雷鳴を纏いし、哀
(な、何だ!?この禍々しい魔力は)
俺は、中島の気を感じて唇を噛んだ。
(どんどん魔力が上がっていく)
黒い霧のような魔力が、中島の全身から漂い、その霧の中で光がスパークしていた。
「できれば…使いたくなかった」
中島は呟くような声で、話し出した。
「俺も…相原も、この世界で、人間として健やかに暮らしたかった」
(涙!?)
俺は、中島の瞳に涙を見たような気がした。
「ククク!やりなさい」
桂は、後ろから中島に命じた。
「但し、肉体は残しておくのよ!」
「!?」
唖然とする俺の目の前で、中島の姿が変わった。
人間である原型は残らず、四肢で空中に浮かぶ姿は…この世界に存在しないはずだった。
しかし、それでも…俺は知っていた。
存在しない架空の存在として。
「麒麟か!」
龍に似た顔の額には角があり、鹿の身体に牛の尾と馬の蹄を備えた…その姿は、まさしく神獣麒麟。
雷雲を身に纏い、グラウンドを見下ろす麒麟に、俺の全身が身震いした。
(面白い!)
心の中でにやりと笑い、茉莉の体であるが、牙が生え…瞳が赤くなった瞬間、世界がぶれた。
(な!)
絶句すると、赤くなった俺の瞳が戻った。
(あなたが向こうに行けば…世界のバランスが崩れる)
和美の言葉が、頭の中でよみがえった。
(ま、まじかよ!俺の魔力は、3分の1だぞ。そんな魔力を、少し使うだけでも駄目なのか!クソ!)
俺は、興奮による魔力の発動を抑えた。
そんな数秒の葛藤が、俺に隙を作ることになってしまった。
「君に罪はない。ごめんよ」
麒麟となった中島の体を覆う雷雲から、雷が放たれ、俺に直撃した。
「く」
俺が麒麟と化した中島の攻撃を受けている時、西館の裏では、九鬼と乙女ダークの戦いが続いていた。
いや、戦いとは言えなかった。
一方的な力による…いたぶりだった。
乙女ダークと九鬼との差は、天と地ほどあった。
乙女ダークの攻撃を受け流すこともできなかった。
合気道の達人も、走っている新幹線を投げ飛ばすことができないように…九鬼は、乙女ダークの攻撃を受け流すことができなかった。
だから、逃げ惑うしかないのだが…スピードも、乙女ダークが上だった。
(遊ばれている)
とわかっていても、どうすることもできなかった。
乙女ダークという鳥籠の中にいる九鬼は、その中でもがくだけだった。
だんだんと避けるだけで、九鬼の制服は切れ…皮膚にも綺麗な傷が走っていた。
「フン!私の絶望は、こんなものではなかった」
乙女ダークは動きを止めると、冷や汗を流す九鬼を睨んだ。
「あ、あなたは、一体?」
九鬼は、乙女ダークの攻撃の型を見て、どこか自分に似ていると感じていた。
まるで…道場の同門とやるような。
「お前と話すつもりはない」
乙女ダークは、腰を屈めた。
その様子に、九鬼は必殺技が来ることを確信した。
(仕留めに来る!だけど!)
普段ならば、カウンターで合わせるのだが…明らかに差があった。
(それでも、少しでも…報いることができたら)
九鬼が覚悟を決めて、乙女ダークと同じ体勢をとろうとした時、後ろから声がした。
「わからんな〜。なぜ使わない?その力を」
「!?」
九鬼は目を見開いた。
「一度、封印を解いてやったんだ。だから、お前のやりようで何度でも解けるはずだが?」
真後ろに現れたのは、刈谷であった。
「はあ〜」
乙女ダークの足元に、淀んだムーンエナジーが絡み付く。
「神の力…。使わぬのか?」
刈谷の言葉を背に受けて、九鬼は目を見開いた。
「そうだ。それでいい」
刈谷は笑うと、九鬼に背を向けて歩き出した。
「月影」
「キック!」
乙女ダークと九鬼が同時に叫ぶと、2人はジャンプした。
「フッ」
少しにやけている刈谷の前に、乙女グリーンが着地した。
「知らなかったわ。お前が、そんなにお節介だったなんて」
眼鏡を取ると、リンネに戻った。
刈谷はさっと跪くと、頭を下げた。
「私はただ…炎の騎士団として、やつに借りを返しただけでございます。この世界で、リンネ様にお仕えする為に…あやつの力を借りた故に」
「そう」
刈谷の言葉に、リンネはただ背を向けると歩き出した。
「リンネ様」
刈谷は動かない。
「しつこい男は嫌いだけど…忠義心は好きよ」
「リ、リンネ様…」
刈谷の背中が震えていた。
「好きにしなさい」
「は!」
刈谷はもう一度地面に額がつくほど、頭を下げると、立ち上がった。
「♪」
リンネは歩きながら、緑の乙女ケースを軽く投げて遊んでいたが、西館を曲がり、九鬼達とは反対側に回ると、開いている窓から、乙女ケースを差し入れた。
「ありがとう。でも…あなたはよかったのかしら?」
「…」
校舎内の廊下の壁にもたれ、携帯でメールを打っている花町蒔絵は、送信してから、乙女ケースを受け取った。
すると、リンネの胸元からメールの着信音が響いて来た。
リンネは谷間から携帯を取ると、メールを確認した。
「了解」
それだけ言うと、蒔絵の近くから離れた。
「クスッ」
少しの笑い声を残して、リンネは消えると、その後を追って刈谷も消えた。
「黒焦げにしてもいいけど、灰にはしないでね」
中島の怒涛の攻撃を見て、満足気に頷くと、桂はその場から歩き出した。
「あたしにもやることがあるから」
そして、九鬼と乙女ダークが戦っているはずの西館裏に向かった。
「生徒会長様は、今頃ボロボロにかしら?」
鼻歌混じりで楽しそうに、西館裏に向かった桂は…予想外の結果に一瞬、言葉を失った。
倒れているのは、九鬼ではなく…乙女ダークの方だった。
激しく肩で息をする九鬼を見て、桂の表情が変わった。
「ど、どうして!あんたが!」
「!」
桂の声に気付き、九鬼は顔を向けた。
「桂さん?まさか…あなたに会えるなんて…死んだはずのあなたに」
少し笑顔になった九鬼に、桂はキレた。
「どうして、あんたは!また生きているのよ」
桂は血走った目で、九鬼を睨み、
「あたしは、あんたが生きていることが許せない!」
プラチナの乙女ケースを突き出した。
「そ、それは、理香子の乙女ケース!」
九鬼は驚きの声を上げると、表情を強張らせた。
「これは、あたしが頂いたのよ!力だけではなく」
桂は九鬼の変化に喜ぶと、スカートのポケットから、瓶を取りだして見せた。
「女神自身もね」
「桂さん!」
九鬼は、桂に向かって走り出した。
「フン!」
桂は鼻を鳴らすと、顎を上げて見下すような格好になりながら叫んだ。
「装着!」
プラチナの光が、桂を包み…乙女プラチナへと変身させた。
「理香子を返して!」
助走をつけ、飛びかかろうとする九鬼に、乙女プラチナは瓶をつまんで見せた。
「下手な動きをすると、握り潰すわよ」
「クッ」
空中で顔をしかめると、目の前に着地した九鬼の首筋に、乙女プラチナは回し蹴りを叩き込んだ。
ふっ飛んで、地面を転がる九鬼を見て、乙女プラチナは歓喜の声を上げた。
「最高〜!無敵の生徒会長様も、こう見たら…無様ね」
「あ、あなたの目的は何?」
何とか立ち上がると、九鬼は乙女プラチナを見つめた。
「目的?目的は簡単よ」
乙女プラチナは、瓶をポケットに入れると、九鬼を指差し、
「あなたが生きているのが、許せない!いや、あたしが死んでいるのに…みんなが生きているのが、許せない。だから、みんな死んで貰うのよ!」
にやりと笑った。
「そ、そんな理由で」
九鬼は構え直した。
「それに、心配ないわ。死んでも、こうして〜あたしはいる。だから、大丈夫!みんな、死んでも!ねえ…だから…みんな死んでよ」
懇願するような桂の瞳の奥に、九鬼は哀しみを見た。
だからこそ、構えた。
「命を好きにさせない!」
「命なんて、奪ったもののものなのよ」
乙女プラチナの全身が、輝く。
「誰にも権利はない!」
九鬼は、拳を軽く握り、桂に向けて突き出した。
「だったら、なぜあたしは死んだの?だったら、なぜ毎日誰かが殺されるの?この世界は、こうやって動いている。弱者は採取され、殺される!だけど!」
乙女プラチナは動いた。
一瞬で間合いを詰めた。
2人の視線が、絡まる。
「だけど、死んだ今だからわかる!あたしは、死ぬことで!強者達より上に立てた!そして!」
乙女プラチナの蹴りを、九鬼は避けた。
「死んで初めて、人は平等になれる。だって、あたし達に食欲も物欲もない!あるのはただ…」
乙女プラチナの攻撃は、続く。
「生きているものを殺してあげたいという思いだけよ」
「ふざけるな!」
乙女プラチナの攻撃の隙間をついて、九鬼の蹴りが入った。
胸元にヒットしたが…乙女プラチナはびくともしない。
「無駄よ。死んだ者を殺せない」
「く」
九鬼は顔をしかめると、乙女プラチナから離れた。
「それに…」
乙女プラチナは瓶を取りだし、九鬼に見せた。
「あたしの手には、これがある」
楽しそうに笑った乙女プラチナの後ろで、雷鳴が輝いた。
「生きている人間って、ほんと…不便ね。こんな女1人の為に、苦しんでる」
「まさか!」
九鬼ははっとした。
「あの雷鳴は…中島が起こしているのか!」
「馬鹿な男よ。人間以上の力を持ちながらも、それを使うことなく過ごすのが、願いなんてね。小さい男よ」
「中島!」
九鬼の脳裏に、2人並んで恥ずかしそうに手を繋ぐ理香子と中島の姿が浮かぶ。
「そんな苦しみも死んだらなくなるわ」
乙女プラチナは、瓶を示し、
「あなたを殺した後、女神も殺して上げる。だけど…変な動きをしたら、先に殺すけどね。どうする?先がいいかしら?」
軽く首を傾げて見せた。
(桂さん…)
九鬼は乙女プラチナを睨みながらも、心の中では泣いていた。
桂は、こんな人間ではなかった。
しかし、闇に堕ちて…死んだ。
(人は弱く儚い。故に、強くなりたいと心掛けないと…すぐに、弱さに負けてしまう)
桂に哀しみを感じたからと言って、同情する訳にはいかない。
(あたしも負けてはいけない!)
九鬼は覚悟を決めた。
「はっ!」
経験の差か…。次第に乙女ブラックの動きを見切ったサーシャ。
「グラビティアーム!」
血に色濃く残るエルフの魔力を発動させたサーシャの瞳が、エメラルドグリーンに輝く。
次の瞬間、乙女ブラックの動きが止まった。
数倍の重力が、乙女ブラックだけにかかり、動きを封じたのだ。
地面にめり込んだ足が、乙女ブラックの技をも奪った。
「は!」
気合いとともに、乙女ブラックの横を通り過ぎたサーシャ。
ドラゴンキラーを一振りすると、乙女ブラックに向かって言った。
「安心しろ。やっと終わりだ」
「!」
乙女ブラックの眼鏡が真っ二つになると、地面に落ちた。
すると、変身が解け、崩れ落ちるようにグラウンド上に倒れた。
「さてと…」
サーシャは深呼吸すると、自分の立ち位置を確認した。
ほぼグラウンド中央にいる自分の右側…体育館前には、フレアがいた。
校舎寄りには、太陽が…麒麟と化した中島の攻撃を受けていた。
「…」
サーシャは迷うことなく、太陽のもとに向かおうとした。
「大丈夫です!」
そのサーシャの動きを読んだ太陽が叫んだ。
「大丈夫ですよ」
数発の雷撃を受け、俺は地面に片膝をつけてしまったが、何とか立ち上がることができた。
「電気には、慣れてしますから…。もっと凄い雷撃を喰らわされたこともしばしば…」
脳裏に浮かぶ…ブロンドの悪魔の姿。
しかし、その時と今とは、肉体が違う。
(これ以上喰らったら、アウトだ)
と思っていても、言葉に出す訳にはいかない。
「向こうに行って下さい!サーシャさん」
俺は、頭上に浮かぶ中島を睨み付けると、サーシャに向かって叫んだ。
「サーシャさん?なぜ…あたしの名を?」
サーシャは眉を寄せた。
しかし、そんなことを気にしている場合ではないことは、わかっていた。
それに…ボロボロになりながらも、立ち上がった少女の背中が、自分の知る…ある少年と重なった。
「!」
サーシャは目を見開くと、なぜか次の瞬間には、太陽に背を向けて走り出していた。
その足音を背中で聞きながら、俺は今の状況を打破する方法を考えていた。
(どうする?)
魔力も使えない。
このままでは、勝ち目はない。
(くそ!)
考え悩んでいる俺を見て、頭上に浮かぶ中島は重い口を開いた。
「できれば…このまま、気を失ってほしい。そうすれば、もう…痛い思いをせずに、終わることができる」
中島の言葉は、優しいように聞こえるが、違った。
俺は顔をしかめ、
「気を失ってる間に、殺して…肉体を奪う!そんなことをしょうとしている癖に、何を言ってやがる!」
中島をさらに睨んだ。
そして、中島を指差すと、
「お前は、そうすることで、自分の罪を軽くしたいだけだ!その方が痛みを与えなかったと、自分を慰めたいだけだ!そんな言い訳に付き合えるか!」
俺は、怒りを露にした。
その怒りは、中島に対してでもあるが…それ以上に、そんなことを彼に、そして彼女らにやらしている相手に向けられていた。
「俺が、あんたを倒す!」
俺が決意を決めた瞬間、どこからか…回転する2つの物体が飛んできた。
「例え…魔力が使えなくても…普通の人間は、いつも戦ってきた。自分より弱い相手を守る為に、強い相手に立ち向かう為に!」
中島を指差している俺の手におさまる前に、回転する2つの物体は十字にクロスした。
「武器を手にした!」
俺は、それを握り締めると、一振りした。
「ライトニングソード!」
時空を越えて、俺の手に剣が握られた。