幽玄の如く
「モード・チェンジ!」
玉座から立ち上がったアルテミアの姿が、変わった。
背中から生えた二枚の白き翼を羽ばたかせて、飛び立とうとした瞬間、アルテミアの鼻スレスレに、一筋のビームが通り過ぎた。
ビームは、玉座の間の壁を貫通すると、数キロ先の地面に着弾した。
凄まじい火柱が上がると、城中を照らした。
「どこに行かれるおつもりですか?」
アルテミアの横にいつのまにか、人差し指を突きだしたサラが立っていた。
「い、いやあ〜。べ、別に、どこにも行く気はないけど」
慌てて翼をしまうと、アルテミアは倒れるように、玉座に座った。
「あなたは、この魔界の王…即ち、神になられたのです。しかし、まだまだ学ぶことは多い。この世界の魔神達を統べ、さらに人間達にも影響を与えなければなりません」
「別に〜神になんかなりたくないし」
サラの言葉に、口を尖らせた瞬間、アルテミアに人差し指が向けられた。
「な、なんてね」
アルテミアは変身を解くと、改めて玉座に座り直した。
そんなアルテミアにため息をつくと、サラは腕を下ろし、玉座の間から見える景色に目を向けた。
「確かに…おかしなことが起こっています。この魔界にも、数百人の人間が落ちて来ました。彼らはすぐに、魔物に捕食されましたが…」
「!」
サラの言葉に、思わず腰が浮くアルテミア。
そんなアルテミアに視線を戻すと、サラは話を続けた。
「しかし、この件に関しては、我々は動くことはしません。これは、人間達の問題です」
「だが、魔物に殺されているのだろうが!」
先程とは違い、アルテミアの声に怒気があった。
「アルテミア様」
サラはアルテミアに体を向けると、跪いた。
「!?」
それを見て、アルテミアの動きが止まった。
「この世界の道理…。魔物は、人間を食らいます。あなた様の思いは、わかりますが…魔物達も生きているのです。大軍を率いて、人間達を大量に殺すことは、あなた様の代になればなくなるでしょう。しかし!魔物の捕食を禁じることはできません」
「しかし、空から落ちてきた人間は!」
「異世界の人間です」
サラは言い放った。
「!」
「彼らを助ける義務は、王であるあなた様にはございません」
「し、しかし!」
「彼らをこの世界に落としているのは、向こうの人間です。人間の問題は、彼らがどうにかするべきです」
「く!」
アルテミアは顔をしかめると、玉座から立ち上がった。
「アルテミア様」
「どけ!サラ」
アルテミアの魔力が上がり、一気にサラを蹴散らそうとした。
「しかし…どこの世界にもお節介はいるものです」
サラは顔を上げると、アルテミアを見た。
「!」
そのサラの表情に、アルテミアははっとした。
その瞬間、脳裏に浮かぶ赤星浩一の姿。
「チッ」
アルテミアは舌打ちすると、玉座に座り、顔を背けた。
「ご理解頂けましたか」
サラは立ち上がった。
「だけど…あいつは、頼りになるようで、頼りにならない時もあるぞ」
「心配ですかな?」
「うん?」
アルテミアは視線を、サラに向けた。
少しにやけたサラに気付き、軽く睨むと、再び顔を背け、
「べ、別に〜心配などしていないが…。あいつは、時々無茶をするからな」
自分の膝に頬杖をついた。
「心配しなくても、彼なら大丈夫でしょう。彼は誰よりも成長し、強くなられた。そして、今も成長しておられます」
「そ、そうかな…」
「はい」
まだ心配そうなアルテミアに、サラは頷いて見せた。
「…」
所変わって、実世界の授業中。
教室の真ん中に座る綾瀬太陽の後ろに、仁王立ちの姿で控える純一郎。真後ろの生徒はまったく黒板が見えなかった。
しかし、教壇の前に立つ教師も、純一郎には注意できなかった。
いや…純一郎というよりも、開八神家を恐れていたからだ。
開八神家は学園に多額の寄付をしており、さらに数日前の半月ソルジャーの事件で、壊れた学園の修繕費も負担していたからだ。
「ふぅ〜」
俺は、緊張感が走る教室内で息を吐いた。
そんな息が詰まる授業が終わると、俺は廊下に出た。
(大金持ちも大変だな)
廊下を歩くだけで、周囲からの好奇の視線にさらされた。
「お嬢様!」
慌てて、教室から飛び出す純一郎を気にせずに、俺は廊下を歩き続けた。
(あんな騒動がなければ、普通の学校と変わらないな)
ずっと前を向いているが、周囲の気を探っていた。
(しかし…神レベルに近い程の実力者が、数人いるとは…。1人は、生徒会長。もう1人は…猫沢。それに…)
隣の校舎のどこかから、こちらを監視する目を、学校にいる間は常に感じていた。
(姿は確認していないスナイパー。あとは、月の女神か)
月の女神である理香子にも会ったことはなかったが、今すぐに接触するつもりはなかった。
(彼女達がいるなら…そう簡単には、ここを攻め落とすことはできないはず)
俺は無意識に、足を止めた。
(なのに…何だ。この胸騒ぎは)
「お嬢様!」
廊下を走って追いかけてきた純一郎は、俺の斜め後ろ右手に止まると、いきなり今日のスケジュールを話し出した。
「本日、すべての授業を終えた後…パーティーにご出席のご予定が、救急入りまして〜」
(下らない)
こんな時に、パーティーをやるとは…。
呆れながら、歩き出そうとしたが…次の純一郎の言葉に、俺の動きが止まった。
「そのパーティーは、先日でライブツアーを終わらせた歌手…レダの…」
「レダ…レダだと!?」
思わず声を荒げて足を止め、俺が振り返ると、後ろにいるはずの純一郎がいなかった。
「な!?」
俺は慌てて、後ろにジャンプした。
いつのまにか、廊下の床が真っ暗になっていたからだ。
「空間に穴が空いている!?」
「あらあら、落ちませんでしたか?お嬢様」
突然廊下中が真っ暗になると、まるで…洞穴の中にいるような感覚に襲われた。
「もっとも、あなたを落とすつもりはありませんでしたけどもね。太陽のバンパイア殿」
(太陽のバンパイアだと!?)
俺の後ろに、暗闇よりも黒い影が姿を見せた。
「それに驚いていますよ。この空間で、意識があるとはね」
影は拍手をした。
「流石です」
(!?)
俺の体は後方にジャンプしたまま、空中で固まっていた。
「先程…レベル1の空間では、邪魔が入りましたからね。用心の為に、レベル3まで上げましたよ」
影はにやりと笑うと、両手を広げた。
「ようこそ!時の止まった世界へ」
(時を止めただと!?)
俺の体で、思考だけが働くことができた。
目も開いているが、神経が止まっている為に、何も脳に情報が来なかった。
「世界の支柱であるあなたを、手に入れれば…この世界は一気に崩れるはず!もしくは、この体を乗っ取り、我々の神の器にするか…」
影の体に、色がついていく。
「選択肢が広がることは、いいことです」
この学園の制服姿になった男は、にやりと笑った。
「生憎」
「え!」
男は驚きの声を上げた。
「選択肢はないよ」
なぜならば、男の首筋に、俺の手が差し込まれたからだ。
「何!?」
唖然とする男をそのまま、真っ黒になった廊下の床に叩きつけた。
「あ、あり得ない!時が止まっている空間で動けるなんて!」
「自分だけが、特別だと思わないことだ」
俺の目が、赤く輝いていた。
その瞳に気付いた男は、絶句した。
「な!」
「先程言ったお前達の神とは、何者だ!」
「ま、まさか…目覚めていたとは…不覚!」
「お前に、時を止める力はない!誰だ!その神は!言え!」
俺の目がさらに赤く輝くと、強制的に吐かせようとした。
その時、周囲を包む闇が…男の両目に突き刺さった。
「何!」
俺の全身にも、闇が絡み付いていた。
「申し訳ございません。神よ!」
目を潰されながらも、男は叫んだ。
次の瞬間、男の体は闇の底に落ちていった。
「人はすべて!地獄へ!この世界を汚した人間に、生きる資格はない!」
男は落ちながらも、喜んでいた。
「そんな人である私に!罰を!」
「く、くそ!」
俺は無意識に、全身から魔力を放出した。
光が廊下を包むと、一瞬で元の景色に戻った。
「!」
廊下の床に手をつけて、しゃがんだ格好になっている俺のそばを生徒達が通り過ぎていく。
(ブルーワールドが地獄だと!?)
唖然とする俺に、声をかける生徒はいなかった。
(そ、それに…)
俺は、お嬢様の手の平を見つめた。
(この体は何だ?自然と魔力が出せたぞ。それに…太陽のバンパイアと)
ぎゅっと両手を握り締め、少しだけ魔力を使おうとした瞬間、俺は目眩を感じ、片膝を廊下に付けた。
(く、くそ)
すぐに立ち上がると、俺は平然と歩き出した。
「いい!いい!い~い!」
ブルーワールドに落ちた男に、群がる魔物。
押し合いながら、突然のご馳走に食らいついた。
「人間は虫けらです!食料です!生きる価値はないのです!ありがとうございます!神よ!」
食べられながら、男は歓喜の声を上げた。
「お嬢様!」
そんな中、素手で魔物をどつきながら、ブルーワールドの草原をさ迷う純一郎。
「ご予定に遅れます!お嬢様!」
純一郎は魔物を蹴散らしながら、魔界の奥へと進んでいった。