似て非なるもの
「オウパーツだと!?そ、それに!?」
俺は、こちらの顔を向けたレダを見つめた。
(君は、レダなのか!?)
俺の記憶の中にいるレダは、幼い少女だった。
(レダ!)
床が元に戻った為、足下で分離したチェンジ・ザ・ハートを、俺はシャイニングソードに変えると、ジャンプした。
「レダ!」
縦と矛の関係にあるシャイニングソードで、オウパーツを弾き返そうとした。
しかし、びくともしない。
「な!」
俺は、目を見開いた。
少し腰を屈めて、顔を俯き加減にしながらも、オウパーツの左腕でしっかりと受け止める安定感に、彼女がただ者ではないと直感した。
「…」
レダはゆっくりと、顔を上げた。
「!」
長い睫毛の下にある憂いを帯びた瞳を見た瞬間、俺はレダに深い悲しみを感じた。
(き、君は!?)
だが、そんな悲しみとは別に、シャイニングソードを受け止める左腕が唸り声を上げた。
「くそ!」
俺は舌打ちすると、後ろにジャンプした。
オウパーツから放たれた振動波が、レダの足下の床をすり鉢状に抉り取った。
(この体では、振動波に耐えられない)
俺は、改めてシャイニングソードを構え直した。
「ご機嫌よう。お嬢さん」
ティア達は微笑みながら、会場奥の従業員通路から、外に出た。
「ティアナさん!」
俺は思わず、ティアナの後を追おうとした。
それを見て、サーシャが叫んだ。
「目標を見失うな!用があるのは、あの女ではない!」
「く!」
俺は顔をしかめた。
確かにその通りである。
ティアナ・アートウッドにそっくりな女と、オウパーツの出現に少し混乱してしまった。
(ま、まさか…ティアナさんにそっくりな人がいるなんて…)
それは…何処と無く、アルテミアに似ているということになる。
(くそ)
サーシャの言葉で冷静になれたが、目の前のレダの腕が危険であることには変わりなかった。
(本当に彼女は、あのレダなのか?)
悩んでいまう俺の横に、高坂が来た。
「君は…何者なんだ?」
高坂は、静かに佇むレダを凝視した。
あまり殺気を感じないが、近付けば…塵になる。
「いや…」
高坂は、俺から一歩前に出ると、
「質問を変えよう」
拳を握り締めた。
「?」
高坂の動きで、場の空気が少し変わった。
俺は一度力を抜くと、深呼吸をした。
レダと話をするよりも、彼女の左腕から高坂を守らなければならなくなった。
「君は…」
高坂は、真っ直ぐにレダの目を見つめた。
「奴等の味方なのか?」
高坂の言葉に、レダは首を横に振った。
「君は!」
高坂は、さらに前に出た。
「この世界の人間ではないね」
その言葉に、レダは頷いた。
「やはり」
高坂は頷いた。
「この世界の人間じゃない?」
サーシャは、右腕を押さえながら、眉を寄せた。
「あたしは!」
突然、レダの雰囲気が変わった。
「レダじゃない!」
左腕が、再びうねりを上げた。
「あの世界に戻りたいだけよ!」
「!?」
驚く高坂に向かって、床を蹴ると、レダは左腕を突きだした。
(レダじゃないだと!?)
俺は絶句しながら、叫んだ。
「モード・チェンジ!!」
俺の姿が消えた。
次の瞬間、レダの左腕が飛んだ。
「うおおっ!」
それだけではなかった。
レダの体も、宙を舞っていた。
「やめろ!」
サーシャが叫んだ。
しかし、俺は止まらない。
レダは、後方に着地した。
「クッ」
しかし、腹に激痛が走った。腕を斬られただけではなく、腹を蹴られていたからだ。
「何という速さだ」
と、レダが呟いた時には喉元に、シャイニングソードの切っ先が突き刺さる寸前だった。
(お前は、人を殺してはいけない)
突然、アルテミアの声が俺の頭に響いた。
「間に合わないか!」
サーシャは、床を蹴った。砂になった右手が復活していた。
「!」
まったく反応ができなかったレダは、喉にシャイニングソードが突き刺さることを覚悟した。
しかし――。
「はあ、はあ、はあ」
俺は、踏み止まっていた。
シャイニングソードの切っ先は、レダの喉にほんの少しだけ触れていた。
俺のそばに来たサーシャは、奇跡的に止まった剣の先を見つめ、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、少しは喉に刺さっている為に、出血するはずだった。
「な」
サーシャと俺は、絶句した。
何故ならば…流れたのは、血ではなかったからだ。
「砂…」
俺の後ろに立つ高坂は、目を見張った。
「あはははは!」
言葉をなくした3人に向かって、レダは笑った。
「そう!砂よ」
笑いながら、後ろに下がる間に、傷口は塞がった。
「あたしは、この女と同じ砂の世界から来た!」
レダは距離を取るとサーシャを指差し、足を止めた。
「砂の世界?」
高坂は知らなかった。
「未練や恨みを持った死人が、転生できずに…永遠に、生前の姿で暮らす世界よ」
サーシャは、レダを睨みながら説明した。
「!」
高坂は、サーシャの元に戻った腕と足に気付いた。
しかし、気にしている場合ではない。
高坂も視線を、レダに戻した。
「先程…あなたは、奴等の味方ではないと答えましたね」
シャイニングソードを下に下ろすと、俺はレダを見据え、
「だったら、なぜ彼らを逃がした?いや、それよりも、どうしてあんな歌を!その意味は何だ?どうして、レダと名乗った!」
疑問をぶつけた。
「それは…」
レダは俺を見てから、視線を下に向けた。
そこには、オウパーツが転がっていた。
「わからない」
「わからない?」
俺は、眉を寄せた。
「なぜなら…あたしは、レダでも…歌手でもないから…歌の意味もわからない」
そう言うと、レダはオウパーツに向かって歩き出した。
「!」
レダの告白に、3人は言葉を失った。
レダはふらつきながら、オウパーツのそばに来ると、腰を下ろした。
「あたしは死に…砂の世界に落ちた。そして、奴等の計画に乗った」
「計画?」
俺は、しゃがんだレダの背中を見下ろした。
「奴等は、この世界の人間をブルーワールドに落とすだけではなく…砂と同化したあたし達の新たな肉体を、落とした人間からプレゼントすることを約束した」
伸ばしたレダの指が、オウパーツに近付いていく。
「しかし、あたしの肉体は残っていた。このオウパーツと共に…。だから、この世界に来たら…奴等を出し抜いて、肉体を取り戻すはずだった!なのに!」
そして、指先が触れた瞬間…レダの体は消えていく。
「あたしの体はなかった…」
レダは睫毛を伏せた。
その動きを見て、俺はレダの瞳に見た悲しみの正体を知った。
「他人の体を得て、生き返っても意味がないから」
レダの体が消えていく。
「待て!奴らの目的は、この世界の人間の肉体を奪い、ブルーワールドで生き返ることなのか!」
サーシャの質問に、レダは笑った。
「それが…すべてではないわ」
微笑みながら、レダは消滅した。
いや、実際的には…彼女はレダではない。
俺が彼女の名を知るのは、大分後のことである。
「…」
俺は、オウパーツのそばに溜まった砂を見つめた。
「彼女は、レダではない!?そう言えば…ステージでの歌声と…いや、歌になると声の感じが変わる者もいる」
悩む高坂を無視して、俺はオウパーツに手を伸ばした。
「や、やめろ!」
その行動に気付き、高坂は叫んだ。
「これは、魔王の防具だ。王の資格がある者。もしくは、適合者でなければ、塵になるぞ」
しかし、高坂の忠告とは違い、俺は難なく左腕に手にした。
(王の資格があるのか?)
サーシャは、右腕を見つめる俺を見つめた。
(やはり…この女の正体は)
サーシャが確信を持とうとしている中、俺はいろいろ考えていた。
(奴等の目的は、この世界の人間をブルーワールドに落とし、砂の世界の人間達に肉体を与える)
それだけでは、どうもしっくり来なかった。
(それに、本物のレダはどこに?)
すべては、まだ謎であるが…当面の目的は、レダ探しと、ティアナに似た女の行方を突き止めることに決めた。
「お嬢様」
変な空気が流れる会場内に、小柄な男が入ってきた。
俺に頭を下げると、
「お時間です」
周りの状況を気にせずに、淡々と言った。
「え」
俺は、オウパーツを手にしながら、目を点にした。
その夜のニュースは、会場内での五十人をこえる失踪事件を伝える…ことはなかった。
ただ…ラジオの生放送から、レダの声が聞こえてきた。
「皆さん。お元気ですか?」