第43話 誕生
「ふざけるな!」
アルテミアは、絶叫した。
何が何なのかわからない。だけど、わかることはあった。
「今、やればいいんだろ」
ジャスティンにかけられた魔法が、発動する前に、塔を破壊すればいい。
目の前に倒れているジャスティンの右手が、アルテミアに向いていた。どうやら、最後の力を使ってアルテミアを、ここからテレポートさせたかったらしいが…その前に力尽きていた。
「くそ!」
アルテミアは、そんなジャスティンを蹴ろうとしたが、蹴れなかった。
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそおおお!」
何度叫んでも、心は晴れない。アルテミアの瞳から、涙が流れた。それが、悲しさからか…怒りなのか…もうアルテミア自身にもわからない。
アルテミアは、チェンジ・ザ・ハートを槍に変え、脇に挟んだ。
「Blow Of Goddess!」
槍の先を天に突き刺すと、アルテミアはそのまま一回転させ、勢いよく、塔に向かって突き出した。
竜巻が起こり、雷鳴が轟いた。
塔よりも巨大な衝撃波が、光の速さで、襲い掛かる。
しかし、アルテミアが技を放つ瞬間、足元がぐらついた。
「な」
それでも、女神の一撃の軌道は外れることがなく、塔を直撃する………はずだった。
雷撃は、何者かに止められていた。
アルテミアは確認しょうとしたが、できなかった。足元の地面が一気に盛り上がり、地割れが走り―――その隙間から、マグマが噴き出したからだ。
半径百メートル範囲から、マグマが火柱のように、数本立ち上った。
マグマは炎の竜になり、頭上から、アルテミアを襲う。
「この技は、ネーナ!?」
竜は口を開け、炎でできた鋭い牙を覗かせた。
「ありえない」
アルテミアは六枚の翼を開き、飛び上がると、四方八方から遅い来る竜を避けることなく、受け止めようとする。
その時、炎の竜の口の中から、何かが飛び出して来た。
赤い瞳を輝かせ、両手につけた鉤爪を突き出しながら、目にも止まらない速さで出てきた炎の化身。
呆気にとられたアルテミアが対応する前に、鉤爪はアルテミアの首筋に突き刺さろうとした。
「赤星!?」
アルテミアは、襲い掛かってきた者を確認できた。
雰囲気、気配…感じる気さえ、知っている赤星と違っていた為、アルテミアはすぐにわからなかった。
「赤星!」
アルテミアは、もう回避できなかった。
無数の炎の竜を引き連れて、赤星の爪が、喉元に突き刺さる。
(駄目だよ!)
赤星の頭に、閃光のような声が突き抜けた。
「明菜…」
赤星ははっとした。瞳の色が、黒に戻った。
スピードは落ち、自分がどこにいるかわからない。
我に返った赤星の目の前に、アルテミアがいた。
「アルテミア!?どうして…」
さっきまでの記憶がない僕は、事態を飲み込めない。
戸惑っていると、アルテミアは空中で、蹴りを僕に放った。
訳分からず、ふっ飛んだ僕は、地面に激突する前に、鉤爪を伸ばし地面に突き立てて、体勢を整えた。
回転し、地面に足から着地した僕を、アルテミアが睨んでいた。
「お前も…お前も…お前もなのか!」
ライトニングソードを構えながら、アルテミアは僕に向かってくる。
「アルテミア!待って!僕は、友達を救いに来ただけなんだ」
戸惑っている余裕はない。
次々に繰り出される剣を、避けなければならなかった。
両手の鉤爪で、受け止めた。
「保たない!」
しかし、鉤爪が受ける度に、削られていく。
「アルテミア!僕の話を聞いて!」
「うるさい!」
背中を一瞬見せ、体を捻ると、渾身の一撃が鉤爪に叩き込まれた。
「な…」
呆気なく、鉤爪は折れた。
「死ね!」
アルテミアは返す剣で、下から上へ斬り上げた。
鮮血が舞った。
「こうちゃん!」
明菜の絶叫が、魔法陣の真ん中でこだました。
「馬鹿な!見えてるのか?」
クラークは、魔法陣の中で泣いている明菜を凝視した。
(こいつは…。魔法陣の中だからか?………いや)
クラークは、にやりと笑った。
魔法陣の中に入ると明菜に近付き、右手の人差し指を、明菜の額につけた。
「今から、お前のすべてを塗り替える!」
「え」
いきなりのことで、明菜は泣き顔を向けた。
「お前の大好きな赤星の為だよ」
クラークは、笑顔を向けた。
「いや…」
明菜は後退ろうとしたが、遅かった。
クラークの指先が一瞬光っただけで…すべては終わった。
ぐったりと崩れ落ちた明菜を両手で抱き抱えると、クラークは振り返った。
部屋の隅にもたれかけ、永遠の眠りについているジャスティンがいた。
クラークが、アルテミアと赤星が激突している間に、ここにテレポートさせたのだ。
「さらばだ」
クラークがそう言うと、ジャスティンの体はゆっくりと凍っていく。
「せめて…今は、眠れ」
クラークは、ジャスティンを見つめながら、魔法陣の中央から、テレポートした。
行く先は…わからない。
ライトニングソードは、僕の胸元から、左頬を斬り裂いた。
傷は深いようで、鮮血が噴き出した。
「どうして!お前も!」
上段に構え、僕の頭に振り下ろそうとしたとき、ライトニングソードに僕の血が付着した。
すると、ライトニングソードは、トンファータイプに戻り、アルテミアの手から離れた。
「何?」
振り下ろしたつもりの剣がなくなり、唖然とするアルテミアの目の前に、巨大なライフルを持つ僕の姿があった。
(撃ちなさい)
少しパニックになっていた僕は、痛みと恐怖の為、突然頭の中に響いた女の言葉に頷き、素直に従った。
バスターモードになったチェンジ・ザ・ハートから、炎と雷鳴を纏った光の束が、アルテミアを至近距離から、直撃した。
「くそおおおおっ!」
咄嗟に両手をクロスさせ、顔は守ったが、アルテミアは光に押され、地面をえぐりながら、数十メートル後ろに下がった。
「舐めるな!」
両手のクロスを解くと、光の束が消え去った。
「あああっ…」
僕は、声にならない声を出した。
バスターモードでダメージを与えられなかったことなんかより、アルテミアを撃ったことを後悔していた。
黄金の鎧の埃を払うと、アルテミアは鬼の形相で、僕に近づいてくる。
「違う!違うんだ!アルテミア!」
僕は無意識に、後退った。必死に叫んでも、アルテミアには聞く耳はない。
「赤星風情が!」
怒りは、頂点に達していた。
「アルテミア!」
(殺せばいいだろ?)
「え?」
先ほどとは、違う…もう1人の声が、心の中から聞こえてきた。
(それか…身動きできなくして…むちゃくちゃにしてやったらいい)
僕は、その声に身を震わせた。
(この声は…)
僕は、足を止めた。
アルテミアにびくついていた体が引き締まり、僕の体から異様な魔力が、溢れだしていた。
先ほどの声…それは、正しく僕自身の声だった。
赤く光る瞳が、アルテミアをとらえた。
アルテミアの全身に、悪寒が走る。
「魔王が、いるのか!?」
アルテミアは、辺りを見回した。
それ程のプレシャーが、前にいる赤星から感じていることに気付いた時、アルテミアに戦慄が走った。
「ありえない....そんなバカな………チッ」
しかし、アルテミアは、すぐに現実を認めた。
この世界では、素直に感じた直感を信じなければいけなかった。
間違っていてもいい。死ななければ。
後悔ができるのは、生きていてからこそだ。だから、認めなくても、認めることにした。
「チェンジ・ザ・ハート!」
アルテミアは、僕の手のなかにあるバスターモードのチェンジ・ザ・ハートを呼んだ。
しかし。
「チェンジ・ザ・ハート!」
何度読んでも、反応がない。
「どうした!」
アルテミアの呼び掛けに、無反応のチェンジ・ザ・ハート。
僕はにやりと笑うと、チェンジ・ザ・ハートをほおり投げた。
それは、決して…渡した訳ではなかった。
槍になったチェンジ・ザ・ハートは、回転して、アルテミアの腹にヒットした。
と同時に、くの字に曲がったアルテミア目がけて、襲い掛かった。
再生した鉤爪が、アルテミアの両耳を狙う。
どうやら、突き刺したいようだ。
(いけない!)
また女の声が、僕の頭の中に響くと、チェンジ・ザ・ハートは、アルテミアから僕に返ってきた。
爪を突き刺す前に、反射的に僕は、チェンジ・ザ・ハートを右手で受け取った。
すると、チェンジ・ザ・ハートは消え、変わりに指輪が、右手の薬指にはめられた。
指輪が赤く光ると、僕の瞳はもとに戻った。
「どうなってるんだ?」
僕は、指輪をまじまじと見た。結構大きな赤いルビーのような色をした……指輪。
指輪は抜こうとしても、抜けなかった。
指輪と格闘していると、頭にまた女の声が響いた。
(この指輪は、抜けません。あなたの中から生まれつつある神の力を、セーブしているからです)
「セーブ?」
僕はまじまじと指輪を見つめながら、永年の謎を確かめるべく、話しかけた。
「あなたには、何度も助けて貰っていました。ありがとうございました…」
証拠はなかったが、確信はあった。
僕は一度、口をふさぐと、ゆっくりと口を開いた。
「ティアナさん」
僕の言葉に、しばらく無言になっていた声の主が、また話出した。
(あたしは、ティアナではないわ…。チェンジ・ザ・ハートに残るティアナの微かな思い)
「微かな思い?」
僕は、指輪を見つめた。
(今から起こる…最悪の事態を回避する為に、チェンジ・ザ・ハートに残されたけど…駄目だった…)
僕の目の前で、蹲り…動かなくなっていたアルテミアが、いきなり立ち上った。
「くそおおお!どいつもこいつも!あたしを裏切りやがって!」
アルテミアの瞳から、一筋の涙が流れた。
それは、後に思い出せば…アルテミアの人としての最後の涙だったのかもしれない。
人を断ち切った証拠の涙。
アルテミアは変わった。
ブロンドだった髪は一瞬にして、闇より深い黒髪になり、瞳もまた血よりも深い赤となる。牙は鋭さを増し、黄金の鎧は黒に染まり、六枚の白い翼は、カラスのように真っ黒になる。
「真の女神が…誕生してしまった」
アルテミアの体は、アルテミアキラーとして魔王に操られているとき、ネーナの心臓を食べたマリーの心臓を食べていた。
炎と水の女神の力が、人を憎んだ時…開放され、天空の女神の力とシンクロしたのだ。
ついに、最強の女神が誕生したのだ。
「うおおおおっ!」
獣のような咆哮を上げると、アルテミアの体から、黄金と青、そして赤のオーラが立ち上る。
僕は、目を見張った。今まで出会った相手の中で、紛れもない最強の魔力を感じる。
だけど、表面は恐怖を感じながらも、内面の奥深くは、わくわくしていた。
その僕の心を読んで、ティアナの声は言った。
(今…あなたの中で、恐ろしい力が、目覚め初めています。しかし、きちんと力を理解し、意識していれば…あなたは負けることはない)
ゆっくりと、襲い来るアルテミアを見つめながら、僕は自分の胸を押さえた。
(さあ…力を開放して…恐れずに、いつのように、あの言葉を!)
僕は頷き、右手を突き出した。
指輪が光る。
「モード・チェンジ!」
モード・チェンジ...。
僕は、久しぶりに叫んだ。何が変わるか、変わることさえわからなかった。
ただ全身を、熱いものが駆け巡り、戦いの本能のようなものが呼び覚まされた。
瞳が赤く染まり、牙が生えた。筋肉や、体細胞のすべてに力が漲り、今までとまったく違うものに、変わる感覚を味わった。
不思議と違和感や、嫌悪感はない。
ヴァンパイア・モード。
バンパイアに変わった僕の体に、鎧が絡み付く。
アルテミアの体を包んでいた鎧が、突然離れ…僕の体を包んだ。
(クラーク…。あなたの思惑通り、アルテミアは…赤星君とここで会うことで、破壊の女神となったわ。だけど…)
ティアナの声は、告げる。未来の希望を。
(彼こそが、アルテミアを止め…世界を救う勇者になれる者。人の間に生まれ、バンパイアの遺伝子を持つ…勇者)
僕を包んだ鎧は、僕の魔力を感じて、黒から赤へと変わる。血よりも赤く、炎のように燃える鎧に。
バンパイア・モードから、アルティメット・モードへ。
指輪の中から、ライトニングソードが飛び出した。
僕が掴むと、ライトニングソードに鉤爪が絡み付き、吸収された――ライトニングソード華烈火となった。
新たに生まれ変わった僕は、じっと僕を睨むアルテミアと、対峙した。
アルテミアは、自分の体を見た。鎧がなくなった体を見て、くくくっと笑った。
すると、新しい鎧がいつのまにか、召喚されていた。
黒く禍々しい鎧。
「みんな…あたしを裏切るか…」
アルテミアは胸の谷間から、ブラックカードを取り出すと、僕に投げた。
それを受け取ると、
「全力で来い!あたしと戦うのなら、全力で!」
アルテミアの手に、細い氷でできた剣が現れた。
それを僕の心臓に向け、
「そしたら、全力で殺してやる」
アルテミアは、突進してきた。
「赤星!」
ただ突っ込んでくるだけなのに、竜巻と雷鳴…そして、炎の爆発とすべてを凍らす吹雪が、交ざり合い、凄まじい力を発生させた。
地球上にある…あらゆる天災を纏って、アルテミアは近づいてくる。
「アルテミア!」
僕は、ライトニングソード華烈火を上段に振り上げた。
「お前も、あたしの敵なのか!!!!!」
「違う!」
ライトニングソード華烈火を振り下ろすと、あらゆる天災の中に、道ができた。
空間を斬り裂いたのだ。
天災を両側にして、アルテミアの前まで、何もない道が続く。
僕は、走り出した。
その間は、数秒。瞬きほどの時間。
「僕は…アルテミアのことが!」
「赤星!」
アルテミアは剣を捨て、両手を突き出した。
空雷牙だ。
道の中央が、雷で満たされた。
「ア、アルテミアのことが!好き…」
空雷牙とライトニングソード華烈火が、ぶっかり合い、凄まじい爆風が、僕の最後の言葉をかき消した。
ライトニングソードは、空雷牙をも斬り裂いた。
雷を抜けると、アルテミアの顔が近くにあった。
僕は、見惚れてしまった。
(やっぱり綺麗だ)
そんな僕の気持ちに気付いたのか…アルテミアの顔に、悲しい笑顔が浮かんだ。
両手を広げ、胸元をさらしたアルテミアに向けて、ライトニングソードの勢いは、止まらない。
「うわあああっ!す、好きなんだよ!」
僕の言葉は、虚しく…ただ響くだけだった。
涙が流れた。
(と、止まれ!!ぼ、僕は貴女を…)
どんなに願っても、刃は止まらなかった。
ライトニングソードは、アルテミアの身体を…胸から背中にかけて、貫いていた。
「フッ…」
体を貫かれながら、アルテミアは微笑んだ。
だけど…その微笑みを、僕は見ることができなかった。
涙のせいだけではない。
あらゆるものを破壊する光が、僕とアルテミアを包んだのだ。
そして…道が消えた。
「終わったのですか?」
炎の騎士団長リンネが、呟いた。
「いや…生まれたのさ」
暗黒の空間で、玉座に座るライが呟いた。
瞼をゆっくりと開け、その赤き瞳を闇に晒した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「バンパイアキラーが…」
玉座のそばに控えていた蛙男が、ライの言葉を続ける。
「バンパイアキラーとは…人間達が思っているような兵器ではない。現在君臨する王に代わり、次の王となる者をさす言葉なのだ」
ライは、フッと笑った。
「しかし、ライ様を退け、それに王になる者など、存在するものか」
ふんぞり返り、えらそうに言う蛙男の耳に、ライの言葉が飛び込んできた。
「今…生まれたと言ったはずだ」
蛙男は、はっとして…脂汗を流しながら、ひれ伏した。
「はは!そ、存在します」
「それも、二人だ」
ライは嬉しそうに、笑った。
「全魔神を集結させろ」
ライは、玉座から立ち上がった。
「はっ」
リンネは、膝まづいた。
「王が立たれた…」
蛙男は、目を見開いた。
ライは命令する。
「全軍をあげて、敵を抹殺せよ!敵の名は…」
ライの瞳が輝く。
「天空の女神、アルテミアと…赤星浩一」
闇が晴れる。
ライの周りを囲む四人の騎士団長に、百八の魔神達。
「二人を殺せ!」
ライの言葉が、世界を震わせた。
天空のエトランゼ。
第一章完。