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歌姫の来迎

君が僕を愛するならば、すべてを捧げよう。


君が金を欲するならば、すべてが終わるまで…見続けよう。


幸せよりも、君の破滅を望みながら…。


幸せの価値を、お金で物を買うことと刷り込まれた…東洋の島国は、本音と建前を使い分けながら…今も、進んでいる。


国の予算がなくても、金を使うことだけを考えて…。



「人の価値は、何かしらね」


人里離れた山道を歩くリンネは、後ろに控える刈谷に訊いた。


「…」


刈谷は即答せず、少し考えた後に、口を開いた。


「人は脆い存在です。故に、高貴なる心かと。貧弱な肉体、純粋な戦闘能力なら下級の魔物にも劣ります。それでも、挑む人間に、我は敬意を感じます」


「そうね。あたしもそう思うわ。だけど…人間はそう思っていない。金こそが価値よ」


リンネは足を止めると、周りに広がる自然を眺め、


「だけど…金に頼った人間が、強くなることはない」


それから…足下を見た。


雑草が、生い茂っていた。


リンネは徐にしゃがむと、雑草に手を伸ばした。


昔のように、触れるだけで燃え尽きることはない。


リンネは微笑んだ。


「この世界の人間に…この草ほどの強さもないわ」


「御意」


刈谷は、その場で跪いた。




そんな自然がほとんどない市街地。


しかし、アスファルトの片隅にも、雑草は生えている。


あまり気付かれることなく、ただ生きている。


そんな雑草達を、踏みつけて歩く少女の耳元につけたイヤホンから流れる…微かな音。









「うーん」


玉座に座りながら、週刊誌をめくるアルテミアは、あるページで手を止め、食い入るように紙面を見ていた。


「ア、アルテミア様!魔王レイが、幽閉されていた大陸での我が軍の侵攻状態ですが…」


そばで、報告する蛙男の話を無視して、アルテミアはずっと雑誌を読んでいた。


蛙男は肩を落としながらも、機械のように事務的に報告を続けた。


「アルテミア様」


そんな状況の玉座の間に、サラが入ってきた。


「おおっ!サラ殿!」


蛙男は、助け船とばかりにサラに笑顔を向けた。


「今は、王としての責務の最中です。人間ごときの本など、読んでいる場合ではございません」


サラの注意を受けても、アルテミアは紙面から目を離さないで、首を傾げた。


「似ているだよなあ〜」


アルテミアの言葉に、サラは眉を寄せた。


「アルテミア様?」


「お前も見てみろ」


アルテミアは突然、週刊誌を円盤投げの要領で、サラに投げた。


サラは指先で摘まむように、受け取ると、開いているページを見た。


「これは!?」


驚くサラに、アルテミアは真剣な目を向け、


「レダ…。人間界で人気のある歌手らしい」


背もたれにもたれた。


「ジェノサイドのジュリアン!?」


サラは、レダの写真を見て、絶句した。


ジュリアン・アートウッド。彼女はティアナ・アートウッドの妹であった。


歌手であり、格闘家であった彼女は、魔王と結ばれた姉を許すことができずに、たった1人でライに決闘を申し込んだ。


そして、破れた彼女は、血を吸われ…魔王の眷族になった。


しかし、元々あった正義感の強さが、彼女の中で攻めぎ合い…ついに、彼女は精神を病み、心が破壊された。


その為、無意識に戦うだけの存在となり、皆殺しのジュリアン、血塗れジュリアンといわれ…恐れられることになった。


その強さは、騎士団長クラスで、力を解放したアルテミアを手玉に取った程だ。


「彼女が死んだはずです。なぜだ?」


サラは、紙面を睨み付けた。


「そう…。死んだはずだ」


アルテミアは、目を細めた。


戦うだけの存在になったジュリアンであるが…精神が壊れている為に、自分に殺気を向ける相手や、向かってくる相手だけ、無意識に襲いかかっていたのだ。そのことに気付いた赤星浩一によって、倒されている。


それは…赤星浩一が初めて、人間を撃った瞬間でもあった。









「再び…あなたの歌が聴けるなんて、世界は幸せよ」


ステージの袖に立つレダの横で、満面の笑みを浮かべるティア。


「再び、あなたの歌が世界を救うのよ。ジュリア」


「御姉様…」


レダは、瞑っていた目を開けた。


数年前、世間を賑わせた歌手がいた。


その名は、ジュリア・アートウッド。


パーフェクト・ボイスと言われた彼女は、アメリカ大統領とのロマンスが囁かれる中、突如…自殺した。


「今の私は…レダよ」


レダは、ステージの向こうに広がる観客の歓声に耳をすませた。


「そ、そうだったわね。レダ」


ティアは、言い直した。


パーフェクト・ボイスと言われていた時は、ジュリアは顔を整形し、心臓の手術をし、目を移植していた。


今のレダと呼ばれるジュリアは、整形前の顔に戻り…目が見えない。


しかし、そのことをわかる人は少ない。


目が見えてるように演じきれていたからだ。


「いきます」


レダは白のドレスを翻し、ステージへと向かった。


「どうして、あのままなんだ?今の俺達だったら、目くらい簡単に」


ティアの後ろにいたジャックが、華奢なレダの背中を見つめ、


「それにだ。あの女は、自殺したんだろ?お前の凶行を止める為に。それなのになぜ、今ここにいるんだ」


軽く肩をすくめた。


「さぁ…それは…」


ティアは、ステージから観客に頭を下げるレダから目を離さなかった。


「わからないわ」


ブルーワールドのティアナとジュリアンと違い、ティアとジュリアは本当の姉妹ではない。


しかし、内乱が続く某国で、彼女達は、出会った。ティアの旦那さんによって助けられたジュリアは、妹になったのだ。


彼女達の内乱が続く原因は、政府や軍部の問題であったが…元を正せば、二つの大国の問題であった。


1つの大国が崩壊した後、ティアは残るもう1つの大国に復讐しょうとした。


大統領暗殺から、経済の混乱と…段階を踏んで、その国を破滅させる予定であった。


しかし、ジュリアの死によって、計画は終わったのだ



死んでからよみがえったティアは、祖国を訪ねていた。


内乱が終わり、安定した国は…資本主義へと近付いていた。


あれほど迫害された音楽も、自由になり…ティアが知る国とはまったく、異なる環境に変わっていた。


人々は幸せになったのだろう。


だが、だからと言って、その過程で迫害され、殺された人々は浮かばれるであろうか。


「…」


ティアは、レダを見た。


歌が始まる。


(貴女の考えていることは、わかるわ)


ティアは、レダの歌の聴きながら、ゆっくりと目を瞑った。


(だけど…今回は、あなたが死んでも、あたしが死んでも、どうにもならない。それでも、あなたが歌い続けるならば)


ティアは、目を開けた。


(あたしは、止めはしない)









「ここか」


コンサート会場の前に止まったリムジンから、俺は出てきた。


楕円形の会場を見上げている俺の横に、上月佐助が来た。


深々と頭を下げると、佐助は言った。


「お嬢様。行きましょうか」


このコンサート会場は、開八神家が出資して建てられていた。


さらに、俺の命令というか…レダが所属する会社の筆頭株主に、今朝なってしまった。


会えないならば、絶対会えるようにしてやると、軽い気持ちで、俺が言ってしまったからだ。


数時間後には、そうなっていた。


佐助に先導されて、俺は関係者専用出入口に案内された。


前に立つ警備員に、佐助が何やら説明すると、俺はすんなり通れるようになった。


「では、お嬢様。わたくしは、ここでお待ちしております」


佐助は出入口の前で、頭を下げた。


「いってらっしゃいませ」

「は、はい」


俺は1人、関係者だけが通れる通路から中に入った。


(でも、アポたしだよな。良いのかな?)


迷っていても仕方がない。


話せなければ、使った金が無駄になる。


少し常識がないけど、俺は楽屋の前で待つことにした。



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