狂想曲の調べ
「先にいくぞ」
廊下の壁にもたれている俺を残して、真田はその場から離れた。
「くっ」
ダメージは、すぐに回復しなかった。
俺はふらつきながらもゆっくりと歩き出し、正門を目指した。
「お嬢様」
西館から中央館、そして東館を抜けた俺の前に、小柄な男が突然姿を見せた。
深々と頭を下げた後、男は顔を上げた。
「ご予定通り、御迎えに参りました。真田様は、御屋敷に御用がおありのようで、ここからはわたくしがご一緒させて頂きます」
「?」
一瞬、首を傾げたが、すぐに思い出した。
(レダのパーティーか)
俺は歩こうとしたが、すぐにふらついてしまった。
「肩をおかししましょう?お嬢様」
どこか淡々とした物言いの男の申し出を、俺は断った。
「大丈夫です」
笑顔を男に向けた俺の腕を後ろから、掴む者がいた。
「そう言わずに、素直になりましょうよ。お嬢様」
「!」
驚いた俺の脇に、強引に肩を入れたのは、高坂だった。
「ご級友ですか?」
男の質問に、高坂は笑顔でこたえた。
「ええ。今日のパーティーには、お嬢様からお誘いを受けておりまして」
「な」
勿論、そんな約束はしていない。
「さあ〜行きましょう」
しかし、高坂は強引に、俺を連れて歩き出した。
普段なら、振り払うのだけど…今の俺に、そんな力はない。
「わかりました。それは、予定外ですが…お一人くらいは…」
「いや…もう1人追加してくれ」
反対側の脇に、サーシャが肩を入れてきた。
「サーシャさん…」
思わず目を丸くした俺に、サーシャは顔を向けずに、小声でこたえた。
「お前の正体は、後で確かめる。今は…」
そこまで言ってから、サーシャは前に立つ男を見た。
一見、小太りの普通の男に見えるが…。
(佇まいが違う!只者ではない)
サーシャは、男の立ち方一つで力量を推測していた。
「では…行きましょうか?」
男は三人に頭を下げると、前を向き、歩き出した。
「いくぞ」
サーシャの号令で、高坂が歩き出した。
俺も引きずられるように、足を進めた。
「あのお〜」
歩きながら、俺は高坂に顔を向け、
「今から向かう場所は…何があるかわかりません。サーシャさんはともかく…あなたは、危険です」
きっぱりと言い放った。
「確かにそうかもしれないが…」
高坂はフッと笑い、
「危険な場所にいかないと知ることができないなら…俺は行く。何があっても。それが、情報倶楽部部長としての生き方何でね」
肩を入れ直した。
「…」
その意志の強さを感じ、俺は諦めた。無理矢理振りほどく力もなかった。
(とにかく、今は…体力の回復に努めよう)
体力が戻れば、守ることもできるはずだった。
そう考えていた俺の耳に、昔聞き慣れた…ある音が飛び込んで来た。
「失礼」
高坂は上着のポケットから、携帯を取り出した。
しかし、鳴っているのは…携帯ではなかった。
「!?」
高坂も驚くと携帯をしまい、あるものを取り出した。
「!」
俺は目を見張った。
それは、一枚のカードだった。
「真。聞こえる?」
洗脳が解けて、意識を失った緑を、情報倶楽部の部室まで運んださやかは、カードを耳に当て、高坂に連絡していた。
「どうやら…向こうの世界と少し繋がっているようね。カードシステムが、復活しているわ」
「カードが使えるのか!」
高坂は、驚きの声を上げた。
「あまり喜ばしいことではないけどね」
さやかは、部室内のベッドに横になっている緑を見つめ、ため息をついた。
「汚れた月に操られていた他の子達は、保健室に運んで、生徒会長が見ているわ」
「そうか…。了解した」
「あんたも無茶をしないようにね」
さやかとの通信を切った高坂の手にあるカードを、俺はまじまじと見つめた。
「うん?」
あまりの視線の強さに、高坂は俺の顔を見、誤魔化すように言った。
「最近の携帯は、ついにこんなに薄く…」
「体力回復させてくれませんか?」
高坂の言葉を遮るように、俺はじっと目を見つめ、頼んだ。
その瞳の強さに、高坂は理解した。俺が、そのカードを知っていることに。
だから、素直に本当のことを口にした。
「残念ながら…このカードにはポイントがない。使えるのは、通信機能だけだ」
カードシステムとは、ブルーワールドでティアナ・アートウッドが考案、開発したものであった。
魔王ライにより、妖精や精霊が住めなくなった世界では、人間は魔物を使えなくなった。契約できないからだ。
そんな状況を打破する為に、カードシステムは作られた。
倒した魔物から魔力を奪い、それを使役する為に。
(そうか!この世界には、魔物がいない。だから、ポイントを貯めることができないんだ)
ポイントとは魔力である。
そんなことを真剣に考えている俺の顔を見て、高坂が口を開きかけた。
「君は…一体」
しかし、最後まで話すことはできなかった。
いつのまにか…校門前に着いていた。
「お嬢様」
黒いリムジンが校門前に移動すると、小柄の男はドアを開き、深々と頭を下げた。
その行為に邪魔された形になった高坂は、口をつむんだ。
3人がリムジンに乗り込むと、前の席に小柄の男が座った。
ゆっくりと発車する車の揺れに、身を委ねながら、俺は先程の月影の騒動を思い出していた。
(仮にも女神であるものを、瓶の中に封印する相手がいるとは…)
俺は、それが気になっていた。
しかし、その封印した相手は、あの場にはいなかった。
(神レベルの…それも強力な相手がいるな)
俺は確信した。
「…」
リムジンの広い車内の中でも、高坂は気を許してなかった。
どこか…落ち着かない雰囲気があった。
サーシャは、車内に入ってからずっと、目をつぶっていた。
「ふぅ〜」
高坂は軽く息を吐くと、まだ手に握り締めていたカードに目をやった。
「!?」
何と、カードの反応が消えていた。
(まさか)
高坂は、カードを握り締めた。
(まだ使える場所が限られているのか。すると…完全に繋がった訳ではないのか)
3人を乗せた車は、市街地を抜けた。
「ま、まさか…こんなところに来るなんて」
華やかなパーティー会場で、1人浮いてるように感じていた飯田直樹の横で、小太りの紳士と談笑を終えた天城志乃は、ため息をついた。
「単なる自慢の見せ合いよ。金と暇をもてあました奴らのね」
各々に着飾った姿を、高貴と見るか…滑稽と思うか。
「そして…この場で、最高のデコレーションのご登場よ」
作り笑いで笑い合う人々の声が、歓声に変わった。
「レダ…」
会場に現れたのは、歌姫…レダであった。
ステージ上では、大きく見える彼女は…同じ目線で見ると小さく見えた。
早速、彼女に群がる人々。
その姿はすぐに、見えなくなった。
直樹は、手に取っていたワイングラスを置くと、人混みを見つめ、
「しかし…まだ、彼女はデビューしたばかりの新人でしょ?こんなパーティーが開かれるなんて…」
「そんなことはないわ。それだけ彼女に、魅力がある。そして…金の匂いがするのよ。ここに集まった奴等は、そういうのにだけ鼻がきくのよ」
少し吐き捨てるように言った志乃は、口直しに、グラス内のワインを飲み干した。
そんな2人から離れたテーブルに、2人の外国人がいた。
「ウフフ…」
レダに群がる人々を見つめながら、妖しく微笑んだのは、ティアだった。
「いつ見ても面白いわね。金に成る木に群がる…金ずる達」
「そうだな」
1人に立つジャックは、にやりと笑うと、煙草に火を点けようとした。
「ジャック」
「あっ…そうだったな」
ティアのたしなめる声に、ジャックは手を止めた。
煙草をスーツの内ポケットにしまうと、顔をしかめた。
「死んでから…金への執着や食欲もなくなったのに、煙草だけ手が伸びやがる」
「それが…あなたの魂に刻まれている習慣なんでしょうね」
ティアはジャックから目を離し、レダの方を見た。
「大したことないな。俺も」
ジャックは苦笑すると、ティアの横顔を見つめ、
「ところで〜あんたの魂に刻まれているものは、何だい?それに…この世界に戻った理由も知りたいねえ」
にやりと笑った。
「…」
ティアは無言で目だけを、ジャックに向けた。
「あんたは自殺したと聞いている。ということは、祖国を内乱状態にした…民主主義国家への復讐かな?前のように、アメリカに対する」
ジャックの探るような言い方に、ティアは視線をレダに戻すと、口を開いた。
「時代は変わったわ。民主主義とか社会主義の対立だけでは、説明をできなくなった。インターネットによって、情報を簡単に得ることができるようになった社会で、アメリカとか国家を壊したところで、世界は変わらない」
「だとしたら、あんたがいる理由は?」
「人にばかりきいて、あなたの理由は何なの?」
ティアは横目で、軽く睨んだ。
「お、俺か?」
突然震え出すと、ジャックは無意識に煙草に再び手を伸ばし、
「簡単なことさ。死んだやつが願うことは、生きてるやつらの死だ」
唇にねじ込んで初めて手を止めた。
「そう…」
ティアは、ゆっくりと歩き出した。
「あたしの理由は…まだわからないけど…。魂に刻まれたものはわかるわ」
「ほぉ〜」
ジャックは、今度はしまうことなく、火を点けた。
「音楽よ」
ティアはレダを真っ直ぐに見つめながら、彼女に近付いて行く。
「音楽ねえ〜」
ジャックは煙草を吹かすと、ティアの遠ざかる背中を見つめ、
「あまり退屈にはさせないでくれよ。あんたは、俺に貸しがあるんだからな」
ゆっくりと目を細めた後、煙草の煙を吐き出した。
「あんたが、俺を殺すように手配したことは…わかっているんだからな」
しかし、すぐに煙草を簡易灰皿にぬじこむと、ジャックは口元を緩めた。
「あんたが死んでなければ…俺の目的は決まっていたんだけどな」
手だけをテーブルに伸ばすと、ワイングラスを掴んだ。
「ちょっと息苦しくないですか?」
レダに近付くこともできずに、手持ちぶさたになった直樹は、空気が薄いことに気付いた。
大勢の人間が、部屋の中に詰まっているからだろうか。
「そうね」
志乃もそう思っていた。
音楽業界の関係者達に、一応挨拶をするという仕事はある程度終わった為に、2人は会場から出ることにした。
ドアを開けて、会場の外に出ると、4人の新たな来客が到着したのを目撃した。
「お嬢様。会場に入る前に、着替えの方を」
入ってきたのは、太陽達だった。
「必要ない」
俺は、学生服のままで中に入るつもりだった。
さっきの戦いで、少し汚れてしまったが、ドレスのような動きにくいものを着る気にはなれなかった。
「お嬢様!」
小柄な男の声を無視すると、俺は真っ直ぐに会場に入るドアを目指した。
車内で少し休んだ為に、歩けるようになっていた。
(血を吸えば…回復するかもしれないが…この体に、牙はないしな)
俺は歩きながらも、体の回復状態を確かめていた。
「お嬢様!」
「仕方ないな」
高坂は頭をかくと、俺の後に続いた。
勿論、サーシャもだ。
ドアから出てきた直樹と志乃は、接近してくる俺から異様な気を感じたからか…道を開けた。
俺は2人に軽く頭を下げると、勢いよくドアを開けて、会場に飛び込んだ。
「うん?」
中に入った瞬間、俺は足を止めた。
なぜならば…誰もいなかったからだ。
いや…正確には、3人だけいた。
「おや。来客だぜ」
煙草をくわえた男が、俺の方を見た。
「そう」
レダとその前で服装の乱れをチェックしている金髪の女は、背中を向けている為に、俺は二人の顔を見れなかった。
「どうした?」
真後ろにいた高坂が、肩越しに会場内を見た。
「まだ始まっていないのか?」
人数が少なすぎると思ったが、テーブルに並んだ取り皿を見て、眉を寄せた。
「え…。誰もいない」
高坂の横から、顔を覗かせた直樹は、絶句した。
「何だ!」
突然、足下に違和感を感じた。
俺は咄嗟に、振り返り叫んだ。
「入るな!」
次の瞬間、足下の床がなくなった。
「さようなら」
レダの前にいた女が振り返り、微笑んだ。
「!?」
その顔を見た瞬間、俺の全身の力が抜けた
「ティアナさん!」
底が見えない穴になった会場から、俺は落下した。
だけど、回転する2つの物体が穴の底から飛んできて、合体すると足場になった。
「どうして、ティアナさんが!」
チェンジ・ザ・ハートの中心に立つと、俺は叫んだ。
「残念だけど…あたしは、ティアナではないわ」
狼狽えている俺に微笑むティア。
しかし、俺には…ティアナさんにしか見えない。
「あなたは、勘違いしている」
「馬鹿な!」
またま納得できない俺の肩に、後ろから誰かが手を置いた。
そのまま、俺の肩を弾くと、前方に飛んだ。
「!?」
ティアは、目を見開いた。
なぜならば突然、目の前にドラゴンキラーの切っ先を向けたサーシャが飛び込んで来たからだ。
サーシャはドアからジヤンプすると、俺の肩を中継にして再び飛ぶと、ティアに襲いかかったのだ。
「サーシャさん!」
足場のないはずの穴の中央で、普通に立つ3人。
一番近いティアの胸を、ドラゴンキラーは突き刺したはずだった。
しかし、現実は違った。
ドラゴンキラーは、ティアの前に回ったレダの左腕に止められていた。
「何!?」
驚くサーシャの耳に、モーターが回るような音が響いて来た。
その音を聞いた瞬間、俺はサーシャに向かって叫んだ。
「逃げて!」
「チッ!」
サーシャは舌打ちすると、レダの腹を左足で蹴って、後ろに飛んだ。
着地した瞬間、会場は元の状態に戻った。
しかし、サーシャの左足の爪先と、ドラゴンキラーを装備していた右腕がなくなっていた。
「く!」
顔をしかめたサーシャの右腕と、左足の先から砂が零れ落ちた。
「砂?」
その様子を見た直樹は、目を丸くした。
しかし、それよりも、驚くことがあった。
「オウパーツ!」
高坂は、絶句した。
目の前に立つレダの左腕に、オウパーツがついていたのだ。