどめを刺せ!アダム以外は、塵と化しても構わない!」
グラウンドにいるアルテミア達に思念で命じた。
「な!」
「チッ!」
「くそ!」
突然、攻撃を止めたアルテミア達は、後方にジャンプすると、槍をつくり再び構えた。
「女神の一撃か!」
先程と違い、地上に足をつけての攻撃体勢である。
俺は再び羽を出し、火の玉を放とうと思ったが、途中で断念した。
(先程は、奇襲だった。もう通じない)
俺はライトニングソードを握り直すと、真後ろの九鬼達を見た。
(ティアナさんのように、攻撃を斬り裂いて、懐に飛び込むことはできる!しかし!)
自分の進路はできるが、後ろの九鬼達を守ることはできなかった。
(どうする?)
悩んでいる暇は、なかった。
アルテミア達の槍が輝き、風が集まって来ていた。
(南無三!)
俺はフラッシュモードで、5人を一瞬で斬り裂くことに決めた。
「モード・チェ」
とまで言った瞬間、空から落ちて来た五つの雷が、アルテミア達を直撃した。
「このような所業!我が女神を愚弄するとはな!許さん!」
「!?」
一瞬のことで、俺も何が起こったが、わからなかった。
振り返った俺の顔に、影が落ちた。
「久しいな。少年…うん?見違えたな」
3メートル近くはある体躯を目にした俺は、絶句した。
「ギラ?」
「見た目は違うと聞いていたが…まさか、女になっているとはな」
にやりと笑った男の頭には、一本の角が生えていた。
「ま、まさか…」
ギラの姿を見た瞬間、九鬼達は凍りついた。
「馬鹿な」
驚くサーシャの声に、ギラは気付き、
「ここに来るのは、サラの方がよかったかな?」
口許を緩めた。
「どうして、騎士団長のお前がここに!」
俺は、戸惑いを隠せなかった。
5人のアルテミア達は、ギラの雷撃を受け、同じ属性でありながら、痺れて動けなくなっていた。
「な、何だ?あいつは!」
ギラの魔力を感じ取り、光一の額に冷や汗が浮かんだ。
「手こずっているようだな。こんな偽者達に」
ギラは俺を見て、鼻で笑った。
「何をしに来た?まさか、加勢をしてくれるのか?」
「馬鹿を言うな」
ギラは軽く俺を睨んだ後、どこからか何かを取り出した。
「俺はただ、アルテミア様にこれを渡すように頼まれただけだ」
指先に摘まんだものを、ギラは俺に投げた。
それを受け取って、俺は目を見開いた。
「これは、ブラックカード!?」
「アルテミア様が、ジャスティン・ゲイから譲り受けたものだ。このカードは、昔のように無限に魔力を引き出せる。但し…ブルーワールドと繋がっている場所だけで補充できる」
ギラはそれだけ言うと、俺の顔をじっと見つめ、
「貴様のことは報告するが、その姿は黙っていてやろう。貴様の為ではなく…アルテミア様の為にな」
そう言うと、空に舞い上がった。
「待て!」
俺はギラに手を伸ばし、
「例え、魔力を使えても!カードの魔力では、神レベルは!!」
思わず叫んだ。
「甘えるな!お前本来の魔力なら、やつらは倒せる!後は、自分で考えろ!」
ギラはそれだけ言うと、亜空間に消えた。
「考えろ…」
ギラが去ると同時に、5人のアルテミアを縛っていた雷撃が消え…再び女神の一撃の体勢に入った。
「考えろ」
俺は周りを見ずに、この状況を打開する案を考えていた。
「な、何なのよ!騎士団長って!」
さやかは、ギラが去った空を見上げた。
「クッ!」
九鬼は気持ちを切り替えて、アルテミア達に構えた。
「少年?」
高坂は、考え込む俺を見つめていた。
「くそ!」
緑も構えた。
「すべての力を使えば…1人くらいは!」
サーシャの言葉に、ロバートが反論した。
「やめておけ。1人倒したところで、状況は変わらない」
風が激しさを増し、立っているのも、やっとの状態になったとき、気を失っていた美奈子が目を覚ました。
「うう…」
まだ定まらない焦点で、倒れながらアルテミアに銃口を向けた。
「この世界では、魔力を使えない!カードの魔力では、5人のアルテミアを……!?」
と、改めて状況を確認した俺は、はっとなった。
「そうか!」
ブラックカードを指先に掴むと、俺は叫んだ。
「全ポイント還元!そして!」
俺はカードの先を、5人のアルテミアに向けた。
「転送!」
「え!」
次の瞬間、風が止み…雷鳴が消えた。
静寂が戻った…夜のグラウンドに、サーシャ達だけが立ち尽くしていた。
「いない…」
九鬼は周囲を見回したが、姿形もなく…気配も消えていた。
「どこかにテレポートさせたな」
ロバートの声に、サーシャはドラゴンキラーを外しながら、訊いた。
「どこへ?」
「恐らく…。勝てる場所だよ」
ロバートの言葉に、サーシャは空を見上げた。
「さすが…ブラックカード。ポイントの心配はいらなかったが…まさか、時空間の壁も越えられるとはな」
俺はにやりと笑うと、一面の砂景色に目をやった。
足下が埋まる程に砂は溜まり、空には無数の糸のようなものが、複雑に絡み合い…縦横無尽に走っていた。
「!?」
俺の周りに、5人のアルテミアが下り立った。
「さあ〜!初めようか!」
俺はブラックカードをしまうと、5人を見ることなく…ゆっくりと構えた。
「いくぞ!」
俺の瞳が、真っ赤に染まった瞬間、世界が震えた。
俺を中心にして、円が無限に広がり、砂漠の砂に軌跡を残していく。
しかし、アルテミア達は足下を気にすることなく、エンジェルモードに変わると、翼を広げ、襲いかかってきた。
「アルテミアを真似たことを、後悔しろ!」
低空で飛ぶアルテミア達を、俺は避けることなく、指先で弾いた。
5人のアルテミアの動きが、止まった。
いや、止まっただけでなく、弾き返された。
「終わりだ!」
弓なりに体を反らし、宙に舞う5人のアルテミアの上空に、5人の俺がいた。もちろん、残像だ。
「!?」
慌ててモード・チェンジチェンジしょうとした5人のアルテミアは、俺の手から出た炎で、一瞬にして燃え尽きた。
「よし」
5人の俺が満足気に頷くと、1人に戻った。
砂の上に着地すると、後ろから拍手の音がした。
「やっぱり!あなたは強かったわね」
俺は、その声に聞き覚えがあった為、笑顔で振り返った。
「お久しぶりです。和美さん」
「信長と戦った時と比べて、見違えたわ。確かに姿も変わっているけど」
和美は、茉莉の姿をした俺を見て、軽く顔をしかめて見せた。
「だけど…よく俺だとわかりましたね?」
そう訊くと、和美は笑い、
「この世界は、魂が見えるの。あなたが、どんな姿で来ようとも、間違えることはないわ。だけど…」
途中で、和美の口調が変わった。
「あたしは…あなたに、あの世界に行ってはいけないと、忠告したはずよ」
俺を睨む和美の目に、思わず目を逸らしてしまった。
「だけど…本体とは別の…」
言い訳をしょうとしたが、和美は強い口調で遮った。
「魔力の使えない体で、どうするつもりだったのです。それに、体を交換させられるなんて」
最後は嘆き、ため息をつく和美。
それを見て、俺は慌てて言葉を発した。
「魔力に関しては、このブラックカードで」
「駄目よ」
和美はぴしゃりと言い放った。
「この世界は、砂のように脆い。あなた程の魔力を何度も使えば…崩壊する可能性があるわ。今さっきのでも、この世界は震えていたわ」
「!」
俺は、周囲を見回した。
確かに砂の量が、減っていた。
「この世界は、仮初めの世界。いつなくなっても、おかしくない」
「そ、そんな〜」
肩を落とす俺に、和美は駄目だしをした。
「それに、そのカードが使えるポイントは、ブルーワールドの人々が必死になって集めたもの。ここまで、来るのにどれ程のポイントを使いましたか」
「う」
俺は焦った。
まさか…全ポイントとは言えなかった。
(やはり…使用するポイントは、最小限にしなければ)
俺は肩を落とし、ため息をついた。
そんな俺を見て、和美は話題を変えた。
「あなたは、特別な存在。力があるというだけではなく…何を為そうと、いつも頑張っている」
そして、空を見上げ、目を細めた。
「神とも呼べる存在になりながらも…あたなは、もがき…成長している」
「え?」
「成長する神は、珍しいわ」
和美は優しく、微笑んだ。
「だから…大丈夫よ。例え…魔力が使えなくても」
「和美さん」
俺は思わず、和美の方に一歩、足を出した。
「あなたの勇気と優しさが必ず…あの世界を救う。あたしが生まれた世界を」
その言葉が、俺の耳に飛び込んできた時には…俺は、西館の屋上にいた。
「な!」
俺は慌てて、ブラックカードを見た。帰りの魔法は使っていない。
生きた人間が、砂の世界に行くには、本来は…宇宙空間から、太陽と地球の間にできる影から入らなければならない。
そんな正当な方法を使っていない。
「和美さんが、帰してくれたのかな?」
俺は無理矢理納得すると、屋上から九鬼達を見下ろした。
「とにかく、守らなければならない」
視線を自らの手に向けると、
「この体!この力で!」
拳を握り締め、改めて誓った。