交差する運命
「きゃっ!」
黄色歓声が飛んだ。
体育の授業で、人並み外れたプレーを連発し…さらに、頭脳明晰、優しい性格。
帰国子女という設定が受けたのか…。
赤星浩一は、1日にして、大月学園の人気者になってしまった。
「ねえねえ」
普段話しかけても来ないクラスの女子が、麗菜に尋ねた。
「お兄さんって、好きな食べ物とかあるの?」
「さぁ〜」
麗菜はわざとらしく首を捻ると、
「ずっと外国にいたから、あまり知らないんだあ」
はぐらかし、女子生徒から離れた。
体育の授業が運悪く、重なってしまった。
赤星浩一はバスケ。麗菜は、バレーの授業だった。
コートから離れ、壁にもたれた麗菜の頭に、美奈子の声が響く。
(あっという間に、人気者になったな。あの赤星は)
美奈子の言葉に、麗菜は不機嫌な顔になった。
「あれは、こうちゃんじゃありません。こうちゃんは、運動神経が人並み以下で、照れ屋でドジで奥手で臆病で!鈍感だけど!誰よりも強くて、一生懸命で、優しくて!」
(最初と、最後では別人みたいだな)
美奈子は呆れた。
「あの人は、こうちゃんじゃないです。それに、歳が若すぎる!今も高校生の訳がないもの」
麗菜は、遠くからでも、ボールをゴールに決めた浩一を睨み付けた。
(それは、わかっている。しかし、あの男から強力な魔力を感じる。只者ではないぞ)
美奈子の言葉に、麗菜は頷いた。
「わかっています」
授業はすぐに終わり、体育館から出ようとした麗菜のもとに、笑顔を浮かべた浩一が近づいて来た。
「今日の昼は兄妹仲良く、一緒に食べないか?」
浩一は麗菜の肩を叩くと、彼女を追い越し、体育館から消えた。
(何者なんだ?)
美奈子もまた、遠ざかっていく浩一の後ろ姿をじっと見つめた。
「とにかく行きます」
麗菜は覚悟を決めた。
体育の授業が終われば、昼休みになる。
麗菜は着替え終わると、弁当を持って、屋上へと向かった。
「!」
階段をかけ上がり、鉄のドアを開けると、そこに浩一がいた。
真上にある太陽を、肉眼で見つめながら。
眩しさに思わず目を瞑った麗菜の耳に、浩一の声が飛び込んで来た。
「君は何者だい?」
その質問に、麗菜ははっとした。
浩一は、太陽から目を離さずに、
「赤星浩一の妹は、綾子という名前だったはず。それに、彼女は…この星の期待にそえずに、死んでしまったはずだ」
そう言った後、ゆっくりと目だけを麗菜に向けた。
「君は何者だ」
麗菜は、浩一の目力に怯みそうになった。後ろに下がりかけた足を止めると、浩一を睨んだ。
「あなたこそ何者よ!あなたは、こうちゃんじゃないわ」
「こうちゃん?」
麗菜の叫びに、浩一はにやりと笑った。
「そんな風に、赤星浩一を呼んでいた女がいたな?」
そして、顎を引くと麗菜に目をやった。
赤く光る瞳を。
「ほぉ〜」
浩一は、感心した。
「成る程な。彼女の中に感じた大きな力の正体は、貴女でしたか…。テラよ」
「…」
浩一の前に、立っているのは麗菜ではなく、美奈子に変わっていた。
「あんた何者だ?」
美奈子は、鋭い眼光を浩一に向けた。
浩一が肩をすくめると、
「あなたと同じような存在ですよ」
瞳の色が元に戻った。
「あたしと同じような存在だと?」
美奈子の眼光は、さらに鋭くなる。
「と言っても、あなたがいなくなったから、生まれたんですけどね」
浩一は、にこっと美奈子に微笑んだ。
その屈託のない笑顔に、思わずたじろいだ美奈子。
その瞬間、美奈子の前まで浩一は移動した。
「うっ!」
美奈子は、後ろに下がった。
「テラよ」
浩一は、美奈子の瞳の中を覗き、
「あなたにテラという名前は、相応しくない。この世界を捨てた貴女には」
そこに映る自分を見つめた。
「別に、あたしは!」
美奈子は、浩一の瞳を睨み返した。
「テラなんて、名乗ったことはない!」
美奈子の魔力が、浩一の瞳を射抜いた。
浩一は顎を上げ、身を反らした体勢になりながらも、にやりと笑った。
「了解しました」
ゆっくりと上半身を戻すと、浩一は美奈子を見つめ、
「もうあなたを…テラとは呼びません」
深々と頭を下げた。
その姿に、美奈子は不気味さを感じた。
「貴女が、この世界に害することがなければ…俺は何もしませんよ」
頭を上げた後、浩一は美奈子の横をすり抜けた。
「ま、待て!」
扉を潜り、階段を下りようとする浩一に、美奈子は慌てて振り返った。
「そうそう」
階段の途中で足を止めた浩一は、振り返ることなく、こう告げた。
「貴女ではなく、妹に伝えて下さい。しばらくは、兄妹の関係を続けるとね。でないとお互い…まずいでしょ?」
「く!」
美奈子は、下唇を噛み締めた。
「フッ」
階段を降りながら、浩一は口許を歪めた。
降りていく階段の先に、窓があり…太陽の照り返しで輝いていた。
「太陽は光。しかし、光の裏には闇がある」
浩一は階段から下りると、右に曲がり、教室を目指す。
「我は太陽。そして…」
浩一が歩く廊下の両端に、いつのまにか人間達が並んで立っていた。
「人間は闇ではなく…まして、光でもない。ただのゴミ。いや、ゴミの方がましか。燃やせばいいのだからな」
浩一は廊下の途中で、足を止めた。
「この地球を汚す病原菌である人間を滅ぼす為に、我は生まれた」
浩一の瞳が、赤く輝いた。
「数が増えないように、戦闘好きな資質を与え、戦争をすることで、一定数以上増えれば減らすようにプログラムしていても、自らの滅亡の危機に瀕すれば、大掛かりな戦争を止め、小競り合いばかり!本能が壊れたガラクタに、救いはない」
浩一はゆっくりと、歩き出した。
「この星を救う為には、人間を排除しなければならない」
そして、にやりと笑った。
「この赤星光一の手によって」
「何だ!あいつは!」
赤星光一の噂は瞬く間に、大月学園に広まった。
女子生徒は歓喜し、男子生徒は嫉妬する。
「赤星光一だと!?」
そんな中、俺だけは納得できなかった。1人、渡り廊下の手摺りにもたれ、グラウンドで活躍する光一を不満げに見ていた。
何故ならば、赤星浩一は俺だからだ。
しかし、モテモテの自分を見るのは微妙な感覚である。
学生時代、モテたことのない俺とそっくりな人間がいて、人気者である。
こんな幸せがほしかった。
なんて思っていると、サーシャが隣に来た。
「あの偽者をどうする?」
サーシャの言葉は嬉しいが…やはり微妙である。
「う〜ん」
悩んでいる俺を見て、サーシャはため息をついた。
「こうもあからさまな偽者がいたら、何かあると思うな。しかし…」
サーシャは、赤星光一を凝視し、
「あやつのレベルは、計り知れない。偽者というには、高過ぎる」
彼の全身から漂う魔力に、冷や汗を流した。
「そうですね」
俺は頷いた。
見た目は偽者だが…強さは本物だった。
「もし…やりあったら」
「ただではすまないな」
サーシャは、光一から視線を外すと、俺から離れた。
「うん?」
サーシャの動きに気付き、俺が隣を見ると、少し離れて麗菜が手摺の前に来た。
(ヤバい)
俺は慌てて、顔を逸らした。
麗菜は、グラウンドにいる光一の方を見つめていた。
「赤星さんのお兄さん。人気あるね!」
すると、麗菜の隣に和恵が来た。
「ええ…」
はぐらかすように言う麗菜を見ないように、ゆっくりと俺は手摺から離れた。
「…」
ずっと無言で、光一を見つめる麗菜の耳に、和恵のクスクス笑いが飛び込んできた。
「やっぱり気になる?お兄さんのこと」
「?」
麗菜が横に顔を向けると、目を輝かせている和恵がいた。
「べ、別に!」
麗菜は慌てて、否定した。
「ええ〜ほんとにい?」
じぃ〜と麗菜を見つめる目が近付いてくる。
「ううっ」
たじろぐ麗菜。
そんな2人の会話を耳にしながら、俺は渡り廊下から東館へと入った。
そこには、先に入ったサーシャが腕を組んで窓ガラスにもたれていた。
「話さないのか?」
サーシャの言葉に、俺は逆に訊いた。
「サーシャさんこそ、話さないじゃないですか」
俺の問いに、サーシャは鼻で笑うと、
「あたしらとあいつらは、別行動を取っている。この世界は、あいつらの方が詳しいし、あたし達は敵の目を引き付ける」
「成る程」
俺は納得すると、先程のサーシャの質問に答える代わりに、まじまじとサーシャを見つめ、
「似合ってますよ。制服姿。かわいいです」
ほめて上げた。
「な!」
突然のことに、サーシャは顔を真っ赤にして、絶句した。
ブルーワールドでブラックサイレンスの1人として戦い続けてきたサーシャは、あまりかわいいと言われたことがない。
「な、な、な」
サーシャが少しパニックっている間に、俺はその場から離れた。
すぐに思考は、光一のことに戻った。
(敢えて…魔力を放出していたな。俺の波動に似ているが、異なる。やはり、あいつが…抗体)
普段の力が使えれば、容易に倒すことができるだろう。
しかし、魔力を使えない…今の俺では、やつに勝てないとわかっていた。
(まだもう一人のレダとも接触していないのに)
問題が山積みだった。
ここ数年は、強大な魔力を身に付けていた為に、殆どの問題をクリアできていた。
しかし、再び…ただの人間に近くなると、不便であった。
(改めて思う。人間は、大変だとな)
それでも、まだましなのは…チェンジ・ザ・ハートとモード・チェンジの一部が使えることだった。
(しかし…どうする?)
考え悩んでいると、俺の進路に誰かが立っていた。
「太陽様!」
その声に、俺は足を止め、絶句した。
「開八神茉莉…」
目の前で微笑んでいるのは、綾瀬太陽の姿をした茉莉だった。
「いやですわ〜!太陽様!茉莉とだけ呼んで下さいませ」
少し口を尖らせた茉莉に、俺は何も言えなくなった。
「太陽様!」
信じられないことに、俺が本物の茉莉と会うのは、これが初めてであった。
「開八神さん」
俺は敢えて、名字で呼んだ。
その瞬間、不満げに口を尖らせた茉莉を無視して、俺は訊いた。
「どうして、体を入れ換えた?」
「そんなことよりも、先程の女は誰ですか?」
俺の言葉を遮ると、茉莉は微笑みかけた。
しかし、目は笑っていない。
「?」
思わず、茉莉の瞳の奥を覗いた俺は、絶句した。
そのさらに奥に、何かとてもない力を感じたからだ。
「単なるお友達でしたら、今回は許します。だけど、わたしくし以外の女と話すことは承知致しかねます」
「な!」
一瞬、言葉を失ったが、気を取り直して、俺は言った。
「お、女にされたのに!女と喋るなは無理があるだろうが!男とだけ話せというのか!この学園で!」
思わず力が入ってしまった。
そんな俺を、目を見開いて見つめた茉莉は、開いた手を口に当て、
「そう言われれば、そうですね」
驚いた顔を作ってから、改めて言った。
「ですが、できる限り女と話すことは…」
強い表情で、真っ直ぐ俺を見つめながら近付いてくると突然、俺の手を取った。
「!」
その行動に、今度は俺が、驚いた。
「傷だらけの手…」
茉莉は、俺の手の甲を見つめ、呟くように言った。
「ご、ごめん」
俺は、素直に謝った。
よく考えれば、この体は茉莉のものである。
戦い続きで、いつのまにか傷だらけになっていた。
お肌のケアもしていない。
髪や身だしなみは、御付きの人がやってくれているが…。
痛いところをつかれて、俺は何も言えなくなってしまった。
しかし、そんな俺に、茉莉は微笑んだ。
「よろしいのですよ。わたしくしの体が、太陽様の為に傷付いても…。一向に、構いません」
その言葉に、俺はさらに何も言えなくなった。
「なぜなら…わたしくしと太陽様は一心同体。この体も、太陽様の為に傷付いたのならば、本望ですわ」
傷付いた手を見ながら、うっとりとした表情を浮かべる茉莉に、俺はぞっとした。
「君は一体…」
何者なのか…どうして、俺と体を入れ換えたのか。
と訊きたかったが、答えは恐らくわかっていた。
しかし、その答えは重い。
今の俺には、重い。
なぜならば、その答えに応えるつもりがないからだ。
「太陽様」
「お嬢様!」
潤んだ瞳で、俺を見つめる茉莉の会話を止めたのは、俺ではなく、猫沢だった。
廊下の奥から姿を見せた猫沢は、早足で俺達のそばまで来ると、茉莉の背中に頭を下げた。
「真田様がお探しになっております」
「チッ」
猫沢の言葉に、茉莉は微かに舌打ちした。
そして、その時に見せた茉莉の一瞬の表情に、俺は目を見開いた。
(今のは…)
少女に、似つかわしくない邪悪な気を感じたように思った。
しかし、それはすぐに満面の笑みによってかき消された。
「それでは、太陽様!ごきげんよう」
胸に手を当て、数秒深々と頭を下げると、ゆっくりと頭を上げてもう一度、俺に微笑んでから背を向けた。
そして、頭を下げている猫沢のそばを背筋を伸ばして通り過ぎた。
猫沢は頭を上げる瞬間、俺に一瞥をくれると、茉莉の後に続いた。
その様子を見送りながら、俺は思った。
(少女ぽくないか…。まあ〜俺の体だしな)
男にしては、睫毛が長く…女の子ぽくつくってしまったかなっと、つまらないことを考えてしまった。
(魔力が使えたら、体を取り返すことができたか)
俺はため息をつくと、歩き出そうとして、足を止めた。
(っていうか…体を取り換えるって、どうやってやったんだ!真田は、開八神家の財力と力があったからと、曖昧なことを言っていたが…)
俺は考え込んでしまった。
(脳内の記憶を入れ換えたり、書き変えたというレベルではなく…魂を交換している)
俺は、はっとした。
(これは、科学というよりも、魔法?)
と思ってから、否定した。
(この世界は、魔法よりも科学が発展した世界のはず)
ブルーワールドと実世界は、対極にあり…一方は魔法、一方は科学と発展の仕方が違うと思っていた。
しかし、そんな単純なことではないと、今は知っていた。
(月の女神は、この世界を人間の為に創った。魔物がいない安全な世界として。しかし、ブルーワールドを基本とした為に、魔物がまったくいなくはできなかった。それでも、圧倒的に少なかった故に、魔法ではなく…科学が発展した)
俺は、廊下から外に目をやった。
科学が発展した実世界とは言わば、消費の世界と建設の世界だと思う。
大量につくり、大量に消費する。
しかし、それができるのは…人間がこの世界の支配者であるからだ。
ブルーワールドでは、魔物に破壊されることが多い。
だからこそ、結界を張り…その中で町をつくっていた。
(初めてブルーワールドに行った時は、この世界とあまり変わらないと思っていた。しかし、根本的に違っていたんだな)
そんなことを考えながら、無意識に歩き出していた俺は…いつのまにか、廊下から中庭に出ていた。
「うん?」
ふっと目が中庭から、グラウンドに向いた。
練習を終えた男子生徒達が、引き上げてくるところだった。
その中に、赤星光一がいた。
同じ目線で、彼を見ると…やはり、鏡に映っているようだった。
(俺の偽者)
しかし、世代が違う。
思わず見つめてしまった俺の視線に気付いた光一は、微笑んだ。
(!)
自分の微笑みを客観的に見ると、気持ち悪い。
光一は微笑みながら、俺に近付いてくる。
「やあ〜アダム」
すれ違う寸前、光一は俺だけに聞こえるように、微かな声で言った。
「!?」
意味がわからずに、驚く俺の横を、にやけながら、光一は通り過ぎた。
「赤星。あのお嬢様を知ってるのか」
話しかけた内容はわからなかったが、光一が開八神茉莉に微笑みかけたことは、回りにいた生徒達も気付いていた。
「ああ…知ってるよ」
光一は笑顔で頷き、最後の言葉は心の中で呟いた。
(生まれる前からね)