リバース
「お嬢様」
大月学園にある時計台の真下の部屋の中で、佇んでいる学生服の男のもとに、真田がやってきた。
「やつらとついに、接触したそうです」
「そう」
真田の報告に、学生服の男は頷くと、振り返ることなく訊いた。
「で…太陽様は、ご無事なのですか?」
「はい。純一郎はおそらく、落ちたと思われますが…あの男は無事です」
「そう…。よかったわ」
満足げに頷く学生服の男の方へ、真田は一歩近づくと疑問をぶつけた。
「しかし、茉莉様。綾瀬太陽という男…。もしかしたら、只者ではないかもしれません。あの空間で捕縛されて、無事であるとは」
「そうかもしれませんわね」
茉莉は、自らの手を見つめ、
「この体…わたくしの魂にとてもしっくりきますから…」
ぎゅっと握り締めると、
「やはり、太陽様は、わたくしと魂で結ばれた特別なお方!運命なのですわ」
きゃっと身をよじった。
「お嬢様…」
「それに…そうでなければいけませんわ。あの程度のゴミにやられるようでしたら」
「御意」
真田は、頭を下げた。
「フン」
茉莉は鼻を鳴らすと、部屋にある小さな丸い窓に近づき、
「そういえば…運命を口にする女がいたわね」
空を見上げた。
「もうすぐ…陽が落ちるわ」
そして、にやりと笑った。
そんな茉莉の背中に頭を下げながらも、真田の眼鏡の奥は妖しく光っていた。
「生徒会長!あなたがいない間に、こんなに決済を頂かなければならないものが、たまっています。至急だったものに関しては、あたしが独断で決めさせて頂きましたけど…。一応、目を通しておいて下さい」
会計の姫百合の手より、渡された書類の山を見て、生徒会長の席に座った九鬼は、一瞬たじろいだ。
しかし、よく見ると、そのほとんどが処理されていた。
「お願いしますね」
びしっと言うと、生徒会を真っ赤な顔で出ていった姫百合の姿に、九鬼は苦笑した。
「あたしがいなくても、生徒会は安泰ね」
九鬼は確認だけとなった書類に、目を通し始めた。
「うん?」
数分後、九鬼は書類を捲る手を止めた。
人の気配がしたからだ。
ドアの方を見つめると、九鬼は席を立った。
生徒会に用があって来ても、なかなか中にまで入れない生徒は多い。
だから、こちらからドアを開けてあげるのだ。
「…」
九鬼は笑顔を作ると、ドアを開いた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「!」
驚いた九鬼は本能で、ここにいた生徒を探した。
廊下の左側はるか向こう…一番奥で、こちらを向いて立っている男子生徒がいた。
「中島君?」
それは、九鬼のクラスメートであるが…久々の再会だった。
「九鬼」
遠く離れていたが…中島の囁くような声は聞こえてきた。
「早く…ここで出て、絶対に変身しないでほしい」
「どう意味?」
九鬼は生徒会から、飛び出すと、中島のそばに駆け寄ろうとした。
「そうだ。先に帰ってくれ。外に迎えは来る。純一郎に代わる護衛が来るまでは、学園内では1人になるが…ちゃんと守りは固めている」
中島が立つ廊下と反対側から、猫沢が携帯を片手に姿を見せた。
「夕食までには帰る」
猫沢は、九鬼の背中を発見すると携帯を切った。
同時刻の保健室内。
「本当…無防備なんだから」
九鬼に運ばれた結城里奈は、ベットに横になっていた。
そんな里奈に近づく白衣を纏った半田。
彼女は、里奈のスカートの中から、あるものを取り出した。
それは、赤色の乙女ケース。
「ウフフフ…」
半田は、乙女ケースを指でつまむと、笑って見せた。
「憎き月の力…。今こそ、あたしに」
そして、目の前まで持ってくると、赤いボディを見つめながら、叫んだ。
「装着!」
「装着!」
九鬼の背中をとらえた猫沢は、一気にスピードを上げた。
走る彼女の体を、七色の光が包んだ。
「中島君!」
中島のそばに、駆け寄ろうとした九鬼は、殺気を感じて、前のめりに倒れるように身を屈めた。
九鬼の頭があった空間に、風を切り裂く蹴りが通り過ぎた。
九鬼は床に手をつくと、そのまま転がり、距離を取って立ち上がった。
「誰だ!」
構えようとして、九鬼は目を疑った。
「七色の乙女ソルジャー」
「フン!」
蹴りがかわされると、即座に手刀に攻撃を変えた乙女レインボー。
人のスピードを超えた鋭い攻撃であるが…正確に急所を狙う為、九鬼は何とか避けることができた。
しかし、服や皮膚の表面が切り裂かれていた。
(この動き!?)
よけれた理由は、それだけではなかった。
どことなく、自分の動きに似ていたのだ。
連続攻撃をかわされた乙女レインボーは、改めて構え直した。
(来る!)
新たな攻撃に敵が入る前に、九鬼は変身しょうと、乙女ケースを突きだした。
「装ちゃ」
叫ぼうとしたが、中島の言葉が九鬼を止めた。
(変身しないで)
その一瞬の躊躇いを、見過ごす乙女レインボーではなかった。
神速の動きで、九鬼の手にある乙女ケースを蹴り上げ、さらに半転すると、九鬼の脇腹に蹴りを叩き込んだ。
「クッ」
とっさの動きで、脇腹に蹴りが当たる寸前、動きに逆らうことなく、九鬼は横に飛んだ。
廊下の窓ガラスを叩き割り、外に飛び出した九鬼。
「ウッ」
上手く飛んだが、脇腹に痛みが走った。蹴られた部分が赤く腫れ上がっていた。
思わず身を捩った九鬼の顔が、空を見上げた。
一瞬…痛みでわからなかったが、いつもと違う空に絶句した。
「な!」
それは、痛みを忘れさせる程だった。
「つ、月が!」
「フッ」
変身を解いた猫沢は、新たに手にいれたもう1つの乙女ケースを握り締めていた。
「九鬼家の悲願!フフフ…」
シルバーの乙女ケースを握り締める猫沢の腕が、震えていた。
「あのお祖父様が求めた!神殺しの力が!今、あたしの手の中に!」
猫沢は、歓喜の声を上げた。
「この力は、真弓!あなたが手に入れるものではなかった。最初は、あたしが…!そうよ。あたしこそが!」
猫沢は、シルバーの乙女ケースを突きだした。
「乙女シルバーよ!装着!」
銀色の光が、猫沢を包んだ。
「月が!」
九鬼は空を見上げた。
「黒い!」
絶句したその時、九鬼の横の壁が、窓ガラスごと吹き飛んだ。
「!」
九鬼は横に飛ぶと、距離を取って構えた。
着地の瞬間、脇腹が痛んだが、気にしている場合ではない。
「乙女シルバー…」
廊下から飛び出してきた乙女ガーディアンを見て、九鬼は顔をしかめた。
「いや…違う!」
シルバーだったのは一瞬で、直ぐ様表面が酸化して、黒くなっていく。
「乙女…ダークか」
「うん?」
屋上で、監視の為立っていたサーシヤの前に突然、地上から金網を飛び越えて着地したのは、乙女ブラックだった。
「月の戦士か?」
そして、体育館の屋根で佇んでいたフレアの前にも、いつもよりもナイスバディな乙女レッドが立っていた。
「もう…日が暮れたか」
猫沢との通話を終えた俺は、携帯を切ると、正門に向けて歩き出した。
(純一郎のことを忘れていた。まあ~彼なら大丈夫そうだな)
レダのパーティーまでに時間があった為に、警備がてらに校舎内を探索し、時間を潰していたのだ。
クラブ活動の時間も終わり、帰る生徒もいない。
1人歩いていると、後ろから鞄を抱えた生徒が追い抜いて来た。
補習を終えた桃子だった。
「やっと帰れます!」
嬉しそうな顔で走る桃子の動きが、正門のそばで止まった。
「え…」
少し驚くような声を上げると、桃色の光が桃子を包み…乙女ピンクへと変身させた。
「うん?」
その様子を見ていた俺も、足を止めた。
ゆっくりと振り返った乙女ピンクの手に、バズーカ砲が握られていた。
「!?」
目を見張る俺に向けて、バズーカは発射された。
「月は、反転した。人々を照らす光から、蝕む光へと」
手長男と…生徒会室に監禁されていたはずの半月ソルジャーを従えて、廊下を歩くのは…死んだはずの副会長、桂美和子だった。
そして、その前に…中島が姿を見せた。
軽く自分を睨む中島を、桂はせせら笑った。
「反抗的な目ね。いいのかしら?そんな目をして」
制服姿の桂は、瓶を中島に示した。
その中に、小さくなった…理香子が入っていた。
気を失い、丸くなりながら…。
「月の女神の命は、我々の手の中にあるのよ」
桂はにやりと笑い、
「女神を助けたければ、闇と反転した月影リバース達とともに、邪魔者達を排除しなさい!」
瓶を握り潰すふりをした。
「く!」
中島は、顔をしかめると、その場から消えた。
「乙女ダーク…。さらに、月の色の変化」
九鬼が間合いを取る為に、後退していると、正門の方から爆発音がした。
「チッ!」
九鬼は、舌打ちした。
「何の音だ!」
部室内にいた高坂と緑は、体育館裏の出入り口から飛び出した。
「部長!」
緑は直ぐ様、体育館の屋根に立つ乙女レッドを発見した。
「乙女レッド!しかし、爆発音は、正門の方から…」
何かが起こっていると直感した高坂は、ダイヤモンドの乙女ケースを取りだそうとした。
しかし、いつもの学生服のポケット内になかった。
「ぶ、部長!」
慌てて、全身を探していた高坂の耳に、緑の声が飛び込んできたと同時に、ダイヤモンドの輝きが、目に入った。
「緑!」
眩しさに目を瞑った高坂が、次に目を開けた時…目の前に、乙女ダイヤモンドが立っていた。
「お前!勝手に、俺のケースを」
注意しょうと近づこうとした高坂に向けて、乙女ダイヤモンドは拳を振り上げた。
「フゥ〜」
間一髪で、乙女ピンクの攻撃を避けることができたが…校舎内にクレーターができた。
「意味がわからないけど」
俺は、前に立つ乙女ピンクを睨んだ。
今度は、バズーカではくマシンガンが握られていた。
「何かの冗談って訳でもないようだな」
クレーターの側に、乙女ブルーと乙女パープルが立っていた。
ブルーの手には、青竜刀が握られ…パープルの周りに、無数の包丁が浮かんでいた。
「殺る気だな」
俺は後ろも確認して、頭をかいた。
「もしかして…お嬢様って、結構怨まれている?」
肩をすくめて見せたけど、そんな余裕はなかった。
3人の月影は、一斉に攻撃を開始した。