出会い
時とは何か。
時などはあるのだろうか。
我々あらゆる生き物…いや、形あるもの達が、存在する為にいるエネルギーが尽きるまでを時間というならば…死というものは、単なる電池が切れた状態をいうのだろうか。
ただ…生まれる時間が違うものがたくさんいるから、一斉にすべての存在がなくなる訳がないから…我々は時を感じるのだろうか。
一斉に電池が切れたならば…そこに残るのは、静けさしかない。
すべての生き物が、生きる為に他者を喰らう。
それは本来何もない世界に、生命達がが生き続ける為につくった…回る歯車。
食物連鎖という歯車。
なぜ生き物が老いるのか…遺伝子にそのプログラムが埋め込まれていることは、わかっている。
しかし、そのプログラムがどんなタイミングで発動するのかはわかっていない。
すべての生き物に、死はプログラムされている。
その逆である…生まれる。
なぜ生まれるのか…。なぜ子を作るのか。
すべては、歯車。
時という止まることのない中で、生きていく為のシステム。
そう…我々はシステムなのだ。
しかし、悲しいことに…我々人間には、自我があった。
自我を持つ歯車。
その自我は…死んでもなお、残るものなのか。
心は…記憶はどこにある。
(ここに来たか…)
懐かしそうに呟く声に、
(はい)
麗菜は頷くと、少し慌てるように扉へと向かった。
「ようこそ!KKへ」
和恵はドアボーイのように頭を下げて、麗菜が店内に入るのを待った。
「…」
ちらっと後ろを見た志乃が、麗菜を確認した。
「いらっしゃい」
里美は、笑顔で迎えた。
「お邪魔します」
ぺこっと頭を下げた麗菜を、和恵が後ろから背中を押して、カウンターに促す。
「座って」
笑顔でそう言った後、和恵はカウンターの中にいる里美に、顔を向けた。
「おばさん!」
「はいはい」
里美は頷くと、煙草を灰皿にねじ込み、恐る恐るカウンターに座った麗菜に訊いた。
「コーヒーでいいかしら?」
「え―!おはさん、紅茶は!」
麗菜の隣に座った和恵が、カウンター内を覗き込んだ。
「紅茶は切れてます。ソフトドリンクは後で、酒屋が届けてくれるけど…」
里美はコーヒーの用意をしながら、
「コーヒーは、ここの伝統よ。恵子ママの時からね。明日香だって、ずっとこのコーヒーを飲んでいたんだから」
麗菜にウィンクした。
「!?」
緊張している麗菜は、何も言えなかった。
そんな麗菜に微笑むと、里美はコーヒーの入ったカップを2人の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
麗菜は頭を下げてから、カップを手にした。
「にが!」
隣で顔をしかめた和恵に気付き、里美はミルクと砂糖を出した。
「…」
恐る恐るカップに口を近付けて、コーヒーを飲む麗菜。
(飲める!味がわかる)
ぱっと笑顔になった麗菜を見て、里美はまた微笑んだ。
和恵の隣に座っている志乃は、何も言わずにただ2人を見守っていた。
「コーヒー飲んだら、上のあたしの部屋にいかない?」
満足気にカップを置いた麗菜とは違い、顔をしかめながらカップを置いた和恵がきいた。
「え!あ、あのお…」
予想外のさらなる誘いに少し戸惑ったが、麗菜はやんわりと断った。
「ごめんなさい…。用があるの」
「残念」
和恵は、肩を落とした。
「ゆっくりしていけば、いいのに」
ちらっと和恵を見た後、里美は麗菜に顔を向けた。
「いいのよ!おばさん。あたしが大路学園の近くで偶然出会って、無理矢理連れてきたんだから」
和恵は、少し困った顔をしてしまった麗菜を見つめながら、そう言った後、
「でも、もう一杯飲む?」
にやりと笑った。
あまりの感動で、麗菜は一気にコーヒーを飲み干してしまったのだ。
「あっ」
カップ内に気付いた麗菜は、これではあまりにも帰るのが早すぎると思い、おかわりをすることにした。
「はい」
里美は麗菜のカップに手を伸ばすと、再びコーヒーを注いだ。
「そ、そうだ!」
突然、和恵は手をポンと叩くと、麗菜の方に体を向け、
「赤星さんって、ここに興味があるってことは〜音楽が好きなんだ!ねぇ!そうでしょ!」
顔を近付けた。
「き、興味がない訳じゃないけど」
たじろぎながらも、麗菜は答えた。
「あたし!ドラムやってるんだ!赤星さんは、何かしてるの?」
興味津々で訊いて来る和恵。
「お、音楽はやっていないけど…演劇は少し…」
顔を逸らしながら、最後はぼそっと呟くように言った麗菜に、和恵は目を丸くして、
「え、演劇!!」
予想外に驚いて見せた。
「え、演劇かあ〜」
体をカウンターの方に戻すと、頬杖をつき、
「里緒菜お姉ちゃんと一緒か」
何やら考え込んだ。
(里緒菜お姉ちゃん!?そうか…如月先輩は、速水先輩の親友だったわ)
麗菜は、心の中で確認した。
「ああ〜音楽に興味があれば…一緒にバンドを組めると思ったのにな」
残念そうに、首を落とす和恵を見て、隣にいた志乃が初めて口を挟んだ。
「そんなに…友達を誘うほど、音楽に興味あるの?昨日だって、退屈そうだったじゃない」
「昨日は!」
思わず強い口調で言いながら、志乃の方を向いたが…顔を見て、一気にテンションを下げ、
「あたしは、音楽をやる方が好きなの…。他人の盛り上がってるコンサートなんて、つまんない」
顔を志乃に向けたまま体を曲げて、カウンターに頬をつけた。
そんな和恵に、顔を見合わせる志乃と里美。
「大体!お姉ちゃんが、ライブ中に変なことを言うから…。この歌は、世界の破滅を歌っているだとか!いろんなことを言うしさ!何か…ずうっとボーカルを睨んでいたし…」
「え!」
和恵の言葉の途中で、麗菜は手にしていたカップをカウンターに置いた。
「世界の崩壊を歌っている?」
「そう〜そんなことを言うんだよ。歌詞にはまったくないのに」
溜め息をついた和恵とは違い、麗菜はカウンターから立ち上がった。
「すいませんが…その歌手のこと教えて頂けませんか?」
真剣な表情で訊いてくる麗菜に、少し気圧された志乃はううんと頷いた。
「お願いします」
頭を下げた麗菜を、カウンター内から里美はじっと見つめていた。
「わ、わかったわ」
志乃は話し出した。
和恵のクラスメイトといっても、初対面である。
それなのに何故か…断ることのできない強さを、麗菜の瞳は持っていた。
「歌手の名は、レダ。彼女のヒット曲…」
志乃は、説明し出すと冷静さを取り出してきた。
(この子は…あの歌に込められたメッセージに気付いている?)
そのことが意味するのは…。
(この子は!)
志乃が心の中で感動している間に、説明は終わった。
「…」
麗菜は思い詰めた顔をすると、一気に残りのコーヒーを飲み干した。
「ご馳走様でした」
カップをゆっくりと、里美の方に戻した。
「え!もう帰るの?」
慌てて、和恵はカウンターから体を起き上がらせた。
「ごめんなさい。もう時間なの!」
扉へと走ろうとした麗菜を、里美が止めた。
「待って!」
「!」
鋭い声に、麗菜は思わず足を止め、振り返った。
「そのレダって歌手に、興味があるんだったら…行ってみない」
いつのまにか、里美の指と指の間に…コンサートのチケットが 挟まれていた。
「あたしの分なんだけど…やっぱり仕事だから行けないし…。勿体ないから、あなた代わりに行ってくれると助かるわ。興味があるんだったらだけど」
里美の言葉に、麗菜は目を輝かせながら、頷いた。
「はい!」
その力強い返事に、里美も笑顔で頷いた。
「え!赤星さんがいくなら、あたしも一緒に行きたい」
「あんたは、昨日行ったでしょ!それとも何かしら?あたしと行ったから、つまらなかったと!」
「そ、そんなことはないよ」
和恵と志乃のやり取りを見て、軽く溜め息をつくと、里美は麗菜に向かって、チケットを差し出した。
「一枚しかないから…」
「ありがとうございます」
遠慮なく受け取った麗菜に最後、里美は告げた。
「よかったら、ここに来て感想きかせてね」
「はい!」
麗菜は、里美の目を見ながら頷くと、チケットを手にし、ダブルケイを後にした。
「いい子ですね」
麗菜が出ていた後、志乃がそう言った。
「当たり前よ。あたしは初めて見た時から、ピンと来たし!」
当然とばかりに胸を張る和恵。
「彼女には、音楽の才能があるかもしれませんね」
志乃は、里美に顔を向けた。
「そうね」
だけど、里美は素直に頷かずに、煙草に手を伸ばすと、
「あるかもしれないけど…それ以上に」
口にくわえ、火を点けた。
「決意を感じたわ。まるで、成し遂げないといけない決意があるように」
煙を吐きながら、里美は…先程の麗菜のような決意の目を見たような気がしていたが…すぐには思い出せなかった。
「結局!わからなかったじゃないの!」
真っ暗になった校舎内を歩く里奈と夏希。
「まあ〜そんな簡単にわかる訳がないけどね」
苛立つ里奈に、少し呆れながら溜め息をつく夏希。
見上げれば、月が出ていた。
「あたし…いくね」
正門を出ると、夏希はいつもと違う方向に歩き出した。
どうやら、学習塾に通い出したらしい。
「…やっと、暇になったと思ったのに」
夜の戸張の中へ歩いていく夏希の遠ざかる背中を、しばし見送った後、里奈は駅に向けて歩き出した。
「いくぞ」
里奈と夏希が正門を出てから5分後に、高坂とさやかが姿を見せた。
勝手に1人で前を歩く高坂に、さやかは少しふくれてしまった。
「折角…2人で見に行くのに」
二枚のチケットを手に取ると、深く溜め息をつき、
「そんな気分じゃ…いけないのは、わかるけども」
さらに足を速めた高坂の背中を軽く睨んだ。
「ぐずぐずするなよ」
高坂は足を止めることなく、ちらっと振り返った。
「フン」
さやかはチケットを握り締めると、スピードを上げ、一気に高坂を追い越した。
「あんたこそ、ぐずぐずするんじゃないよ」
振り返ると、自分を睨んださやかの剣幕に、高坂は思わず足を止めた。
「な、何…怒ってるんだ?」
首を傾げた高坂に、理由がわかるはずがなく、ただ足を速めた。
「レダ…」
ダブルケイを後にした麗菜は坂を下りながら、呟くように言った。
(恐らく…彼女は)
そして、口を紡ぐと、心の中で念じた。
(ああ…多分な)
頭の中に声が響いた。
「モード・チェンジ」
微かに唇を振るわせて、麗菜は言葉を発した。
「赤星さん!気をつけて」
ドアを開けた和恵は、動きを止めた。
しかし、もう麗菜の姿は見えない。
「あ、赤星さん?」
ダブルケイからの帰り道は、少し暗い。
心配になって、店の前の道に飛び出した和恵が見たものは…見知らぬ背中だった。
「足…速!」
しばらく様子を伺ってから、もう見えなくなったと判断した和恵は、店の中に戻って行った。
「やつらがいるかもしれない。用心をして、あたしで行こう」
麗菜から変わった美奈子は暗闇を見つめながら、気を探った。
(電車で行きますか?)
頭に響く麗菜の声に、
「いや」
美奈子は首を横に振ると、
「敢えて、走っていくぞ」
山手の道から眼下に広がる町並みに向けてジャンプした。
(先輩!?)
驚く麗菜の声に、美奈子はこたえた。
「電車とかでやつらに会ったら、厄介だ」
ダブルケイの近くにある地下鉄の駅を飛び越え、美奈子は…暗くなった市街地の屋根を疾走する。
「心配するな!魔力は抑えている」
と言っても、特急電車より速い。
上空を一気に駆け抜ける影に、普通の人間が気づくはずもなかった。
「間に合うのかな」
ダブルケイに入った和恵は、店内にある柱時計に目を向けた。
「開演時間には、間に合わないだろうけど…ライブは見れるわよ」
里美も時計に目をやりながら、開演時間と営業時間を確認した。
カラン…。
その時、店の扉が開いた。
「あら〜。少し早かったかしら?」
店内に入ってきたのは、赤いワンピースを着た女性だった。
壊れそう程華奢な体に見えるのに、凛とした出で立ちは、はっとさせるくらいの強さを漂わせていた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、カウンターの方へ」
里美は、女性に頭を下げた。
それを見た和恵は、店内照明を変える為に、カウンター横の厨房に走った。
少し早いが、開店である。
「失礼するわ」
カウンターに座った女性の前に、里美はコースターをそっと指で移動させた。
「ご注文の方は、如何致しましょうか??」
里美の言葉に、女性は微笑み、
「この世界の飲み物にあまり、詳しくないの」
コースターを見つめた。
「?」
意味がわからなかったが、里美も営業スマイルを崩さない。
「そうね…」
女性はクスッと笑うと、視線を上げ、
「炎も消える程の冷たい飲み物を頂けるかしら。冷たければ…何でもいいわ」
里美に微笑みかけた。
「!」
数秒だけ絶句してしまった後、里美は頭を下げた。
「かしこまりました」
そして、キンキンに冷やしたジンをストレートで、出すことに決めた。
「人間くさいな」
思わず顔をしかめた男の名は、刈谷雄大。
ブルーワールドから、実世界へと時空間を越えた刈谷は、夜の大月学園から、外に出ていた。
目的は、リンネを探すことであるが…予想外の人間臭に、驚いていた。
普通の魔物であれば、興奮し、殺戮を繰り返すところであるが…魔神である刈谷は、その衝動を抑えることができた。
「それ以上に、空気が汚れている。やはり…人間とは」
そこまで考えて、刈谷は思考を止めた。
「人間に、リンネ様が興味をもたれている限りは…致し方無い」
自分に言い聞かせるように呟くと、刈谷はリンネを求めて歩き出した。
その様子を離れた場所から、完全に気配を消して見ていた者がいた。
幾多流である。
「やつが、この世界に!?」
魔神である刈谷とやりあう気はなかった幾多は、ただ様子を伺っていた。
「彼は、化け物かい?少し違った臭いがするけども」
幾多の後ろに、グレイのコートを羽織った男がいた。
「化け物?異世界の魔神だよ」
幾多は振り返ることなく、こたえた。
「ふ〜ん」
男は鼻を鳴らした後、幾多の前に出た。
闇に消えた刈谷の方を見つめながら、
「なかなか興味深いけど〜人間でないならば、別にいいや」
肩をすくめると、幾多の方に振り返って微笑んだ。
「ところで、君は〜今日、人を殺さないのかい?」
「フン」
幾多は鼻を鳴らすと、男に背を向けて、刈谷とは反対方向に歩き出した。
そんな幾多の背中に、男は声を放った。
「公にはなっていないが、君は殺人者として有名だ。それも大量殺人としてだ」
「残念ながら…別に、殺人が趣味ではない」
足を止めない幾多に、男は声を荒げた。
「それは、困る!僕は腹ぺこなんだよ。もう何日も食べていないんだよ」
そんな男の言葉に、軽く呆れた後、幾多は足を止めた。
「だったら…」
ゆっくりと振り返り、
「僕を殺したらどうだ?」
男を睨んだ。
「それは、駄目だよ!」
男は即答した。
そして、幾多の方へ一歩前に出ると、
「君は、料理人だ。大事な料理人だ!僕への料理を提供してくれるね。料理人は殺さない。だから、そんな目で見ないでよ」
少し混乱した後、何かに気付いたのか…男ははっとして、自分の手を舐めた。
「僕は、素材になりたくない。あまりおいしくないからね」
舐めながら、自分を見つめる異様な雰囲気の目の色に、幾多は殺意よりも、少し興味を持った。
しかし、そんな興味よりも、呆れる感情の方が強かった。
再び前を向いた幾多に、男は叫んだ。
「人の肉は美味しくないよ。雑食だからね。だけど、最高の食材に変わる魔法がある!」
男は目を見開き、
「それは、恐怖だ!そして、絶望!その感情を覚え、怯える人間の肉が一番旨い!だからこそ、僕は!やつらに加担している。この世界が滅んだ時!絶望する人々を食べまくるんだ!ああ〜まさに食べ放題だよ」
「偏食者が」
幾多は、顔をしかめた。
「だからといって、僕は〜あいつらのように化け物にはならない。人間でありたいからね!」
男の口から、大量の涎が流れていた。
「化け物が人間を食うの普通かもしれないけど、人間が人間を食うのは、最高でしょ」
「知るか」
幾多はもう相手するのを、やめた。
遠ざかっていく幾多の背中を見送りながら、男は口を尖らせた。
「仕方がないな。別の料理人を探すよ」
男はため息をつくと、町並みを見回し、
「人は誰でも、料理人になれるよ。最高の料理人にはなれないけど…殺したい相手は必ずいる」
にやりと笑った。
「さあ〜誰かを殺せ!己の為!そして…」
男の目が、妖しく光った。
「僕の為に」